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第一話

「いい加減に! 離れて!」

 腕部プロテクターに牙を立てている狼の首にステンレスバトンを叩き付ける。喰い千切ろうと頭を振り続ける狼に繰り返し攻撃を加えて、首の骨を砕いて絶命させる。乱れる呼吸を整えながら周囲を確認すると、辻パーティーのメンバーは既に駆除を終えていた。


 皆手早いと思ったけれど、私が遅いだけだと思い直す。

 狼が毛皮に成るまで休憩をして、気を取り直して駆除作業に復帰する。

 十数頭単位の群れと遭遇し、私達五人は時間を掛けて狼の駆除を続けている。

 迷宮に潜って半日が経過した所で今日の作業を終了させた。

 全員が疲労し足取りが重たいのが見て取れる。

 私はと言うと疲労困憊と言う感じで皆に付いて行く事以外考えられないでいた。

 床の砂利を踏みしめながら迷宮(ダンジョン)とカタコンブ・ド・パリの境界線を越えた所で安堵の溜息が出た。

 バトンを握り締めた、痙攣した手がなかなか開かずに難儀する。

「シーカーってこんなに大変なんだ……」

 左手で指を一本一本剥がす様にして漸くバトンを手放せた。

 バトンを腰のホルスターに差した所で身体が思わず震える。

 全身の疲労感と冷えた汗の不快感が押し寄せてくる。

 ヘルメットを外すと汗で湿った髪が流れ落ちた。

 毎朝、コテで縦にロールさせた髪も真っ直ぐに成ってしまっている。

 足の重さに閉口しながら地上に出ると夕方の空が視界に広がる。

 地下数km、墳墓、迷宮と今まで触れた事が無い世界から私自身が暮らす日常に戻って来たと感じた。

 そう、私は今日初めてシーカーとしてモンストル(モンスター)の駆除をしたのだ。

 私の住むパリの街を守る為に。


「ただいま~」

 玄関でリュックを下ろし、編み上げのブーツを脱いで家の中に入る。

 一瞬室内スリッパを履こうかとも思ったけれど、汗も掻いているし止めた。

「おかえりなさい、無事に帰って来たわね」

 そう言われてママに笑顔を向けるとハグをされた。

 埃と汗でドロドロだったから遠慮したのに、ママはお構い無しに私を抱き締めた。

「ママ、汚れちゃうわ」

「良いのよ、貴女が頑張ってきたのだもの」

 そう笑顔で言い切られると少し照れ臭いけれど笑うしかない。

「シャワー浴びてきなさい」

 そうママに促されて言われた通りに浴室に行った。


 クリーム色の壁紙の浴室と自分の格好のミスマッチに笑ってしまう。

 まず浴室でプロテクターを外して、それから防刃服とインナーを脱いで洗剤とお湯の温度を設定して洗濯機を回す。

 下着はネットに入れて洗濯籠に入れて、浴室に戻ってシャワーを浴びる。

 熱いお湯を被り髪と肌を温める。

 全身の強張った筋肉が一気に弛緩してそのまま座り込んでしまう。

 熱めのお湯を浴びながら全身を指先でマッサージしながら解していく。

 十分位そのままで居ただろうか? 漸く腰に力が戻った所で立ち上がって髪や全身を洗い、並べたプロテクターにもお湯を掛けて埃や土を洗い落とす。

 シャワーとスキンケアを終えたらプロテクターを拭いて部屋に戻る。


 ガウンを纏って装備品の確認を行う。

「わぁ、噛まれた所傷だらけ……」

 両手足のプロテクターには牙の跡が点々と刻まれている。

 バイク用のプロテクターを改良した高密度プラスチックに付いた傷を指先で撫でる。

 幸い割れたり貫通したりはしていないが、真新しかった防具はたった一日で使用感の溢れる物に成ってしまった。

 防具が無ければ今頃私も氾濫時の犠牲者と同じ事に成っていたのだと実感する。


「傷隠ししちゃおうかな」

 少し考えて机にプロテクターを並べてドレッサーからマニキュアの瓶を取り出す。

 傷隠しを兼ねて模様を描いてみる事にする。

 鼻背デバイスでネットに接続してサンプルに成りそうなデザイン画を調べる。

 良い感じのデザインが思い浮かんだ所でマニキュアの色を選ぶ。

 普段使う物は勿体ないから使えないし、プロテクターが黒の為柔らかい色は似合わない。

 昔買ってあまり似合わなくて使わなかったラメ入りの赤を選ぶ。

 細くラインを引いて蔦が絡まる様に模様を描いていく。

 面白く成ってしまいオレンジやイエローも使って模様をグレードアップさせていく。

 小一時間掛けて満足のいくデザインでプロテクターが完成した。

 赤い蔦にオレンジとイエローで火を描き足して炎の蔦がガントレットに巻き付いている、そんなデザインで完成した。


 我ながら良い出来だと頷いているとパパの声で呼ばれる。

 集中していてパパの帰宅に気が付かなかったらしい。

「おかえり、どうしたの? パパ」

「洗濯が終わったみたいだから声を掛けたんだ」

「あ、ありがとう」

 パパにお礼を言って洗濯物を回収して部屋で干す事にする。

 自室でスペクトラ繊維を編み込んだ無地の戦闘服をハンガーに掛ける。

 インナーは手首足首まで有る長袖のボディースーツでこちらも別のハンガーに掛けた。

 こちらも防刃素材が使用されていて現代版のチェインメイルと言った物。

 本来ならとても高価な筈だけれど、シーカー免許を持った人間には驚く程安価で購入出来る。

 氾濫以降、フランスでは防刃繊維を織り込んだ洒落た衣服が流通している。

 衣服の値が上がったのが悩み所だけれど、身の安全には変えられない。

 あの氾濫は私達パリッ子のトラウマだ。

 シーカーがコンスタントに狼を駆除している迷宮では氾濫が起きておらず、逆に未発見迷宮や交通の便が悪くてシーカーがあまり集まらなかった迷宮では氾濫が起こった事が判明している。

