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『 営利案 』(天文十六年、夏)

 一か月ぶりにて、お待たせ致しました。誠に申し訳なしです(平身低頭)。

 御盆の行事が漸く一段落。今年はホンマ難儀致しました。

 皆様もどうか御自愛あれかし。

 一部訂正致しました。誤字誤表記の御指摘に感謝を(平身低頭)。(2020.10.28)

“嗚呼 嗚呼 流れる河の如く 滔々と 年年歳歳は過ぐる”


 顕本寺の本堂前に設えられた舞台で墨染めを纏ったガッチリ体型が朗々と歌っていた。名を高三隆達(たかさぶりゅうたつ)といい、今年の春に修行を終えたばかり青年僧だ。顕本寺境内に自在庵なる僧房を与えられた新進気鋭である。

 実家は薬種を扱う小さな商家だそうな。経を読む傍らで歌謡を吟じる日々を送る何とも気楽な若き風流人だが、読経で鍛え吟詠で磨かれた声は、惚れ惚れとするものであった。

 声の強弱に明確な境目はなく、まるで寄せては返す穏やかな波のよう。当世の音曲にしては少々アップテンポだが、俺の鼓膜に響いて来るは実に緩やかなリズムである。童謡のようにも聞こえてくるのが何とも不思議な感じで。

 昭和の歌姫がこれを聞いたらどう思うだろうか……笑って許してくれるといいけれど。

因みに歌詞をアレンジしたのは原曲通りの歌詞だと、当世では理解され難いからだ。“時代”っていつの時代に普及した単語なのだろうねぇ?

 それはさておき棚上げして、と。

 伴奏として用意されたのが一般的な笛や鼓ではなく、扇と尺八であるのも聴衆達には不思議であるかもしれない。

 一定調子で床を叩くことで拍子を取る扇の音。尺八の奏でる音色は高くもなく低くもないが、細く僅かにかすれている。それらが朗々とした歌声と交われば、何ともいえぬ流麗なハーモニーとなっていた。

 更に当世では最新の楽器が最適なタイミングで力強い音を立て、物悲しい調べになりそうな曲調に緊張感を与えている。それは何かといえば、種子島加賀守恵時が故郷より急ぎ取り寄せた三味線である。

 正確には琉球発祥の三線(さんしん)だ。確か三線は付爪みたいな物を指に嵌めて爪弾くように演奏するのだが、どうやら用意出来なかったらしい。ゆえに爪弾くのではなく琵琶の(ばち)で弦を弾くことでメロディを奏でていた。

 演奏するのは堺の名物男、松山新太郎である。初めて扱う楽器に苦戦するかと思いきや、何の何の実に堂に入ったもの。流石は芸達者であることよ。器用の幅は随分と広いようだ。

 舞台の中央では、決して華やかとはいえぬしみじみとしたBGMに支えられた二人の演者がひらひらと舞っていた。ひとりは艶やかな衣装に翁の面で、もうひとりは渋い色目の衣装に慈童の面で。

 一見ミスマッチに思える衣装と面であったが、歌詞に耳を傾けながら演者を見ればそれがジャストフィットであると納得させられてしまうのも、これまた不思議である。

 そんな不可思議な、幽玄ではない物の哀れの世界が舞台上にはあった。


“嗚呼 嗚呼 流れる河の如く この蒼き天が 茜へと染まりゆく”


 大きく頭上へと伸ばした右手に広げていた扇に左手を添えて綴じるや、二人の演者は静かに膝を折ってゆるゆるとした所作で平伏する。

 尺八が最後の一小節を吹き終えると、舞台上は衣擦れひとつなく静まり返った。舞台上の空気が伝播した本堂内もまた静寂に包まれる。居並ぶ誰もが呼吸することすら忘れてしまったように。

 ピンと張り詰めた雰囲気は実に心地良いなぁ、それが俺の抱いた感想であった。指一本動かしただけで儚くも壊れてしまいそうなこの雰囲気をいつまでも味わっていたかったが、そうもいかない。永遠などこの世にはないのだから。

