表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/31

第十一話

 通路を進んで行くと早速五体のスクレットが緑の視界に現れた。その場に立ち止まりハンマーの柄を握り込んで意識を集中させる。踵を上げ下げして太腿裏に意識を集中。いつでも飛び出せる体制を整えながら全員でどのスクレットに対峙するかを打ち合わせる。走り出してトップスピードに入るギリギリにまで接近した所で全員飛び出す。靴底が地面の小石を踏んで耳障りな音を響かせる。脳裏に浮かぶのはマツーリィの踏み込みと足捌き。何度も繰り返し動画を見て研究した間合い殺し。目の前で少しだけ踏み込みをずらしてから、向きを変える。たったそれだけでスクレットの横で攻撃姿勢が取れた。体の向きを変える流れで右手に握り込まれたハンマーをスクレットの頸椎に叩き付ける。パンッと言う軽い音を立ててスクレットの頭部が宙を舞うのが見える。即座に飛び退いて仲間の戦闘の邪魔に成らない場所にまで退避。


 戦闘を早々に終えたのは私とヨアンだけで、カンタン、ブノワは二回三回と攻撃した所で戦闘は終了する。


「なあ、ヨアンもジャンヌも随分簡単に倒してたけど、どうやったんだい?」

「ああ、踏み込みからしていつもと違ったし、何故一撃で倒せるの?」

 カンタンとブノワがそれぞれ疑問に思った事を口にする。

 戦闘中に見ていたとしたら余裕なのか油断なのか微妙な所だけれど、妙に頼もしい。

 スクレットが蛍石に変ずるまでの間に二人に説明する。


「つまり日本からの助っ人が来ていて、その戦い方を参考にしたって事で良い?」

 ブノワの確認に頷いて肯定する。

 肯定と同時に少しだけ言い訳も重ねておく。

「うん、参考にしたと言っても今のが初めての戦闘だったから出来るかどうかの検証も兼ねてたけどね」

「しかし、スクレットの頭部を離せば終わりだとは考えもしなかった……」

「私達もよ、実際見せられるまで考えもしなかったもの」

 これは私だけじゃなく多くのシーカーが「二、三回で済む事だ」と慣れてしまっていた。

 慣れが知らぬ間に妥協に変わっていたのだろう。

 その妥協が日々の間引き数が伸びない要因に成っていると言う事だろう。

 まあ、マツーリィに言わせれば防具が貧弱で積極性が出ない点も不満そうでは有るけれど。

 あんなスクレットに囲まれても一顧だにしないで居られる防具を来たシーカーなんてフランス全土でも居ないと思うけれど。

「後でその動画俺にも見せてくれよ」

 モリスも興味を持った様だ。

 そんな話をしている内に蛍石が手に入ったので奥に進んで行く。

 幾つかの分岐点に差し掛かる度にまだ誰も入っていない通路を選びケミカルライトを置いていく。

 通路を進みながら一時間に二回から三回、スクレットと遭遇してこれを駆除していく。

 カンタン達も私とヨアンの動きに慣れて同じ様に動ける様に成った。

 やっぱりカンタン達もヨアンと同様に軍もしくは政府の人間だと確信する。

 ペースも上がり驚く程順調に駆除が進んで行く。

 戦闘の時間が短ければ当然負担も体力の消耗も抑えられる。

 休憩の回数も減り効率も上がる。

 途中で食事休憩を挟み午後も体力的な不安を抱える事も無く、地上を目指して戻るべき時間まで駆除を行った。

 普段より深い地点まで進んでいた為に少し戻るのに時間が掛かってしまった。


「なんだ? これ何の音だ?」

 前衛のブノワが止まれのハンドサインをして呟いた。

 確かに彼の言う通り、進行方向から小さく何かを引き摺る様な音がする。

 何事かと私達は神経を集中させて慎重に進む。

 少し歩くと前方の地面には弱々しく光るケミカルライトが転がっているのが見える。

