二品目 ドドン・レックスの卵
早朝に起きて体操をしていると、山海亭の大将のシルバが寄ってくる。
シルバの歳は三十くらい。黒髪で四角い顔で、肌は薄いオレンジ色。がっしりとした体形の男性だった。服装は村人がよく着る綿のシャツを着て、ズボンを穿いていた。
「おはようさん、大将。今日も天気がええなあ」
大将が控えめな態度で頼む。
「ランドルさん、今日は仕入れでお願いがあるんですけど、いいですか?」
「ええよ。予定はないし、何を採ってきてほしいんや?」
「ドドン・レックスの卵をお願いできますか。今朝の競りであまりにも高くなって落とせませんでした」
ドドン・レックスは成長すると体長が十mにもなる、二足歩行するピンク色の恐竜である。
性格は獰猛で何でも食べ、見かけによらず足も速い。
ドドン・レックスは春先に四個から八個の卵を産卵する。卵は大きく二十㎏ほどの重さにもなる。
卵は美味しく、オムレツにすると格別で、ハンターの中でも春はドドン・レックスの卵を楽しみにしている人間は多い。
「ドドン・レックスの卵か。獲ってきてもええで。一個でええの?」
「とりあえずは、一個でいいです。ただ、また頼むかもしれません。今年はドドン・レックスのオムレツを楽しみにしているハンターや地元の人が多そうなので」
「村も人が増えてきたからなあ。美味いもんを喰いたい人間も、出てくるやろうな。よっしゃ、挑戦させてもらうわ。そんで、わいもドドン・レックスのとろとろオムレツを喰うわ」
卵を入れる背負い籠を背負って、乗用飛竜に乗る。
飛竜はヒッソス樹海にいる、全長四mの翼を持つ、黒い鳥のような恐竜である。性格は温厚で肉で飼いならすことができる。訓練された個体は乗用にもできた。
飛竜に乗ること三十分で、キャンプ地が見えてきた。ヒッソス樹海で魔獣を狩るハンターたちは狩りのために安全な場所にキャンプを築いていた。そうして築いたキャンプ地はハンター・ギルドによって管理されている。
ランドルが降り立ったキャンプ地は、小川の傍にある開けた場所だった。
ランドルは、キャンプ地から樹海の中を歩いて二十分ほど進む。
大きな足跡を発見した。
(あったで。ドドン・レックスの足跡や。これを辿っていけば巣に着ける)
ランドルは足跡を追う。足跡は大きな穴倉の中に入っていっていた。
外から耳を澄ませば、寝息のような呼吸音が聞こえてきた。
(穴の主は寝ているようやな。だが、眠りは浅いと見た。これは、入っていくと危険やな)
外でドドン・レックスが起きるのを待つ。ひたすら、風下で待つ。
陽が高く昇った頃だった。穴の中からドドン・レックスが上げる鳴き声が聞こえた。
(目を覚ましたようやな。このまま、獲物を狩りに行ってくれると、ええんやけど)
穴の奥から足音が聞こえてきた。隠れて音の正体を探ると、全長八mのドドン・レックスだった。
ドドン・レックスはそのまま外に悠然と歩いて行く。ドドン・レックスは出て行った。
だが、ランドルはすぐには動かない。ドドン・レックスは巣穴から出て行ったと見せ掛けてすぐに戻ってくる行動を採る状況も、ままある。
こうなると、ハンターとドドン・レックスとの読み合いである
ランドルが待っていると、三分でドドン・レックスは戻ってきた。ドドン・レックスは神経質に鼻を鳴らして、辺りを警戒していた。そのあと、巣穴に入り再び出てくる。
今度こそ行ったかと思うが、用心して隠れていた。すると、また二分ほどで戻ってくる。ドドン・レックスは、卵を襲われるのを警戒していた。卵を確認しに巣穴に入ると、すぐに出てきて外に行く。
ランドルはここが勝負の懸け時と判断した。隠れた場所から飛び出して巣穴に入る。
地形をざっと確認する。巣穴の中央の天井には人が通れるほどの大きな穴が開いており、光が差し込んでいた。光に照らされて、大きな六つの卵があった。
(産みたての新鮮卵やな)
ランドルは卵を一つだけ取って、背負い籠に入れる。
