九品目 七面鳥ジャーキー(前編)
山海亭で飲んでいると、顔を赤くした常連たちが陽気に話し合っていた。
「ハンターって、樹海に行く時に携帯食料を持っていくだろう。あれって、美味いんかな?」
「携帯食だろう? 美味いわけないさ」
キャシーが興味を示してランドルに訊く。
「携帯食って、不味いんですか?」
「それは、山海亭の大将の料理に比べたら負ける。でも、まあまあ、食えるで。それに携帯食と一口に言っても、色々ある」
常連が機嫌よくランドルに尋ねる。
「そうなのかい? 携帯食って、決まっていると思ったよ」
ランドルは常連に教えた。
「ハンターの中には携帯食に拘りを持つ者は多いで。凝り性な奴は自作しとる。そうやって自作した携帯食の中には、店売りの品より美味いもんも、あるはずや」
キャシーが少しばかり考え込む。
「店売りのより美味い携帯食かあ、お抓みにしたら売れるかな?」
「さあのう。でも、村にいる時ぐらいは、大将の料理を存分に楽しみたい」
「だよなー」と常連が相槌を打ち、店の中は和やかなムードになった。
店で携帯食の話題が出てから、ハンターたちの間でも携帯食が、ちょっとした話題になった。
ハンターたちが真面目な顔して議論する。
「携帯食の定番といえば、ビーフ・ジャーキーにビスケット、硬質チーズに干し果物だろう」
「何? お前、狩りに行って、そんないいもの食うの? 狩りの最中なんて、乾パンと干し肉で充分だろう」
(何や、ハンターの中でも話題になってきとるのう。食欲は自然な要求やから、わかる)
ちなみにランドルの携帯食は、干した鶏肉にチーズを練り込んだ厚めのビスケットだった。
鶏より豚や牛が美味いのはわかる。だが、ブレイブ村では鶏や七面鳥は飼われているが、豚や牛は飼われていない。
牛や豚の干し肉やジャーキーは輸入物で価格が高い。鶏や七面鳥の干し肉やジャーキーは安かった。少し変わった肉では鰐、蛇、蛙の干し肉もある。ハンターによっては昆虫を食べる者もいた。
ランドルは気になったので、ハンター・ギルドに行った時にブリトニーに訊く。
「ブリトニーはん、ハンターの間で、何が最高に美味い携帯食か話題になっているやろう?」
ブリトニーはあっさりした態度で教えてくれた。
「なっていますね。でも、決着が付きそうですよ」
「ほんまか? 何が美味い携帯食なん? ちと、気になるわ」
ブリトニーは胸を張って教えてくれた。
「それは、ローラさんの七面鳥ジャーキーです」
「ハンター自家製のジャーキーが一番に美味いんか。喰うてみたいな、分けてもらおう」
ブリトニーが慌てて止める。
「分けてもらう、は駄目です。ローラさんの七面鳥ジャーキーが美味しい、と評判が立ちました。それで、大勢のハンターさんが七面鳥ジャーキーを分けてもらおうとしました」
「何や。考える内容は皆、同じか」
ブリトニーが表情を曇らせて語る。
「結果、ローラさんは狩りに行けないほどジャーキー作りで忙しくなったそうです。それで、私はジャーキー屋じゃない。ハンターだと怒ってしまいました」
「ローラはんの気持ち、わかるわ。ジャーキー作りをやりたいなら肉屋をやるやろうからな。なら、美味い七面鳥ジャーキーは、もう手に入らんのか?」
ブリトニーは、にっこりと微笑む。
「いいえ、困ったローラさんは、しかたなく秘密の七面鳥ジャーキーのレシピをハンター・ギルドに提供しました。だから、食べたい人は自分で作るんです」
「そうか。なら、レシピを教えて。自分で作って、村一番の美味い携帯食を喰うわ」
ブリトニーがメモをくれたので、持って帰った。
翌日、メモを頼りにローラの七面鳥ジャーキーを再現する。
