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第二話

 目覚まし時計のアラームでゆっくりと意識が覚醒する。

 余程深い眠りに就いていたのか、体を起こすのに時間が掛かってしまう。

 頭を振ってベッドから降りて着替えを済ます。

 余所行きの服に着替えてリビングに行くとパパとママが珈琲を飲んでいた。

「おはよう、良く眠れたみたいね」

「うん、もうすっきり」

「じゃあ、そろそろ教会に行こうか」

 家族揃って日曜日のミサに行き、午後から迷宮に挑む。


 一度家に戻って装備を身に付けてから迷宮の有るパリ地下墳墓に向かう。

 地下墳墓の入り口付近で辻チームを組んで挑む。

 狼相手と成ってからは複数人数で挑む事が暗黙のルールと成っており、シーカー仲間が居ない人間は入り口付近で臨時チームを組むのが慣例と成っている。

 丁度午後から間引きに入る二十代半ばの三人のチームに参加させて貰う事に成った。

「俺の名前はヨアン・ヌグゥ、取り敢えずリーダーをやっている。よろしくね」

 差し出された手を握って私も名乗る。

 もう一人の白人男性はカンタン、黒人男性はブノワと名乗った。

 私も名乗り返すと地下墳墓入り口から迷宮の入り口までの間にメンバーから散々ナンパされる。

 緊張の為に返事も「ありがとう」としか言えない。

「僕が守ってあげるよ」「君みたいなジョリーな子がシーカーに居るとは思わなかった」「格好良い所を見せないとな」等々。

 むしろこれから戦闘に成るのに余裕が有るのだと感心してしまう。

 良く見てみると腰に下げた武器もただのステンレスバトンではなく、先の鈍らせた鋲を打ち付けている。

 肉に刺さると抜くのに手間取るから、鈍く、でも力が集中する様に良く考えられていると思う。

 照明の無い迷宮に足を踏み入れた所で、デバイスの暗視装置が起動して視界が変わる。

 ステンレスバトンを構えて一度深呼吸して、気合を入れて周囲の変化を見逃さない様に見回しながら進んで行く。

 埃っぽさとカビの微かな臭気に眉を顰める。

 私とヨアンが先頭を残りの二人は後方に陣取って腰を落としながら進む。


 迷宮に入って十分位経った所で前方から何かが来る音がする。接近速度と地面を連続で擦る様な音から狼だと判断して足を止めて構える。他のメンバーも構えて狼の接近を待っていると三頭の狼が雄叫びを上げて躍り掛かってきた。私に向かって飛び掛かって来た一頭を躱しながら頭部に一撃を入れる。怯んだ所を畳み掛ける様に二度三度とバトンを振るった。一撃目で脳震盪でも起こしていたのか,動きが鈍った所を繰り返し殴りつけてトドメを刺す。