「……見事であった!」

 勿体ないと思いつつも俺は無粋な一言を宙に放ち、堂内を現実へと引き戻す。やがてそこかしこから深呼吸のような息遣いが漏れ出した。座に連なる者達の過半が忘我から脱したのを確認してから、改めて口を開く。

「実に、見事な舞いであった」

 すると、それまで身動ぎをせず平伏したままであった演者の片割れが、慈童の面をかなぐり捨てるように外して上体を起こした。

「“晴れる()”でございましょうやッ!?」

 なよっとした面立ちに似合わぬ太い問いかけ。咄嗟に俺は視線を左右へと走らせれば、細川与一郎が、助五郎が、武野一閑斎師までもが俺の眼差しを避けるように素早く顔を背ける。

 ……全く、どこまで情報開示したのやら。

「うむ……晴れる()、である」

「あ、有難き幸せにてッ!!」

 感激の面持ちで顔を伏せる観世十郎。翁の面を外した宝生流の五世重勝が安堵したように微笑み、俺の方へ深々と頭を下げた。

「誠に天晴れ、は……晴れる()であったぞ!」

 上座右列にいた越智伊予守が感極まった声で称賛する中、下座から二人の男が堂内中央へスルスルと進み出て平伏する。

「然れば大樹公……」

「御約定の儀は……」

 助五郎の父である天王寺屋が俺へと呼びかけ、年番執政役の相方を務める紅屋が言葉少なに俺へと問うた。堺の町衆を代表する二人に対し、勿体ぶらず俺は返答する。

「余の試しに見事及第、いやそれ以上の答えを示してくれたのだ。約定通り、その方らに“東山流”を伝授致す。

 然すれば余が堺におる間、いつなりとて余の元へと参上仕るべし。ここにおられる武野一閑斎師も余の代わりとなりて教導役を相務められようほどに。

 また歳若なれどこの与一郎とそこな助五郎もまた、余が皆伝を授けし者達なり。教えを請うに差し支えなくば手解きしてもらうが良い」

 武野一閑斎師は一瞬目を見開いたものの何事もなかったかのように瞑目するが、与一郎と助五郎の二人はあからさまに挙動不審に陥った。どうして私が、といった表情を晒してやがる。

 はっはっはっはっ、逃がすかこの野郎。こうなりゃ一蓮托生だ。俺と一緒に、珍奇な新種娯楽に飢えた人喰い鮫の如き堺の町衆共の餌食へなりやがれ、ってんだ!

「余は未だ暫し海会寺(かいえじ)に逗留することになろうが、何れは洛中へと戻らねばならぬ。“東山流”の奥義は多岐にわたるゆえ一朝一夕に習得するは難しかろう。然れば師事を求むる者は洛中へも足を運ぶべし。洛中にても親しく相(まみ)えようぞ」

 などと社交辞令を織り交ぜながらいい切ると、側近衆以外の全員が一斉に “有難きことにて”と深く頭を下げたのだった。若干二名ばかりが不承不承って感じだが、自業自得と思い知れ!



 いやしかし、吃驚だよね本当に。まさか社交辞令が通じない者がいるとはね。それも一人二人じゃなく十人二十人と大量に。

 老いも若きも将軍様も町人もごちゃ混ぜとなったドンチャン騒ぎの一夜が明け、珍しく酒に呑まれた三淵親子が三人ともに二日酔いに悩まされているのを見ながらの朝飯を終えた頃、同じく二日酔いで青い顔をした彦部又四郎が来客を告げる。

 それが皮切りであった。


 ドンチャン騒ぎの翌日から連続で宿舎を訪れる堺の町衆達。会合衆が三人ほど連れ立って現れたかと思えば、惣中からは五人ずつ、若衆に至っては助五郎に引率された十人ほどが夜討ち朝駆けでやって来やがる。

 御蔭で、プライベートタイムは完全にパー。それらがかち合えば大人の文化教室から高校生のクラブ活動並みの賑やかさだ。

 商売ほったらかしで大丈夫かとこちらが心配になるくらいに盛況で、毎日が日曜日ののんびり生活を希望する俺としては、少々辟易している。だがしかし、呼び出さずとも来てくれるのは有難いことでもある。

