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十五品目 黒鰐の肉(前編)

 ランドルが日課の体操をしていると、赤く染まる木々の葉が目に入った。

(秋も深まってきたのう。冬が近づいとる。歳のせいか、年々時間が過ぎるのが短く感じられるのう)


 ランドルはその日は栗でも拾いにいこうかと考えていた。

 家を出る時にスニークと遭った。スニークがほっとした顔で声を懸ける。


「よかった、ランドよ。出かける前に遭えて」

「わいになんぞ、用でっか? これから栗でも拾いにいこうかと思うとったとこや」


「それなんじゃが、儂からの依頼を受けてくれ」

「内容によるけど、ええで。何を採ってきて欲しいんや? 茸か? それとも木の実?」


 スニーク()人目(とめ)がない状況を確認してから、こっそりと頼む。


「傷のない黒鰐の綺麗な皮じゃよ。高名な武具職人からの依頼じゃ。武具職人が上等で綺麗な黒鰐の皮を求めておる」


 黒鰐は全長が十mにもなる真っ黒い大きな鰐だった。黒鰐は草食獣や中型の肉食獣を食らう危険な魔獣だった。


 ただ、黒鰐の皮は固く美しい。黒鰐の皮はハンターの防具の他に、様々な高級革製品に使われていた。


 ランドルは顔の前で手を横に振って拒絶した。

「無理、無理。それ、魔獣素材やん。他のハンターに頼んで」


 スニークは真剣な顔で意見する。

「ランドルよ。相手は黒鰐じゃぞ。並の中堅ハンターでは歯が立たない。ましてや、綺麗な状態の皮なんて、手に入らん」


 ランドルは乗り気ではなかった。

「そやかて、スニークはん、わいは今は魔獣を狩らないハンターで通しておるんやで」


 スニークは、なおもしつこく頼んできた。

「かつてのお前の雄姿を知るハンターは少ない。でも、知っているからこそ、頼みたい」


「でもなあ、黒鰐のような強い魔獣の状態の良い皮を取るのは、大変やで」

「お前さんは、火竜の首切りができるハンターじゃ。火竜の首を落とせるのなら、黒鰐の首とて、落とせるじゃろう」


「理屈は、そうかもしれん。せやけど、黒鰐は火竜よりランクが一つ上の魔獣や」

 スニークはよほど困っているのか、拝むように頼んだ。


「黒鰐が強いのはわかる。でも、エイドリアンがいない今、頼れるハンターはお前だけじゃ。頼む。ここは黙って引き受けてくれ」


「エイドリアン先輩が戻ってくるまで待つわけに、いきませんか」

 スニークは渋い顔で口説く。


「待てるなら、待つ。だが、エイドリアンの調査が終わるのは、いつになるかわからん。それに、エイドリアンからは『俺がいない時に困ったら、ランドルを頼るように』と申し付かっておる」


「もう、エイドリアン先輩も、余計な言葉を残していったもんや」

「頼む。ランドル。これは村のためでもあるんじゃ」


 やりたくはない仕事だが、ここまで頼まれては、断れなかった。

「わかりました。ほな、挑戦させてもらいます」


 黒鰐の居場所を探す。湖のある場所に、黒鰐がいた。

 黒鰐は六頭いた。六頭の中には一際ぐんと立派な皮を持つ黒鰐がいた。


 立派な皮を持つ黒鰐は全長八・五mと、黒鰐の中では大きくない。

 だが、見る者が見れば即座にわかるほど、皮が立派だった。


(お。ええのがいるのう、あいつの皮なら職人も喜ぶやろう)

 黒鰐の顎は発達しており、草食獣など一噛みで殺せそうだった。


(あれに噛まれたら、終わりやな)

 黒鰐は普通の鰐とは違い、群れで行動しない。


 黒鰐の行動範囲から(ねぐら)を予測した。黒鰐の休む湖岸に当りを付けた。

 ニックにキャンプに大戦斧鬼斬りの(あぎと)をこっそり運んでもらう。


 夜になるのを待って、大戦斧を担いで移動する。

 黒鰐は満月の明かりが照らす中、水に半分ほど浸かった状態で、湖岸で眠っていた。


 そろそろとランドルは大戦斧を持って近づく。

 黒鰐は眠っていた。二十mまでの距離に近付く。


 ランドルはここで黒鰐から漂う気配に妙なものを感じた。


 黒鰐は恐れず、怯えず、誇示しない。ただ、昔から湖岸にある苔むした岩のように存在した。その姿は美しくすらあった。


(これは、おかしいで、まるで、警戒の色がない。自然の中で眠るとは、身を危険に曝す態度に他ならん。それなのに、一切の警戒がない)


 ランドルは考える。


(ハンターなら安全な家の中でも完全に無防備にはならん。ましてや、天然の狩人たる黒鰐が無防備になるなんて事態はあるだろうか? いや、ないのう)


 ならば、目の前の違和感は何か。

(まさか、こいつ、わいの攻撃を誘っておるんか)


 黒鰐の首を狙うランドルの命を狙う。もし、ランドルの攻撃を誘っているなら、黒鰐から感じる奇妙さの正体に説明が付いた。


 ランドルは無心で十分、二十分と待つ。

 少しでも、黒鰐に寝返りがあれば、まだ安心できた。


 だが、黒鰐は寝返りを打たなかった。

 大戦斧は重い。構えたままでも疲れる代物。


 対する黒鰐は身一つで自然体。疲れる状況にはない。

 月だけが見降ろす中、黒鰐もランドルも動かない。


 正確にはランドルは動けず、黒鰐はいつまでも待っていた。

(かな)わんなあ。これは仕切り直しや)


 ランドルは黒鰐から目を離さず、そっと後ろ歩きで来た道を戻る。

 黒鰐は追って来ない。ただ、王者の風格を漂わせて横たわっていた。


 キャンプ地で待っていたニックが、不思議そうな顔で尋ねる。

「お帰りなさい。ランドルさん。信号弾が上がらなかったのですが、獲物はどうなりました?」


「危うく。こっちが獲物になるとこやった。ハント失敗や」

 失敗と聞くと、ニックは頭を下げる。


「余計な内容を聞いて、すいませんでした」

 ニックに武器を預けると、ブレイブ村に戻った。

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