十一品目 キング・レッド・アスパラ(後編)
プリシラを連れて深度三のキャンプに降り立った。
ランドルは注意しながら先頭を歩いた。途中、食肉植物に遭遇した。
ギザギザの葉を持つ全長三mのるヒトトリソウと、蓋がある大きな筒状の葉を持つヒトクイサラセニアだった。どちらも危険な食肉植物である。
ランドルは注意喚起する。
「あれに近付いたら、あかんで。こっちが餌にされる」
「ヒトトリソウとヒトクイサラセニアですね」
(ヒッソス樹海に研究に来ようとする植物学者だけあるな。事前に知識を仕入れて来とる)
その後も、大きな袋を持つ紫色のトリクイウツボカズラや、細かい毛が生えるサルクイモウセンゴケを教えるが、プリシラは知っていた。樹海を分け入りながら進む。
ぽっかりと開けた妖精の休憩所が現れる。
妖精の休憩所には背の低い草に交じってレッド・アスパラが群生していた。
プリシラが歓喜の声を上げる。
「凄い。レッド・アスパラが、こんなに」
「ここは、秘密の採取スポットや。もっとも、深度三に降りてくるハンターは、レッド・アスパラを採取せん。採られることも滅多にないから、残っておるんやけどな」
プリシラはレッド・アスパラを観察し始める。
ランドルは場所が安全とされる妖精の休憩所だったので一息つく。
プリシラが明るい顔して、レッド・アスパラを一本、手にしていた。
「ここのレッド・アスパラって生で食べても大丈夫ですかね?」
「妖精の休憩所に生え採るから、虫の卵とかは付着しておらんかもしれん。でも、あくまでも可能性や。止めたほうがええ。食べたければ、火を通すに限る」
プリシラががっかりした顔をする。
「そうですか、生のレッド・アスパラが食べられると思ったのに」
「どうしても食べたいんなら、山海亭の大将に頼んだらええ。栽培物になるかもしれんが出してくれるで」
プリシラは困った顔をする。
「私としては天然物の生が食べたいんです。受ける感銘が違います」
「何や、難しい注文やな。でも、それなら、ここのは止めたほうがええで。ここのレッド・アスパラは綺麗に生え過ぎとる。樹海の草食動物が手を付けていない証拠や」
プリシラが深い懸念を示した。
「学術的に草食動物がなぜレッド・アスパラを食べないのかの理由が、気になります。ですが、草食動物が食べないのなら、生は危険かもしれませんね」
「あとはハンターの勘やね」
「わかりました。では、ランドルさんの勘を信じます」
妖精の休憩所での調査が終わった。昼過ぎだったが、まだ陽は高かったので、次に行く。
「ほな、秘密の場所に連れて行ったるわ。キング・レッド・アスパラがある場所に行くで。ただし、まだあるかどうか、わからん」
プリシラは素直に喜んだ。
「おお! ついに、キング・レッド・アスパラとご対面ですね」
一度、キャンプ地に戻り、飛竜便を呼ぶ。飛竜便に乗って、樹海の奥側に十五分ほど飛ぶ。
ランドルとプリシラは高地に降り立った。
降り立った場所は見晴らしが良く、木々があまり生えていない。
プリシラが不思議がって尋ねる。
「ここは木々が少ないですね。どうしてでしょう?」
「ここは草食飛竜の餌場やからかのう。草食飛竜が草や木を食いに来る。でも、草食やからと油断したらあかんで。相手は竜やからな」
ランドルは先頭に進む。十分ほど進むと、先でガサガサと何かが動く音がした。
プリシラに静かにするように手で合図を送った。そっと先に進む。
全長八mの大きな黒い竜がいた。黒い竜は立派な翼と顎を持っていた。
ランドルは小声でプリシラに教える。
「先客がおった。草食飛竜や。お食事中やね」
プリシラが真剣な顔で意見する。
「あの、飛竜。レッド・アスパラを食べている」
飛竜には長い先割れした舌があった。
舌が人間の掌のように動き、レッド・アスパラを掴んで口の中へと運んでいた。
プリシラが険しい顔をする。
見れば、飛竜はキング・レッド・アスパラを食べていた
プリシラがもっと近くに寄ろうとするのでランドルは止める。
