第十八話
これが軍人の思考なのだろう。
無謀でさえなければ多少の無茶は飲み込めてしまう、その精神性。
指示を出すのが私である事が申し訳なくなる。
「ジャンヌ、俺達は全部承知でやっているんだ。だからそんなに気に病まなくて良いんだ。第一、俺達は『君だから盛り立てたい』と思って一緒に行動してるんだ。初めてスクレットと遭遇した時、奮い立った君だからこそ」
ヨアンの言葉にカンタンとブノワも笑顔で頷いた。
三人はあの時に印象がよほど強いみたい。
私としては怖いながらも頑張った、としか思っていないのに。
過大評価されている気がする。
「まだその話をするのね」
もう、苦笑するしかなかった。
いい加減三人の評価が痛い。
「もう良いわ、次行きましょう」
無理矢理に話題を切り捨てて、蛍石を回収して通路を進む。
新装備に慣れる為、私達はローテーションで前衛と後衛を入れ替えながらスクレットの駆除を続けた。
一群れ四体、多い時で五体。
一時間に三、四回は群れと遭遇する。
稀に二つの群れと同時にぶつかる事も有るけれど、実際の所そんなに苦は無かった。
スクレットの攻撃で怪我をしないと確信を持った今は怖い物も無い。
私達は勢いに乗ってそのまま間引き活動を行い、昼に一度地上に出て再度迷宮に籠る。
午後からも遭遇する度にスクレットを駆除し続けた。
「だいぶスムーズに駆除が出来るようになったわね」
「そうだね、これでジャンヌ隊の結成を宣言出来る準備がほぼ整ったと思うよ」
「人員の選定は済んだの?」
「この週末で決定する事に成ってる」
ヨアンの言葉に頷きつつ、溜息が漏れる。
本当に名称はジャンヌ隊と成らしい。
確かに、ジャンヌ・ダルク・ドゥの精鋭部隊なのだから正しいと言えば正しいのだけれど。
ジャンヌ隊だと私の部隊にしか聞こえないのが困る。
これも慣れるしか無いのだけど、ジャンヌ・ダルクを僭称する罪深さに内臓が締め付けられる様で辛い。
ドゥを名乗るのも、慣れない指示出しをするのも想像以上に苦しい物だった。
出来るだけ澄ました顔で居る様にはしているけれど、ね。
私達は土日をフルに使って新装備を体に馴染ませた。
スクレットの駆除ペースは国内最速だと確信が持てた所でヨアンから提案と言うか、ジャンヌ隊の正式な結成と発表を行う旨通達された。
早急にパリ迷宮をどうにか沈静化させなければ、大統領の支持率低下が止まらない状況に成っている。
やはり首都での氾濫は失策以外の何物でも無かった。
同時に、他国の首都――東京迷宮が最速で沈静化された前例も有って、比較されてしまうのも仕方が無かった。
陸軍を投入させたいのだろうけど、EUと言うよりもNATOに人員を取られている関係上、そこまで手を広げられないのも頭痛の種ではあった。
その為にも、大々的かつ華々しく迷宮対応のアピールをしたい、と言うのは理解出来る。
「何かスピーチしなければならないのかしら?」
「そうだね、大演説――は必要無いけど、宣誓位は必要に成るだろう」
ヨアンの言葉に溜息を吐いて、宣誓の文言を一緒に考えてもらう事に成った。
ディベートは人並みに学んでるけれど、群衆を鼓舞するなんて分からないし。
この辺りは政府の専門家からのテコ入れも有るだろうし大丈夫だとは思うのだけれど。
予定としては週明け早々に、と言う事に成った。
すこぶる気が重い、けれど仕方が無い。
「その時は、この鎧で良いのよね?」
「ドレス姿のジャンヌも見たいけれど、鎧姿で全員集合だね」
全員集合、と言う言葉に一人、どこまでも悪目立ちする人物に思い至って顔を見合わせた。
「彼はどうするの?」
「どうするか……アドバイザーとして同行するけれど、ジャンヌ隊には入らないって扱いで良い、のか? 確認しておくよ」
銀の西洋甲冑の一団の中に黒い鎧武者が混じってる違和感は凄まじいし、統一感が損なわれてしまう。
政府にしてもジャンヌ隊その物の規模も小さいし、実際はパフォーマンス色の強いポーズでしかない。
私達と政府の温度差は乖離しているとは言っても、下手なツッコミを受ける要素は排除すべきだ。
「マツーリィにはスーツで参列して貰って、日本からのアドバイザーだと紹介するのが良いわね」
手配しておく、とヨアンは言ってどこかに連絡を始める。
漸く動き始められる、そう思うと緊張もするし安堵もする。
他者の思惑は関係ない。
私達はフランスを脅かす迷宮の駆逐を目指す、それだけ。
むしろどこかの段階で政府からストップを掛けられる可能性を私は警戒している。
迷宮産の蛍石の総量は私も知らないけれど、輸出可能な純度の蛍石の鉱山を抱えているのと同じだから。
これを政府がみすみす手放すとも思えない。
特に今の大統領ならば、特に。
元々フランスはストとデモの国だし、輸出品が減る事を国民も容認するとも思えないし。
その割に自分達でやろうとしない人間の方が多い、それが問題なのだけれど。
「ついにジャンヌのお披露目か」
「私の、じゃなくてジャンヌ隊のお披露目よ」
「ジャンヌとジャンヌ隊のお披露目だよ」
カンタンの言葉を修正するとブノワが被せてくる。
私自身の立ち位置はマスコットかアイコンの役割でしか無いのだけれど、二人は必要以上に私を前に押し出そうとする。
なんだろう? お気に入りのおもちゃを自慢して回る子供みたいなものだろうか?
溜息交じりに二人に釘を刺して置く。
「兎に角、ジャンヌ隊を国民に支持して貰える様に頑張らなきゃ。二人もお願いね?」
「「了解」」
二人の返事に不安を覚えながら頷くとヨアンが戻ってくる。
「お待たせ、結成式と発表は金曜日の午前中に決まった。諸々手配と根回しは俺達の方でしておく」
「あぁ、金曜日は休まないといけないのね」
「そうだね、可哀相だけど」
「まあ、仕方が無いわ、休学も考えなきゃいけないわね……」
ジャンヌ隊の活動規模次第だけれど、大学を休学して迷宮に専念しなければならない可能性が高い。
まあ、どうにか成るから良いけれど。
「後で選抜したメンバーのリストを送るよ」
「ええ、お願い。じゃ、帰りましょうか?」
蛍石の買い取りと打ち合わせを終えて私達はそれぞれの帰路に付いた。
アパルトマンに帰宅後、着替えてリラックス出来る格好に成って、調べ物を開始する。
「評価の高いスピーチ、ってザックリとし過ぎだけど……」
ネットに上がっているスピーチの動画を検索して参考に成る物を探していく。
音声入力で短めのスピーチを取り敢えず作って、ヨアンに確認してもらう為に送信する。
夕食の準備とシャワーを済ませた所で返信がきた。
スピーチの修正版とジャンヌ隊のメンバーのリストだ。
私達四人を除く十一人の細かなデータに驚く。
「これって、プライバシーとか本当に大丈夫なのかしら?」
驚くほど詳細に記載された個々人の情報に頭が痛くなる。
何人かはヨアンに引き合わされて面識が有るけれど、知らない人物もそれなりに居た。
「誕生日は……まだ先なのね。え? 結構年上なんだ……」
そんな、資料を眺めたり、原稿を書きあげたりと、ジャンヌ隊発足の準備は進んでいく。