木屋町の女
和泉「叔父さん!止めて!兄ちゃんも手え離して!順ちゃんの葬式やで。止めてよ!」
和泉、二人の間に割って入ろうとする。
太「(和泉に)おまえは出て来るな。引っ込んどれ!(和泉を左手で突き飛ばしたあと、右手で義男の首を鷲掴みにして)こっち来んかい。離れで話つけたるわい」
義男、太の手を振り払おうとするがビクともしない。太、片手のままで義男を引きずっていこうとする。息が出来ずに苦し気に身をよじらす義男。
和泉「駄目!兄ちゃん、手を離して!(再び間に入って太を引き離そうとするが叶わず、室内に叫ぶ)誰か来て!お父ちゃん、兄ちゃんを止めて!」
正夫や親戚の男連中が数人廊下に出て来る。
正夫「こ、こら、太、止めえ!お、叔父さんになんてことを……」
親戚男A(50位)「太!止めんか!手を離せ!」
親戚男B「太兄さん、葬式やで!葬式!場所をわきまえんと……」
男総がかりで太を離す。祭壇前で目をキョロキョロさせながら、読経も途切れがちな僧侶。力なく顔をハンカチで覆う律子。
〇斑鳩の里・道端の茶屋
向一と志那乃が縁台に腰掛けている。学生風の若い男たち数人が通りかかる。
学生A(20位)「おいおい、見てみぃ、あれ」
学生B(20位)「おう……ええなあ、妬けるなあ」
学生C(20位)「ご新造はん、若い男と並んで腰かけて……旦はんに云いつけまっせ」
学生A、B、C「(揃って哄笑)」
云い返そうとする向一を手で制して、
志那乃「それはお目の毒でしたなあ。一昨日お越しやす」
志那乃の度胸の良さに毒気を抜かれて通り過ぎる男たち。
向一「失礼なやつらですね」
志那乃「お気にせんと。それよりここのお茶とお団子をお召しやす。評判がようて美味しいおすえ」
気を取り直して勧めに応じる向一。うららかな正月の青空。大池をはさんで薬師寺の遠景が見える。
志那乃「学生はん、仏像を見るときは目がきつうおすなあ。なんでやろ」
向一「あの……仏像に込められた想いを感じようとしているのです」
志那乃「込められた想い?仏師の……ですか?」
向一「両方です。仏師と、その仏像を拝んだ人たちの、両方」
志那乃「ふうん、そやったら、そこから悲しい想いが伝わって来まへんでしたか?」
向一「なぜそう思うのです?」
志那乃「……〝観音の白き額に瓔珞の影うごかして風わたる見ゆ″。 あるいは〝みとらしの蓮に残る褪せ色の緑な吹きそこがらしの風″。これって会津八一っていう歌人の歌ですけど、両方ともさっきあんさんが法輪寺で見とった、十一面観音菩薩を詠んだものどす。意味取れますか?」
向一「さ、さあ、急に古語を述べられても……」
志那乃「(軽笑)取れまへんやろな。うちもようわからへんけど純なものが汚れて行く、堕落して行く悲しみを詠んでいるような、そんな気がしますねん。うちが木屋町の女やさかい……そんな気がするんやろか」
向一「木屋町の女?」