王女様。仕切り直して勇者と交渉
「私はエミリアと申します。若輩の身でありますが、この国の女王を務めさせていただいてます」
「これはご丁寧に。私の名前は柄乃崎奈都芭。まぁ、身分はただの学生かな」
執務室で対面する形で、お互いに自己紹介。
不幸な勘違いで一触即発的な展開になったが、ここからが自分の腕の見せ所と自分を無理やり奮起させるエミリアであったのだがノッケから挫けそうだった。
現在の勇者様の状況を説明するテンプレートな展開にもっていこうとしたのだが困った事にこの勇者様は自分の状況を正確に把握している様子だった。
「要するに私たちの世界から拉致した人間を兵器に転用しましょうって話でしょ?おだてて脅して言うこと聞いてもらいましょうってか?」
(はい。その通りです)
心の中で奈都芭の言葉を肯定するが、まさか馬鹿正直そう答える訳にはいかない。ダラダラと背中に冷や汗をかきながら必死に言い訳を考える。
「そういう側面があることは否定しません。身勝手だという事も承知しています。だからこそ、それに見合うお礼は必ずします」
「お礼ねぇ…」
取り付く島のない奈都芭に言葉がつまるエミリア。
嫌な沈黙。それを破るように食べ物の乗ったキャリーを押したミランダが執務室に入ってきた。ここに来る前に、奈都芭が猛烈に腹が減っているから何もいいから食べ物が欲しいと要求があった。
なのでミランダに手配をお願いしていた。
ミランダは奈都芭の前にサンドイッチの盛り付けられた皿を配膳する。
「わがまま言ってごめんなさいね。何分、境界を渡るとお腹が減ってね」
「いえ、お口に合えばよろしいのですが」
「合う合う。とっても美味しそう」
先ほどまでの三白眼のドスのきいた顔つきから一転、とてもニコやかにサンドイッチを頬張る奈都芭にエミリアは面食らう。
(ひょっとして、お腹が空いて機嫌が悪かっただけなの?)
しかし、サンドイッチを頬張りながら、ニコやかに見えるその目にはどこか含みがあるように思えた。
「エミリアさん。女王様って割に随分と若いのね。何歳?」
「先月17歳になりました。王位を継いだのは二年前です。先代の王と王妃である両親が
事故で亡くなった為、継承順位が一位であった私が王位を継ぎました」
「事故…ね。もしかして、辛い事を聞いちゃったかな。悪かったわ。配慮が足りなかった」
「いえ、そんな。もう終わった事です」
そんな事より、こちらとしては何とか騙くらかして明日の査問を受けて貰いたい訳ではあるがなんというか、この子の目が怖かった。目つきが悪い…というのもあるのだけど、此方の心の裡をのぞき込んでくるような目が怖かった。
「奈都芭様。私はあなたと交渉がしたい」
奈都芭は訝しむような視線をエミリアに向けてきた。他国から腹黒女王と陰口を叩かれる程度には腹芸を嗜んでいるが彼女には通用する気がしない。下手な誤魔化しは逆効果だと彼女の直感は告げていた。
「えらく下手に出るのね。私は槍衾の只中で脅しつけられる位の覚悟はしていたのだけれど?」
「それをして此方にメリットがあるのならそうします」
エミリアの飾りの無い言葉に、奈都芭はクスリと小さく笑った。
「とりあえず話を聞かせて」
雰囲気が和らいだ奈都芭にエミリアは心の底からホッとした。
「此方からお願いした事は一つだけです。明日行われる教会の査問に召喚された勇者として出席していただきたいのです。そこを乗り切る事が出来たなら。私は貴方に全面的に協力します」
「それだけ?魔王を倒せとか言うと思ったけど?」
「教会の立場に立てばそうです。それに関しては勇者召喚を行う八つの国の間でも意見が分かれてます。徹底抗戦を行うか、静観するか融和を取り持つか…」
「三百年魔族とやらとの間で本格的な戦争は無いんだっけ?それでよく三百年も同じ体制を維持できたわね」
「そこは教会の働きかけによる所が大きいです。正直この国も統合という建前で何度も呑まれそう…いえ、呑まれている最中と言ってもいいですね。だからこそ弱みを見せる訳にはいかないんです」
「根本的な事聞きたいんだけど、折角異世界から援軍を呼ぶのになんで力を持った人間を召喚しないの?」
「いえ、こちらに召喚された勇者様はいずれも素晴らしいギフトを保有しています」
「ギフト?」
訝しむ奈津芭を見て、スキルについての説明をすっかりと失念していた事を思い出した。
「この世界の人間に神より授けられたギフトという能力を保有しています。異世界から召喚された勇者様は例外なく格別なギフトを授けられます」
「持ってないわよそんなの」
「ミーシャ。スキル鑑定の準備をして」
「はい、わかりました」
もともと、準備していた事もあり用意は直ぐに整った。
用意されたのは何の変哲もない水晶と、そこにバイバスされた筆記装置。
「何、このパチもんっぽいウソ発見器は?」
「ウソ発見?…というのは何かわかりかねますが、この水晶に手を翳す事よってその人間
の資質を投影し、こちらの紙に結果が記されます」
「資質を投影…ねぇ?」
とても胡散臭そうに装置を見る奈津芭に、エミリアは見本を見せる用に自分の手を水晶に翳した。