 だけどさ、その中に北条氏や今川氏の商人達や、高三隆達や松山新太郎が連なっているのはどういう訳だろうなぁ。お前らにまで許す約束はしなかったと思うのだが。まぁ来るなと拒絶するのも無粋だし、来ればそれなりに謝礼を置いていくので良しとしておくけれど。

 そんな遠慮なしの町衆の中で特に熱心に足を運ぶのは、主に薬種を取り扱う商人達だった。名を上げれば会合衆からは油屋常言と息子の宗次郎、薩摩屋藤五郎の三名。惣中からも薬屋与三右衛門、小西弥左衛門、茶匠にして医師である北向道陳の三名。

 以上の計六名は今日で三日続けて昼時になると雁首揃えてやって来る。そして全員が異口同音に“香苓(カレー)”を所望するのだ。押しかけて来ておいて注文をするとは何て不逞輩だと思わぬでもないが、毎回スパイスとなる薬種を持ち込んで来ての注文だから仕方なく提供している。

 とはいえスパイスの種類と分量は秘中の秘、銭を生み出すトップシークレットなので足りない分はこちらからの持ち出しだ。尤も“香苓(カレー)”作りには使用せぬ余剰分は全て頂戴している。カツアゲじゃないぞ、等価交換だぞ。朝鮮人参などの高級輸入品は幾らあっても困らないからね。

 それに何より、“香苓(カレー)”作りは全て丸投げしているから、俺が文句をいうのはお門違いだよなぁ。

 これが洛中であれば台所の一切を取り仕切るのは、御所大番頭の進士美作守晴舎なのだけど。何せ進士流包丁道なる技を代々研鑽して来た家系である。その辺の調理人とは魚の切り身ひとつとて断面の冴えが全然違う。

 だが進士は仮御所の留守居役を申しつけたので、ここにはいない。代わりに台所を仕切るのは、一年ほど前に進士に弟子入りした結果、料理の才を芽吹かせた又四郎だった。どうやら“香苓(カレー)”の魅力に憑りつかれているらしい。

 味気ない物を食わされるよりは数段マシなので、アレンジのアドバイスはすれど文句はつけずにいる。進士流包丁道を学んでいるなら微塵切りとざく切り以外の切り方もしようぜ、とは思うけどさ。

 明日から再開予定の和平交渉を考えれば気が気でないのが本音である。取り敢えず一昨日に閃いた案件に関してはその夜と昨日の内に時間を作っては手紙を書き捲り、影守りをしてくれている多羅尾や山中や山岡の者達に持たせて各所へと届けさせた。

 裏口ではなく表門から手紙を届けるべき相手、例えば洛中とか近江国とか伊賀国とか越前国とかには、供回りの者を差し向ける。近衛家には小笠原又六、六角氏には山中甚太郎、仁木氏には松井新左衛門、朝倉氏には赤井五郎次郎と池田弥太郎、といった具合に。

 勿論だが単独では行かせちゃいない。助五郎と武野一閑斎師に依頼して信用のおける牢人者を二十名ほど手配してもらった。将軍家の使者たるものそれなりのスタイルが必要だからね。無駄な格好つけともいえるけど。

 思いついたからやってみよう精神のやっつけ仕事だから、成功するかどうかは五分五分よりも確率は低かろう。全く以て気が気じゃない。薄氷を踏む思いってのは実に嫌なものだ。出来ればもう少し手当てを講じたい。

 だから、華やかさも色気もないオッサン連中と“香苓(カレー)”を食いながらの四方山話に時間を費やす暇などない、と大声でいいたいのだけれど食すシーフードカレーに罪はなし。やはり湊のある町は海産物が新鮮で実に良いねぇ。

