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第十七話

 夢見が悪かった。

 朝起きた時から機嫌が悪かった。

 気分転換にお肌のお手入れをたっぷりケアする事にした。

 鏡に映る自分の顔を少しでも奇麗に見える様に。

 それから迷宮に入る準備をする。

 防刃レザーのツナギを身に着けて、逡巡する。

「鎧……、着て出歩かなきゃ、よね……」

 ジャンヌ・ダルク・ドゥに成ると決めたのなら、せめて迷宮の往復から私はジャンヌ・ダルク・ドゥとして行動を求められるのだから。

「私はドゥ。私はドゥ。私はジャンヌ・ダルク。私はジャンヌ・ダルク・ドゥ」

 繰り返し自分に言い聞かせながら、鎧を順々に装着していく。

 全てを身に装備して、兜を小脇に抱えて部屋を出る。

 土曜日の午前、衆目に晒されるのには勇気がいるけれど、役立たずのモグラと呼ばれながらもモンストルを駆除しているシーカーの地位向上の為だ。

 家が特定されるのも承知の上だ。

 その内引っ越さなければとは思うけど、いっその事郊外に引っ越して馬で乗り付けてやろうかしら? その位開き直った方が良い気がしてきた。

 まあ、馬なんて乗れないし、軽量化されてても甲冑を着て乗ったら馬が可哀想だからやらないけど。


 最後に深呼吸をして胸を張って表通りに出る。

 出来るだけ颯爽と、自信に満ち溢れてます、って顔をして歩く。

 険しい顔も真面目な顔も駄目。

 明るく、微かに微笑みを浮かべる位がちょうど良い。

 すれ違う人達の驚いた顔や怪訝そうな顔。

 面白がって写真を撮る人も居る。

 写真を撮ろうとする人には少しだけ微笑み掛ける。

 きっとSNSで変な奴がいた、とか書かれるのだと思うけど。

 ジャンヌ隊が正式に発足して、活動を開始したら見向きもされなくなるだろうし。

 今は目立つ、格好良く目立つべき時だから。

 テンポ良く歩いてパリ地下墳墓の敷地内に入る。

 以前は観光客で溢れていたけど、面白半分で見に来て狼やスクレットに襲われては堪らない、と閑散としている。

 地下墳墓への入り口建物の脇にヨアン達が鎧姿で待っていた。

「「「おはよう、ジャンヌ」」」

「おはよう、今日も良い天気ね、少し暑い位。カンタンもブノワも今日は一段と凛々しいわ」

 二人の鎧姿を見て正直に褒める。

「ジャンヌ、神の威光を感じるよ」

「ああ、眩しい位の美々しさだ」

「元々勇気溢れる女性だったけれど、今日は一段と輝いているよ、ジャンヌ」

 三人の賞賛の言葉が照れ臭くくすぐったく、そしてきちんとドゥを演じられている事に安堵する。

 親しい三人はこれで納得するとして、私を知らない人達を乗せられるかは分からないけれど。

 それだけが不安ではある。

「さあ、行きましょう」

 三人を促して、私達は地下墳墓に入った。


 地下墳墓を通り抜け、迷宮との境界線で立ち止まる。

 髪を後ろに流してから兜を被って振り返る。

「準備は良い? なら――行きましょうか」

 唇の端を持ち上げて笑うと三人も笑って頷いた。

 腰から下げた銀戦鎚を手に私達は迷宮に挑む。

 足音が洞窟の壁に反響して、暗闇に溶けていく。

 少し歩くと右手に小部屋が見える。

 確認するが中には誰も、何も居ない。

 息を吐いて次の小部屋へと向かう。

 分岐に差し掛かり、ケミカルライトの無い方に同じ物を設置して奥に進む。

 こちらは手付かずな為、早々にスクレットと遭遇した。


「カンタン、ブノワは手前のスクレットを、私とヨアンで奥の二体をやるわ」

 そう言って私達はリュックを下ろして動き出した。

 盾のグリップを握り込んで全速で走り込む。

 スクレットの群れをかき分けて奥の一体に狙いを定めて躍り掛かる。


 踏み込んで右足が地面に触れると同時に、戦鎚をスクレットの頭蓋骨に叩き込む。ほとんど抵抗も無く戦鎚が触れた個所が崩れて砂に成る。奥に目をやって他にスクレットが潜んで居ないか確認してから振り返ると、ヨアンもカンタンもブノワもそれぞれ戦闘を終えていた。


