向井順一の葬式
〇奈良葬儀所内
律子と和泉に声をかける向井義男。
義男(和泉の叔父、55)「律子はん、和泉ちゃん、しっかりな。辛いやろうけど、気ぃしっかり持って。な!?」
律子「義男はん……おおきに。ありがとうございま……(嗚咽で声にならない)」
義男「(何度も肯いて)偉いなあ、和泉ちゃん、あんたも。自分が泣きたいやろうにお母はん支えてあげて。辛いやろうけどここは堪えてや。な?あとでなんぼでも叔父さんの前で泣かしたる。叔父さんが皆、受けとったるさかい。な?」
義男二人のもとを離れ、傍らにいる向井太に声をかける。
義男「太、ちょっと来い……」
義男と太、廊下へと出て行く。
太(和泉の義理の兄、35)「なんやの、叔父さん。血相変えて」
義男「なんややない!太、おまえ、弟が学校でいじめられとったの気付かんかったんか?あ?なんで自殺するまでほったらかしとった?」
太「そないな事云うてもな、わし、順一とはあまり話せえへんかったしな。喝上げされてたのも何も、それこそ自殺するまで気づかんかったわ。わし、順一とは18も年離れてんのやで。それに……」
義男「それに、なんや?後妻の、継母の子だってか?あほんだら。そない心掛けやさかい順ちゃんも相談できへんかったんや。まったく……ええか、太。おまえはここの、山城屋の跡取りやで。跡取りなら跡取りらしく、もっとシャンとせんかい!えーっ?……店の仕事は律子はんや和泉ちゃんに任せっ放しで、おのれは廓通いばかりしとるそうやないか。兄貴もああいう人やさかい、おのれにピシっと云えへんのや。代わりにわしがここで云うたる。順ちゃんの死をきっかけにして、今後は心改めい!わかったか!」
太「なんや云われっ放しやな。わしを極道みたいに云いないや。叔父さん。葬式の場やさかい、こらえておくけどな」
義男「なんやとぉ……?こらっ、太!おまえ漬物の仕込みもよう覚えんと、店の切り盛りも何もせえへんで……聞けばえろう高い芸子に熱上げてるそうやないか。兄貴が、い、いや、おまえのお父はんが何も云われへんからと云うて……あまり好きさらすなや!」
太「そこまで云うか?なんぼ叔父さんかて、辛抱できへんで。色町通いは漬物を、商品を大量に買うてもろうとるお客はんへのお返しや。接待、営業や。業界のことなんも知らんくせに、出過ぎたこと、云うな!」
義男「き、貴様……」
向井正夫、最前からの廊下の様子を気遣って気弱げに和泉に仲裁を頼む。
正夫(和泉の父、60)「い、和泉、ちょっと見たってくれ。廊下へ出て、仲裁したってくれ」
和泉、母親を父に託して廊下へと出る。義男が太の胸倉を摑んでいる。