作るのに三日も掛かった。だが、できた七面鳥ジャーキーはスパイスと塩分が絶妙で、美味かった。
試しに、以前に美味い携帯食は何かと議論していた常連たちにも食わせた。
常連は笑顔で感謝した。
「これが、ハンターさんもっとも美味いと思っている携帯食か。どれどれ、少し歯応えが強いが、味は美味いな」
「俺には、少し塩っ辛く感じるな」
ランドルは教える。
「ハンターは一般人より筋力が強い。せやから、噛む力も強い。硬さは、それでも柔らかいで。それに、ハンターは汗を掻く仕事や。塩分もそれくらいで、ちょうどええんやで」
キャシーは感心した。
「ちゃんと考えられて、ハンターさん用に味付けされているんですね」
いつもは話に乗って来ない大将が興味を示して訊く。
「それで、その七面鳥ジャーキーは簡単にできるんですか?」
「樹海で採れる青唐辛子が必要な以外は、特に変わった材料はないで。青唐辛子は今の季節、どこにでも生っている。ハンターなら新人でも作れる」
大将は、ちょっとばかり残念そうな顔をする。
「樹海の青唐辛子が必要なのか。なら、完全自作は無理か」
「何や? 大将も携帯食に興味あるんか? ええで、青唐辛子くらい。難しい品やないから、注文してくれたら、何ぼでも採ってきたるで」
大将は控えめな態度で、やんわりと遠慮する。
「そんなに大量には作らないんで、頼むほどでもないかと」
「なら、他の食材を採りに行ったついでに採ってきて、安く卸したるわ」
大将は穏やかな表情で躊躇った。
「でも、青唐辛子は樹海の深度一にしか、生えていないでしょう。ランドルさんのご迷惑になりますよ」
「迷惑なんてことはないよ。わいの今の活動範囲は、もっぱら深度一~二やからね」
ランドルは他の香辛料を採るかたわら、青唐辛子を採ってきて、大将に安く売った。
大将はいたく喜んだ。
「ありがとうございます。山海亭にはハンターの常連さんが多いので、ハンターさん好みの味の研究に使います」
「研究熱心やな。そこがまた、好感が持てるとこや。これからも、香辛料を採りに樹海に入るから。必要なら言ってや。採ってくるでー」
ランドルが香辛料を採りに樹海に入っていると、金色の体毛を見つけた。
(あれま、珍しい物が落ちとる)
よく観察すると、黄金の体毛はゴールド・ベアのものらしかった。
ゴールド・ベアは体長八m、体重が十tにもなる、巨大な金色の体毛を持つ熊の魔獣である。
筋力が凄まじく、一撃で大木を引き裂き、岩をも砕く。
(ここは深度二や。本来ならゴールド・ベアが出るような場所やない)
気になって近くを探すと、足跡もあった。
(何や? ゴールド・ベアが、樹海の深度四から出てきているんか? これが本当なら、危険や。すぐに、ハンター・ギルドに報告せな)
ランドルは早めに採取を切り上げると、飛竜便でブレイブ村に帰った。
ハンター・ギルドでブリトニーに報告する。
「ブリトニーはん、異常事態や。ゴールド・ベアが深度二に出る。体毛と足跡を見つけた」
ランドルは、持ってきた金色の体毛を見せた。
ブリトニーはすぐに危険性を理解した。ブリトニーが真剣な顔で請け合う。
「深度二を中心に活動しているハンターさんには十分に脅威ですね。わかりました、警告を出す準備をします」
ランドルが金色の体毛を見つけてから、ゴールド・ベアのものと思われる痕跡が深度二で、いくつも見つかった。警告はすぐに出された。
警告の五日後。ランドルが採取から帰ると、解体場に人だかりができていた。
野次馬のハンターに尋ねる。
「何があったんや?」
野次馬のハンターが明るい顔で教えてくれた。
「マックスが全長七mのゴールド・ベアを狩ったんだよ」
(何や。マックスはんが退治したんか。なら、これで安心して採取に行けるな)




