斑鳩の里・道行き
〇法隆寺から法輪寺への道
初春ののどかな日差しのもと連れ立って歩く向一と志那乃。
志那乃「そうですか、東京からお寺はんを撮りに…お寺はん好きなんですか?」
向一「(志那乃の美しさにのぼせながら)はい。それと仏像が。そ、それに、いま歩くこの斑鳩の里の風景も、やはり好きです」
志那乃「そうですか。お若いのに古風なことどすなあ。学校のお仲間うちでも、珍しいんとちゃいますの?」
向一「仲間と云っても……ぼくには友人があまりいなくって、よくわかりません。あの……ぼくにはここが、この斑鳩の里が、極楽浄土のように思えるんです」
志那乃「極楽!?(多少吹き出す)なんで?なんでここが……?」
向一「は、はい。あの、その……芭蕉の、〝夏草や強者どもが夢のあと″……が連想されてしまうんです……そ、その……人間たちの争いの果ての、夢浄土のような気がして……あ、あの、失礼ですがあなたは、ここや京都あたりが、昔の凄まじい権力闘争の場だったことをご存知ですか?」
志那乃「へえ、まあ……学生はんほど詳しくはおへんけど」
向一「親兄弟であっても血で血を洗うような、千年以上にわたる権力闘争の、凄まじい一大縮図だったのです。だからこそ彼らは寺を建てた。おのれの罪業消滅と、万一の際の厭世出家の場ともしたわけです。でも今は、その権力も東に移って久しい。だから……極楽浄土なんです。争いの凄まじい念と、反対にそれゆえに浄土を求めた強い念がかつてあって、そしてその両方ともがいまは嘘のように消え失せて、ただ寺と仏像があるばかりです……この2つの強烈なコントラストが、今に響く往時の余韻となって、我々に何かメッセージを伝えているような気がしてなりません。ぼくはその余韻を、現れた極楽浄土への波動を、このカメラで写したいんです」
志那乃「ふうん、そうどすか。なんやらわかるような気もしますなあ」
向一「ほんとですか!?だったら恐悦です!(小声で)あなたのような美しい方に……あ、あの、失礼ですが……あなたはなぜ、ここへ?お1人で……」
志那乃「……?」
向一「で、ですからあの、つまり……あなたのようなお綺麗な方が、たった1人で参拝に来るなんて……その」
志那乃「(合点したとばかり肯いて、また向一の初心さ加減を楽しむように)うちも友達おらへんさかい?(軽笑)……そうどすなあ、もしかしたらうちも、昔の人達と同じように、罪滅ぼしと、お清めに来たのかも知れまへん……(上空を指差して)あ、鳩……」
空に回遊して来た鳩の群れ。