表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/35

十一品目 キング・レッド・アスパラ(後編)

 プリシラを連れて深度三のキャンプに降り立った。

 ランドルは注意しながら先頭を歩いた。途中、食肉植物に遭遇した。


 ギザギザの葉を持つ全長三mのるヒトトリソウと、蓋がある大きな筒状の葉を持つヒトクイサラセニアだった。どちらも危険な食肉植物である。


 ランドルは注意喚起する。

「あれに近付いたら、あかんで。こっちが餌にされる」


「ヒトトリソウとヒトクイサラセニアですね」

(ヒッソス樹海に研究に来ようとする植物学者だけあるな。事前に知識を仕入れて来とる)


 その後も、大きな袋を持つ紫色のトリクイウツボカズラや、細かい毛が生えるサルクイモウセンゴケを教えるが、プリシラは知っていた。樹海を分け入りながら進む。


 ぽっかりと開けた妖精の休憩所が現れる。

 妖精の休憩所には背の低い草に交じってレッド・アスパラが群生していた。


 プリシラが歓喜の声を上げる。

「凄い。レッド・アスパラが、こんなに」


「ここは、秘密の採取スポットや。もっとも、深度三に降りてくるハンターは、レッド・アスパラを採取せん。採られることも滅多にないから、残っておるんやけどな」


 プリシラはレッド・アスパラを観察し始める。

 ランドルは場所が安全とされる妖精の休憩所だったので一息つく。


 プリシラが明るい顔して、レッド・アスパラを一本、手にしていた。

「ここのレッド・アスパラって生で食べても大丈夫ですかね?」


「妖精の休憩所に生え採るから、虫の卵とかは付着しておらんかもしれん。でも、あくまでも可能性や。止めたほうがええ。食べたければ、火を通すに限る」


 プリシラががっかりした顔をする。

「そうですか、生のレッド・アスパラが食べられると思ったのに」


「どうしても食べたいんなら、山海亭の大将に頼んだらええ。栽培物になるかもしれんが出してくれるで」


 プリシラは困った顔をする。

「私としては天然物の生が食べたいんです。受ける感銘が違います」


「何や、難しい注文やな。でも、それなら、ここのは止めたほうがええで。ここのレッド・アスパラは綺麗に生え過ぎとる。樹海の草食動物が手を付けていない証拠や」


 プリシラが深い懸念を示した。

「学術的に草食動物がなぜレッド・アスパラを食べないのかの理由が、気になります。ですが、草食動物が食べないのなら、生は危険かもしれませんね」


「あとはハンターの勘やね」

「わかりました。では、ランドルさんの勘を信じます」


 妖精の休憩所での調査が終わった。昼過ぎだったが、まだ陽は高かったので、次に行く。

「ほな、秘密の場所に連れて行ったるわ。キング・レッド・アスパラがある場所に行くで。ただし、まだあるかどうか、わからん」


 プリシラは素直に喜んだ。

「おお! ついに、キング・レッド・アスパラとご対面ですね」


 一度、キャンプ地に戻り、飛竜便を呼ぶ。飛竜便に乗って、樹海の奥側に十五分ほど飛ぶ。

 ランドルとプリシラは高地に降り立った。


 降り立った場所は見晴らしが良く、木々があまり生えていない。

 プリシラが不思議がって尋ねる。


「ここは木々が少ないですね。どうしてでしょう?」

「ここは草食飛竜の餌場やからかのう。草食飛竜が草や木を食いに来る。でも、草食やからと油断したらあかんで。相手は竜やからな」


 ランドルは先頭に進む。十分ほど進むと、先でガサガサと何かが動く音がした。

 プリシラに静かにするように手で合図を送った。そっと先に進む。


 全長八mの大きな黒い竜がいた。黒い竜は立派な翼と顎を持っていた。

 ランドルは小声でプリシラに教える。


「先客がおった。草食飛竜や。お食事中やね」

 プリシラが真剣な顔で意見する。


「あの、飛竜。レッド・アスパラを食べている」

 飛竜には長い先割れした舌があった。


 舌が人間の掌のように動き、レッド・アスパラを掴んで口の中へと運んでいた。

 プリシラが険しい顔をする。


 見れば、飛竜はキング・レッド・アスパラを食べていた

 プリシラがもっと近くに寄ろうとするのでランドルは止める。


「あかんて。近づいたら戦闘になる」

 プリシラが憤る。


「でも、このままじゃ、キング・レッド・アスパラが全部、食べられてしまいます」

「仕方ないねん。樹海じゃ、うちらのほうが余所者や」


 飛竜の動きが停まった。飛竜の顔がゆっくりランドルたちのいる方向を見る。

 プリシラの頭を押さえつけ、身を低くする。


(まずい。感付かれたか)

