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第十話

 結局五時間は駆除作業をしていたはずだった。

 根本的な体力が違うと言う事だろうか?

 それともあの鎧その物が見た目程重たくないのだろうか?

「でもスクレットの攻撃を物ともしない防御力が有るのに、軽い?」

 慌ててデバイスに保存していたマツーリィの戦闘中の動画を見直してみる。

 見直してみると違和感が有った。

 両肩や腰から垂れた装甲がイメージ程揺れていない。

 拡大してみると肘や膝と連結されていて翻る事も無く出来ているのが分かる。

 隙が有る様で無く、肘や膝裏等は隙が有る。

 イメージよりもずっとフィットした構造だった。

 必要最低限のパーツと重量なのかも知れない。

 マツーリィはどう言うつもりで鎧に言及したのだろう?

 もしかしたらハンマーだけじゃ無く、鎧のデザインも送られてくるのかも知れない。

 恐る恐るデバイスで検索してみると全身の鎧は三十から四十kgと言う記載が有った。

「いや、無理よ? 四十kgなんて着込んで戦えないわよ?」

 あの男、無茶苦茶言ってるのではないかと疑ってしまう。

 いくらフロントランナーとは言え、無茶振りが過ぎると言う物だ。


 苛立ちからか、空腹を感じてキッチンに移動して冷蔵庫を開ける。

 中からササミを取り出して手早く切ってキューブブイヨンと一緒に煮込んで行く。

 火が通った所でドロドロに成るまでミキサーに掛ける。

 鍋に戻してから加熱し、カレーパウダーを混ぜていく。

 水気が無く成った所でお皿に移す。

 水洗いしたレタスも別皿に入れて二枚のお皿をテーブルに運ぶ。

「天に居まします我らが神よ……」

 主に祈りを捧げて食事にする。

 レタスに乗せたリエットは中々に良い味だった。

 味の余韻を楽しんでいると口寂しく成り、冷蔵庫まで小走りで向かい小瓶のテーブルワインとグラスを取ってくる。

 グラスに注いだワインと交互にリエットを摘まんで行く。

「はぁ……、やっぱり納得行かない……、なんで外国人にフランスの迷宮で圧倒されなければいけないの? なんで私じゃないの……」

 誤魔化そうとすら思えない程強い嫉妬心に苛まれる。

 いや、迷宮からこっち、嫉妬心や焦燥感が薄れた時は無かった。

 パリのシーカーで真剣に頑張ってきた私が後塵を拝する事に成るとは思わなかった。

「負けたくないなぁ……」

 じわじわと対抗心が湧いてくるのを自覚する。

 思わず拳を握り込んでしまう。

 生来、負けず嫌いな性質だと自覚はしていなかったけれど、ここまで煮え滾る程の熱量で「負けたくない」と思った事は無かった気がする。

 少し酔いが回ってきた様で、瞼が少し重たく成ってきた。

 飲むのを切り上げて寝る準備をして寝室に移る。

 気疲れが出たのか猛烈に眠く成って来たけれど、このまま寝るのも気持ちが悪い。

 バスローブを脱いでストレッチを一時間程してからベッドに入る。

 シーツに包まって目を閉じる。

 目を閉じて見えるのはスクレットを蹂躙する鎧武者の姿だった。



 週末、ヨアン達と待ち合わせをして迷宮前で合流した。

「おはよう、ヨアン。……彼は?」

 周囲を見回しても例の鎧男の姿は無かった。

「どうも一人でさっさと潜ってしまったらしい」

「連絡は?取らなかったの?」

 溜息交じりに問うとヨアンも溜息交じりに頷いた。

「メールはしたんだけどね、返事は無かったよ」

 ヨアンは呆れ混じりに肩を竦めて眉を顰めてた。

「ねえ、彼ってフランス語のメール読めるの?誰か通訳が付いてるの?」

「え? でも読めなくても翻訳ソフト位使えるだろう?」

「良く分からないメールが来てそのままスルーされたんじゃない?」

 本当なら誰かフランス語を教える人間を政府側で手配する予定だったらしいが、氾濫も有ってパリ在住の日本人が激減してその当ても無く成ってしまったらしい。

 少し気に成って迷宮脇の買い取り所に向かう。


 窓口で職員にマナー違反だが彼がどれくらいの頻度で買い取り所に来ているかを聞いてみる。

 職員は誰の事を言っているのか分からなかった様だが、黒い鎧を着たアジア人と言うと合点がいった様に頷いた。

 プライバシーに触れる為答えられないと言われたが、そのリアクションだけでかなりの頻度で潜っているらしい事は分かった。

 迷宮に移動しながらヨアンに話し掛ける。

「結構な頻度で迷宮に篭ってるみたいね……」

「そうらしい、まあ、こっちが動かなければ間引きをする以外にする事も無いのだろうけど」

「それで、私にジャンヌ・ダルクに成れって政府も言っているのだと思うんだけど、私にも特に話は来てないよ?」

 そうまだ数日しか経ってはいないとは言え、特に政府や役所からも特にコンタクトが無いのだ。