 例え食後に提供されるデザートが甘ったるい香りの水菓子ではなく、欲に塗れた生臭い四方山話だとしても。まぁ銭が発する銅臭は決して嫌いじゃないけどね。


「誠に美味い物でございまするな」

「誠に誠に」

「まさか本朝にて唐天竺の食を口に出来るとは」

「しかも大樹公と座を同じく出来るとは」

「末代までの誉れなるべし」

「有難きことにて」


 上座下座と別にするには狭い部屋で、精一杯の一張羅と思われる着物姿の男達が、大椀に盛られた雑穀を匙で忙しなく口に運ぶ。大の大人がまるで腹を空かせた餓鬼のように飯を頬張っていた。

 本日、特別招待したゲストの名は桔梗屋と、多羅尾和泉守光吉。百地新左衛門尉正永、藤林長門守正保、森田浄雲、滝野十郎左衛門貞清である。この六名の内、多羅尾家の隠居を除く五名全員が伊賀者だった。

 尤も、桔梗屋は元であるが。今では立派な洛中の住人だからな。

 伊賀一国を差配するのは、公儀においては守護職の任にある仁木左馬頭義政なのだが、実態としては名ばかりの守護職だったりする。実質的に差配しているのは“伊賀十二人衆”と呼ばれる者達だった。

 百地、藤林、森田、滝野の四名はその“伊賀十二人衆”の主要メンバーである。彼らをわざわざ呼び出したのは、堺の薬種商人達との間で交わされた生臭い四方山話の流れからだ。

 それにしても呼び出せば即座に十里を超す山道を走破して来るとは、流石は忍びの者達だよな。現代にタイムスリップさせてマラソン選手に仕立て上げれば、世界新を連発するに違いないぜ、大した魂消た奴らだよ。

 まぁ自分らの生活が劇的に豊かになる方法を伝授したいのだが、と呼び出し状に記したからかもしれないけれど。その説明をする前に、先ずは堺の事情を伝えよう。

 ここ最近、堺の薬種商人達は洛中での生薬の流通形態が大きく変わったことにより、洛中では商売上がったりなのだそうな。

 堺の者が商う生薬は朝鮮人参などの輸入品を除けば、西国筋で仕入れた物。輸入品は以前と変わらず洛中でも引く手数多であるが、西国筋で仕入れた比較的に安価な物はさっぱり売れなくなったという。

 それもそのはず。現在、洛中にて出回っている安価な生薬が甲賀を生産地としたものだった。現地での取り纏め役たる座頭(ざがしら)は多羅尾家が務めており、洛中における経営主体である滋養薬種商売座の本所は近衛家である。

 然様な仕組みを作ったのが俺だと、堺の者達は既に知っていた。ならば商売敵である俺の元へ何故に油屋達は足繁く通っているのかといえば、洛中に出来上がった新たな流通形態に参画したい、その一心からだそうな。

 俺が多羅尾の隠居を介して甲賀や伊賀の者達に生薬作りを提案したのは洛中の富の一部を分与する為である。それで貧窮する地下者達が貧窮から脱すればしめたもの。序でに恩義を感じてくれれば万々歳であった。

 まさか、然様な甘い目論見が早々に実現するとは思わなかったけどね。

米や麦とは違い、平地が狭くともそれなりの収穫が見込めて銭になる生薬作りに絞って正解だったぜ。それが、堺の商人を苦しめる要因になっているとは思いもしなかったけどさ。

 然れど、苦しめた御詫びに堺の商人達にも参画してもらおうか、とはならない。正確にいえば、出来ないのだ。甲賀と伊賀の生薬作りは近衛家が所管する利権なのだから。然も分け与えられるほどにパイが大きくないし、こればかりはどうしようもない。

 ……どうしようもないけれど、俺の一存で何とか出来なくもなかった。

 要は、パイを大きくすれば良いのだ。洛中を満たす生薬は、甲賀が主で伊賀は従の体制で生産されていて、供給量は十分に足りている。これ以上となれば生産過多となり値崩れを起こしかねない。

であれば、堺を起点として新たな流通経路を作り上げればどうだろうか?

