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猟師の息子ですが、魔法学園では”災厄”と呼ばれています  作者: 最上碧宏
終章――かくして学園の王座は空位となり
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第40話 嵐と共に去りぬ

 色めきだつ病室から抜けだし、セシュナはもう一度廊下へと戻った。

 どこからか届く消毒液の香りが、鼻先を掠める。


 そして、密かに混じるくどいほどの香水。

 セシュナは廊下の向こう、この部屋にやってくるための唯一の階段に眼を注いだ。

 それは勘や予感ではなく、確信に基づく待ち伏せと言ってよかった。


 人精霊(レスレクティオ)と化して、肉体の変化を感じることは無数にある。中でも大きな変化は、感覚の鋭敏さである。ただ目が良くなった、耳が良くなったという類のものではない。

 そうと意識すれば、夜闇だろうが石壁だろうが――あるいは時間の壁さえ乗り越えて、先にある対象を認識できる。第六感めいた超感覚。


 それが、セシュナにはっきりと告げていた。

 ()の到来を。


「――おっ、“騒嵐運手(ストーム・ブリンガー)”サンじゃん! チーッス」


 長い金髪をなびかせながら、ジャンは如何にも気安く、手にした花束を振ってみせた。


「やっぱイザベラ入院してんのココかー。違ったらどうしようかと思ってたんよね」


 階段を登り切ってから病室まで距離があるというのに、彼は大声を上げて憚らない。片手をポケットに入れたまま、悠々と歩いてくる。

 セシュナは彼を真正面に捉えて、


「……止まれ」


 低い声で告げた。


「ハァ? ナニナニ、なんだよオイ。何様だよ、この()風紀委員長サマに向かってよぉ」

「黙れ。それ以上、白々しい口を利くな」


 言いながら、左手首に付けた銀の転送器(テレポート・デバイス)に右手を宛がう。


「……どこまで知ってた?」

「なんだよなんだよ、何キレてんの? つか、何が言いてぇの? ん?」


 軽薄な言葉は、全て無視する。


「イザベラさんの秘密。彼女がしたこと。いなくなった学生達のこと」


 手に力が籠もるのを、セシュナは押さえられなかった。


「さぁて、何の話やら? サッパリだね」


 いつも通り長い髪を弄びながら、ジャンが言って捨てる。

 安い挑発だと分かってはいたが。


「――――」


 腕輪から伸びてくる剣の柄を、セシュナは握り締めた。


「オイオイオイ、マジ? マジでそんなん出しちゃう? オレ様に向かって? それちょっとオーボーじゃね? 風紀委員長怒っちゃうよ?」


 銀の刃を、その切っ先を――ジャンの胸元に差し向けて。


「あの夜、僕らを襲ったのはイザベラさんの差し金だった。お前はそれが切っ掛けで、僕が彼女を探っていることに気付いた。だから僕に手を貸した。彼女の“力”の前に自分を晒すこと無く、彼女を追い落とす為に」


 窓を透かした日差しを受けて、長剣が光を湛える。

 その向こう側でジャンは大きな溜め息を吐いた。


「――オマエはさぁ、道端で金を拾って喜んでる男に、泥棒だっつってケチつけるわけ?」


 そして、冷たい――薄ら寒くなるような笑みを浮かべて。


「そもそもアイツの秘密を探ってたのはオマエ(・・・)だろ? 自分が知りてェから、オレを利用したんだろうが。オレが悪いっつーんなら、オマエ(・・・)だって共犯じゃねーの?」


 あくまで飄々と、彼は続ける。


「つうかよ、むしろオレはオマエに感謝してんだぜ? オレがこうやってエラくなれたのも、|全部オマエのおかげなんだからさ《・・・・・・・・・・・・・・・》。マジありがとな!」


