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猟師の息子ですが、魔法学園では”災厄”と呼ばれています  作者: 最上碧宏
第三章――深く静かな学園の底
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第17話 一番気になるあの子

 ようやく落ち着いて訪れた学生食堂は、一昨日の騒ぎに負けず劣らずの賑やかさだった。


 白木のトレイを持った学生の列は配膳口の前では収まりきらず、廊下にまで続いている。今日のメニューは牛肉の香草煮込み(シチュー)か、魚介と米の炊き込み(パエリア)か。どちらを注文するのか、談義する学生の声だけでもやかましいぐらい。


(どれだけ待たされるのかな……って思ってたんだけど)


 どういう訳かセシュナの顔を見た途端に、生徒全員が列を譲ってくれた。ヒソヒソと小声で「逆らうな」「潰される」「風紀委員の連中と同じ目に遭う」「窓から落とされた」「頭を割られた」「ノート破かれた」「家焼かれた」などと聞こえてきて――噂が段々悪化している気がする。


 とはいえ、それはそれ、これはこれ。


「……で、どうだった? どうだったの聖堂の調査は?」

「あ、うん――ひょっちょまっひぇ(ちょっと待って)


 隣に座ったルチアの、深刻な表情にも負けず。

 セシュナは口いっぱいに頬張った塊肉を堪能していた――一噛みする度に広がる濃厚なソースの味わいで、溜め息が漏れそうになる。


 故郷を離れる時は、食べ物が合うか心配していたけれど。ティンクルバニアに到着して早三日、不安は完全に払拭されていた。

 最後の一欠片を名残惜しくも飲み込み、陶製のコップに注いでおいた水で一息を入れる。


「……昨日、聖堂の地下墓地(カタコンベ)に行ってみたんだけどね」


 コップの底を見つめながら、言葉を捻り出す。

 それらしく聞こえるようにと祈りながら。


「はずれだった。『子供達』に繋がりそうな手掛かりは、何も」

「うー、そっかぁ。残念だったね……」


 ルチアが大きな溜息を吐く。

 会長への連絡係として気が重いのだろうか。


 彼女の皿は、貝の身が無くなり、ハーブで色付けされた米だけが大量に残っていた。

 話を逸らす為というより、単純な好奇心で訊ねる。


「食べないの、パエリア?」


 言外に、もし残すなら譲ってくれないだろうか、という気持ちを込めて。


「んー、その、まあ、お腹は空いてるんだけど」

「え、じゃあどうして?」

「……セシュナ君ってさ。細い人が好きなんでしょ? ヒルデ会長みたいな」


 突然の話題転換。

 セシュナは少し考えてから、


「太い方がいいよ。食が細い人は過酷な環境じゃ生き抜けないし。雪山とか」

「体形の話! 食ではなく! 読んで、文脈を! だから、その、セシュナ君って、人形みたいに華奢な体型が好きなんでしょ? ”冷酷女王(マーシレス・クイーン)”みたいな。それとも、スラっとして背の高い、アスリートみたいな感じ? ヒルデ会長系?」


 ルチアはやけに深刻な顔だが、セシュナはそれどころではなかった。

 まだ見ぬ美食を求めて、腹の虫がざわめいている。


「えーと。ちゃんと食べないと、アスリートにはなれないよ?」

「そうなんだけど、そうじゃなくて! もー、もー!!」


 荒ぶるルチア。スプーンで刺されそうになる。


「女の子! 食べ物じゃなくて、女の子の好き嫌い! セシュナ君はどんな子が好きなの!?」

「……どんな子?」

「その、ほら、だって、き、綺麗でしょ、ヒルデ会長とか! 髪も艶々だし、肌も白いし、目もキリッとしてて……あと、“女王”だって、実は美人なんじゃないかって噂で――」


 セシュナはふと、考え込む。


(……考えたことなかったな。故郷(ハルーカ)じゃ、女の子と話す機会なんて全然無かったし)