 値段は対等ながら質で凌駕しているので西国筋に逆流させても良いし、紀伊半島から伊勢湾を経由して東海道とその先へも流して良いだろう。北条氏や今川氏の御用商人であれば、生薬は幾らあっても困ることはないだろう。

 東海も関東も毎年ほぼ休みなしで合戦に明け暮れているのだから。それに駿府も小田原も地方にしては大都市だもの、生薬の消費量は年単位だと結構な量となるに違いない。然すれば例え安価な薬種でも助けられる命は増えるに相違なし。

 助かる命が増えることが平和に繋がらず、戦争の継続に寄与するのは理解しているけれどね。地球が平和になる最短ルートは人類滅亡、ってのは誰の言葉だったっけか……茨木の野郎にそっくりな教師だったな。

 全くいうにことかいて純朴な学生に何てことを教えやがったものだ。御蔭でこんなに真っ当な人間になっちまったじゃねぇか。……転生しちまうような人間が真っ当かどうかは議論の分かれるとこだろうけどよ。

 頭の片隅で愚痴を垂れながらも、伊賀者達には更なるプレゼンをする。牛を飼え、酪農をしろ、乳を搾って酪や蘇を作れ、出来得るならば醍醐を再現しろとも。

 ほらやっぱ、伊賀といえば忍者の次に有名なのは伊賀牛じゃないか?

 流石に食肉の勧めまではいえやしないが、乳製品の製造ならば問題なかろう。何せ朝廷におられる方々にも喜ばれる高級品なのだから。

 牛の購入に関しては油屋達が請け負うことになった。何となれば日本最大の牛市が開かれるのは、摂津国の四天王寺門前なのだ。良い牛を購入して伊賀へ搬送するのに、堺ほど最高の立地条件はないだろう。

 などと説明すると、座は俄かに活気づいた。出資者となる堺の者達と引き受け手である伊賀者達との間で盛んに言葉が交わされる。商売に疎い伊賀者達のアドバイザー役を務めるのは、桔梗屋。元伊賀者で現商人は適切に助言をしていた。

 そんな中、独りものもいわず口元だけで笑っているのは、多羅尾和泉だ。さぞや面白くないのだろう。生薬作りに精を出した結果、何かと競合する伊賀者達を上から見下ろせる気分を味わえていたのだから。

 ところが今回の会合で、伊賀者達は多羅尾家及び甲賀の頸木から外れることとなる。しかしそれに否とはいえぬ。否というのは、俺に対するNOと同義であるからだ。

 苦境を託っていた甲賀者達に救済の手を差し伸べた俺に対し、NOをつきつけるなど出来やしないだろう。例えどれほど腸が煮えくり返っていようとも。だから多羅尾の隠居は黙しているに違いない。

 なれば俺は、猛る心中を薄く笑うことでごまかそうとしている多羅尾和泉の芝居につき合うべきであろうか?

 いや、その解答こそNOだ。多羅尾の隠居の心中を見なかったことにするのは、手間暇とお金をかけて育んだ信頼関係とか共犯意識とかにいらぬ瑕疵を残しかねない。今は小さくともアリの一穴から何とやらって昔からいうしな。

 これは早速手当をせねば。手遅れとなる前に懐柔案を提示するとしようか。


「多羅尾和泉よ」


 俺が呼びかけた途端、全員の注目を集めてしまった。こちらのことは気にせずどうぞ御歓談下さい、などといえる筈もないので仕方なく座に連なる者達皆へといい聞かせるように言葉を紡いだ。


「心得違いをするでないぞ、多羅尾和泉よ。

 余が申しておるは、食い扶持を稼ぐ算段に非ず。食い扶持を増やす算段なり。

 他の者も心して聞け。

 我らは生きる上で、生き抜く為に競い合うは当然なり。然れども競い合うは、他者を踏みつけ食らい尽くすことばかりに非ず。

 他者を活かすことで己を高めるもまた、競い合う効能なり。

 余が目指すは共に栄える“共栄”の道である。

 皆々心せよ。

 余が求めるは、上はやんごとなき御歴々から下は地下者に至るまで全ての者が応分に満足を得られる楽土なり」


 語るだけ語ってから“然れば”と多羅尾の隠居に提案したのは高級茶葉と高級陶器の生産だった。実は甲賀の地は知る人ぞ知る御茶の産地だったりする。しかも一カ所ではなく二カ所で生産されているのだ。