ドドン・レックスの卵は重い。欲張りは禁物である。
身動きがままならない時にドドン・レックスと出くわしたら、お陀仏だ。
ランドルは足早に巣穴を離れる。
ドドン・レックスの卵の殻は固い。それでも限度がある。なので、慎重に運ぶ必要があった。
慎重かつ迅速に――が、求められるのが魔獣の卵採取の基本だった。
キャンプ地に無事に到達した。キャンプ地には四人のハンターがいた。
四人はまだ二十歳になったくらい、ランクでいうと、新人を卒業したハンターに見えた。
ハンターのリーダーがランドルの背負った卵を見ると、機嫌よく話し掛けてくる。
「背負っているのは、ドドン・レックスの卵かい?」
「そうやけど。お宅ら、もしかして、ドドン・レックスを狩りに来たんか?」
「そうだよ。できれば、巣穴の位置とか教えてくれると、ありがたい。時間の短縮になる」
ランドルは四人の装備を確認する。優秀なハンターの実力は持つ武具にも現われる。
だが、現れた四人のハンターの装備を見て、ランドルは不安を覚えた。
「あんな、これ、余計なお世話かもしれんけど、お宅らには、ドドン・レックスは、まだ早いと思うで。もう少し、他の魔獣で経験を積んだほうが、ええと思うよ」
リーダーの後ろにいた一番若いハンターが、不機嫌に反論する。
「本当に、余計なお世話だよ」
リーダーが若いハンターを宥めてから、ランドルに向き直る。
リーダーは真面目な顔で意気込みを表明する。
「俺たちの腕は俺たちがよく知っている。そのうえで、俺たちは獲物をドドン・レックスと定めた。それに、誰にだって、初めてはある。でも、初めてを乗り越えないと、先には行けない」
ハンター四人の顔を見るが四人は目を輝かせていた。
(これは、止めても駄目な奴やな。かといって、ドドン・レックスと戦う装備は持って来ていない。わいが行って、どうにもならんか。辛いところやな)
「そうか、やるんか。なら教、えたるわ。でもな、無理やと思うたら、逃げるんやで。逃げるのは、恥やないからな。死なない限り、敗北やない」
ランドルはドドン・レックスの居場所を教えた。
リーダーは地図を見て、明るい顔で告げる。
「ありがとう。これで時間を短縮できる。無事に帰れたら、ささやかだが礼をするよ」
「そうか。なら、期待して待っているわ」
ランドルは四人を見送った。だが、気分は暗かった。
(きっと、何人かは帰って来られんやろうな)
飛竜を呼んでブレイブ村に帰還する。
山海亭に卵を持って顔を出した。
「大将、ドドン・レックスの卵を獲ってきたで」
大将は卵を見て喜んだ。
「ありがとう、ランドルさん。それで、お願いがあるんだけど、また、明日もお願いできるかな」
「どうしたん? オムレツ・パーティでも、するん?」
「実は双竜亭でも、ドドン・レックスの卵を欲しがっているんだよ」
「あそこも、小さい店やからなあ。ええで、明日も獲ってきたる」
その日、山海亭で食事を摂ったあと、ランドルは早めに店を出る。
ランドルはハンター・ギルドに向かった。
ハンター・ギルドは村の外れにあった。建物は九百㎡ほどの広さを持ち、二階建てで赤い三角屋根の木造の建造物だった。一階が酒場兼ギルドになっている。
ギルドの受付には色白で赤い髪の女性がいる。名前はブリトニー。年齢は十九歳。一年ほどハンターをやっていたが、合わずに辞めて転職した女性だった。
服装は青のエプロンドレスを着て、革のレギンスを穿いている。
「ブリトニーはん、ちょっと訊たい。キャンプ地八番に降りた、ドドン・レックスを狩りにいった連中やけど、帰って来とる?」
ブリトニーが浮かない顔で応える。
「フレディさんのチームね。まだ、帰って来てないわ」
「そうか、まだ帰って来てないか? 悪かったな」
今日、ランドルはドドン・レックスから、卵として命を頂いた。
ドドン・レックスはハンターの命を戴き、命を繋いだ。
ヒッソス樹林ではハンターは常に強者ではない。
負ければ、また魔獣の命の繋ぐための糧になる。