十二品目 襟巻駝鳥(前編)
ハンター・ギルドからの依頼があり、野葡萄を採ってきた帰りだった。
ヒッソス樹海の野葡萄は甘味が少ない。だが、疲れを取る効果があるので、薬を作る錬金術師に人気だった。
ハンター・ギルドの受付にいるブリトニーに呼び止められた。
「ランドルさん、いいところに。ちょうど、使いの者を出そうかと思っていたんですよ」
「何や? 野葡萄が足りんか? ええで。また明日に採ってきたる」
ブリトニーは穏やかな顔つきで、それとなく頼む。
「採取ではなく、補習を頼みたいんです」
「そうか、ハンター試験の季節か」
ハンターは登録すれば誰でもなれる。だが、難しい依頼は中堅やベテランにならなければ回ってこない。ハンターの位を上げるには試験があった。
試験である以上は落第もあり、落第した人間は補習を受けないと再挑戦できない。
(新人の育成か。ちと面倒な仕事やな)
「わいは、あまり教えるのは上手くない。他のハンターに頼んで欲しい」
ブリトニーは表情を曇らせて指摘する。
「でも、ランドルさん最近、ギルド周りの仕事をやってないでしょう」
(悪魔ニンニクの産地偽装を暴く、マックスの世話、ゴールド・ベアを狩った、は貢献には全然なっとらんからなあ)
「痛いところ突くなあ。でも、採取の依頼は時々こなしておるで」
ブリトニー畏まった顔で頭を下げた。
「でも、新人の育成はしていませんよね。ここいらで、一つ、お願いします」
(他の者がやっている仕事を、わいだけせんのも不自然かもしれん)
「しゃあないなあ、でも、わいは狩りは苦手やで」
「大丈夫です。補習内容は襟巻駝鳥のハントです」
「ああ、あいつか」
夏の終わりから秋に掛けて美味しくなる鳥に、襟巻き駝鳥と呼ばれる鳥がいる。
襟巻き駝鳥は、その名の通りに、顔の周りに襟巻きのような襞を持つ駝鳥。
魔鳥としては全長三mと小さく、新人が初挑戦するような魔鳥だった。ただ、襟巻き駝鳥は脚力が強く、一般的な革防具の上から蹴られても、死ぬ危険性がある。特に後ろ蹴りが危険で馬鹿にならない威力がある。
ブリトニーは控えめな態度で依頼する。
「どうでしょう? ランドルさんだって、襟巻駝鳥よりは強いでしょう?」
「さあ、どうやろうな。もう、最近では歳のせいか、体力も持久力も落ちてきた」
背後から声がした。
「ブリトニー。本当にその人で大丈夫なの?」
声のした方向に視線をやる。若い女性ハンターが立っていた。身長は百六十㎝とハンターにしては低め。銀髪で、気の強そうな顔をしていた。装備は初心者ハンターが好む、動きやすい革防具だった。
「おや、随分と若いハンターやな。わいはランドル。お宅は?」
ハンターは堂々と宣言する。
「私の名は。スザンナ。今はまだ十六だけど、未来の大物ハンターよ」
「ちょっと体を触っても、ええか?」
スザンナがむっとした顔をする。
「なによ。セクハラする気?」
「筋肉の付き方を知りたいんや」
「それなら、いいわよ」とスザンナは不承不承の態度で了承した。
ランドルはスザンナの体を触った。
「歳の割には、しっかりした筋肉がついておるな。だが、体は同年代のハンターより硬い」
ランドルはスザンナの体を触った考察を披露する。
「攻撃は得意やが、防御や回避が苦手なんやろう。一人で狩ると、要らん攻撃を次々と喰らって狩りに失敗するタイプやな。おそらく、試験に落ちた原因もそこやろう」
スザンナが驚いた。
「ランドルは私の狩りを見ていたのね?」
「見とらんよ。でも、それぐらいは想像力でわかる。でないと、見た覚えのない魔獣に遭うと死ぬからね」
スザンナが納得した顔で褒める。
「深度五まで潜れるハンターって肩書きは本当なのね」
「採取に行くだけやけどね」
スザンナがブリトニーに向き合って元気よく頼む。
「いいわ。ランドルさんに、補習をお願いするわ」
「わいは、まだ引き受けるって約束しておらんけど」
スザンナが不機嫌に抗議する。
「体まで触っておいて引き受けないの」
「敵わんなあ、なら、補習は引き受けたる。ただ、今日は疲れたから、明日からな」
翌日、スザンナが来ると、まず武具工房に連れて行った。
武具工房のコボルドにお願いする。
「この子用に、防具を二つ作ってほしい。顔をしっかり守るヘルムと、体を守る胴防具や」
スザンナは怒った。
「防具を新調するお金なんてないわよ。それに、この革防具のコーディネイトは気に入っているの」
「ええから、防具を作るで。わいの教え方は荒ぽい。その装備だと怪我するかもしれん。怪我をすれば、それだけ昇級審査に挑戦するのが遅れるで」
(それに、年頃の女の顔に傷が付いたら可哀想やし。スチール・コブラ素材の防具で体を覆えば、即死はないやろう)
「わかったわよ。私はすぐにも上に行きたいの。防具を新調するわ」
ランドルは店員に注文を出す。
「なら、スチール・コブラ・ヘルメットにスチール・コブラ・アーマーちょうだい。素材は、わいが預けてあるのを使こうて構わんから。代金をわいに回して」
スザンナはびっくりした。
「スチール・コブラ素材を使うって、高級防具よ。どうして、採取しかしないのに、スチール・コブラ素材をなんて持っているのよ」
「あるところにはあるんよ。気にせんといてやあ」
店員に指示を出しておく。
「防具はスザンナ用やさかい、この子が成長することを考えてや。サイズ調整できるように作ってなあ」
店員に指示を出すと、ハンター・ギルドに移動する。
「ほな、基礎体力を見るで。でも、ただ単に走るだけやと、体力が勿体ない。樹海深度一で、野葡萄の採取依頼をこなしながら、体力を見る」
「わかったわ。野葡萄の採取依頼を受けてくるわ」
樹海のキャンプ二番に降り立つ。さっそく、採取に行こうとするので、止める。
「おっと、まずは準備運動からや、わいと一緒に体操や。特にスザンナはんは体が硬い。今日はハントの前に体操をやる。せやけど、次から毎朝やってや」
スザンナは不機嫌な顔で言い放つ。
「体操なんて、子供のやるものよ」
「そんなことないで、ギルド・マスターのエイドリアンはんがおるやろう。エイドリアンはんかて毎朝、日課で体操しとるで」
スザンナは眉を顰め、懐疑的な口調で尋ねる。
「ギルド・マスターが? 本当?」
「嘘を吐いてもしゃあないやろう。エイドリアンはんみたいにトップ・クラスのハンターになりたいなら、体操を欠かさずやることや」
「ギルド・マスターがやっているなら、やるわ。目標だもの」
たっぷり一時間かけてハンター体操と柔軟体操をする。
樹海の奥に進んで野葡萄を採取して籠を満杯にする。帰りのスザンナは息を切らしていた。それでも、ランドルに従いてきた。
(基礎体力はあるようやな。スザンナの目標は体の固さと反射神経の改善やなあ)
ハンター・ギルドで納品して、その日は別れた。
その後の四日間は、野葡萄の採取をこなした。