「どう? 鎧を着て戦った感想は」

 カンタンとブノワに問いかけるけど、二人は首を振った。

「一撃で片が付いてしまうと感想も何もないよ」

「プロテクターと重量は変わらないから問題は無いかな。違いとか感想って程の物も無いし」

 確かに質問が悪かった。

 防具の感想を求めるなら攻撃を受けて防いでからしか判断出来ない。

「それもそうね、なら次の群れは数分間攻撃禁止で、防御力の耐久テストをしましょうか」

 笑顔でカンタンとブノワに言うと、二人は呻いた。

「諦めろ、ジャンヌは昨日自分で飛び込んでったよ……」

 ヨアン達の呆れた視線が痛い。

 そんな視線から逃げる様に足元に転がった蛍石を拾い上げる。

「盾の使用感とか鎧の耐久力とか、ある程度把握するのに必要だったのよ?」

 少し気まずいけれど、自分は間違っていないと胸を張って主張する。

 ここで引いたら残念女扱いされるから。

「それで? どうだった?」

 カンタンの切り返しに少し考えて答える。

「そうね、まず盾、防御力は十分、あと無理矢理間合いを作るのに便利。鎧は、バランスを崩して倒れない限り大丈夫。殴られても痛みもほぼ無かったわ」

 昨日試して感じた事を端的に説明する。

 攻撃を受けた瞬間、チタンとD3Oの組み合わせが一cmの装甲板に成る為、怪我をする事も無い。

 本当に優秀な防具を作って貰えたと思う。

 まあ、これもマツーリィの提案と言うのが苦いけれど。

 いや、考え方を変えよう。

 彼はフランス政府が招いた協力者で、その経験をアドバイスするのも仕事なのだから。

 そのアドバイスを当然として受け取るべきだ。

 ライバル視する必要性は無いし、向こうもそんな視線を向けられても困るだろう。

 だから、もう少し好意的に接するのが正しい姿勢だと、自分に言い聞かせる。


 私達はリュックを回収して奥に進んだ。

「防具への信頼性がアクティブさに繋がるって思い知ったわ」

 銀戦鎚でスクレットの駆除が容易に成った事と合わせると本当に大きな違いと言える。

 つまりそれは武器を最大限に生かせる間合いを自由に選べると言う事だから。

 俗に言う「あと一歩の踏み込み」が出来るか出来ないかに繋がる。

「言いたい事は分かるけれど、そんなにも違うのかい?」

「勿論、人に()るわよ? 少なくとも私は踏み込める様に成っただけ」

 ブノワの疑問に端的に答える。

 腰が引けて掠らせるのが精一杯、と言うシーカーだって居たと思うし。

 この位の防具が流通すれば劇的に変わる気がする。

 難点はチタンで作るのが難しい点だとは思うけれど。

 そう言う意味でも、私達が率先して積極的に迷宮と向き合わなければならないし、一日も早く沈静化させなければ成らない。


 少し歩いて次の小部屋に差し掛かった所でスクレットが小部屋から出てきた。

 五体のスクレットが現れたと思ったら通路側からも追加で現れた。

 追加のスクレットは四体、合計九体のスクレットがカタカタと音を立てながら群がってくる。

「カンタン、ブノワ、ヨアンも一分間攻撃せず防御に徹して、それから排除。出来るわね?」

 間違いなく私達が結成されるジャンヌ隊? の中核に成る。

 ならば私達が出来る事をきちんと把握しておく必要が有る。

「「「了解」」」

 三人が声を揃えて答え、そして駆け出した。

 スクレットの中に飛び込み盾で顔を防ぎつつ、その全身でスクレットの攻撃を受ける。

 ガツンガツンと鎧を叩く音と腰を落として衝撃に耐える三人の姿が胸を締め付ける。

 ダメージは出ないのは私が経験済みだけど、「無抵抗で攻撃を受けろ」なんて無茶な要求をした事が辛い。

 それでも、ジャンヌ隊? を結成した時、私は上辺だけでも指揮、指示を出さなければならない。

 無茶を求める事も有るだろう、その予行練習をする様にヨアンに言い含められている。

 泣きたい気分に成りながら三人の耐える姿を見つめ続け、一分が経過した所で声を上げる。

「三人共! 反撃開始!」


 私の声に反応した三人は瞬時に反攻に転じ銀戦鎚を振るう。左腕の盾を横薙ぎにしてスクレットを押し退けて、銀戦鎚を振るえる間合いを作って自らを取り囲むスクレットの頭蓋や頚骨を砕いていく。正面のスクレットを蹴り倒して、その隙に左右のスクレットを駆除。たたらを踏んだスクレットに止めの一撃を打ち込んで戦闘が終了する。


 三人の動き、体裁きは明らかに同一の戦闘訓練を受けたものだったと思う。

「三人共お疲れ様、大丈夫? 怪我はしてないと思うけど……」

 戻ってきた三人の鎧にも盾にも傷一つ無い。

 でも問題は攻撃を受け続けると言う精神的なダメージの方だ。

「大丈夫だよ、ジャンヌ。君が耐え抜いたのに俺達が耐えられなかったら、共に戦えやしないさ、なあ?」

 ヨアンが朗らかに笑い、そしてカンタンとブノワに同意を求める。

「勿論! ジャンヌに格好悪い所は見せられないね」

「指揮官が耐えられる事を先に試しているのに、俺達が逃げ出す訳が無い」

 カンタンとブノワの頼もしい言葉に目の端に雫が溜まる。


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