 氾濫が起きる・起きない、の明確な間引き数は判然としないけれど、やらなければいつ危険な状況に成るか分からない。

 結果、時間と体力に余裕が有る大学生がシーカーとして活躍している。


 氾濫が起きた結果、狼の毛皮の買い取り額が上がってバイトとしても定着した感が有る。

 それでも牙を持つ動物と対峙する事の怖さからシーカーの数はあまり増えなかったけれど。

 EUの政策の一環で、移民をシーカーとして起用する政策も布かれたが、自国を捨てられる、ある程度余裕の有る移民が危険と隣り合わせのシーカーに成る筈も無い。

 結局、極々一部のフランスに根差す覚悟の有る人間だけが間引き作業に従事した。

 大半の移民とフランス人が職を取り合う現状は目立たない所で軋轢を生み、重なって行く。

 フランス右派の主張としては「移民として頼るならその国を支える姿勢を見せろ」と。

 そして移民側の主張としては「危険から逃げてきたのだから、優しくしてほしい」と。

 これはEU全土で同じ様な議論が続いている。

 ギスギスとした空気がパリの街並みに見え隠れしていた。

 パリに昔から住んでいる人間の大半は私を含めて「移民も手伝って欲しい」と思っている。

 パリの街の治安向上に参加して欲しいと思っている。

 氾濫が起きた当時、住まいの無い移民がテントで寝起きしていた。

 そして、そこに狼が襲い掛かった。


 予期せぬ事だった為に軍や警察の対応が遅れて本当に多数の犠牲者を出した。

 氾濫の処理が終わった後、移民に対して迷宮内での間引きの協力を呼びかけた。

 しかしシーカーの人数が思った程伸びなかったし、むしろ関係は悪化。

 結局政府は移民からの協力者を諦め、自国民だけで処理していく事を決めた。

 シーカーに対する優遇措置等を法的に定めた。

 移民に対する予算を削ってシーカー予算を手厚くしたら移民がデモを起こして揉めたりもした。

 紆余曲折の結果、長期的な姿勢で臨む事と成り国民の一体感を芽生えさせる為に短期間の徴兵制が今年から敷かれる事に成った。

「安全に生活する権利を守る、その意味を実体験する為の徴兵制」らしい。

 実際、徴兵期間に戦地に送られないし、迷宮にも送り込まれない。

 只々団結力と氾濫時の生存能力の向上を謳っている。

 迷宮での間引き作業に軍も動いているのはどの国も同じ。

 軍人として抱えられる人員数は限られているけれど、迷宮に対処する人間はまだまだ必要だった。

 その為にも早い段階から愛国心を育成したいのだと思う。

 政府としては上手くシーカーに成る様に誘導したいのだろう。

「シーカーって厳しい仕事ね……。でも、頑張らなきゃ、また反乱が起きたら困るもの」

 一日中緊張していたのとシャワーを浴びたせいで疲労感が押し寄せてきた。

 今横に成ると寝入ってしまいそうだけれど、座っているのもダルくて誘惑に負けてベッドで手足を伸ばした。

 大学の兼ね合いも有るから基本土日とか休みの日しかやらないけど、頑張って活動しようと思う。


