十三品目 目立ち魚(前編)
夏の暑さが終わる頃の話だった。
ランドルが家の前で体操していると、ホークがやって来る。
「こんにちは、ホーク船長。暑すぎず寒すぎず、いい朝ですな」
ホークが穏やかな顔で告げる。
「今年もやって来たよ。目立ち魚漁の季節じゃ」
目立ち魚は体長が四十㎝程の赤い魚である。
ジャスティン湾は秋の早朝には湾内に流れ込む速い潮流が発生する。
潮流によって、目立ち魚は湾内に浮き、離岸流によって湾内にから消える。
離岸流が消え去ると沖の深い海に潜る。
獲れる時間帯は限られおり、漁は時間との勝負になる。
「目立ち魚かあ、あれは脂が載っていて一夜干しや煮付けにすると美味いからのう」
ホークは不安気な顔で語る。
「ただ、今年のジャスティン湾は色々とあるだろう。だから、漁に参加してほしい」
「わい一人がいたかて何を防げるわけやない。せやけど、誘ってくれるなら参加するで」
ランドルは翌朝、広場に行く。四艘の舟を牛車に積む。
牛車は浜で舟を降ろして、村に戻って魚を運ぶ生け簀と漁具を運んで来る。
また、水に入れると氷になる不思議な氷結石も準備された。
浜に到着した若いハンターたちは心配した顔で話をしていた。
「今年は獣王魚の出現に、巨大人食い蛸の襲来、と恐ろしい事件が続いている。今回の目立ち魚漁でも何か起きるかもしれないな」
「俺も報酬が良かったから引き受けたが、少し心配している」
(予想はしていたが、雰囲気が暗いのう)
ランドルは若いハンターたちを元気づける。
「ハントである以上、危険は付き物や。せやけど、今回は大丈夫やろう。ただ、離岸流には、気を付けてや。離岸流の流れは速い。舟から落ちたら、すぐに湾の外や」
早朝の暗いうちからハンターたちは起き出す。
ホークたち船長の四人が集まって、簡単な会議をする。
ランドルの舟は九人乗り。水主が八人で船長が一人の構成だった。
ホークが引き締まった表情で指示を出す。
「よし、舟を出すぞ。しっかり漕げ」
船を岸に押し流すような潮流が発生した。
八人が潮流に流されないように必死になって沖に向かって櫂を漕ぐ。
目立ち魚のいる位置に行くと、ホークが網で魚を獲る。
船の生け簀がみるみるまに赤い魚で満ちて行く。
ホークが機嫌よく叫ぶ。
「大漁じゃ。今年は豊漁じゃ。すぐ舟を浜に戻せ。上手く行けばもう一回獲れる」
船を浜に戻す。浜で待つハンターが網で魚を移し替えた。
すぐに、もう一度、同じ場所に網を投げると、目立ち魚が掛かった。
一回目ほどじゃないが、二回目も目立ち魚がたくさん獲れた。
潮目が変わり離岸流が発生する。
今度は流されないように岸に向かって全力で漕ぐ。
中々の重労働だが、目立ち魚の漁は労働に見合う対価が払われる。
漁は一日で終わらず、数日続く予定だった。
荷馬車に氷と一緒に目立ち魚が入れられる。
牛車により目立ち魚は村まで輸送された。
若いハンターたちがほっとした顔で語らう。
「漁の初日が無事に行ったな。この調子で二日目、三日目と獲れるといいな」
「この調子で行ったら、ボーナスも付くかもしれない」
(雰囲気が明るくなってよかったのう)
だが、事件が起きた。牛車は三台で間隔を空けて出て行った。
されど、目立ち魚運搬用の牛車は二台しか帰ってこなかった。
ホークがハンターたちを集める。
「村に向かったはずの最期の三番番牛車が行方不明になった。捜索を開始する」
若いハンターが険しい顔で質問する。
「どこで、行方不明になったかわからないんですか」
ホークが暗い顔で告げる。
「浜を出たのは確かじゃ。だが、村に着いていないとしかわかっていないんじゃ」
他の若いハンターが冴えない顔で訊く。
「ジャスティン湾からブレイブ村に行く途中に魔獣が出た可能性は?」
ホークが弱った顔で首を横に振る。