 土山宿近郊の地と、信楽荘に属す朝宮村。前者は鈴鹿の山を越えれば伊勢国へと到る甲賀東部の山間、和銅年間に創建された常明寺の周囲で生産されている。後者は延暦年間に最澄が唐から持ち帰り植えたと言い伝えられていた。

 土山の茶は百年ほど前に大徳寺から分与された物で香りが濃いとか。朝宮の茶は日本最古の茶畑との謂れがあり、奥深い滋味が珍重され朝廷への献上品だったのだそうな。

 以上は、武野一閑斎師からの受け売りだけどね。

 何れにしても得難いブランド品である。ならば付加価値をつければ更に高値で売れるだろう。付加価値は信楽焼の茶壷だ。信楽焼の質を高めれば茶壷一つで銭十貫文、もしくはそれ以上の値がつくかも。

 捕らぬ狸かもしれないが、茶葉があり信楽焼が既にあるのだからゼロからスタートするよりは随分とマシな皮算用であるに違いない。最高の茶が喫せるとあらば、洛中の土倉業も諸寺院も財布の紐を緩めてくれるだろう。

 序でとばかりに、うろ覚えの知識で描いた登り窯の略図も提供してやる。本業の忍び働きとはかけ離れた副業かもしれないけれど、伊賀国と同等以上に甲賀には栄えてもらわないとね。そして感謝の念で以て俺を崇め奉ってくれれば万々歳だ。

 左団扇を夢見つつ、俺は甲賀と伊賀の代表者達に三年間の区切りを申し渡す。双方が協力し合うことで生薬の増産と新規事業を軌道に乗せるよう命じた。油屋達には金銭のみならず商売に関する智恵にても経済後進地域をバックアップすることを誓わせる。

 主と従の関係ではなく“肩を並べて奮励すべし”と告げると、座の者達全員が得心のいった表情で一斉に平伏してくれた。多羅尾和泉も満面の笑みを浮かべているので一安心だ。やれやれ、肩の荷が一つ下ろせたぜ。

 生薬作りの一環には当然ながら、火薬作りも入っている。

 家畜が増えれば硝石の元となる硝酸カリウムも入手し易くなるし、陶器作りには燃料が欠かせないから木炭が大量に運び込まれても不思議ではない。勘合貿易の輸出品である硫黄は、堺の町衆ならば簡単に集められる代物だ。

 上手くいけば火薬製造量は笑いが止まらぬほどに飛躍的な数値となるだろう。……お願いだから砂上の楼閣にしないでね。頼んだよ、任せたよ。



 懸案事項が解消し安穏と惰眠を貪ってから目を覚ませば、直視したくない現実が爪を研いで待ち構えていやがったよ、畜生め!

 今日から和平交渉の再開だよ、皆の衆。時間の無駄でしかない、泥沼の口合戦のスタートだ。準備は良いかね、プレイヤー諸君。俺は早々にゲームオーバーを宣言して、コンセントを引き抜きたいのだがな!

 トンチキ管領側から出場するプレイヤー1は前回同様、高畠甚九郎こと和泉守長直だった。嫌らしいニヤニヤ顔が相も変わらず鬱陶しい野郎だぜ、全くよ。出来ればこの七日の間に頓死してくれていたら、多少は愛着も湧いた……かもしれないのに。

 一方、細川二郎側が用意したプレイヤー2は前回とは異なる人物であった。一別以来の再会となる男の名は、安見図書助宗房。越智氏の家臣、中村なんたらの子として世に現れ、木沢長政の家臣となりトンチキ管領の家臣となり現在は畠山氏に仕えているという、戦国時代を満喫中の業深き剛の者だ。

 口髭も顎髭もゴワゴワな安見図書は独りではなく、ひょろりとした相棒と二人連れでやって来やがった。相棒の名は、鷹山主殿助弘頼。安見と同じく主家をコロコロと変え続けた畠山陣営の新参者なのだとか。