 ウトウトしてた事も自覚する事も無く、ママに起こされて寝入ってしまった事に気が付く。

「ありがとうママ、寝るつもりは無かったんだけど寝ちゃってた」

「そうね、緊張していたのね。仕方が無いわ」

「シーカーの大変さを思い知ったわ」

「さあ、食事にしましょう」

 ママに促されてリビングに移動するとパパももう席に着いていた。

「お待たせパパ」

「余程疲れていたみたいだね、大丈夫か?」

「ええ、緊張して疲れちゃったみたい」

「あまり無理はするな? 君だけが頑張る必要は無いのだから」

「私だけが頑張ってる訳じゃないわ、今は一人でもシーカーが必要なのよ」

「それは分かっているが、パパは心配なんだよ」

「有難うパパ、私は大丈夫」

「さあさあ、食事にしましょう」

 ママに促されて三人で夕食を囲んだ。


 食卓に並んだのはお魚とホタテのムニエルとオニオンスープ、お肉が並んでいないのはママの配慮?

 だとしたら凄く嬉しい。

 正直、肉を殴る感触、骨を砕く感触で今はお肉を見たくなかったから。

 この辺り、シーカーを続けている人は慣れているのかしら?

 慣れるとしても私はもう少し掛かりそうに思える。

 リラックスしたからかしら?一口ムニエルを頬張ったら口角が上がる位美味しく感じた。

 焦げたバターの濃厚さと塩味で頬がキュウッと成る。

 テーブルワインとの組み合わせも抜群で幸せな溜息が零れる。

「ママ、凄く美味しいわ」

「そう? なら良かった、ちゃんと食べて今夜はゆっくり休みなさいね」

 ムニエルもポトフも一口一口味わってお腹から体が温まって行くのが分かる。

「ありがとう、パパママ」

 安堵の吐息交じりにパパとママに答える。


 食事を終えて自室のベッドに腰掛けるとマッサージの揉み返しなのか倦怠感が押し寄せてきた。

 緊張感が良い意味で体に芯を入れていたのかも知れない。

 今はその芯が抜けた様にダラけてしまう。

 暫く日本の漫画の翻訳版を読み耽って、体が落ち着いた所でストレッチを行う。

 明日は筋肉痛に成るのが予想出来たから、少しでも軽減する為に筋肉を動かしておく。

 特に、必死にステンレスバトンを握り締めていた為、腕が既に痛い。

 パキパキと微かな音を関節が立てて血行が良く成って行くのが分かる。

「明日、筋肉痛で動けないって訳にもいかないものね……」

 デバイスでMTVを観ながら小一時間、ストレッチを続ける。

 右腕を酷使した為か姿勢が右側に傾いている気さえしてくる。

 じんわりと体が温まった所で切り上げて、 バスローブを脱いでベッドに潜り込む。

 瞼を閉じて夜の闇の中に溶け込む様にして眠りに就いた。

第二話がこの後20時に更新されます。


戦闘描写の部分、読みにくいかも知れません。

十数秒の戦闘に緊迫感を持たせる為の表現ですので、ミスでは有りません。

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