 どう伝えればいいのか。言葉を選びながら、


「ええと。どんな子……っていうか。みんな好きだよ」


 今までセシュナが出会った女性は、それぞれ違う魅力があった。


「……は!? ちょ、え? 待ってセシュナ君、それって女の子なら誰でもいいってこと?」 

「え? いや、違うよ! 誰でもいいとかじゃなくて!」


 語弊があったか。


「その……みんな違う魅力があって、みんな素敵っていうか」

「そーいうのいいから! じゃあ、今までセシュナ君があった中で一番の子を選んで!」


 ルチアの顔がどんどん険しくなっている。何故だ。


「一番って……何基準で?」

「んーと、好き? 気になる? っていうか、もっと知りたいなー、一緒にいたいなー、って思う相手!」


 つまり、一番好奇心をそそられる相手、ということか。


 気付けば心惹かれ、その姿を探してしまう。

 もっともっと、彼女のことを知りたいと思ってしまう。

 そんな人といえば――


「――ミロウさん、とか……?」


 ふと。

 ルチアはすっかり静かになっていた。驚く程青ざめた顔で、セシュナの背後を見ている。


「…………?」


 訝しく思いながら、セシュナは振り返り。

 ――今度は椅子から転げ落ちるまではいかなかった。ちょっと蹴飛ばしただけ。


「えっ、あっ、わ、ミ、ミロウさんっ!?」


 赤い頭巾を被った少女は空の皿を載せたトレイを持って、じっとこちらを見下ろしていた。肩に鷹を乗せていないのは食堂だからか。


「……こ、こんにちは」


 とりあえず挨拶。訪れる沈黙。

 いつの間にか、食堂全体が水を打ったように静まり返っていた。


「あの、ぼ、僕に、用ですか?」

「…………」


 返事は無い。

 ただ、夜を写し込んだような視線をひたすらに注がれると、意味もなく鼓動が高鳴っていく。

 顔が熱い。汗が出る。


 これ以上は耐えられないという所まで待った上で、口を開く。


「えと。ミロウさん。あんまりじっと見られると……その。恥ずかしいと言うか……」

「……ついてきて」


 答えは、ただそれだけ。


 彼女はやはり足音も無く。

 返却口にトレイを戻し、再度こちらを振り返る。


 またしても、しばし見つめ合って――セシュナはようやくミロウが発した言葉の意味を理解した。


「ま、待ってっ、ミロウさん!」


 自分でもびっくりするほど大きな声を上げて、ミロウの後を追う。


 彼女の歩き方は修道女のそれに似ていた。身体を上下に揺らさず決して音を立てない。賑やかな昼休みの廊下で、たった一人、水面を歩いているかの如く。


「あの、どこに行くの?」

「……着けば分かる」

「あ、うん」


 セシュナは何も分からないまま、儚げな背中を追う。

 どんな距離を保てばいいのか分からず、離れ過ぎては見失いそうになり、近づき過ぎては慌てて立ち止まる。


 何度か背後を振り返ったが、ルチアはついて来ていないようだった。もしかしたらまたヒルデの元へ向かったのか。あまり大事にされても困るけれど。


「さっきの」


 突然。

 ミロウが声を発した。視線は前を向いたまま。


「あ、うん、え? さっきの?」

「ルチア・トスカニーニと話していたこと。なんで、私の名前を?」

「あ……ごめん、その。ミロウさんって言ったのは、別に変な意味じゃなくて。その、普通の意味というか」


 言ってから、説明になっていないと気付く。


「普通の意味っていうのは、その。僕はミロウさんのこと、全然知らないから。もっと話してみたいし、あの綺麗な鷹のこととか、聞きたいことがたくさんあるんだ」


 ミロウの返事は、沈黙。


(うう。いきなりぐいぐい話しすぎたかな……引かれたかな……)

「……キーラ。あの子はただの鷹じゃない。鷹精霊(フォエニクス)霊素(エーテル)へ昇華された命」


 不意打ちな上に早口だったけれど。


「――キーラ! いい名前だね」


 セシュナは小走りにミロウへ追いつき、


「ねえ、命が霊素(エーテル)に昇華、ってどういうこと? それも魔法(マギア)の一種? あと、その頭巾の柄、すごくかわいいと思うんだけど自分で作ったの? あと、それからそれから」

「……あの。一度に、訊かないで。答えづらい」

「あ、ごめん、その、嬉しくって、つい」


 セシュナ達はいつの間にか、南棟の端から昇降口を出て中庭へ。同心円を描く美しい庭園を抜けて聖堂へと至っていた。

 日差しが差し込む聖堂は明々とした穏やかさに満ち、そこが正しく女神の家なのだと実感させてくれる。


 そして。身廊に出来た陽だまりで、ミロウが立ち止まった。


「……ブレスレットは、つけてる?」


 彼女の小さな声も、静寂に満ちた聖堂ではしっかりと耳に届く。


「うん! アレクサンドラさんから言われたとおりに」


 セシュナは、おずおずと左手を差し出した。

 手首に巻いた銀鎖の腕輪。

 昨夜の儀式を終えた後にアレクサンドラから渡されたものである。


(『ミリアの子供達』の一員たる証、って言ってたな)


 鎖には小さな金属板がついていた。肌に沿ってカーブを描く銀のプレートには、まるで文字のような記号がいくつも刻まれている。


(この文字。文献で見たことはあったけど……本物は初めてだ)


 遥か古代――地上が今よりも多くの”霊素エーテル”に満ちていた時代の遺産。

 魔法(マギア)を自律させる魔導技術(シルフィック)の核心となる記号、魔導文字(シルフィグラフ)


「このブレスレットをつけてれば対抗魔法(レジスト・マギア)がかかるの? それとも何か他の力があったりするの?」

「……自分の指を当てて」

「指? えっと……」


 ミロウ――『ミリアの子供達』では第六子(シックス)と呼ばれていた少女は、セシュナの手首を掴むと自らの指でセシュナのブレスレットを撫でる。


「こうやって」

「こ、こここ、こ、こう?」


 ひんやりとしたミロウの手の感触で、心臓が爆発しそうになった。

 僅かに震える右手で、セシュナは何とか金属板に親指を当てる。


「唱えて。帰投する、ポイント・クレイドル」

「|帰投する、ポイント・クレイドル《・・・・・・・・・・・・・・・》」


 ――ほんの一瞬だった。

 それこそ、瞬きを終えた直後には。


 セシュナは空に浮いていた。


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