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猟師の息子ですが、魔法学園では”災厄”と呼ばれています  作者: 最上碧宏
第一章――ようこそ、学園へ
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第6話 大聖堂への潜入

(とにかく風紀委員に見つかる前に、聖堂への入り口を探さなきゃ)


 聖堂の脇に回って裏口に手を掛ける。やはり開かない。

 窓は位置が高すぎて覗き込むのさえ難しいだろう。壁をよじ登ろうにも、装飾や凹凸の少ない建物に手掛かりはない。


(後ろにある白い塔には、入り口ないのかな)


 学園の象徴であり、古の魔導文明が残した遺産。

 一体どんな材質が使われているのか、外壁には継ぎ目どころか傷一つ見当たらない。遙か上空まで真っ直ぐに伸びる威容は、風景画に誤って白い絵の具を一筋入れてしまったような、非現実感があった。


(……こんなの、見たことないぞ。一体どうやって建てられたんだ?)


 聖堂は尖塔にぴったりと寄り添って建てられており、壁同士もしっかり塗り固められている。ぐるりと外周を歩いてみるが、出入口も窓も、通気口の類ですら見当たらない。


「――いたか……クソッ――」

「ああ――次はこっち……――」


 遠くから聞こえる風紀委員達の怒鳴り声。

 どうやら、まだ“魔女(ウィッチ)”も“女王(クイーン)”も見つかっていないらしい。


 正面左手から聖堂と円塔を巡り終えて、反対側へ顔を出す。


(あっ! あれ、梯子か?)


 塔との境い目近くに、屋上の鐘楼へ続く鉄の梯子が埋め込まれている。窓よりも下まで伸びているが、それでもまだ高い。

 きっと地上からも梯子を立てて使うのだろう。


「よし」


 独りごちると、セシュナは壁に駆け寄った。

 継ぎ足す梯子は、聖堂の中か。飛びついて掴まれる高さではない――空中で腕を伸ばしても、更に人間一人分は足りない。


(……いや、でも。これぐらいなら!)


 セシュナは腰の革ベルトを確かめた。無いよりはましか。


 適当に助走を取って、聖堂の壁へ飛びかかる。

 大地を蹴り、石壁を蹴り、梯子に向けてベルトを繰り出す――金属同士がぶつかる硬い音がした。


(よし!)


 セシュナは靴の裏でしっかりと外壁を踏んだ。梯子を掴んでよじ登っていく。

 三角屋根の勾配は、それほど厳しいものではなかった。薄焼きの赤煉瓦は葺き替えたばかりなのだろう。靴底で叩くと、意外に軽い音がした。


(さて。後は屋根の上にある鐘楼から、聖堂の中に入れればいいんだけど……)

「――オイ見ろ、いたぞ!! 聖堂の屋根! 赤眼野郎(レッド・アイ)だ!」


 発見の報告は、セシュナにも聞こえた。


 振り仰ぐと、東棟の三階から髪を派手に結い上げた風紀委員がこちらを指さしている。

 何か弁明しようとセシュナが口を開くよりも、矢が飛んでくる方が早かった。


「うわっ」


 慌てて身をかわす。

 (やじり)を木綿で覆った矢は、くぐもった音を立てた。


 手放しかけた梯子を掴み直すと、セシュナは鐘楼を目指して屋根を駆け上がる。

 風切り音と共に降ってくる矢の雨を身体を振って避けながら、ついに鐘楼の縁を掴む。


 転がり込むと同時に、飛び込んできた矢が肩を打った。


「痛っ――」


 悲鳴を噛み殺しながら、鐘楼の壁に身を隠す。


「行け、行け! 聖堂だ!! 追えっ」

「おい、早く矢ぁ持ってこい! 急げ!!」


 彼らが庭に響き渡るほど声を張り上げても、他の学生は顔も見せない。

 もしかすると昼休みと同じく、どこかで見物しているのかもしれない。


 危険には関わらない自由。

 それも学園の理念なのだろうか。


(……じゃあ、あの子は――ミロウさんは、どうして僕を助けてくれたんだろ) 