 周囲を確認するとヨアンは既に駆除を終えており、カンタンは背後から攻撃されない様に周囲を警戒し続けていたらしい。

 役割分担でスムーズな連携が取れると言う事だと思う。

 良いチームだと思う。

 私の周りだと余り熱心なシーカーが居ない事も有って新鮮だった。

 連携の取れたチームに混じっている事の安心感も有ってその後の遭遇戦も無難に戦えたと思う。

 手足に食い付かれたりもしなかったし、昨日は初陣でガチガチだったのだと今にして理解出来た。

 時間を確認すると最初の戦闘から二時間が経過している。

「そろそろ道を戻らないと遅く成る」

 彼等のリーダーのヨアンが迷宮を引き返す事を提案する。

 帰り道でも一回や二回は遭遇戦が予測されるし妥当な判断だと思い同意する。


 位置取りはそのままに振り返って後衛の二人が前衛に陣取った。

 私も後衛列から前衛列に移って移動を開始する。

「そんなに頑張らなくても良いんじゃないのかい?」

「いいえ、ここは学び頑張るべき所よ」

 ヨアンに諌められたし体力的にはキツイけれど我を通すと宣言をする。

 こんな連携の取れたチームで練習が出来るチャンスをみすみす手放すつもりは無い。

「君はジョリーではなくて、ベルな女性だったんだね」

 時折は可愛い人と言われたりもするけれど、中身有る美人と言われたのは初めてで戸惑ってしまう。

 それに迷宮で狼の間引き活動の最中に言われる口説き文句もどうかと思う。

 流石にムードが無さ過ぎる、そう思い苦笑する。

 迷宮を戻りながら三十分程の間に二度の遭遇戦が有った。

 遭遇間隔が短い様にも思うけれど、こう言う事もあるのだろう。

 二度とも私は前衛として駆除に打って出た。

 趣味でテニスをやっていた経験から、バトンを振るう手首もまだ大丈夫そうだと判断して先頭に陣取って出口に向かって進んで行く。


 突然、本当に何の前触れも無く地面が光り出した。

 暗視装置がオフに成る位の強烈な光量に目が眩む。

 思わず悲鳴を上げてしまう。

 周りでも驚きの声が上がる。

 何秒間、何十秒間かの後に光が収まる。

 視力が回復するのにはもう暫く掛かりそうで困った。

 こんな時に狼に襲われたら反撃も出来ない。

 そんな事を焦って考えていると今の光が何だったのかに思い至り焦りが増す。

「ねえ、大地が光ったわよね?」

 私の短い問いにヨアンが補足込みで正確に答えてくれる。

「ああ、迷宮が出来た時、変遷が起きた時、氾濫が起きた時に、地面が光る……、ああ、そう言う事か……」

「先ず視力回復まで待って、それから全力で退避しよう」

 ヨアンと他のメンバーが短く打ち合わせをし、私もそれに同意する。

 パチパチと繰り返し瞬きをしていると徐々に視界がぼんやりと変わって行く。

 あと少しで完全に回復する。

 そんな時に遠くで声が聞こえた。

「今声が……」

「悲鳴……だったよな?」

「どんどん近づいて来てない?」

 耳を澄ますと声は悲鳴だった、そして悲鳴がどんどん近付いてくるのが分かる。

「何だ? 何が起きている?」

 誰かが慌てた声を上げている。

 無視すればパニックを起こしてより悪い展開に成りかねない。

「分からないわ、でも不味い事が起きているのは確実だと思う」

 そんな話をしていると自分達が目指している方向からも悲鳴が聞こえる。

 前方の声は悲鳴の後は怒号が混じっている。

 後方は悲鳴を上げたままドンドン近付いてきている。


「視界は回復したか?」

 ヨアンの問いに全員が答えた所で足早に移動を開始する。

 現在地から出口まではまだ距離が有る為に走るのは控えた方が良いと言う判断だろう。

「ブノワとカンタンは後衛(こうえい)、後衛は後方警戒厳(こうほうけいかいげん)に」

 咄嗟に出た言葉からどうやらヨアンは士官学校卒業生らしい事が分かる。

 後方監視なんて出来ない私は前衛に回された。

 ヨアンも前衛に入った。

 小走りに進んで行くと前方で戦闘しているのが遠目に見える。

 後ろでは多数の悲鳴が迫ってくる。

 完全に挟まれた形で状況が見えて来ない。

 悲鳴が反響してもうどこで誰がどんな状況なのか分からなくなってきている。

 心細さを飲み込む程の焦燥感が胸の中を占めていく。

 前方で戦闘しているシーカーグループを見やると顔を引き攣らせて戦っている姿が視界に飛び込んでくる。

 闘っているのは、骨?

 頭から爪先まで白骨化した人間の骨が自立し、筋肉の欠片も無い腕を振るってシーカーに攻撃をしている。

 余りに想像を絶する光景に頭の中が真っ白に成ってしまう。

「え? 骨? 骨がなんで動いているの?」

 衝撃的過ぎる光景に全員の足が止まる。

 戦闘中のシーカーも気圧されジワジワと後ろに下がってしまっている。

 下がってきたシーカーと接触して漸く危険な状態にいる事を思い出した。

「動く骨……、モンストル(モンスター)よね? 当然……」

 シーカー達はドンドンと後ろに下がっていき私自身が最前列にまで追いやられていた。

 目の前でカタカタと音を立てて迫ってくる骨に生理的嫌悪感が生まれて、私の中の攻撃性が噴出する。

 頭の中には兎に角排除して迷宮を脱出しなければ、しか無かった。


 振り上げられた左腕の骨目掛けてステンレスバトンを思い切り叩き付ける。軽い破壊音を伴って細い(しゃっ)(こつ)は折れたが、(とう)(こつ)は太かった為に折れなかった。骨が折れたにも関わらず、そんな事には頓着せず振り上げた腕を振り下ろしてくる。振り下ろされたモンストルの左手を右の肩口に受けてよろけてしまう。

「きゃっ!」


 痛みに思わず声を上げてしまう。軽いはずの骨だけの体にも関わらず、人間に殴られたのかと思う程の衝撃と痛みが有った。怯みそうに成る心と痛みを抑え込んでバトンを振りかぶって、骨の関節部分を殴り付ける。骨が軋む音と鉄を打ち付ける音が響いて、骨の肘関節を割って破壊する事に成功した。一端下がって呼吸を整えてから飛び込んだ。バックハンドで今度は右肘を砕く為に思い切り殴り付ける。派手な音を立てて関節が砕けて右腕が吹っ飛んだ。これで両腕を封じたと安堵して骨の様子を窺う。足が止まった瞬間に骨は大口を開けて肩に噛み付いてきた。プロテクターに噛み付いて砕こうと顎を動かし続ける。プロテクターを砕かれたら肩も無事には済まない。ギョッとして冷や汗が噴き出す。

「離れて!」


 バトンを振り回して骨の首を殴り付ける。固い骨と、力の入らない体勢での攻撃では倒すに至らない。ミシミシと硬化プラスチックのプロテクターが軋んでいる。近距離に有る頭蓋骨とその音にどんどん焦りが募って行く。五回六回と首の骨を殴り続けた所で漸く首の骨が折れて胴体と切り離す事に成功する。切り離したのが正解なのか頭蓋骨も動かなくなり、力が抜けたのかプロテクターを噛んでいた顎を外して地面に転がる。


 胴体も音を立てて後ろに倒れ込んで骨同士がバラバラに成る。

 周囲を見回すと骨は一体だけだったのか正面にはなにも居ない空間が広がっている。

 安堵感に力が抜けたのか尻餅を着いてしまう。

 腰が抜けてしまったのか力が入らない。

 今頃に成ってショッキングさに震えが訪れた。

 バトンを手放して両腕を抱えて身を丸める。

「君、大丈夫かい?」

「ええ……」

 余程緊張していたのかここで後方からの悲鳴が耳に届いた。

 困った、腰から下の感覚が無い。

 足が動かない。

 逃げられない。

 後ろから悲鳴と怒号が響いてくる。

 目の前に散らばる骨が姿を消して光を反射する一握りの妙な塊だけが残っている。

 手を伸ばしてそれを拾うと、腕を掴まれて体を起こされる。

「何をやっているんだい君は? 君が道を切り開いたんだ、さあ脱出だ」

 そう促されるが腰から下に力が入らず立ち上がれない。

「足がどこか行っちゃったみたいに動かないの」

「ああ、そう言う事か、了解」

 そう言ってヨアンは私を抱きかかえて周りを促しつつ走り出した。

第三話以降は毎日20時に更新いたします。

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