ダブルキャスト
日向が出会った女神アスタルトから受け取った能力はたった一つだけ。
それが『ダブルキャスト』
能力は自分の可能性の付け替え。柊日和とういう存在が経験し得た事柄を、現在此処にいる自分の物とできる。
抽象的でぱっとしない能力。最初に能力の詳細を聞いたとき日向はそう思った。
Aを経験した自分に、Bを経験した別の自分を足したところでたかがしれている。
実際に女神アスタルトも言っていた。
「君以外がこのスキルを手にしても、少し早くコツをつかめる。その程度の能力さ。だけど、君にとっては破格になるだろう。それ程までに君の魂は、存在は格別なのさ」
柊日向という存在そのものが可能性。言わば行動の変遷の揺らぎが激しいらしい。
女神曰く、運命の変動率が桁違いに大きいという。
◇◆◇
身体強化をフルに巡らせながら、迫り来る攻撃をバスターソードではじき返す。
(だからといって、戦闘特化って訳じゃ無いからね…)
一撃、一撃、なんとか凌ぐが、そう長くは保たない。必死に呼吸を整えるが、全身から滲み出る汗が地面に滴り落ちる。
(…これ以上深度を深めたくは無いのよね…)
『ダブルキャスト』このスキルは日向にとって使い勝手のいいものではない。
女神アスタルトの言う強み。運命の変動率の大きさこそが、このスキルを難物にしていた。
運命とは巨大な迷路のようなモノと仮定したとき、違うルートを進む自分にアクセスすることで可能性の体験を自身に憑依させ追体験をすることで自らの経験とする。
自分はその迷路がとてつもなく大きいらしい。
だからこそ、今の自分と離れれば、離れるほど憑依した時の精神的負担は加速度的に大きくなる。今の時点でも自身に影響が出ているのを感じていた。
(此処らが潮時か)
打つ手がない。決め手も無い。
「ぐっ!」
ついには、手に持つバスターソードを弾き飛ばされ防ぐ術も失った。
「終わりだ!」
隙を見逃さず、追撃を仕掛けてくる光輝
この攻撃を受ければ敗北する。そう思った瞬間、歯噛みし、頭に過ってしまった。
負けたくないと。
『あれ、諦めちゃうの?』
頭に響く自分では無い自分の声。しまったっと思った瞬間に体が動かなくなった。
否、体は動いていた。自分の意思に反して。
「これで終わりだ」
振り下ろされる光輝の斬撃。半身をずらし躱す。
「ちょこまかと――」
追撃に横薙の斬撃を屈み躱すと距離を詰め、鳩尾に掌を添える。
「しゃべってると舌噛むよ」
日向でない誰か彼女の体を使いそう言った刹那、何かに反発するように光輝の体は弾き飛ばされ、修練場の壁に激突する。
「ふぅ~、しんど」
汗を拭い大きく息を一吸いして呼吸を整える自分の姿。
勝手に体は動くが、操作に全く干渉できない。
(体を乗っ取られた?)
焦燥感に駆られながら、なんとか主導権を取り戻そうとするがなんら手応えがない。
『乗っ取ったとは心外だね。私は親切心からレクチャーしようってだけなのに』
先ほど語り掛けてきた自分では無い自分の声が再度頭の中に響く。
(それを信じろと?)
『私としても貴方が強くなってくれないと困るんだよね。でも、まぁ・・・強くなりたくないのなら、主導権を返しましょう?』
(・・・・・・っ、それは)
二の句を継げなかった。自分の中途半端な覚悟がスキルの暴走を許したのではないか?
そう思えば責めるばかりもできないと自覚していた。
(貴方は何者なの?)
『私は貴方よ?その前提は変わらないわ。だけど成り立ちが離れすぎてるのよ。別人と言って差し支えない位にね。でもそうだね名前は名乗っておこう。その方が都合がいい』
これは嘘ではないが全てを話してないと日向は感じ取った。
『そうだよ。私は全てを話していない』
(そっちの事は分からないのにコッチの事は全て筒抜けって狡くない?)
『だったら強くなる事だね。お姉ちゃん』
(貴方・・・そんな事まで・・・)
こちらが怒気を含んだ口調に、彼女は慌てて訂正する。
『ごめん。他意はないんだよ。単なる親近感よ。私も可愛い姉弟達のお姉ちゃんだからね』
この一言で逆に絆さそうになっている自分が嫌になる。誤魔化すように彼女の名を問い掛けた。
(貴方の名前を教えてくれる?)
『日和。相馬日和だよ』