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八品目 天然蜂蜜酒(前編)

 ランドルは対蜂用の完全防備スーツで、蜂蜜を採りに来ていた。

 樹海の中をすいすいと進み、蜜蜂の巣を探す。


 蜂のぶんぶんと立てる音を頼りに蜜蜂の巣を探した。蜜蜂の巣があった。

(お、あったで、蜜蜂の巣や。そんなら、悪いけど貯め込んだ蜂蜜を貰おうか)


 ランドルは鎌で蜜蜂の巣を切り取り、採取用の袋に入れる。

 充分に蜂蜜が溜まったところで、ブレイブ村に帰還した。


 蜜蜂が付着していない状況を慎重に確認してから、袋から蜜蜂の巣を取り出す。

 蜂蜜を遠心分離機に掛け、蜂蜜を採取する。


 店に出勤してきたキャシーと遭った。

「こんにちは、キャシーはん。今日の獲物は蜂蜜や」


 キャシーは微笑んで注意する。

「夏ですもんね。でも、蜂蜜の採取には気を付けてくださいよ。ヒッソス樹海の蜂蜜は美味しいですが、蜜蜂は危険です」


 ヒッソス樹海には蜜蜂が多い。ただ、ヒッソス樹海の蜜蜂は攻撃性が強く、針に毒がある。


 一匹の蜜蜂の毒にやられると免疫ができ、二匹目に刺されると、ほぼ確実にアナフィラキシー・ショックを起こす。この時に、治療薬として興奮の実か生命の秘薬を持っていないと助からない。


 非常に危険な蜜蜂である。運が悪ければ一度に複数の蜜蜂に刺されて死ぬ。蜂蜜採取は命懸けであった。


「そこら辺は注意しとるよ。ただ、この時期は蜂蜜採取にうってつけ。比較的に楽に稼げるから、止められんわ」


 ヒッソス樹海の蜂蜜には、普通の蜂蜜にはない生命力を高める効果がある。そのため、錬金術師たちが美容と健康の薬の材料にする。なので、高値で取り引きされていた。


 また、ブレイブ村の名産品である蜂蜜酒の原料にもなるので常に需要は多い。

 蜂蜜をハンター・ギルドで売ってから銭湯に行く。


 銭湯から戻ってきたランドルは山海亭に食事に行く。

 キャシーに声を懸ける。


「唐揚げと揚げ芋を貰おうか。あと、ビールや」

 キャシーは笑顔で勧める。


「ランドルさん、今日から蜂蜜酒が始まりましたよ」

「そうか、なら、ビールはやめて、蜂蜜酒のソーダ割を貰おうか」


 薄い金色に輝く蜂蜜酒がグラスに入れられて運ばれてくる。

 山海亭の蜂蜜酒は仄かに甘く、微かに花の香りがした。


(そうそう、この味と香り。夏が来たっちゅう感じがするのう)

 店を見渡せば、常連たちも蜂蜜酒を飲みながら、揚げ物を食べていた。


 常連たちが顔を綻ばせる。

「やっぱり夏と言えば、蜂蜜酒のソーダ割に熱い唐揚げだよな」

「俺は、どっちかというと蜂蜜酒に枝豆だけどな」


 キャシーが笑顔で話の輪に加わる。

「どっちでもいいです。蜂蜜酒はまだありますから、じゃんじゃん飲んでくださいね」


 山海亭に笑い声が響く。

 その日、ランドルは山海亭の大将に、蜂蜜酒の原料となる蜂蜜を持って行こうとした。


 蜂に対する完全防備で蜂蜜を採取していく。すると、奇妙な蜜蜂の巣を見つけた。

 奇妙な蜜蜂の巣は大きさが一抱えもあり、(ほの)かに光を放っていた。


(何やろう? ハチの巣が煌めいとる)

 光っているからといって、上物だとは限らない。下手をすれば新種の凶悪な蜜蜂の巣かもしれない。


 新種の毒蜜蜂の巣なら、調査してハンター・ギルドに報告しなければ犠牲者が出る危険性があった。


(大丈夫や。わいが装備しているのは対蜂用の完全装備や。刺される事態はない。それに、興奮の実も持っとる。何かあっても、生きて帰れる)


 ランドルは、そろそろと蜂の巣に近付く。煌めく蜜蜂が巣から出て襲い掛かってきた。

 だが、全身を覆う、大熊の魔獣素材で作ったスーツには、傷一つけることができない。


 楽勝かと思った。すると、蜜蜂からばちばちと音がした。最初は何の音か全然わからなかった。

 観察すると、蜜蜂同士がぶつかって火花を散らしていた。


(何や? この蜂は、怒ると電気を放つんか。これ、まずいわ。普通の対蜂用スーツでは電気で穴が空く。空いた穴から蜂が入ってきたら、死亡や)


 魔獣素材なので簡単には電気を通さず、穴も空かない。だが、怒った蜂の攻撃を受け続ける状況は危険だった。そのうち、蜜蜂の巣がばちばちと言い出した。


(これは、巣の中の蜂が一斉に放電しとる。手で掴かんだら、感電するな)

