八品目 天然蜂蜜酒(後編)
ランドルは危険な深度三以上の地域に行くと決めた。もし、煌めく蜜蜂の巣が樹海の深い場所にあるのなら、ハンター・ギルドに警告を出してもらうためだった。
ランドルは深度三以上の危険地域に行くのに、装備で迷った。
対蜂用の完全防備スーツなら、蜂から身を守れる。だが、魔獣からの攻撃に対しては、心許ない。かといって、対魔獣用の防具を選べば、蜂に刺される危険性がある。
ヒッソス樹海の蜂は危険なので最悪、二刺しであの世行きが有り得た。
(これは、技量でカバーするしかないのう)
ランドルは迷った末に防御力が劣る対蜜蜂用の防備スーツを選んだ。
深度三に降り立つ。深度三は深度一や二と比べても地形が入り組んでいたり、樹木が鬱蒼と茂っていたりする状況にはない。草食獣が存在して適度に樹木を食べているせいだ。
ただ、深度三からは人間や大型獣を喰う食肉植物が出現し始める。また、危険な魔獣が出るので用心も必要だった。
昔の記憶を頼りに蜜蜂のいそうな場所を探す。蜂の巣はあった。
だが、普通の蜜蜂の巣だった。そのまま、夜まで探すが、煌めく蜜蜂の巣はない。
途中で魔獣の咆哮や気配を感じた。だが、気配を消して隠れていたら、魔獣が気付かなかったのか、遭遇する事態にはならなかった。食肉植物も、形状を覚えているので避けられた。
翌日も保存食を食べて、深度三の調査をする。やはり、煌めく蜜蜂の巣は見つからなかった。
ランドルは一週間も樹海を彷徨った。だが、遂に煌めく蜜蜂の巣を見つけられなかった。
(ないのう、煌めく蜜蜂の巣。これは皆が探しても見つからんわけや)
一度、飛竜便でブレイブ村に帰って休息を取る。
ハンター・ギルドで訊くが、やはり煌めく蜜蜂の巣は見つかっていなかった。
一日の休息を摂り、深度四に降り立つ。深度四からは小型の草食獣が少ないので、森の木々が鬱蒼としている。それでも草食の飛竜や大型草食獣がいるので時折と木々がごっそりとなくなっている場所がある。
ランドルが深度四の樹海のキャンプ地十三番に降り立つ。樹海が微かにざわついていた。
(樹海が警告しとる、これは魔獣が活発に活動しておるなあ)
ランドルは用心しながら樹海を歩き回る。
蜜蜂の巣を探して、四つ目で煌めく蜜蜂ハチの巣を発見した。
(あったで、煌めく蜜蜂の巣や。深度四から稀にあるんやな)
その後も樹海を探し回ると、十個目の蜜蜂の巣が、煌めく蜜蜂の巣だった。
(十箇所を見て、二個か。運が絡むんやろうけど。煌めく蜜蜂の巣があるのは深度四からと思うたほうがええのう)
二つ煌めく蜜蜂の巣を採取した段階で、魔獣がゆっくり近づいてくる気配をランドルは察知した。すぐに手近な大木の上に避難する。
大木に登って隠れていると、下を全長十mで、太い胴を持つコブラが通過した。
魔獣の名はスチール・コブラ。
銀色に輝く体は鋼のように硬く、武器を通さない。その牙には強力な毒を持つ。中でも危険な攻撃は締め付けで強力だった。締め付けは大木をも数秒で砕き、人間なんて一溜りもない。
また、スチール・コブラは仕留めて獲物を丸のみにして体の傷を癒す再生能力を持っていた。
(やっかいな魔獣がおったで。ここはスチール・コブラの縄張りやったか)
スチール・コブラは大樹の上に隠れるランドルに気が付いた様子がなかった。
また、下にある煌めく蜜蜂の巣にも興味を示さない。
(さて、ここからどうやって帰るかやな)
ランドルの武器は鎖鎌、防具は対蜜蜂用の防護スーツ。スチール・コブラと戦うのは無理だった。
足場の悪い樹海ではスチール・コブラのほうが移動速度は速い。見つかったら、その時点で死亡が確定する。
ランドルは少し時間を置いてから蛇が進んできた逆方向に向かって歩き出した。
だが、すぐに、ランドルは魔獣の接近を察知する。無理に走らず、木の上に逃げた。
引き返してきたスチール・コブラがランドルのいる木の根本の辺りで、ぐるぐると回る。
(何や? わいの気配を追って来ているんか)
魔獣の中にはハンターを追尾するのが得意な個体がいる。どうやら、今回のスチール・コブラは追跡が得意だった。こうなると、少しずつしか進めない。