 またしても思い出す。

 赤い頭巾の下に瞬く、黒く静かな瞳。


(やっぱり、すごく優しい人なんじゃないかな)


 矢の雨が途切れた隙に、セシュナは鐘楼の床にある落とし戸に滑り込む。予想通り、下は螺旋階段になっていた。


 ブーツを脱いで、出来るだけ足音を立てないように降りて行く。

 本堂へと降る通路は厳しい石造りで、窓も無いせいか驚くほど静かだった。


「――げたぞ……つかま――」

「どうや――……登った――」


 風紀委員の罵声も、遥か彼方の出来事のように遠い。

 彼らが聖堂へ侵入する方法は無い。玄関と裏口は閉ざされているし、肩車したぐらいでは鐘楼への梯子は掴めない。


 やがて壁が途切れ、階段は広い空間へ降りて行く。外したままだったベルトを締め直しながら、セシュナは最後の一段を踏んだ。


 そこは祭壇の裏にある、祭祀準備室だった。中心に螺旋階段があるせいで、大して家具もないのに狭く感じる。

 小さな祭壇と、質素な書き物机に聖書が一冊。採光窓はかなり高い位置にあるが、暗くはなかった。石壁の一部だけが色濃いのは、かつて書棚が置かれていた名残だろう。教師の執務室に使われていたのかもしれない。


(……本当に、ここにいるのかな。“女王(クイーン)”――ミロウさんが)


 正面扉に挟まっていた羽根から考えれば、可能性は高い。

 ルチアの予想が正しいなら、“女王(クイーン)”は礼拝堂で何か邪教の儀式を行っているはずだけれど。


 セシュナは息を殺し耳を澄ませた。獲物の気配を探るのと同じ要領で。


 ――音。

 抑揚のある――人の声。複数。


 そして。

 彼は思わず目を開いた。


(……血の臭いがする!)


 鼻先をかすめる独特の匂い。錆びた鉄のようで、その癖いやに胸をむかつかせる。


(まさか、そんな)


 彼女が――本当にいけにえの儀式を執り行っているというのか。

 何かの命と引き換えに、誰かを苦しめるような行為を。


(待った。落ち着こう。まだ分からない)


 セシュナは細く息を吐いた。


 礼拝堂へと続く扉に目を向ける。わずかに開いている。

 慎重に、足音を殺し呼吸を殺し、ついでに心臓まで止めるような心地でセシュナは扉へ近づいた。蝶番の軋みを抑えるためにゆっくりと扉を開く。


 背中を石壁に預けてこっそりと顔を覗かせる。

 耳の後ろで脈打つ鼓動が、やけにうるさく感じた。ひょっとしたら誰かに聞き取られてしまうのではないかと思うほどに。


 ――礼拝堂は広かった。天井は高く、飾り彫りを施された窓から降り注ぐ光が大気中の埃さえも煌めかせている。壁に設えられているのは星屑を模した校章の垂れ幕や、功労者の名を刻んだ記念碑。聖人の彫像や独立記念を祝した彫刻の類に囲まれて並ぶ礼拝用の席。


 その中心に。

 誰かがいた。


(――――)


 心臓が、一段高い音を立てて跳ね上がる。


 数は四人。

 全員が黒い外套に身を包み、フードで顔を隠していた。

 囁くようにかわされる言葉。内容を聞き取るには距離が遠い。


 長い錫杖を携えた影が屈みこんだ。

 フードからこぼれる、銀色の編み髪。


「眠り。寄す処。早暁。いかにして」


 言葉は流麗。

 まるで死者に捧げる祈りのように。


 膝を折った影が見つめる、その先には。


(……嘘だろ)


 血が広がっていた。床は一面赤黒く染まり、濃密な臭気を漂わせ。

 そして――青白い面の女が、血塗れで天井を見上げている。


 虚ろな目線の先で、空を舞う埃は星屑めいた煌きを放っていた。

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