プロローグ 女王様の受難
失敗した。嵌められた。最悪の事態に陥った。
エミリア・クライスターは追い詰められていた。
振り返ること一月前。彼女たちはある重要な儀式に失敗してしまった。何者かの細工により。儀式場の機能の全損。全力で復旧に当たったが時すでに遅し。タイムリミットは過ぎてしまった。
四方手を尽くしたが状況は好転せず現在に至る。
「困った…困ったよ」
エミリアは頭を抱え執務室の床を転がりまわる。
「正直に事情を話して許してもらったらどうですか?」
エミリアの幼馴染であり秘書官のミランダが気怠そうに投げやりな事を言ってくる。
「教会が許す筈ないでしょ。勇者召喚に失敗したなんて…」
『勇者召喚』
それはこの世界の人間にとっての最後の砦ともいえる。勇者様を異世界より召喚する儀式である。
我ら人類は現在、魔族と呼ばれる異形の存在と『聖地』と呼ばれる場所を巡り戦争中である。
前回の召喚から300年、大きな戦闘は起きて無いが絶えず睨みあいを続けている。
『聖地』は神により生み出された人類がこの世界に降り立った最初の土地であり、神による加護をもたらして下さる豊穣の土地。
600年前、我ら人類は聖地を魔物に奪われた。それにより我らは過酷な僻地に追いやられた。
戦況は拮抗状態。しかしこれは人間側が数において勝っていることと、魔族が護りに徹していることに起因する。
個々の戦力は魔族側が圧倒しており、人類はその差を数で補っているにすぎない。
結局の所、人類が今なんとか生きながらえているのは静観している魔族のお陰とも言えた。
だからこそ、この戦況を打開するために行われたのが異世界より強力な力を持った英雄を召喚する『勇者召喚』である。
300年周期で行われる勇者召喚。
召喚された勇者の力は凄まじく。前回の召喚で追い詰められた魔族は自らの領域に結界を張りその裡に閉じこもった。
その結界は人類の力では破る事が出来ない。それが可能なのが各国が召喚する八人勇者である。
そう。八人の勇者が各国が所持する神器を使い力を合わせることで初めて結界を突破する事ができるらしい。
前回は欠員により結界を突破する事はできなかった。
だからこそ、なおさらに、人類の悲願。聖地奪還の為、勇者を八人そろえる事は必須である。
一人の欠員が出る事が問題では無い。八人そろわない事が問題なのである。
「ただでさえ私たちは目の敵にされてるのよ。こんな失態が知れたら魔族に寝返っただかなんだかと理由をつけて国ごと滅ぼされちゃう」
もともと我が国は勇者召喚に否定的であった。そのため勇者召喚の統括役でもある教会に睨まれている。
残りの七か国の内の大半が勇者召喚に積極的だが、魔族討伐と聖地奪還は二の次というかどうでもいいと内心では思っている。つまりは誰が妨害してもおかしく無い状況は揃っていた。
「しかし、どうします。明日には教会の査問委員が到着しますよ」
「だから焦ってるのよ」
そう、明日には教会の査問委員のがやってきて召喚した勇者と対面することとなっている。
査問委員は召喚された勇者が適切に持て成されているかどうか調査をする…という名目で勇者の力を見極めに来る訳だ。時間を稼ぐ為に勇者召喚は成功したと報告してしまってるからには後に引けない。
こうなれば代役を立てて誤魔化すしかないかと私は思案を巡らせていた。もちろん適切な人材などいないがそれでもこのまま座して死を待つよりは幾分かはマシであろう。
「エミリア様大変です~」
ローブをまとった魔導士の女が慌ただしく執務室に駆け込んできた。
「どうしたんですかミーシャ。私は今思い悩むのに忙しいのです」
「それが、召喚陣が起動を初めて…」
「なんですって!!」
エミリアは執務室を後にして城内にある召喚の間に急いだ。
◇
エミリアが召喚の間に到着した瞬間、中央に設置された召喚陣から嵐のような力の奔流があふれ出していた。そしてその中心には腕を組み仁王立ちをしている少女の姿があった。
少女は鋭い眼光でこちらを射抜くように睨みつけていた。
発光する召喚陣の上に仁王立ちをする少女。こちらを睨みつけるその視線には明らかな怒気が込められていた。
勝手に違う世界に連れてこられた少女にしてみればその怒りは最もである。あるのだが、それはつまり今の状況を正しく理解している事を意味している。
普通、召喚された異世界の勇者は突然の事態慌てふためくと聞いていた。当然だろう、どんなに神の意だのなんだのと理由をつけても、ぶっちゃければ違う世界から強引に適格者を拉致してくるだけなのだから。
この召喚はなにもかもがイレギュラーである。
召喚は召喚陣に組み込まれたシーケンスプログラムによって自動的に行われる。300年に一度訪れる二つの次元が繋が刻。そこで召喚陣を起動させ条件に合致する人物を連れてくる
召喚陣は異世界と次元接続が出来なければ起動する事ができない。起動したということは今は異世界と次元接続した状態という事になる。
しかし、召喚陣はまるでこの少女を送り届ける為に起動したかのようにその機能を沈黙させた。