第27話 不治の病の治療法
『ミリアの子供達』は厳格なようでいて、その実、正体の無い組織である。
定期的な校内の警戒と“禁忌”出現時の対応以外には、特に活動や規律がある訳ではない。
当然活動目標などあるはずもなく、必要がなければ会合も無いので、普段は顔を合わせることさえほとんど無い。結社を結社ならしめているのは、あの三つの誓いと、それを順守させんとする強制力――有り体に言ってアレクサンドラの存在である。
よくよく考えてみると奇妙な状況だった。
学園にやってきたその日、感動と共に眺めた白い円塔の中枢で、知り合うはずもなかった少女と椅子を並べて話し合っているというのは。
「もー、そんなの分かればとっくにやってますよ、セシュナ先輩!」
あからさまに呆れた様子で、赤毛の少女――ケーテは肩をすくめた。レースのリボンで二つに括られた髪が揺れる。
「うう、やっぱりそうだよね……」
言ってみてから、自分でも肩を落とす。
“萌芽”状態の感染者をはっきり見分ける方法など、あるはずもなかった――もしそれが出来るなら、彼らも苦労せずに済んでいるだろう。
“第二感染源”の調査などすぐに片が付く。
「でもさ、ここの設備は“禁忌”の存在を感知できるって言うから」
先日の“開花”でも、遠くから察知していた様子だった。
「出来ますよ。出来るんですけど……ね、先輩、それホントに知りたい?」
「え?」
ケーテはその幼くも蠱惑的な造作を、悪戯っぽく歪ませて。
「説明、ちょっと面倒臭いんですよねー。先輩が、どうしても! って言うなら教えてあげてもいいんだけどなあ」
「うん、知りたい。教えてケーテさん」
セシュナは一も二もなく頷く。
「じゃあ、ケーテのこと、これからは呼び捨てにして」
一体何の意味があって、と問い返しそうになるが、とりあえず言っておく。
「えーと、け、ケーテ?」
「駄目。もっと甘~い感じで! セクシーに!」
今までになく厳しい。
セシュナは居住まいを正してから、おもむろに、
「……ケーテ」
「うーん。まあ七十点って感じかなー。やっぱりお姉様には敵わないよね」
ぶつぶつと何かを呟きながら、ケーテは胸の高さほどに浮かんだ白い石版に指を走らせる。
間もなく周囲の景色が変わった。
例の薔薇園から、巨大な黒板に囲まれた教室へと。学園の教室を模しているのだろう、壁は重厚な風合いの煉瓦だった。黒板の一面には白墨でみっちりと数式が描かれている。半ば狂気的なほどに複雑で長大な計算式。
右手で漠然とそれらを示しながら、ケーテは語り始める。
「あのね、探知機っていうのは、位相を揃えた霊素振動を放出して、その軌道や反射を分析することで物体や精神の状態を推測する――ええと、だから、要するに、ランプを翳して鏡を探しているようなものなんです」
セシュナはとりあえず頷いた。
「例えば、ランプの明かりを鏡に向けると、光が跳ね返ってくるでしょ。そうすると、そちらの方角には鏡がある、ってことが分かる訳です。更に言えば、返って来た光がどれぐらい明るいか、どういう角度で返って来るか、とか細かく見ていくと、鏡の種類や形、置かれ方なんかが分かるでしょ?」
「……うん、なるほど」
基本的な仕組みは人間の眼球と変わらないらしい。
ただ、それが学内のあらゆる場所に存在し、素晴らしい視力を誇っているのだとすると――グロテスクな空想が脳裏を過ぎる。
「でね。“禁忌”が厄介なのは、当てたはずの光――つまり霊素振動を、変質させてしまうってことなんです」
セシュナは少し考える。
「変質って、色が変わるとか、そういうこと?」
「ううん。光の例えで言うなら、当てた光が|石ころになって返ってくる《・・・・・・・・・・・・》、って感じかな」
「……ど、どういうこと?」
理解が追いつかない。
「接触した霊素を、完全に異なるものに変えちゃうんです。それどころか、真っ直ぐ当てた光が頭上から返って来たり、五分前に跳ね返ってきたり」
それは――まるで魔法のような。
「霊素を媒介する魔法には、必ず限界が存在するんですよ。時間限界、空間限界、干渉限界。要するに、フツーの魔法には、光を石ころに変えてしまうような――もっと言えば、人間をモンスターに変えてしまうようなことは出来ないんです」
ケーテは言い切ると、こちらの理解を推し量るように、ちらりと上目遣いを見せた。
「ここまでは大丈夫です?」
「えと、レーダーでは、“禁忌”そのものを感知することは出来ない。無数の反応の中から、おかしなものを選び出して、どうやら“禁忌”のようだ、と推測しているってこと?」
その答えはどうやら的を射ていたらしい。ケーテは満足気に頷いた。
「だから、反応が小さかったり安定しない“萌芽”状態では、普通の反応と区別がつかなくて、捕捉が出来ないんです」
