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七品目 痺れ鰻(前編)

 痺れ鰻と呼ばれる毒のある魚がいる。旬は夏。色は普通の鰻よりやや黄色み掛かっている。

 普通の鰻と違い火を通しただけでは、毒は抜けない。だが、竜炎袋の油を塗って火で炙ると毒は抜ける。


 毒を抜いた痺れ鰻は鰻の三倍美味いと評価されていた。

 朝、ランドルが日課の体操をしていると大将と出くわした。大将が明るい顔で尋ねる。


「ランドルさん、今日は何を採りに樹海に入りますか?」

「何や? 欲しい食材があるんか? あるなら、言うて。取ってくるで」


「実は痺れ鰻をお願いしたいんです。明日の宴席に使いたいんです」

「痺れ鰻か。時季的に旬の食材やね。焼き物で宴席に出したら喜ばれる。ええで、挑戦させてもらうわ」


 ランドルは鰻の捕獲用の漁具を準備すると、樹海に降り立った。

 樹海に流れる大きな河を遡って漁具を仕掛ける場所を探していると、若い女性ハンターに遭った。


 女性は褐色の肌で、肩まである黒髪を後ろで束ねていた。年齢は若く、まだ十代の後半だった。

 ハンターの新人がよく着る革のハンター装備に身を包み、背中に太刀を背負っていた。


「こんにちは。今日は、天気がいいですな」

 当たり障りのない挨拶をしておく。


 新人ハンターの表情は暗く、怒っていた。

「天気がいいのはいいけど、こっちは散々よ。誰かに魚を盗まれたわ。他人の仕掛けた漁具から魚を持って行く泥棒がいるなんて、がっかりよ」


「それは、いただけんな。どれ、ちょっと漁具を見せて」

 ハンターから漁具を受け取って調べる。


 漁具に着いた小さな傷跡から、ランドルは魚を盗んだのはハンターではなく、猿だと見抜いた。

「これ、ハンターの仕業やないで。わっぱ猿と呼ばれる猿の仕業や」


「えっ」とハンターの顔が歪む。

「ほれ、ここに爪痕がある。人間にこんな爪はない」


 ランドルが漁具に着いたわずかな痕跡を示す。

「指摘されれば、小さな傷が付いているわね。でも、猿が漁具を引き上げて魚だけ持っていくなんて頭のよい悪戯(いたずら)を、するかしら?」


「悪戯やないよ。猿にしてみれば生活が懸かっているからのう。ヒッソス樹海の猿は頭が、ええんやで、漁具から魚を取り出すなんて、お手のものや」


 ハンターは不満あり気な顔をするが納得する。

「そうなのね。猿の仕業か。なら、諦めるしかないわね」

「狩り言うんは、獣との知恵比べの一面もあるからのう」


「わかったわ。次はもっと猿からは、わからない位置に仕掛けるわ」

「そうや、色々と工夫するところが狩りの面白さでもある」


「ところで、貴方のお名前は何て言うの?」

「わいか? わいはランドル。主に採取や罠に掛かった魚を売って生活しているハンターや」


 ハンターは表情を緩め、優しい顔をする。

「私はサラ。今年からハンターを始めたの。よろしくね」


「そうか。今度は上手くいくといいな」

 ランドルはサラと別れた。


 河の上流に行き、目立たない場所に漁具を隠すように設置した。

 翌日クーラー・ボックスを肩に掛けて、漁具から魚を回収に行く。


 漁具には鰻が三尾に痺れ鰻が三尾と、結構な収獲があった。

(痺れ鰻が一尾か二尾も掛かれればええと予想しとった。なのに、三尾も獲れるとは、ついておるのう)


 手際よく痺れ鰻をクーラー・ボックスに移す。

 また、漁具に餌を入れて仕掛けておく。


 歩いてキャンプ地を目指すと、河沿いでサラと遭った。

「サラさん、どうや、景気のほうは?」


 サラはがっくりした顔で告げる。

「また、魚だけ持っていかれました」


 ランドルは辺りを見回す。

「ここは場所が悪いから、猿に狙われやすいかもしれんな」


 サラは不機嫌な顔で抗議する。

「今度はきちんと隠しておきましたよ」


 ランドルは親切丁寧に教える。

「隠すと一口に言うても、ただ、木の枝で漁具が目に入らんようにするだけでは駄目やで。もっと自然に隠さんと」


 サラが上目遣いに尋ねてくる。

「ランドルさんはどこに仕掛けているんですか?」


 ランドルはきっぱり教えるのを拒絶した。

「それは、教えられんわ」


「ケチね。少しくらい教えてくれてもいいでしょ」

「ライバルのハンターになら、なおさらや。ええ場所が取られてしまう」


(厳しいようやけど。的確なポイントを自分で見つけられるようにならんと、やっていけん)

 サラは肩を落として、落ち込んだ。


「わかったわ。努力してみるわ」

「そう、落ち込まんと、挑戦することや。サラはんは新人やろう。何事も最初から上手くいくとは限らん」


「たかが、魚の漁だって甘く見ていたのかしれんわいね」

「魔獣を狩るのも、魚を獲るのも一緒や。相手は力の限り生きている生き物やで」


「生きる力を舐めていたのかもしれないわ」

 サラと別れて、山海亭に行く。


「大将、痺れ鰻が運よく三尾も獲れたで。普通の鰻も三尾も獲れたけど、買い取ってもらえるか?」

「いいですよ。宴席に使う痺れ鰻は二尾でいいので、一尾はどうします?」


「ほな、一尾は焼いて出してくれ」

 痺れ鰻の焼き物ができるまで、酒をチビチビと飲む。


 時間を掛けて大将が焼き上げてくれた痺れ鰻に、ランドルは満足した。

(今日から、しばらく鰻漁をするのも、ええかもしれん。店の常連も普通の鰻やなく、痺れ鰻を喰いたいやろうから、獲ってきたろう)

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