 中断前のプレイヤー2であった遊佐越中に比べれば度胸も迫力も満点の猛者コンビの登場で交渉は仕切り直し……とはならなかった。ライバル二郎側の旗色の悪さはどうしようもないようである。

 援軍を見つけられなかったのだから然もありなん。たった七日のインターバルではやはり無理だったか……て、そりゃそうだよなぁ。そんな簡単に見つけられるなら人生楽あり苦労なしだよな。

 このままではライバル二郎は確実に詰みだ。ジリ貧である。交渉を継続する意味などもうないのやも。意味があるとすれば、開戦の支度を整える為の時間稼ぎかな。窮鼠も猫を噛む為には齧歯を研ぐくらいはしておかないとね。

 (いくさ)支度にどれくらいの時間が必要なのかは知らないが、十日以上二十日未満だろうか。

 どれだけ時間稼ぎをしたいのか知らないけれど、新たに派遣された両名のキャラを見る限り脳筋寄りの人材に見えるがなぁ。今回の配役ミスで、ライバル二郎陣営の人材が如何に乏しいかが透けて見えるぜ。

 再開初日の結果は案の定、畠山氏の新参者コンビが一方的にいわれっ放しだったそうな。高畠甚九郎の罵詈雑言に良くぞ耐えたな二人とも。特に、安見図書。岩のようにゴツイ拳が初日から炸裂するかと冷や冷やしたぜ。

 さて、明日はどうなるか。頭の痛いことだよなぁ。


 五日が経った。

 相変わらず交渉に進展はない。毎日毎日飽きることなく高畠甚九郎は居丈高に振舞い、安見図書と鷹山主殿の二人は奥歯を噛み締めながら一方的に忍従を強いられていた。

 上司である畠山氏重臣の遊佐河内守に余程いい含められて来たのだろう。どれだけ罵倒されようと激高するべからず、とか何とか。だが、そろそろ限界じゃないかな。

 昨夜に不寝番役を務めた明智十兵衛が申すには真夜中に、ライバル二郎陣営の宿舎から派手な破壊音と怒声が聞こえたそうな。主人に躾けられてはいても、所詮は戦国時代に生きる猛犬である。いつまでも耐えられる筈がない。

 明日くらいには交渉の場に血の雨が降るやもしれぬ。三淵らに注意喚起しておかねば。今日も今日とて昼日中から会合衆らと賑やかに飲み食い歓談をしながら、俺は溜息をそっと漏らす。

 参ったなぁもう、と気分がくさくさとしていたその日の夕刻間近。状況を激変させる一報が、堺の町に飛び込んで来た。


“根来寺挙兵す、細川京兆家と対峙の由”


 夜になり届けられた詳報によれば、切っ掛けは茨木伊賀守長隆の野郎であるとのこと。より詳らかにすると、茨木の野郎が最近になり領地に設けた新たな関所がことの次第の始まりであったそうな。

 茨木の野郎の領地は摂津国島下郡、そこに総持寺という平安初期に創建された真言宗の大寺がある。その総持寺に属する僧侶達が新設の関所を通り抜けようとした際に、トラブルが発生したらしい。

 関所を守る茨木の野郎配下の者共が、あろうことか総持寺の一行に法外な通行料を吹っ掛け、金品を根こそぎ奪おうとしたのだとか。幸いにして偶々、同行していた根来衆の活躍により金品は奪われずに済んだそうだが、収まらないのは総持寺側である。総持寺の僧侶達は根来寺に、災難の顛末を訴え出た。

 何故、根来寺に?

