緑な吹きそ
向一「(気の抜けたように)はあ……じさ、つ……ですか」
志那乃「へえ、自殺……どす」
向一何を云っていいか判らず、脇に置いた自分のカメラの電子ダイアルやモード切替ダイアルをいじっては返事を考えるが、なかなか言葉が浮かばない。
志那乃「まあ、まあ、しょうもない話をしてもうて、うちは(軽笑)すんまへん。堪忍しとくれやすな、学生はん。あんさんが法隆寺でいじけてはったのを見たとき、つい弟を思い出してもうて…余計なお誘いをしたばかりか、こないわやくちゃ(滅茶苦茶)まで聞かせてもうた(軽笑)」
向一「いいえ!……あ、あの、ぼくは、その……その、なんと云ったらいいか……あなたをお慰めも出来なくて……」
志那乃「まあ……おおきに(礼をする)。うちのような女にご親切賜りまして。(小声で)かいらしい(可愛い)ぼんぼんや。いえね、もう2年も経ってもうて、うちはもう何とも思うてまへんの。あんさんと違うてほんまアホな弟で……例のアレですわ。「人生不可解」とか云う口ですねん(笑い)たった一人の姉を残して、あっけなく往んでもうた。もうもう……往ぬなら往にさらせで、却ってサバサバしてますねん(笑い)」
向一「あの……今よく分かった気がします。さきほどおっしゃった会津八一って歌人の、〝緑な吹きそ〟とは弟さんのことだったんですね。あの、じょ、状況の察しがつきます。あの……あの、弟さんに代わって、お、お詫び申し上げます!(一礼する)」
志那乃「まあ!……(言葉に詰まって、向一を暫し凝視。涙ぐみさえもする)まあ、かなわんわ、このあんさんは。玄人女を泣かせたりして(バッグからハンカチを出して一瞬目に当てたあと)……おおきに。ありがとうございます(丁寧に礼を返す)。一瞬でも弟に会えた心地させてもらいました(軽笑)。さっきは貶してしもうたけどほんまは弟もあんさんと同じ、とってもやさしい子やったんです。「蛍のお墓」の逆で、早い内から姉弟二人だけで暮して来たもんやさかい、人一倍姉思いの、やさしい子やった……




