表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/31

第十四話

 思わず手に持っていた籠手を腕に嵌めて、もう一つも手に嵌めようとした所でストップが掛かる。

「鎧には身に着ける順番が有るんだよ、先に籠手を嵌めると指先が自由に成らなくて着れないからね。まず足からだ」

 そう言ってグリーブ(脛当て)を指さして笑う。

 籠手を外して膝当てを両の脚に装着する。

「次は太腿、これだね」

 新たなパーツを示して次々に装着手順を説明される。

 ブレストプレート(胸側鎧)バックプレート(背側鎧)を金具で締め上げてからヘルム()を被る。

 最後に右手、左手の順番で籠手を嵌めて装着は完了した。


 腕を振ったり肩を回したり、全身を動かして甲冑が動きに干渉しない事を確認する。

「凄いね、重く無いし動きも制限されないんだ。内側が柔らかいのは衝撃吸収材?」

「そうだね、シーカー用のプロテクターのデータが有るから甲冑もデザインし易かったらしいよ」

「顔を守るバイザーは跳ね上げ式なのね?」

「ジャンヌの美貌を隠すのはデメリットだって意見とジャンヌの美貌を損なう武骨なヘルムじゃ駄目だって意見が有ってね。跳ね上げ式に成った訳」

「はいはい、ありがとう」

「それにスクレットは腕を振るってくるけど真っ直ぐのパンチはしてこないから、顔をガードする必要はそこまで無いしね」

「そういう事ね、それなら受けるなら肩かヘルムで受ければ良いわね」

 ヨアンとのやり取りでこの甲冑の運用方法は何となく分かってきた。

 これなら今まで以上に頑張れると確信した。

 自分に言い聞かせる様に、自分を納得させる様に何度も頷くとヨアンが口を開く。


「俺達はもう少し焦らなきゃいけないと思う」

「どう言う事? 確かにジャンヌ・ダルク・ドゥ計画は遅れさせられないのは分かるけど」

「いや、そうじゃないんだ。マツーリィの事なんだ」

「彼がどうしたの?」

 ヨアンが何を懸念しているのかが掴めずに困惑してしまう。

 少なくともヨアンは私ほどマツーリィに対抗意識は持っていなさそうなのに。

「俺達の出遅れが長引けばマツーリィがパリの迷宮を鎮静化させてしまいそうなんだ」

「え? まさか単独で最深部まで行くって? そんなの体力的に無理よ? 人間の限界を超えているわ!」

 ヨアンの突拍子も無い言葉に思わず強い声を出してしまう。

「うん、ソロでは無理だけど、彼が他のシーカーとチームを組んだら可能だと思うんだ」

「交互に休憩を取ってワンチームで突貫するって意味、よね?」

「ああ、彼は現時点で数人のシーカーを数日は雇えるだけ稼いでしまってるんだよ。勿論迷宮の鎮静化は大歓迎だが、それを外国人に任せてしまうのはフランス人として許容出来る物じゃない」