 理由は総持寺が所持していた金品にある。それら金品は、真言宗の一派の真義真言宗総本山たる根来寺が六十数年の月日をかけて建てた大塔の落慶法要への御供えであったからだ。

 落慶法要に水を差された思いの根来寺は即座に四方へと檄を飛ばす。茨木伊賀守討つべし、と。総持寺に偶々寄宿していた根来衆及び雑賀衆は新設の関所を破壊し、摂津国島下郡で散々に暴れ回ったのだそうな。


 いやぁ、偶然とはいえ大変なことになったものだなぁー。

 根来寺が援軍となれば両細川の戦力比は五分五分近くになったのじゃないかな。何しろ一万を超す僧兵がいるらしいし。鉄砲という最新兵器で過剰なまでに武装した宗教勢力を敵に回すとは、茨木の野郎も馬鹿なことをしたものだね、あっはっはっはっ。

 

 翌朝になり、高畠甚九郎は交渉延期を願い出るや、泡食って飛び出して行ったけれど、果たしてどうなることやら。


「無法の輩に相対するは、難儀なことにて」

「誠に敵いませぬ」


 根来寺から派遣されて来た青年僧が二人、武野一閑斎師の立てた抹茶オレを喫しつつ揃ってひっそりと笑う。

「全くである、余も大層苦労致しておる」

「全く以て世の有り様は拙如きには拠所なきことにて」

「然れど斯様な次第に至りなれば根来寺一山、将軍家の負われたる御苦労を些かなりとて分かち合いたく存じまする」

 見た目もどこか似ている二人の青年僧は、これまた動きを合わせ懐から取り出した書状をこちらへと差し出す。小池坊頼玄からの書状を差し出したのは、向かって右側に坐す専誉。玄紹坊日秀からの書状を差し出したのは、向かって左側に坐す玄宥。

 小池坊頼玄も玄紹坊日秀も多くの学僧を指導する学頭である。いわば根来寺における最高幹部の双璧。専誉と玄宥はその双璧の後継者と目されている俊英であるとか。であるならば、今からゴマスリしておこうかな。

 誠に忝きこと、と僅かに頭を下げれば俊英二人はアタフタと手を振り、言葉を溢れさせる。

「いえいえ、大樹公に御助力致すは根来寺一山の志にてござりまする。これも偏に天下の為。天下の王法を護持するは仏法の務めにござりますれば」

「然様然様。熊野検校、道増大僧正様からも何卒良しなにと御言葉を頂戴致しておりまする。何卒御気易くあられませ」

 一頻り小芝居のような遣り取りをした後、俺達はどちらからともなく笑声を高らかにした。

「然れば御約定のこと、何卒良しなに」

「その前にひと働きを宜しく頼む」

「確と心得ましてござりまする」

 再び大笑いする俺達に武野一閑斎師が、一服如何かと申されたので有難く頂戴する。

「それにしましても大樹公の為さりようは、川の流れに逆らうかのようでございまするな。御身が謡われ為さりました『如流河』とは相反する生き様のようにて」

 武野一閑斎師が呆れたように首を左右にすれば、背後に控える三淵や与一郎達は達観した表情で首を縦に振りやがった。


 ……当たり前だろうが。時間の流れに漫然と身を任せていたら、余命二十年もないのだからさ。幾ら銭がかかろうと、他人の欲にどれだけつけ込もうと、俺は意地汚く生き延びてやる。

 使える者は親だろうが御尋ね者だろうが精々活用させてもらうからな!

 プロット無しの行き当たってバッタリを繰り返していますと、起き上がる度に新たなネタを拾い上げてしまい、収拾がつかなくなるのが私の悪い癖でして。

 今回もそんな話です。

 処で『MIU404』ってドラマ、本当に面白いですね♪

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[気になる点] 誤字羅「ぎゃおーす!」 某宇宙生物「キシャー!」 >東山流”の奥義は多岐にわたるゆえ一朝一夕に習得するは難しかろう。 「"」東山流"? ダブルクオーテーションの片方が無いです? >助…
[一言] 伊賀・甲賀は山の中な上にもともと琵琶湖の湖底だったりしたせいで水利が非常に悪い代わりに焼き物に向いた土が豊富なのですよね。 お茶と焼き物で経済的発展をさせるというのは非常に効果的かと思いま…
[一言] 拝読させていただきました。 冒頭、一瞬、どこの高校の校歌だろうかと時節柄考えてしまいました(汗) しかし堺の皆さんの胃袋もハートも掴みつつあるようで、公方さま恐るべしです。 そして和平交…
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