 つまり分岐点が近く、その音は進行方向か別の分岐した通路から響いている事に成る。

 スクレットだった場合直ぐに戦闘を開始出来る様に腰を落として慎重に進んで行く。

 分岐点に差し掛かっても視界内には何も居ない。


 ソロソロと分かれ道の方を覗くと数人の人影がこちらに向かって来ていた。

 良く見ると何人かは怪我をしているのか肩を貸しながら運ばれている。

 先頭には一人、いつでも戦闘状態に成っても動ける様に前衛として立ち、それ以外の人間は怪我人を運んでいる。

 その内の一人が黒い鎧を身に纏っているマツーリィだった。

 どうやら奥で怪我をしたグループと遭遇して救助したと言う事だろう。

 マツーリィに肩を借りている人は意識が無いのか爪先を引き摺られたまま運ばれている。

「マツーリィ、変わるから前衛を頼む」

 ヨアンが慌てて交代を主張した。

 マツーリィはヨアンの顔を見て、一つ頷いて肩に担いだ男性をヨアンに預ける。

 ヨアンはリュックを前に回して男性を受け取り背中に担ぐ。

 戦闘に成れば直ぐに下ろせる様に背中には担いでいなかったのだろう。

 こちらのチームもフォローに入り後方警戒にブノワとカンタンが回る事で安全に離脱が出来る隊列が構成出来る。

 露払いをするつもりなのか、マツーリィは早歩きでグングン前に進んで行く。

 随分前まで進んだらしい、遠くで鈴の音と戦闘の音が聞こえる。

 私達が追い付いた所でまた前方に進んで行く、を繰り返し一時間程で迷宮を脱出する事に成功した。


 私達は地上に出たその足で近所の病院に怪我人を運び込んだ。

 マツーリィは疲労困憊、マスクを外して荒い息を吐きながらパリ地下墳墓敷地内のベンチに腰掛けたまま動けそうに無い。

 合流直後から走り回り戦い続けてスタミナを使い果たしたらしいので置いてきた。

 怪我人を運ぶ私達に視線を向けると一瞬目を細めて笑った気がした。

 私達は怪我人を病院に担いでいき、手当てを受けさせる為に置いてくる。

 スクレットの攻撃方法は両腕を振り回しての打撃だけ。

 つまり基本打撲、当たり所が悪いと骨折。

 余程の事が無い限り、そして防具を付けていれば大きな怪我には成らない。

 今回は囲まれ袋叩きに遭い、打ち所が悪かったらしく脳震盪と骨折をしている様だった。


 病院に送り届けた所で私達にこれ以上出来る事も無いので買い取り所へと向かう。

「あれが日本からの助っ人か? なんか頼りないな……」

 カンタンがマツーリィの印象を口にしたが、それは戦闘している所を見ていない人間の見え方だろう。

「あれだけ短時間に戦闘を繰り返したら体力使うと思う、むしろ俺達が追い付く前に殲滅出来てしまうのがな……」

 マツーリィの肩を持つつもりも無いけど、力量差を軽視するのは不味い。

 悔しいけれどライバルとして高く評価している。

「そう言えばそうか、戦闘がスムーズってのは本当なんだな。ん? って事はあの短時間に複数のスクレットを全部処理してるのか?」

「うん、彼にはそれが出来るからフロントランナーなんだよ……。多分世界レベルだと思うよ」

 そう私が言い切ると二人は揃って沈黙した。

 取り敢えず鼻背デバイスに保存していたマツーリィの戦闘動画の抜粋データを二人に送信する。

 取り敢えず全員で買い取り所が閉まる前に蛍石を買い取って貰いに移動する。


 窓口に行き、リュックの中身を籠に入れて預けた。

 十分程して窓口に呼ばれて蛍石七十二個、二千百六十ユーロに成った。

 今までよりかなり多い数、額にお互いの顔を見合わせる。

「一日で七十二体の駆除……、ここまで効率が上がる物か?」

 カンタンの驚きを含んだ呟きにそれぞれが頷いた。

「かなり稼げたけど、あの日本人はソロなんだよな? 私達より稼いでるのか?」

