来訪者
「私に用?」
謎の二人組を食後のお茶を啜りながら見渡す奈都芭。
スーツ姿の女性。見た目はショートヘアの黒髪で落ち着いた雰囲気を醸し出しているが内面から溢れ出る胡散臭さ。
そしてもう一人は赤髪の少女。年の頃は自分と大差無いだろうが、なんというか仰々しい雰囲気を醸している。此方を値踏みするように観察しているようだが、特に敵意は感じない・・・が、二人とも面倒くさそうだ。
「はじめまして、奈都芭さん。私の名は夕暮暁といいます」
「どちら様です?母さんの知り合いなの?」
「単なる顔見知りよ。アンタに会って聞きたい事があるんだってさ」
「顔見知りって、それはないですよ。昔、背中を預け合った相棒じゃないですか」
「戯れ言を言わないで。アンタに背中を預けた事なんてただの一度も無いっての」
「イギリスでのバンパイア討伐以来・・・十年ぶりですか?だというのにつれないですね」
「イギリスでバンパイア討伐って・・・母さんってエイメンとか言っちゃう人?」
「いや、違うからね。成り行きでそうなっただけで。あの時は私も反抗期だったからね」
反抗期をどう拗らせたらバンパイアハンターになるのかは分からないが、どやら美奈芭にとっては触れられたくない過去らしく、必死に誤魔化しているみたいだが、誤魔化せてないけど。
「ちょっと、娘の前で人の黒歴史を穿り返さないないでちょうだい」
怒りの矛先を後輩に向ける美奈芭。
「当代きってのヴァンパイアハンターが今では良いお母さんですか…笑えますね」
オモチャを見つけた子供のように、からかうように笑う暁。
――瞬間、空気が凍りつく。
「あんた死にたいの?」
美奈芭の前髪がフワリと戦ぐ。目を細め、暁を睨みつける。
地面を踏み締め臨戦態勢。これ以上舐めた口を聞くようなら本気で殺すオーラを発する。
「待った、待った、ただの軽口じゃないですか。そんなに怒らないで下さいよ」
付き合いの長い暁にはこれが冗談では無いと良く知っているので慌てて宥めに入る。
矛先の向いてない奈都芭も反射的に身構えてしまう。
(母さん怖っ・・・)
思えば、サバサバして気安いように見える母だが、本当にキレるとやばと幼い頃から肌で感じていた。だからこそ、本気で怒らせないように彼女なりに気を使っていた。
(怒ったら手がつけられないからな・・・)
キレる度に人畜無害、お人好しの父が宥めてたのを思い出す。
(お爺ちゃんはあんなに温厚だったのに、一体誰に似たのかな?)
などと、自分の事を棚にあげてそんな事を思う奈都芭だった。
奈都芭自身、幼い事から母によく似ていると言われてきた。
そして母の美奈芭も自らの母――奈津芭にとっては祖母に似ていると言われ続けてきた。
つまりはそういう事である。
奈都芭達、親子をよく知る者達は口を揃えて言うだろう。
親子三代、そっくりだと。
◆◇◆
「それで結局、私になんの用なんですか?」
暁は奈都芭に目をやると、ニッコリと微笑む。
「私たちはあなたに聞きたい事があってやって来ました」
「私に答えられる事なら答えますが?」
「ならば、貴方はこの一月半、一体何処で何をしていたのか教えてもらってもよろしいですか?」
「それは確認ですか?知っている事を聞いているような口ぶりですが」
この暁という女は信用出来ない。奈都芭は本能的にそう思った。
奈津芭は暁を正面から見据える。
悪い意味での放楽的とでも言うのか、その有り様はまるで道化のようにも感じられた。
嘘はつかなくても、本当の事は言わない。そんなタイプだろう。
「やりにくいですね。その見透かすような目・・・まるで姫様に見られているみたいです」
「姫様・・・姫様・・・ね」
暁の言った言葉を反芻する美奈芭。彼女の言葉にこの状況が誰によって作り出されたか理解した。
美奈芭自身、娘が何処に行っていたのか何をしていたのか正確に把握している訳では無い。一族の正統を受け継いでいない自分はそれを知る資格が無いからだ。
だからこそ不可解でもある。このタイミングのよさ。おそらく――
「ミシアの…あの子の差し金ね」
「先詠の姫様からの最優先案件です。…柄乃崎奈都芭さん。貴方にある事件の解決をお願いしたい」
「事件?」
「最近巷で騒ぎになっている「神隠し」と騒がれている事件はご存じですか?」
「いえ・・・何分、今日、帰ってきたもので、世事には疎いです」
「そうでしたね。先輩はご存じですよね」
「まぁ、テレビのワイドショーなんかで騒がれているからね」
昨今、問題になっている神隠し事件。読んで字の如くなんの前触れも無く失踪する事件が相次いで起こっていた。
単独の失踪から集団失踪、場所や時間もバラバラ。
共通しているのは二つ。
一つ目は失踪者が十代半ばの中高生であること。
二つ目は煙のようになんの痕跡も無く消え去ってる点である。
「貴方には行方不明になった彼等の捜索をお願いしたいのです」
「はっ?」
何言ってんだこの人