 話が大きくて民間人の私には手に余る話だけれど、どこからも連絡が無いのも不気味だった。

「ああ、それは俺の方に来ているよ、取り敢えず武器のハンマーを今造っている所だ。多分明日には届くだろう」

 私の知らない所で話は進んでいるらしい。

 そして、それがヨアンに話が行くと言う点に違和感を覚えた。

「ねえ? ヨアンって今回のジャンヌ・ダルク計画の関係者でしょ?」

「なんでそう思うんだい? 俺が? まさか」

 カマを掛けるつもりで話を振ってみるとヨアンの反応は明るくて白々しい物だった。

「良く考えたら貴方はあの時、私が抗議しようとしたら止めたわよね? つまり彼が何を言うかを事前に知っていたと言う事よね?」

 あの日本人との面談の時、ヨアンは特に驚く素振りも見せなかった。

 その時点からおかしかったと今なら分かる。

「まあ、関係者と言うなら関係者かな。取り敢えずパリのシーカーでは俺のチームが最大勢力だからね。当然最初にコンタクトして来るなら俺だよ」

「それで? ヨアンは軍の人でしょ?」

 スクレットが最初に出現した日、ヨアンもカンタンもブノワもモリスも動きが軍人の動きだったと思った記憶が有る。

 その記憶とヨアンの立ち回り方を考えると政府の人間だと判断するのが合理的だ。

「軍人ではないけれど、まあ似た様な物かな」

「それで政府の人間のヨアンは私にどうして欲しいの?」

 少し考える素振りをしてヨアンは口を開いた。

「勿論シーカーとして頑張ってほしいよ? パリの氾濫は問題だからね。G7で氾濫を許したのは我がフランスのみだからね。これは流石に許容出来ないよ」

 そう笑いながら言うが目は笑っていないし、自尊心を()(にじ)られた人間の顔をしている。

「うん、それで? 答えには成ってないよ?」

「君がジャンヌ・ダルクに成ってくれたら僕としては嬉しいな」

 なんと言えば良いのだろう? 彼の胸の内には怒りが燃え上がっているのだと思う。

 そして一緒に焼かれる人を求めている、そんな狂気に似た何かを感じる。

 私はどうだろう? と自問する。

 パリで狼が氾濫した事でシーカーに成った。

 スクレットが氾濫したら困ると思って間引き活動を続けてきた。

 今は、悔しさと嫉妬の炎が胸の内を焦がしていると思う。

「そうね、私はジャンヌ・ダルク二世に成るわ。負けたくないもの」

「それは良かった、なら防具の採寸をしないとね」

 ヨアンの目が妖しく光っている様に見える。


「でも、マツーリィの言っていた様な鎧なんて私着れないわよ? 重たすぎるわ」

「うん、それで鉄じゃなく、チタンで作る案が出てるんだ。重量は三分の二にまで抑えられるからね」

「ふーん、マツーリィの言う通りになる訳ね」

「まあ、実力は確かだからね、それに彼はあの日から毎日迷宮で間引き作業を行っているしね」

「毎日? 欠かさず? それ大丈夫なの?」

「さあ? 特にフランスに友達も居ないし、話し相手も居ないみたいだしね」

 ヨアンの言葉に「あれ?マツーリィってフランス語喋れないよね?」と思い至る。

 マツーリィの置かれている環境に思わず顔を顰める。

「そう、フランスは彼を人でも協力者でも無く、戦力としか扱わない訳ね」

「いやいや、フォローはしている筈だよ?」

「彼にフランス語を教える人間は居るの? 買い物のフォローは誰がしたの? コーディネーターは手配してるの?」

「あ、いや、そこまでは俺も知らないが、多分していると思うよ?」

「そう? そんなフォローされている人間が休日も無く迷宮に篭ると思う?」

「彼も大人だ、適当に息抜き位自分でするよ」

 そう笑うヨアンだったが、言葉の通じない異国で「あの日本人」が遊ぶ所が想像付かない。

 一般的な日本人像と迷宮攻略者としての実績、何よりこの目で見たスクレットとの戦闘の姿勢。

 それらを考えたら盲目的に籠って駆除作業に従事している気がする。

「後で確認した方が良いと思う、彼が毎日何個の蛍石を持ち込んでいるか、ちょっと私は想像したくないけど……」

 そう言うと取り敢えず迷宮に向かって歩みを進めた。

 ヨアンも電話をしながら慌てて付いて来る。

 どこかに問い合わせをしている様だけれど、恐らくマツーリィのここ数日の実績確認だろう。

 時折念押しに聞き返している所を見ると私達の常識とは懸け離れた事を仕出かしている様だ。

 (何日? は? 毎日? 何個? 八十個? それを毎日? 間違いないんだな? 分かった)

「うん、本当に聞かない聞きたくない」

 ヨアンから距離を取って掌を耳に当てる。

 マツーリィの行動実績なんて知ったら心折れそうだもの。

 迷宮の入り口で待機していたカンタン達と合流して五人で迷宮に踏み込む。

 ヨアンがブツブツ言っているので取り敢えず脇腹を小突いて正気に戻す。

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