 ブノワの疑問は当然だし、揃ってショックだったらしい。

 私もヨアンも同じ様に衝撃を受けたのだから当然と言えば当然だろう。

「……確実に」

 認めるのは業腹では有るけれど、追い付く為に素直に認めている。

「化け物か……」

 カンタンの呻きに思わず同意してしまう。

「どんな地獄を見てきたのか想像も付かないわ、でも、それでも私達も同じ事が出来なければフランスはいつまでも迷宮に悩まされ続けるわ」

「ジャンヌの言う通りだな、俺達がここでやらなきゃ、外国人に美味しい所を持って行かれる事に成る」

 ヨアンの指摘の通り、このままダラダラと進めば気が付けばマツーリィが一人で迷宮を攻略してしまうかも知れない。

 そう成ってしまえば私達フランス人の面子も誇りも地に落ちる事に成る。

 それだけは許容出来ない。

 それは私達フランス人の誇りとして受け入れられない。

「頑張りましょう、私達がやらなきゃ私達が胸を張って活きていけないもの」

 ライバル心剥き出しの私の言葉に三人は頷いた。


 今日は蛍石の売却金を分配して解散と成る。

 四人で頭割りして五百四十ユーロ、今までに無い額に目を見開いた。

「……彼はもっと稼いでるんだろうなぁ」

 自宅アパルトマンに向かって歩きながら考える。

 マツーリィの体力がどれだけ保つのかは分からないけど、あの処理速度で数時間籠って居れば確実に私達よりも稼いでいる筈だ。

 それはつまり私達よりも効率的に動いていると言う事。

 マツーリィだけでも十分な間引きが可能なのでは無いか? と考えてしまう。

 ただ、私達フランス人のプライドがそれを許容するかしないかと考えれば絶対に許容しない。

 首都の治安維持を外国人に委ねる事を許容するフランス人は居ない。

 結局は私達がフランス国内でのフロントランナーに成りさえすれば解決する問題だ。

「ジャンヌ・ダルクに成れ、か……」

 成る決意は固めたけれど、具体的に何をすれば良いのだろう?

 そこが先ず分からない。


 そんな事を考えて居る内にアパルトマンに到着、階段を昇って自分の部屋に入る。

 順調かつ体力を使う迷宮活動と、最後合流した怪我人のあれこれで体力をかなり消耗したらしい。

 玄関でブーツを脱いでそのままソファーに直行する。

 身を投げ出す様に腰掛けて肺に溜まった溜息を吐き出した。

「疲れた……、最後の最後で本当に疲れた……」

 最後の、怪我人の護衛搬送が想像以上に堪えているらしい。

 正直、少しの間は手足を動かす気にもならないで居る。

 小一時間ソファーでだらけてからプロテクターとヘルメットを浴室に持って行ってシャワーで埃と汗を洗い落とす。

 タオルで拭き上げて干しておく。

 明日も使うのに臭うのも困るし湿ってるのも嫌だし。

 それから夕食を作って、動画サイトに投稿されている格闘技の動画を見ながら食事を済ませる。

 いくつもの動画を見比べてみてもなかなか参考に出来る動画は見つからない。

 競技や格闘技とモンストルの駆除活動とは違い過ぎる。

 実際の所テニスの動画で力の乗ったラケットの振り方の方が分かり易い位だ。

 これで盾を持つ様に成ったらまた動きが変わるから参考にし難く成るけれど。

 オーディオから音楽を流しながら洗い物や洗濯などの家事を済ませてから酷使した筋肉をストレッチしてシャワーを浴びて一日を終える。

 寝る前に確認するとヨアンから「ハンマーは持って来なくて良い」とメールが来ていたので「了解」と短く返信をしてベッドに潜り込む。

 全身に触れる滑らかなシーツの心地良さを感じながら眠りに落ちて行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