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猟師の息子ですが、魔法学園では”災厄”と呼ばれています  作者: 最上碧宏
第二章――華やかなり、学園の庭
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第12話 対決、戦術魔法士《ウォーロック》

「隠れても無駄やで、七人目(セブンス)


 相手はこちらの素性も掴んでいるようだ。やはり探り合いは彼らの方が上手か。

 セシュナは迷った。


(逃げるか――いや。無理だ。相手はきっと魔法使い(ウィザード)だぞ)


 結局、扉を開けて踏み込む。


「ここがワレの探しとった秘密の花園(・・・・・)や――満足か?」


 その瞬間、セシュナは呆気に取られた。


 地下とは思えないほど広い墓地。

 いや。果たしてこれを墓地と言っていいものか。


 ホールと呼んだ方が相応しいかもしれない。地上部の会堂よりもずっと広い。そして全てが見渡せるほど明るい。だが、天井を仰いでも灯火は見当たらない。まるで部屋全体が白く発光しているかのようだった。

 壁はもちろん天井や床に至るまで全てに継ぎ目がなく、真珠のように滑らかな素材で作られている。表面を、時折瞬くように青い光が走った。


 どこか現実感の抜け落ちた空間には、複雑な文様が刻まれた石棺が並ぶ。

 正方形の空間の中央、大きく迫り出した舞台には漆黒の棺が鎮座していた――『ミリアの子供達』が昨日運び去ったものに違いない。


 そして。

 その傍らに人影が一つ。


「期待させて悪いけどな。ここには、ワレの探しとるモンは何も無いで」


 昨日と同じ黒い外套を纏い、フードを被って黒い仮面までつけた姿は、白一色の空間では飛び抜けて異様に見えた。声と身体つきは、セシュナとそう変わらない年頃。奇妙な訛りが耳に付く。


「君が――君達が、『ミリアの子供達』か」


 仮面の少年は――細く長く、息を吐いた。


「大したもんや。まあ、好奇心は猫をも殺すってヤツやな」


 やはり黒い手袋に包まれた右手が、静かにこちらへ向けられる。

 ゆるりと開かれた掌には――目を灼くような、白い光の渦。


(やっぱりだ! 魔法(マギア)!!)

「届け――光明の剣(ライト・ブリンガー)


 セシュナは直感的に、並ぶ石棺の隙間へと身を投げた。


 一瞬の後。

 光に満ちた空間を、更なる光線が貫いた。広がる熱と衝撃波が轟音と化して彼の背中を打ち据える。


 痛みと暴風にもんどり打ちながら、セシュナは受け身を取った。


「――ドラゴンのブレスみたいだな」


 相手は魔法使い(ウィザード)。しかも非常に高度な使い手。

 恐らく、魔法(マギア)を用いた戦闘に熟練したプロフェッショナル――戦術魔法士(ウォーロック)


 戦術魔法(ウォー・マギア)魔法(マギア)における一つの究極。一瞬の集中と正確な制御、そして冷徹な意志の元に生み出される強力無比な殺戮兵器。それが故に魔法使い(ウィザード)は恐れられ、旧大陸(ユートリア)では迫害の対象となった。


 巻き起こる水蒸気の壁を抜けて、姿勢を低く保ちながらセシュナは駆け出す。黒ずくめが放つ魔法(マギア)から逃れる為に。


「君は、四人目(フォース)だな。“壊滅魔人(ジャガーノート)”ニザナキ・トラフ」


 戦術魔法士(ウォーロック)としての技を評価され、最年少の予備保安官(リザーブド)資格を持つ四人目の特待生。ルチアがくれた情報。


「あー、まあ探りを入れるのはエエけどな。質問した分だけ、ワレの寿命は縮むぞ」


 少年――ニザナキは大した気負いもなく、冷酷に宣言する。


(流石、魔法使い(ウィザード)


 念じるだけで人を殺せる彼らにとっては、造作もない事。


 再びの光熱波。

 大気が震えたと思った時には白い光が迸り、続く衝撃波が渦を巻いて炸裂する。

 セシュナは紙一重で石棺の影に身を沈めた。万が一命中したとして、この棺がどこまで魔法マギアを防いでくれるかは分からなかったけれど。


 呼吸が乱れる。汗が滲む。それは疾走のせいなのか、ただの冷や汗なのか。


雪融龍スノー・メルト・ドラゴンの方が、行動パターンが読みやすいだけマシかも)


 脈打つ心臓の音が身体を震わせる。


 ――こんな時。

 セシュナはいつも自分の瞳の色を意識してしまう。


 不気味に紅く濡れた眼。自分と父だけが同じ色を持つ瞳。

 あの適当で頼りない父が彼に与えてくれたものは、紅い瞳だけじゃない。


(雪山で、森で、草原で――どんな場所でも生き抜く技)


 空気の微かな震えで、魔法(マギア)が発動するタイミングは分かる。

 セシュナは再び駆け出した。光熱波は、またしても標的を捉えそこねて白い壁に炸裂する。


「逃げ回んのは得意みたいやな、七人目(セブンス)。噂とは随分違うようやで」


 ニザナキが嘲笑った。声は反響しない。壁が全てを吸い込んでいるのか。

 魔法(マギア)が命中したと思しき箇所も、軽く煙を上げるだけで、壊れる気配は微塵もない。


(……何かがおかしい)


 セシュナは細長い煙を尻目に、ホールを駆け抜ける。

 三度目の光が髪をかすめた。長い毛を縛っていた麻紐が弾け飛ぶ。


 ニザナキの技は精度を増してきている。こちらの速度に慣れてきたのか、それとも敢えて外して恐怖を煽っているのか。


 セシュナはもう一度、棺に身を寄せた。

 頭の僅か上を光条が駆け抜ける。熱と衝撃が頭蓋を激しく揺さぶった。大気を切り裂いた光はやはり壁に炸裂し、轟音を上げる。


 その時、セシュナは――一つの推論を得た。


(もしかして、これ(・・)か?)