「わからん。ブレイブ村からジャスティン湾までは魔獣が出た過去はほとんどない。じゃが、今年はおかしいから魔獣の仕業かもしれん」
さらに別のハンターが厳しい顔で意見する。
「俺たちは目立ち魚漁用の装備で来たんだ。対魔獣用の装備は持ってきていないぜ」
「そうだよな」「そうだよな」と他のハンターが囁き合う。
皆が尻込みしているのでランドルは提案した。
「まだ、魔獣の仕業と決まったわけやない。事故の可能性もある。とりあえず、真っ暗になる前に付近だけでも探そうや」
ランドルが提案すると、ハンターたちが重い腰を上げる。
消えた牛車の捜索が始まった。捜索を始めて一時間。
ハンターが応援を要請するための信号弾が上がった。
近くにいたハンターに声を懸ける。
「何ぞ、見つかったようや。急ぐで」
駆けつけてみると、すでに六人のハンターがいた。
ハンターの傍には大王牛がいた。
「大王牛を発見した。牛車を牽いていた大王牛だ」
ランドルは大王牛を確認する。大王牛に外傷はなかった。
「魔獣に襲われたのなら、大王牛は食われとるはずや。大王牛が生きとるのなら、御者もどこかに無事でおるかもしれんなあ」
ハンターが難しい顔で意見する。
「でも、この大王牛は牛車から離れている。魔獣が牛車から離したとは思えない」
「でも、御者が大王牛を切り離したのなら、何のためにやったんや?」
他のハンターが首を傾げる。
年長のハンターが意見を語る。
「御者が魚を盗むとは考えられん。目立ち魚は傷み易い。村に早く運ばないと、無価値になる。それに、大王牛がいないと運べない」
空を見上げると空は赤くなっていた。
「御者が見つかれば、全てわかるやろう。急いで探そうか。この近辺におるかもしれん」
ハンターたちは頷き、辺りを捜索した。
だが、暗くなっても御者も魚も見つからなかった。
暗くなったので、捜索が打ち切りとなる。
浜辺に戻る。遅い夕飯を食べていると、「おーい、おーい」と声が聞こえてきた。
ホークが立ち上がった。
「あの声は、御者のハンスだ。ハンスが生きておった」
松明を持ってホークとランドルが闇を小走りに進む。御者のハンスがいた。
ハンスはホークを見ると、安堵した顔でへたり込んだ。
「た、助かった」
ハンスを連れて焚き火の傍に行き、水と食べ物を与える。
一息吐いたところで、ホークがハンスに訊く。
「いったい何があったんだ?」
ハンスは怯えた顔で語る。
「魔獣だ。あれはドドン・レックスだった。しかもかなり大きい。特異個体だろう」
ハンターたちがハンスの言葉にざわつく。
だが、ランドルはハンスの言葉が信じられなかった。
(ドドン・レックスがブレイブ村からジャスティン湾の間に出るとは聞いた覚えがない。それに、特異個体のようなでかいドドン・レックスが出たのなら、痕跡があるはずや)
「そんで、魚は、どうしたんや?」
ハンスは震えながら答える。
「相手は馬鹿でかいドドン・レックスなんだぜ、牛車ごと捨てて逃げたさ」
「そんとき、牛車から大王牛を離したんか?」
ハンスは恐怖に引き攣った顔で弁解した。
「そんな暇あるか。もう必死に逃げた。そしたら、穴に落ちて気を失ったんだ」
ランドルはハンスの恰好を見るが、土や泥に汚れた形跡はなかった。
(何や、ハンスはんの話? ところどころ、辻褄が合わん。でも、嘘を吐くなら、もっとましな嘘を吐きそうなもんや)
ホークがランドルをこっそり端っこに呼ぶ。ホークが困惑した顔で話す。
「なあ、ハンスの話どう思う?」
「何か、おかしいで。でも、本人はいたく真剣や」
「とりあえず、明日の漁はどうしようか?」
「大王牛も無事。御者も無事。なら、漁をしても、ええ気がする。せやけど、不安なら、目立ち魚を運ぶ牛車にハンターを付けたほうがええで」
ホークが難しい顔で承諾した。
「わかった。他の船長たちとも話してみる」




