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猟師の息子ですが、魔法学園では”災厄”と呼ばれています  作者: 最上碧宏
第五章――学園は風雲急を告げる
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第30話 流れる涙が止まったら

 夜はいつの間にか部屋を隙間なく満たしていた。星明かりも月影も通さない暗闇は静けさと圧力を備えている。夜の底に沈んだ全てを押し潰して、なお有り余るような。


 それによく似たものを、セシュナは見たことがあった。

 人の底から湧き上がり溢れ出る、死と破壊そのもの。


 その姿を見ることは許されない――いや、それは闇そのものなのだから、見つめることも見透かすことも、出来るはずがない。ただ目を背け、耳を塞ぎ、全てを忘れて背を向けるしかない。


 ――何かが頬を撫でた。


 その感触が無明の生んだ錯覚でないと気付くには、時間がかかった。

 闇の中で微かに踊る白い影。ジェインが手ずから編んだ白いレースのカーテンだった。


 ベッドから腰を上げる。

 これ以上気を滅入らせた所で、得るものなど何も無い。


 出窓から吹き込む風は湿った気配を孕んでいた。嵐が来る。今夜は開け放ったままでは眠れない。

 カーテンを掻き分け、窓の留め金に手を伸ばそうとして。


「……キーラ」


 セシュナは一瞬、息を止めた。

 窓の外、柵に留まっているのは大きな鷹だった。


 広げた灰白の翼が月を浴びてぼんやりと光を放つ。

 改めて間近に見るその姿は、確かに神々しかった。原住民(ネイティヴ)――妖精族(エルフ)は彼らを天の使いと見做して敬うというが、それも道理かもしれない。


 黒真珠のように滑らかな眼差しは、真実どころか真理さえ見抜いているように見えた。

 まして一度死に瀕し復活を遂げた鷹精霊(フォエニクス)となれば、尚更のこと。


 セシュナははっとして、出窓から身を乗り出す。


 振り向くとミロウがいた。

 隣の部屋の窓から同じように顔を出し、雲の向こうに消えた月を見上げるように。


「ミロウさん」


 こちらに気付いていたのかどうか。彼女は呼びかけより僅かに早く、視線を向けてきた。


「……今日。何か、あったの?」


 抑揚の少ない言葉は、質問というより確認に近かった。


「え……わ、分かる?」

「だって。セシュナ君、笑ってない」


 意表を突かれた思いで、問を返す。


「そんなに、いつも笑ってるかな。僕」

「笑ってる、というか、ニヤニヤしてる」


 彼女はにべもなく頷いた。

 軽く、ほんの少しだけ、セシュナは言葉を失った。


「……結構ショックなんだけど、それ」


 そんなに気の抜けた表情をしていただろうか。もしかして、知らない間に零れ落ちていたのだろうか――彼女と言葉を交わす喜びが。


「で?」


 ミロウは少しも取り合ってくれない。ただ短い質問を重ねるだけ。


「あ……うん。その」

「イザベラ・デステのこと?」


 彼女に隠し事は出来ない。セシュナは改めて実感した。


「昨日の狩りが終わってから、ずっとそんな顔をしてる」

「う、ん」


 しかし、だからといって、全てを話せる訳ではない。

 彼は考えあぐね、束の間ミロウから目を背けた。


 夜の向こうから密かに押し寄せる嵐の気配が、実感として頬に張り付く。細くしなやかな風の音が、後ろで括った長い髪を玩んだ。


 口にすれば、それが真実になってしまうような。

 特に、ミロウに話してしまえば。


「……イザベラさんが……その。“第二感染源”なんじゃないかって思って」


 確信に似たものは既に持っている。だが、それを受け入れられていない。


「……そう」


 それを知ってか知らずか、ミロウは首肯するだけだった。


「風紀委員の調書を見たんだ。キャスリン・ロムだけじゃなく、被害者の調書はほとんどイザベラさんが作成してた。彼女が取り調べた相手だったんだ」


 学内での問題行動、強引な面会に陳情、風紀委員の執行妨害。

 罪状のどこまでが真実なのか分からない――記録を作ったのがイザベラなら、いくらでも誇張や捏造は出来る。どちらにしても、彼女と摩擦があった人物だという証拠になる。


「それに、イザベラさんは。イザベラさんには――多分、動機がある(・・・・・)。彼らを手に掛ける理由が」


 ミロウの無言に甘えて、セシュナはただ語る。


「もちろん、それだけじゃイザベラさんが“第二感染源”だっていう証拠にはならない。確かめないといけない。本当の事を」


 そして、もしもイザベラが“第二感染源”だったなら。


「……出来るの?」


 端的な問いかけだった。

 こちらを見つめるミロウの瞳は、真夜中と同じ色をしている。今、彼女の眼は間違いなく真実を見通していた――セシュナの裡に潜む何かを。


「あの人が“第二感染源”だったら。セシュナ君に、出来るの」

「今日、ケーテが見つけてくれたんだ、萌芽(デュナミス)の治療実験のレポートを。そこにある情報が確かなら、まだチャンスはある。明日朝イチでアレクサンドラさんに相談して、それから作戦を立てよう」

「……本当に、それで上手くいくと思う?」


 口を開く。


「それ、は」

「……確立されてない治療法に私達の命を賭けようなんて、アレクサンドラ先輩が考える?」


 声が出ない。


「でも。でも……」


 ――不意に、何を言っても意味が無いように思えて。


 理由は百でも挙げられる。どんな答えを出すにしても、材料は揃っている。学園と街の平和、学生達の未来、『ミリアの子供達』にしか裁けない罪、選ばれた者としての責務、自身の生活と未来、あるいはイザベラへの愛や恋や、その他。


(でも、それが何だって言うんだ)


 一つの答えを選ぶ時、どんな言い訳になるのか。


「僕、なんで……何の為に、こんなことを調べたんだろ。どうして、こんなこと知りたいと思ったんだろう」


 どういう訳か、こみ上げてきたのは笑いだった。

 顔や喉が引き攣れて、くしゃくしゃになった結果としての。


「知らなきゃ良かったよ。そうしたら、こんなに色々考えずに済んだのに」

「うん」


 それは同意とも、否定とも、何とでも聞こえるような返事。


「……ごめん。ごめん、ミロウさん」


 セシュナは腕で顔を隠し、彼女に背を向ける。


「別に」


 ミロウはあくまでも、どこまでも静かだった。それはやはり暗く穏やかな森に似ていて。


「……人前で泣くのは、妖精族(エルフ)にとっては普通の事」


 セシュナは唇を噛み締めた。

 強く、血が滲むほど。


「そして、涙が止まったら、戦うべきものと向き合う。それも――妖精族(エルフ)の決まり」

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