「あかんて。近づいたら戦闘になる」
プリシラが憤る。
「でも、このままじゃ、キング・レッド・アスパラが全部、食べられてしまいます」
「仕方ないねん。樹海じゃ、うちらのほうが余所者や」
飛竜の動きが停まった。飛竜の顔がゆっくりランドルたちのいる方向を見る。
プリシラの頭を押さえつけ、身を低くする。
(まずい。感付かれたか)
飛竜はじっとランドルが隠れた茂みを見る。だが、動かない。
ランドルは口に手を当て、鹿の鳴き声を真似る。
石を拾って、後ろの茂みの奥へ奥へと投げ続けた。
騙されるかと思った。されど、飛竜は黙ったまま動かない。
そうしていると、ばさばさと音がして野生の宅配便鳥が空に飛び上がった。
飛竜は安心して再び、キング・レッド・アスパラを食べる。
キング・レッド・アスパラを食べ終わったところで、飛竜は空に飛び去った。
「ふー、何とかやり過ごしたのう」
プリシラは駆け出した。飛竜が食べ残したキング・レッド・アスパラを探す。
プリシラが悲しい顔でへたり込む。
「駄目だ。全部、食べられちゃった」
ランドルは地面を見ながらプリシラに声を懸ける。
「それは、早計やな。まだ、ここら辺に残ってとるで。長さが十㎝ほどやけど」
「そんなに小さいと、キングとは呼べませんよ」
「それは、どうやろうな、明日の昼まで待つで」
夜営の準備をしていると、プリシラが眉間に皺を寄せて地面を見ていた。
「伸びている。わずかな時間しか経ってないのにレッド・アスパラが伸びている。幹も太くなっている」
「そうやで。十㎝サイズのものは、明日の昼には二十五㎝になるで」
プリシラは驚いた。
「そんなに早く生長するんですか」
「キング・レッド・アスパラはなぜ、キングと呼ばれるか。それは、他のレッド・アスパラに比べて生長速度が速いからなんや」
「でも、この成長速度は異常です。研究所にもレッド・アスパラはあります。ですが、ここまで急激に生長しません」
「他は知らん。でも、ヒッソス樹海やと急生長してキング・サイズになるんや」
プリシラはにこにこしながらキング・レッド・アスパラを眺めていた。
夜遅くに、魔獣の鳴き声が聞こえると、プリシラが不安な顔をする。
「魔獣、襲ってきませんよね」
「ヒッソス樹海やから、絶対はない。せやけど、魔獣は魔獣同士では戦わない組み合わせがある。草食飛竜は戦いにならない組み合わせの幅が広い」
プリシラが興味を示して尋ねる。
「戦いにならないって、他の魔獣は草食飛竜の縄張りに入って来ない、って意味ですか?」
「ヒッソス樹海では草食飛竜の縄張りに危険な魔獣は入って来ん。生態系や縄張り意識のせいやと説明されておる。せやけど、ほんまのところは、ようわかっておらん」
プリシラはにこにこ顔で語る。
「でも、入って来ないならいいです。私はこうしてレッド・アスパラがキング・サイズに生長しているところを観察できます」
陽が昇る。レッド・アスパラがキング・レッド・アスパラにまで生長したところで、採取をして、ブレイブ村に帰った。
キング・レッド・アスパラは学術資料とする以上に採れたので、山海亭に持ち込まれた。
プリシラが威勢よく注文する。
「大将、キング・レッド・アスパラを、刺身でお願いします。お腹が痛くなっても自分で責任を負います」
大将は困った顔をしてランドルを見た。
ランドルからも大将に頼む。
「草食飛竜が食べていた場所に生えておったから、大丈夫やと思う。研究のためやからと申告するから、出してあげて」
大将は渋々の態度で妥協した。
「キング・レッド・アスパラなら大丈夫でしょうが、皮は剥きますよ」
プリシラがちょっとばかり残念そうな顔をしたので、今度はプリシラを宥める。
「大将には大将の譲れない部分があるから、それは理解して」
キング・レッド・アスパラは太いので皮を剥いても身は充分にあった。
ランドルも一本、頂く。新鮮なアスパラの刺身は汁気があり、野生を感じさせる味がした。