 背にしていた石棺に向き直り、その構造を探る。

 ざらざらとした表面の手触りと白っぽい色は本堂にあったものと同じ。しかし、刻み込まれている紋様は幾何学的で、彼の知っている限りではミロウの頭巾に描かれていた図柄に似ている。蓋は木製のようだが、百年以上前のものにしては驚くほど新しく見える。


 セシュナは蓋を指先で押して、重さを確認する。


(うん、いける。多分これを使えば)


 頷いて、蓋を更にずらしていく。


「諦めるんやったら、両手挙げて出て来いや。一瞬で灰にしたるわ」


 宣告は冷静で、有無を言わせない。

 だがセシュナも――最早、何も言うつもりはなかった。


 充分に蓋を押し出した所で、手を下へ差し込み一気に跳ね上げる。


「――――!?」


 少年の困惑は、手に取るように分かった。

 その隙を逃すつもりはない。


 石棺の縁に飛び乗って――死者への冒涜は承知の上だ――ひっくり返る寸前の蓋を捕まえる。

 そのまま蓋を盾にしつつ、駆け出す。ホールの中心――魔法使い(ウィザード)に向かって。


 腹の底が痛くなる程の緊張感。


(恐れるな――集中しろ! 今すべきことに!)


 研ぎ澄まされた集中力が、刹那の静寂を生む。

 ニザナキは攻撃を仕掛けてこない。


「――やっぱり!」


 彼は地下墓地と石棺を傷付けない。

 何故なら、彼はここの守人(・・)だから。


 現に、魔法(マギア)は避けられても壁に当たるよう計算されていた。何らかの魔法(マギア)で守られた壁に。


 セシュナは階段状になった台座の縁を駆け上がる。

 疾走の勢いもそのままに、ニザナキに向けて蓋を跳ね飛ばす。


「――なんやと!? クソ度胸さらしよって――遺跡は丁重に扱えや! ドアホ!」


 ようやく開けた視界ではニザナキが既に身をかわしている。それどころか翳された掌には、白く輝く魔法(マギア)が、大気を帯電させる勢いで渦巻いている。


 それでも、この距離ならば。


「どりゃぁあああぁぁぁぁっ」


 セシュナは足だけを投げ出すようにして――放たれた極大の光熱波が、眼前を走り抜けていく――ニザナキの足元へと滑り込んだ。


「どぅわあっ」


 罵声をあげながらニザナキが転倒する。

 セシュナは肘をついて起き上がりつつ、台座の中心まで駆ける。


 行く手に見える棺桶は何の装飾もなく塗り込められた漆黒だった。死者を弔うには余りにも無作法過ぎる。


(マントも黒、マスクも黒、全部――黒)


 黒く塗りつぶしてしまえば、全て無かったことにできるとでもいうのか。

 まるで見てはならぬもの(・・・・・・・・)かのように、置かれた棺。


「――――」


 叫び声を上げる余裕すらなく、セシュナは床を蹴り。


「それに触んなッ、ボケがァッ!」


 彼が木棺の裏に飛び込んだのと、少年が再び魔法(マギア)を放ったのは、ほとんど同時だった。


 輝く熱と震える衝撃が、螺旋を描きながら空間を抉り抜き――


「――ヤバっ」


 魔法使い(ウィザード)の悲鳴が、爆裂する衝撃波の向こう側から微かに聞こえる。


 セシュナはといえば、純白の爆炎に吹き飛ばされて――床に叩き付けられていた。

 全身を包む熱と音。痛みを感じるどころか、上下左右の感覚すら消失する。


 自分が石ころのように転がって倒れ伏したのだと分かったのは、しばらくしてからだった。


(痛――)


 力無く倒れたまま、首だけを巡らせる。

 完膚なきまでに爆発四散した棺。飛び散った木片が、そこかしこで白煙を上げている。


 ニザナキは手をかざし、とどめの魔法(マギア)を構えていた。

 セシュナは動かない身体に鞭を打ちながら、必死に思考を回転させる。


(避けなきゃ――もう一度、魔法(マギア)を喰らったら)


 間違いなく死ぬ。


(いや。違う。そうじゃない)


 何かがおかしい。


 ニザナキはこちらを見ていない。

 彼が見ているのは、黒い棺桶があった場所。


(――まさか。棺桶の中身(・・)?)


 突然。


 セシュナは、全身の毛穴が開くのを感じた。

 熱くも冷たくもない汗が、身体中から吹き出る。頭の天辺から爪先まで全てが言うことを聞かない。投げ出したままの四肢が、がたがたと震える。


 まるで他人の身体のようだ――魂だけが、先んじて逃げ出してしまったかのような。

 恐怖にしては圧倒的すぎて抗えない。焦燥にしては遅すぎて思考が追い越してしまう。


 世界を暗く圧し潰そうとする、この感情は。

 果たして。


 ニザナキの魔法(マギア)が生み出す光は、混じり気のない純白だった。

 どこかしら不安さえ感じる輝きの塊が、映し出すのは。


 黒ずくめの少年と――それと相対する、何か(・・)だった。

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