 ――セシュナはこんな時、自分の瞳の色を意識する。


 血のような、炎のような紅。どちらも大差はない。

 血なら煮え滾っているだろうし、炎なら猛っているに違いないのだから。


 繰り出した一閃は、真っ赤な花束を水平に両断した。


「テメ――」


 ジャンが口を開くよりも早く、剣を翻す。今度はなびく金髪がごっそりと削げた。

 横薙ぎの斬撃を潜り抜けたジャンは、壁を這うようにしてこちらの背後を取ろうとする。


「オイッ、マジかよふざけんな――真剣じゃねーか! オマエ、殺す気か!?」


 喚きながら構えたその手には、収束する霊素(エーテル)の気配。

 追ってセシュナは体を入れ替えるが。


 ジャンが魔法(マギア)を放つのは、それよりも速い。


「クソッタレめ、衝撃波(ショック・ウェーブ)っ!」


 瞬間。その掌が歪む。正しくは、その前にある空気が歪んだのだ――爆発的な波は一瞬にして大気を伝い、床と言わず壁と言わず激しく反響し、セシュナに向かって押し寄せる。


 だが、今のセシュナにとって、そんな魔法(マギア)は何の意味もない。

 空間を遮る必要すらない。ただ衝撃の収束点から身をかわすだけでいい。


 セシュナにはその流れが――魔法(マギア)化した霊素(エーテル)の挙動がはっきりと見えたし、見えてからでも十分に回避できた。


「んな、馬鹿な――バケモンか、オマエッ」


 渾身の踏み込み。そして、全力の一振り。

 剣閃は違うこと無く、ジャンの首を両断する――


「おやめになって。セシュナさん」


 ――刃の先端が、首筋の薄皮を削った。


「……決闘ならば相応しい場所で。ここは病院ですわよ、お馬鹿さん」


 セシュナは無言のまま、薄氷色の瞳を見返した。

 アレクサンドラは小さく頭を振って。


「それから、()風紀委員長殿。病人への見舞いに、赤い薔薇は如何なものかしら」

「えっ……お、おう」

「学園で最も清く正しい生徒の一人として、もっと自覚を持っていただかないと。機を改めて、新しいお花を用意した方が良いのではなくて?」


 ジャンは眼を何度か瞬かせた。喉元に引っ掛けられた長剣と、いつの間にか背後に立っていたアレクサンドラの顔を恐る恐る見比べる。


「お、おお、おう。そ、そう、そうさせてもらうわ」


 血の気の引いた顔で強がりを口にすると、ジャンは驚く程の速さで身を翻した。

 無残にも薔薇が広がった廊下を駆けていく後ろ姿を、肩越しに見送る。


「……まったく、本当にトラブルがお好きですのね。愛しい弟(ディア・ブラザー)


 言いながら、アレクサンドラが剣先に触れる。白く美しい指先に、ぷくりと血の玉が膨らんだ。


「こんなものまで持ち出して。わたくし、とても悲しいですわ」

「……僕を処分したければ、お好きにどうぞ」


 捨て鉢に、セシュナは呟く。

 本音のつもりだった。


 学園生活に未練はあるが――ここに居れば、セシュナはきっと学園に災いをもたらすことになるだろう。


 身に宿してしまった大きな力と、新風紀委員長の存在がある限り。


(僕は、名実ともに“騒嵐運手(ストーム・ブリンガー)”、って訳だ)


 アレクサンドラは無言のまま、指先の血を見つめていた。

 やがて小さな桃色の舌で舐めとると。


「イザベラの記憶喪失。それに、ヒルデの記憶も。あれ(・・)は、あなたがしたことですのね?」


 セシュナはしばらく迷い、それからおずおずと頷いた。


「……はっきりそうだと、確信している訳じゃないんです。でも、あの時の僕には、それ(・・)が出来た。そして、それ(・・)を望んでた」


 イザベラの心を闇に沈ませない為に。ヒルデの手を血で染めない為に。

 二人から記憶を奪い去り、全ての惨劇と憎しみを無かったことにした。


「僕は目を背けたんです。彼女達がしてきたことから」


 セシュナはそれ以上言葉を紡げなかった。

 何を言っても言い訳にしかならない気がして。


 アレクサンドラはしばらくの間、じっとこちらの顔を見据えると。

 突然。


「な――え、アレクサンドラさん!?」


 セシュナを抱き寄せた。

 ふくよかな胸に受け止められて、一瞬息が出来なくなる。


「……言わせていただくなら。勘違いなさっていることが、三つあると思いますわ」


 耳朶に響く、アレクサンドラの囁き。


「一つ。あなたがしたことは過ちではないということ。二人の心と命はもちろん、学園や市民、いえ、もしかしたら地上の全てを救ったかもしれない。あなたは紛れもなく英雄です。いくら感謝してもし足りないほどに、ね」