 ランドルは蜂の巣を漏電させて蜂の巣をショートさせられないかと思った。


 試しに水筒に入っている安物のワインを巣にぶっかけた。

 ばちばちと激しい音がして水蒸気が上がった。


 蜜蜂の巣から放電が止んだ。そっと蜜蜂の巣を突くが、痺れはしなかった。

 慎重に鎌でハチの巣の三分の一を切り落として、ハチの巣を採取した。


 採取した蜂の巣から蜂を追い払い、袋に詰める。煌めく蜂の巣を採って家に帰った。

 家で蜂の巣をばらして遠心分離機に掛ける。キラキラと輝く蜂蜜が採れた。


 さっそく、煌めく蜂蜜を瓶詰にして、ハンター・ギルドのブリトニーを訪ねる。

「ブリトニーはん。今日、樹海を探索していたら、煌めく蜜蜂の巣があったんよ。そしたら、こんな、輝く蜂蜜が採れた」


 ブリトニーは不思議そうな顔をして、蜂蜜の入った瓶を眺める。

「この蜂蜜、微かに輝いていますね。でも、煌めく蜂蜜なんて、聞いた覚えがないわ」


「わいも、初めてや。これ、いくらぐらいになるの?」

 ブリトニーが眉間に皺を寄せて、腕組みをする。


「全くわかりませんね。お金が掛かりますけど、鑑定に掛けてから競りに出してみますか?」

「そうやなあ、とりあえず、毒だったら困るから、鑑定には出すわ」


 鑑定に出したあと、砕いたハチの巣にお湯を加えて蓋をしておいた。

 二日おいて匂いを嗅ぐと、酒の匂いがした。


(蜂蜜を絞ったあとの蜂の巣にお湯を漬けておいたら、残っている蜂蜜が発酵して蜂蜜酒になっとる)


 試しに、ちょっとだけ舐めてみる。普通の蜂蜜酒より、すっきりとした甘みがあった。また酒としての深みがあり、爽やかな味わいがした。


(何や。村で流通している蜂蜜酒より、数段に美味い蜂蜜酒ができたで)

 飲んでしばらく様子を見る。だが、体に不調はなかった。それどころか、体が軽くなった気さえした。


 健康に害がなさそうなのでもっと飲むと、元気がもりもり湧いてきた。

(これ、普通の蜂蜜酒と、ちゃうで。生き物に備わっとる力を引き出す蜂蜜酒や)


 健康によさそうとの理由もあったが、何より美味かった。ランドルは再び煌めく蜂蜜酒が飲みたくなった。


 装備を調えて樹海に入る。だが、煌めく蜂蜜の巣はすでに何者かに採取されて、なくなっていた。

 その後も、樹海を彷徨(さまよ)う。だが、普通の蜜蜂の巣しか見つからなかった。


(ダメや。魔獣か人かは知らんが、持っていかれた。心を動かすほど美味いもんは、すぐになくなるのう)


 煌めく蜜蜂の巣が見つからなくなったので、普通の蜂蜜採取に精を出す。

 一週間が経過する。鑑定結果がそろそろ出たと思った。ハンター・ギルドに出向いた。


 鑑定料を払って、鑑定書を受け取る。最後の想定価格の欄を見て、びっくりした。

「何、この価格! 蜂蜜一瓶が火竜一・五頭分やて」


 ブリトニーが困惑した顔で教えてくれた。

「火竜一・五頭分は最低価格だそうです。競りに出せばもっと高い値が付くだろうと鑑定者は評価していました」


「いくら美味いと言うても、蜂蜜やで」

「でも、錬金術師にとっては至高の一品だそうです。現に鑑定した錬金術師も火竜二頭の値段を出すから譲ってほしいと申していました」


(これ、来るな、煌めく蜂蜜ブーム)


 ランドルの予想は当たった。煌めく蜂蜜を欲しがる錬金術師により依頼が出される。依頼の達成報酬は高く。ハンターの半分以上が煌めく蜂蜜を探しに樹海に入った。


 樹海は深い場所に行けば行くほど危険な魔獣が出る。ハンター・ギルドでは樹海の危険度を深度と呼んでいた。


 ランドルがいつも採取に行く場所は、深度一~二。なので、ハンターたちは深度一から二を探した。だが、煌めく蜂蜜はなかった。


 見つからないハンターは深度三~五の危険地域に入っていく。深度三からは魔獣の強さが強くなり、熟練ハンターでも帰るのが難しい。


 そんな場所に、欲に目が眩んだまだ経歴の浅いハンターが入っていく。

 結果、怪我人と行方不明者が続出した。


(わいがとんでもない品を見つけてしもうたばかりに、大変な事態になったのう)

 ランドルが煌めく蜜蜂の巣を見つけなくても、誰かが見つけたかもしれない。それでも、ランドルの心は痛んだ。

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