「なるほど。“隠滅”が後手になる訳だね」
セシュナは言いながら、自分の黒髪を掻きむしった。
予想していたが、それでも期待を抱かずにはいられなかった。
確実に、彼女を“感染源”だと断定できる――否定できる方法があればいいのに。
(ジャンが言うには、イザベラさんは女神に愛され過ぎてる)
前回の委員会役員選挙から半年間の調書と、ジャンの証言が状況の決定的にしていた。
彼女が検挙した生徒、あるいは彼女に対立しようとした生徒のことごとくが、『ミリアの子供達』の対処リストに名を連ねている。
「先輩」
ケーテの声で、セシュナは思考の海から呼び戻される。
「“第二感染源”が誰か、分かったんですか?」
切り出す表情は、かつてセシュナが見たことがない静かなものだった。
しかし深い緑の瞳だけは、どこかで一度見たことがある。
「……うん。まだ確定ではないけど」
「なら、お姉様に報告して、早く隠滅作戦を計画しないと――」
「その前に。ケーテ、君に手伝ってほしいことがあるんだ」
ケーテは意外そうに目を瞬かせて、
「……ケーテに? お姉様に相談じゃなくって?」
セシュナは頷く。
「“萌芽”の治療方法を調べたいんだ」
呆れ顔になったケーテを遮って、
「分かってる、そんな方法があればとっくにやってるはずだって。でも、こんな風に長期間“萌芽”状態を保っていたケースは今まで見たことないって、言ってたじゃないか。だとしたら、過去のデータベースに埋もれてる情報だってあるかもしれない」
セシュナは必死に続けた。
藁にもすがる思いで、ケーテの手を握る。
「お願い、ケーテ。データベースのことなら君が一番頼りになるだろ。……もしも隠滅の他に手があるなら、諦めたくないんだ」
イザベラを見捨てたくない。
――セシュナは彼女に命を救われたのだから。
ケーテはしばしの間、目を白黒させていたが。
「……先輩って、ズルいですよね」
「え……ごめん」
「無自覚なのかなー、そういうとこ。なーんか、女泣かせって感じ」
ケーテは、どきりとするほど大人っぽく笑った。
そして白い石版に向き直る。
「見つけたら、おいしいもの奢ってくださいね」
「あ……ありがとうケーテ! うん、約束する」
「“萌芽”状態は検体の保存が難しいから、ほとんど研究例が無いんですよ。どの保管庫から攻めていこうかなー」
壁いっぱいに浮かび上がる、レポートのリストを示す古代語。
セシュナもそれらを眺めながら、
「気になってたのはさ、『何に』触れると“禁忌”になるのか、ってことなんだ。病気の原因は目に見えない小さな『細菌』にある、って研究がこの前発表されてたじゃないか。“禁忌”にもそういう原因があるの?」
ケーテはまるでピアノのように指先で石版を叩きながら、
「大気中の霊素を介して感染するらしいです。“禁忌”を見たり、声を聞いたり、匂いを嗅いだり――彼らが全身から放つ変質霊素に触れた時点で感染する可能性がある、ってレポートがありました」
「じゃあ、体内に取り込まれた霊素を取り除けばいいんじゃ?」
セシュナは呟くが。
「セシュナ先輩の時みたいに、ごく少量だったら医療魔法で取り除けるんですけどね。お姉様がやってたでしょ?」
“萌芽”化するほど体内に充満してしまっては、難しいということか。
「……あ、これ。医療魔法の検証レポートありました」
ずらずらと表示される論文リスト。
「ありがとう。手分けしてチェックしよう」
自分の座る椅子を掴んで、セシュナはリストを見やすい位置――ケーテの傍に移動する。
「え、いいですよ――って近っ。先輩近い!」
「これ、魔導機械の使い方、教えてよ。僕も出来るかな」
改めて、見れば見るほど不思議な機械だった。ふわふわ浮かぶ白い石版の上で、タイプライターめいた意味不明の記号の羅列が光を放っている。だが、スタンプを動かしたり紙を送るような機構はどこにもない。
「ていうか、セシュナ先輩って古代語読めるんですか?」
「少しだけ。タイトルの意味ぐらいは分かるから、重要度の高そうなものをピックアップしていくよ」
ふと振り向くとケーテがすぐそばにいた。
眉を寄せて、ほとんど半眼になりながら。
「あの。ホント、わざとじゃないんですよね、この距離? 香水とかつけてないですよね?」
「え……ごめん、なんか匂いする?」
「しますけど、その、良い匂いっていうか……ちょっと腕が触れてくる感じとか……あーもう! ケーテにはお姉様という心に決めた人がいるんですからね!」
ケーテは突然叫び声を上げながら、腕をバシバシと叩いてくる。
「えええ、ごめん、なんかごめんね」
「もう! いいからさっさとピックアップしてください! ケーテは他の保管庫も探してくるんで!」
セシュナは困惑しながらも、とにかく論文リストと向き合うことにした。