 飛竜はじっとランドルが隠れた茂みを見る。だが、動かない。


 ランドルは口に手を当て、鹿の鳴き声を真似る。

 石を拾って、後ろの茂みの奥へ奥へと投げ続けた。


 騙されるかと思った。されど、飛竜は黙ったまま動かない。

 そうしていると、ばさばさと音がして野生の宅配便鳥が空に飛び上がった。


 飛竜は安心して再び、キング・レッド・アスパラを食べる。

 キング・レッド・アスパラを食べ終わったところで、飛竜は空に飛び去った。


「ふー、何とかやり過ごしたのう」

 プリシラは駆け出した。飛竜が食べ残したキング・レッド・アスパラを探す。


 プリシラが悲しい顔でへたり込む。

「駄目だ。全部、食べられちゃった」


 ランドルは地面を見ながらプリシラに声を懸ける。

「それは、早計やな。まだ、ここら辺に残ってとるで。長さが十㎝ほどやけど」


「そんなに小さいと、キングとは呼べませんよ」

「それは、どうやろうな、明日の昼まで待つで」


 夜営の準備をしていると、プリシラが眉間に皺を寄せて地面を見ていた。

「伸びている。わずかな時間しか経ってないのにレッド・アスパラが伸びている。幹も太くなっている」


「そうやで。十㎝サイズのものは、明日の昼には二十五㎝になるで」

 プリシラは驚いた。


「そんなに早く生長するんですか」

「キング・レッド・アスパラはなぜ、キングと呼ばれるか。それは、他のレッド・アスパラに比べて生長速度が速いからなんや」


「でも、この成長速度は異常です。研究所にもレッド・アスパラはあります。ですが、ここまで急激に生長しません」


「他は知らん。でも、ヒッソス樹海やと急生長してキング・サイズになるんや」

 プリシラはにこにこしながらキング・レッド・アスパラを眺めていた。


 夜遅くに、魔獣の鳴き声が聞こえると、プリシラが不安な顔をする。

「魔獣、襲ってきませんよね」


「ヒッソス樹海やから、絶対はない。せやけど、魔獣は魔獣同士では戦わない組み合わせがある。草食飛竜は戦いにならない組み合わせの幅が広い」


 プリシラが興味を示して尋ねる。

「戦いにならないって、他の魔獣は草食飛竜の縄張りに入って来ない、って意味ですか?」


「ヒッソス樹海では草食飛竜の縄張りに危険な魔獣は入って来ん。生態系や縄張り意識のせいやと説明されておる。せやけど、ほんまのところは、ようわかっておらん」


 プリシラはにこにこ顔で語る。

「でも、入って来ないならいいです。私はこうしてレッド・アスパラがキング・サイズに生長しているところを観察できます」


 陽が昇る。レッド・アスパラがキング・レッド・アスパラにまで生長したところで、採取をして、ブレイブ村に帰った。


 キング・レッド・アスパラは学術資料とする以上に採れたので、山海亭に持ち込まれた。

 プリシラが威勢よく注文する。


「大将、キング・レッド・アスパラを、刺身でお願いします。お腹が痛くなっても自分で責任を負います」


 大将は困った顔をしてランドルを見た。

 ランドルからも大将に頼む。


「草食飛竜が食べていた場所に生えておったから、大丈夫やと思う。研究のためやからと申告するから、出してあげて」


 大将は渋々の態度で妥協した。

「キング・レッド・アスパラなら大丈夫でしょうが、皮は剥きますよ」


 プリシラがちょっとばかり残念そうな顔をしたので、今度はプリシラを宥める。

「大将には大将の譲れない部分があるから、それは理解して」


 キング・レッド・アスパラは太いので皮を剥いても身は充分にあった。

 ランドルも一本、頂く。新鮮なアスパラの刺身は汁気があり、野生を感じさせる味がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