 まさかヨアンの言う通りにマツーリィが身銭を切ってそこまでするか? とも思うけれど、フロントランナーの思考は読めない。

 ただ、フロントランナーとして君臨するシーカーのバックボーンには、迷宮に対する憎悪に近い怒りを抱えている気もする。

 そうで無ければあそこまでストイックで、装備に力を入れて、挙句外国の迷宮にまで手を貸すとは思えない。

 日本の七ヵ所の迷宮全ての中心人物と言う事を考えるとタガが外れていると考えた方が良いのかも。


「つまりヨアンはこの週末の内に私達のチームを完成させてマツーリィを引き込まないと、って考えている訳ね?」

「うん、幸いジャンヌもマツーリィへの反抗心も無くなったみたいだし」

 痛い所を突っ込まれてしまうが、ここで引くのは癪だからと言い返す事にする。

「ヨアンだって日本から来たフロントランナーに驚いてた癖に。私だけみたいに言うのは狡いわ」

「とは言っても、俺はジャンヌみたいに寝ても覚めてもマツーリィの事を考えてた訳じゃないぞ?」

「そんなんじゃない! 何でそうなるのよ! なんで私が!」

 顔が赤くなるのが自分でも分かる。

 全く予想して無かった角度からの攻撃に思わず声を荒げてしまう。

「ん? 俺はジャンヌがマツーリィにライバル心を燃やして、頭から離れないって言っただけだよ?」

 ヨアンの子供を揶揄う様な顔に腹の底から怒りを覚える。

「でも実際、良い男だと思うよ? 態々命懸けで他国の迷宮の鎮静化に手を貸そうなんてさ。論文を公表し続けるだけで済む話なんだから、彼の立場なら」

 そう、ヨアンの言う通り、マツーリィは世界中で指折りの迷宮研究者だし、第一人者と言っても良い。

 それがフィールドワークではなく、鎮静化の為に汗を流している。

 私達の常識では考えられない事をしている。

 学者が学者として生きる事が出来るのに、地位も名誉も手に入るのに彼は汗と埃にまみれる道を選んだのだから。

 自国を守る為、そう想って奮起したけれどもっと大きな枠組みで動く人物だと思い知らされる。

 心臓が跳ねる。

 甲冑の重さなのか眩暈がする気がしてソファーに腰掛けた。


「あー、効きすぎたかな……」

 ヨアンが何か言った気がするけれど、私は私で頭の中が渦を巻いていて忙しい。

 甲冑を身に着けていくヨアンを見ながら初対面の時のマツーリィを思い出していた。

 今でも目に焼き付いている、スクレットに囲まれながら奮闘する後ろ姿。

 私に「ジャンヌ・ダルクに成れ、名前を捨てろ」と言った時に深く頭を下げた姿。

 見ず知らずのシーカーを救助していた姿。

 怪我人を運んでいる時に一瞬だけ見せた笑顔。

 まだ氾濫まで時間も有るのに毎日勤勉に迷宮に籠る姿。

 学者として第一人者であり、祖国の英雄なのに外国でも同じ様に戦い続ける姿。

「悔しいけど……格好良いよね……」

 ぽつりと呟いた言葉をヨアンにまた拾われる。

「アムールの季節の到来かな?」

 ジト目でヨアンを睨むけど、少しだけ、本当に少しだけそうかも知れないと感じる自分が居た。

 目線を逸らし、ちょっと意識する期間が長過ぎたかも知れないと自問する。

 揶揄われた事にも、勝手に意識してる自分にも苛立ちを感じ押し黙る。

「マツーリィは存在感抜群だからね、あれだけの事をした人間に注目しない方がおかしいよ。むしろ取り合いに成る種類の人間だよ、彼は」

 笑いを浮かべながら甲冑を身に着けていくヨアンに何か物を投げてやろうかと見回すが特に投げるに適した物が見当たらない。

 見当たらないのでリュックから戦槌を取り出して投げる真似をする。

「ちょっと! 落ち着きなさい! それは冗談じゃ済まないから! ちゃんとする! ちゃんとするから!」

 両の掌を見せながら私に落ち着く様にアピールしながら慌てて捲し立てるヨアンの顔を見て留飲を下げる。


「でも、真面目な話。マツーリィは日本政府から特に厚遇されて居なかったからスカウト出来たけれど、他の国もアプローチを掛けていたらしいんだ」

「それは当然でしょう? 国内でニーズが無いからって他の国のニーズは有り続けてる訳だし」

