日向の異変
観覧席には二つの国からの来賓。両国の王が並び合って勇者達の戦いを観戦していた。
「どうです。我が国が召喚した勇者、笹塚光輝殿は。彼は間違いなく歴代の勇者の中でもトップクラスの実力を持っている。此度の聖戦。必ずや勝利をもたらしてくれるでしょう」
傭兵国家ザードの王であるガリアンはそういうと豪快に笑う。
もう一方、海洋国家フェルタニアの女王ティードは対象的に上品な仕草で扇を広げると口元を隠しながら、、
「…そのようですね。ですが我が国の勇者である日向様も負けてはいませんよ」
繰り広げられる戦闘。手数で圧倒する光輝に対して、日向は押されながも迫り来る攻撃を的確に受けきっていた。
「洒落臭い、だったらこれも受けきってみろ!」
展開する火球の量を倍、さらに倍と加速度的にその量を増やしていく。
日向は大きく息を吸い込み、息を止め歯を食いしばると、身体強化のギアを無理矢理もう一段上に捻り上げる。
襲い来る火球を強化した剣で打ち返す。密度を上げた為、弾かれた火球が別の火球に衝突して爆発。両者ともそんなことは気にもとめず応酬を続ける。
その衝撃は教会騎士団の精鋭四人によって展開されている強固な結界を大きく揺さぶり、小さな亀裂が入る。
結界を張っている騎士達は瞬時に出力を上げ綻びを修復していく。その表情には疲労の色がうかがえた。
「すまんな、無茶をさせて」
激しい模擬戦に観戦する者達は盛り上がるが、無秩序に放たれる攻撃は結界を張っている教会騎士団の団員達にとっては迷惑以外の何物でも無い。グレミアは結界を張っている部下の四人の騎士達のリーダー格であるフランクにグレミアは声をかける。
「問題無いですよ。この程度なら」
「もう少し踏ん張ってくれ。決着は近いだろうから」
グレミアはフランクの肩を手を置くと、自分の席に戻った。すると、隣の席に座っている聖女様は顔には出してないが、退屈だという気配を垂れ流していた。
「退屈そうだなシレーヌ」
「その物言いは心外ですよ。お兄様。勇者様達が私たちの世界の為に一生懸命競い合って下さっているのに失礼に当たります」
「それは悪かった」
慇懃無礼なシレーヌの物言いに溜め息を吐きながら、グレミアは席に座る。
「下馬評通りと言った所か」
日向の技量は目を見張るものがある。恐らく技能向上系のスキルを保有しているのだろう。体術、剣術や力の細やかなコントロールは恐らく勇者の中でもトップクラスだろう。
それに加えて馬力もあって彼女には欠点らしい欠点が無い。だがそれでも光輝には勝てないだろう。それだけ、彼の保有する力はグレミアから見ても規格外に大きい。
現時点では勝つことはできるだろうが、この先技術を身につけ実力を上げていけば、遠くない未来勝つことができなくなるだろう。
「決着だな」
光輝の攻撃が日向の持つバスターソードを弾き飛ばす。無防備な日向に追撃が襲いかかる。決着だと、場の収拾する段取りなどを考えながら目を離そうとした瞬間、シレーヌが
声を上げた。
「いえ、まだです」
その声にグレミアはもう一度修練場に目を向ける。無防備の日向に斬りかかった光輝が吹き飛び、背後の壁に叩きつけられた。
「なんだ、今のは?」
先ほどまで、防戦一方で肩で息をしていた筈の日向。汗の滴る満身創痍の出で立ちとは裏腹にいつの間にか落ち着き払った表情で光輝に顔を向ける。そして、口元に小さな笑みを浮かべていた。