(行きは良い良い、帰りは怖い、やな)
降りては進む。スチール・コブラが接近してきたら木の上に逃げる。これを、ひたすら繰り返した。
木の登り降りは体力も精神力も使う。だが、慌てて走り出せばコブラの餌食となる。
ランドルは小まめに木の上に登り隠れる。スチール・コブラをやり過ごした。
一日掛けて進めて距離が二㎞だった。だが、ランドルは焦らない。
水を飲み、携帯食を齧る。鎖で木の上に体を固定して眠る。
二日目も同じような展開が繰り返される。
ランドルは木を登り降りしながらスチール・コブラをやり過ごした。
スチール・コブラはランドルがどこかにいるらしいとは思っているようだった。だが、上だとは気付かない。
一度、上を気にしたスチール・コブラに気付かれそうになった。だが、ランドルが上に逃げた後に、運よく全長二・五mの熊が通りかかった。
熊はスチール・コブラから逃げようとした。だが、熊は気付くのがあまりにも遅く、追いつかれ、丸呑みになった。
スチール・コブラは一時的に満足してランドルの追尾を止めたので、助かった。
(スチール・コブラに追われた獲物は陸地を走って逃げる。せやから、頭上は盲点なんやな。あまり賢い蛇でなくて助かったわ)
夜になると、木の上で眠る。進めた距離は三㎞。
三日目もコブラとの駆け引きは続いた。だが、この日はスチール・コブラの縄張りに獣が入ってきた。スチール・コブラは途中でランドルの追尾を止めた。
スチール・コブラが離れた隙にランドルは距離を稼いだ。それでも、進めた距離は六㎞。スチール・コブラはまだランドルを諦めていなかった。
(何や、あの、スチール・コブラ。どないしても、わいを喰いたいんか。こんなおっさん食うても美味くないやろうに)
スチール・コブラとの追いかけっこは四日目に突入した。二日目と三日目に餌にありついたスチール・コブラは元気だった。
ランドルは水も携帯食料も底を突いていた。だが、ランドルには採取した煌めく蜂の巣があった。水と食料の代わりにハチの巣を齧ると、力が湧き疲れが飛んだ。
まだまだ、スチール・コブラとの持久戦を続けられる気がした。
昨日と変わらず、木を登り降りして、ゆっくりとキャンプ地に向けて進んでいく。
すると、昼過ぎにスチール・コブラが急に追尾を止めた。最初は罠かと思って用心した。だが、いくら待ってもスチール・コブラが戻ってくる気配がしない。
スチール・コブラの縄張りを出たと知った。
ランドルはキャンプ地に行ってから、飛竜便を呼んでブレイブ村に帰った。
さっそく、ハンター・ギルドに顔を出す。
「ブリトニーはん、これを見て」
煌めく蜜蜂の巣を見せると、ブリトニーは驚いた。
「これはまさしく煌めく蜜蜂の巣。どうしたんですか、ランドルさん」
「樹海で探してきた。でも、これがあった場所は樹海の深度四や。しかも、スチール・コブラの縄張りの中。普通のハンターは採りにいったら帰れんで」
ブリトニーが危険度を理解していた。顔が曇る。
「そんなに危険な場所まで行かないと、ないんですか?」
「そうやで。だから、警告を出してや。腕が未熟なハンターは採りに行ったらあかんと」
ブリトニーは決意の籠もった顔で意気込んだ。
「わかりました。ギルド・マスターにさっそく情報を上げます」
「そうか、頼むで」
ランドルが帰ろうとすると、ブリトニーが慌てて引き止める。
「待ってください。煌めく蜂蜜の巣を売っていかれないんですか、物凄く高いですよ」
「売らんよ。これ、蜂蜜酒にして皆で飲むから」
ブリトニーは驚き引き止める。
「えええー、勿体ないですよ」
「これも狩りにでかけたもんの役得や」
二日後、お一人様一杯までで特別製蜂蜜酒が山海亭に並ぶ。
常連たちが幸せに顔をゆがませて語る。
「いやあー美味いな、これ。普通の蜂蜜酒と違うよ。味が力強く、気品に溢れている」
「うまいこというな、お前。ほんと、日に一杯しか飲めないのが残念だよ」
常連たちの笑い声を聞きながら、ランドルは少し大き目なグラスで特別製蜂蜜酒を飲んだ。