 セシュナは咄嗟に何かを反論しようとする。だが、彼女が続ける方が速かった。


「二つ。イザベラとヒルデは、あなたが考えているより遥かに強く賢いということ」

「……それは――でも」


 アレクサンドラの手が、優しくセシュナの頭を撫でた。


「もしこの先、二人が記憶を取り戻したとして。今度はきっと受け止められるはずですわ。あなたの優しさが理解できないほど、愚かでも弱くもないのですから」


 セシュナは言葉もなく、お姉様(エルダー)の言葉を受け止める。


「そして三つ――復讐というのは、もっと完璧に、完全に、完膚無きまでに完遂するものだということ」


 セシュナを抱きしめる細腕に、力が籠もった。


「やるのなら一撃ですわ。一滴の返り血も浴びずに。誰にも知られず、悟られず、自らは何一つ失うこと無く、ジャンという男の全てを奪い去る。それが本物の復讐ですわ」


 今までにない強さで――アレクサンドラは断言した。

 そしてぼそりと、付け加えるように。


「……学園を去るなんて悲しいことを言わないでくださいね、セシュナさん。あなたはもう、わたくし達の大切な兄弟(ファミリー)なのですから」


 セシュナは深く、息を吐く。

 胸に凝っていた何かが、すっと消えていったような気がする。


「……すみません、その。ありがとうございます……姉さん(エルダー)

「あら。わたくしのハグ、お気に召しまして? 我ながらボリュームならミロウさんに劣らないと思っていたのですけれど」


 いたずらっぽく笑うアレクサンドラ。

 セシュナは慌てて彼女の腕をほどく。


「違っ――何言ってるんですか、もう!」

「ふふ。ミロウさんとの間に割り入るつもりはありませんよ。あの方はセシュナさんの”命の恩人”ですものね」

「それは……あの、からかわないでください、ホントに!」


 セシュナは提げたままだったワールウィンドを転送器(テレポート・デバイス)に収めながら、アレクサンドラの髪を――不可思議な形に編まれた長い髪を示した。


「それで……その、そろそろ髪の結び合いは終わりました?」


 アレクサンドラが息を漏らす。またしても、いたずらな笑み。


「ええ。後はセシュナさんだけですわ」

「……え? ぼ、僕も、ですか?」

「二人とも待っていますよ。結びがいのある綺麗な黒髪ですもの」


 思わず、セシュナは後ろに退く――


「うわっ」

「おっと、失礼」


 背中をふにゅっとしたものに受け止められて、ぎょっとする。


「すまない。悪いが、君。イザベラ・デステ嬢の病室は、ここで良かっただろうか?」

「へ――あ、ああ、は、はい」


 あたふたと振り返って、セシュナは我ながら間抜けな頷き方をしたものだと思った。


「あ、ヒ、ヒルデさん! も、もう出歩いていいんですか?」


 鮮やかなオレンジのガーベラを数輪携えたヒルデは、柔らかく笑って、


「ご心配ありがとう。君は――私のことを知っているようだ。良かったら、後で話を聞かせてくれないか」

「そう――ですね。あの、僕で良ければ、喜んで」


 アレクサンドラは笑みを深めながら、


「あら。もう一人、新しい生贄がやって参りましたわね」

「……生贄? 私のことか?」

「ええ。原住民(ネイティヴ)の恐るべき降霊儀式の生贄、ですわ」


 訝しむヒルデに、セシュナは何か言葉をかけようとしたが。


 アレクサンドラが開いたドアから、目を輝かせたミロウと興奮気味のイザベラが顔を出した瞬間。


 何かを悟って――今はただ、笑うしかないことに気付いた。

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