 あの後調べてみた所、スカウト直後から小さくでは有るけれど他国に傭兵として流出した事が話題に成っていた。

 酷い記事だと「アジア人のくせにアジアを見捨てた」と書かれていて苦笑した記憶が有る。

 フランスはフランスで形振り構わずに交渉したのだろうと予想が付く。

 首都でのシーカーの減少が止まらなかった所にフリーに成った先駆者が居た訳だし。

 少し気に成ってデバイスで検索してみて一つ面白い情報が見つかった。

「ねえヨアン? 貴方在日フランス大使のご家族なのね?」

「おっと、バレたか。そう、大使は俺の父親だよ」

 つまりマツーリィのスカウトからの流れは全て知っているし、むしろサポート役として動いてると見た方が自然だ。

「だからマツーリィの活動を把握していた訳ね」

「彼は我が国の賓客だからね、粗相の無い様にしないとだから」

 その割に彼をソロで活動させているのはこちら側の準備が追い付いていないから。

 それで明日でも良い甲冑を今日試すように私を呼び出した訳だ。

「それで、マツーリィのサポートは出来てるの? あまりそうは見えないのだけれど」

「う~ん、それが彼はサポートを余り必要としていないらしい。買い物も翻訳機能を使って出来ているし、ジャパニーズショップで調味料を買い込んで日本食を自炊してるらしい。人の出入りは特に無いからややこしい人間関係も無さそうだ」

 大使館から政府も噛んでるのだから諜報も当然入る。

 マツーリィのプライベートは完全に暴かれている事に同情しない私では無い。

 続くヨアンの言葉に私の目が細くなっていくのが自分でも分かった。

「そろそろ踏み込んだサポーターも手配する時期なんだけどね、その様子だと止めとくのが上策だね」

 ヨアンは話の途中から私が睨んでいた事に気が付いて言葉を終わらせた。

 マツーリィを取り込む為にハニートラップの計画されているのが不快だった。

「いや、マツーリィに対するハニートラップは実施されるよ?」

「どう言う事?」

 ヨアンの持って回った様な言い方にまたもや目を細める羽目に成る。

「だから、ジャンヌ、君がマツーリィをフランスに縛り付ける役が回って来るって事さ」

「は? なんで私が!」

 予想していない角度からの言葉に語彙を強める。

「だってね、フランスとしてはマツーリィを取り込みたい、君はマツーリィに変な女が近付くのが嫌、と成れば君が繋ぎ留めるしか無いんじゃない? 国はそう判断するよ?」

「……私に娼婦に成れと貴方は言うの?」

 自分でも完全に目が座っているのが分かるし、声が低く怒りを帯びている自覚は有る。

 政府は私にジャンヌ・ダルク・ドゥに成れと言い、賓客に宛がう娼婦に成れと言われている。

 ここまで自尊心を傷付けられた事は、今までの人生で一度も無いと云い切れる。


「ジャンヌ、落ち着いて欲しい。君に娼婦に成れとは言わないよ。でもね、フランスは彼を必要としているのは分かるね?」

「ええ、間違いなく世界で最も迷宮に精通した学者で、同時に戦力としてもトップクラスね」

「そんな人材を取り込むのは国家の義務だよ。その為ならどんな手でも打つ、それは正義だ」

「そうね、政府の姿勢としては正しいと思うわ」

「結局、国としてはマツーリィに好意を寄せる人間が繋ぎ留めてくれれば誰でも良いが、ジャンヌ・ダルク・ドゥの機嫌を損ねるのも不味い、だから君に期待するしかないんだよ」

 暗に、踏み込まないなら黙ってろ、と言われているのだと悟る。

 アムールに他人の意図が入り込んでくる不愉快さに顔を顰める。

 それでもここで引くのも癪だ。

「分かったわ……」

「そう」

 互いに短く言うとこの話題を終わらせる事にする。

「ヨアンも準備は出来た?」

「ああ、出来たよ」

 基本デザインを共通とした統一感の有る甲冑とハンサムな顔立ちが絵に成る。

 映画に出てきそう、もしくは映画から出てきた様な雰囲気が有った。

「格好良いわね、ヨアン。本当に騎士らしいわ」

「そう言うジャンヌは、まさしく救国の乙女そのままだよ」

 そう笑い合って応接室を出て迷宮に向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