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『 グッドモーニング,戦国 』(天文十一年、春)

 大幅に改訂致しました。少しでも読み易くなっていれば幸甚にて。(2021.01.29)

「どうか……長慶公を……主役に……」


 それが爺さんの末期の言葉だった。



 危篤だと母から連絡があり、取るも取り敢えず病院へ駆けつけた俺は、今しも絶えそうな間隔の長い息をする爺さんの枕頭へ顔を寄せる。

 ……え、何ですと?

 訊き返したが爺さんは黙して語らず、ついでに呼吸音も途絶えていた。聞こえるのは、機械的なピーって平坦な音だけだ。


「御臨終です」


 驚きの表情で硬直する俺に医者が御親切にも宣告してくれたが、鼓膜には消え失せそうなか細い声がワンワンと木霊し続ける。

 リフレインする爺さんの遺言に気を取られている内に葬儀が終わり、気にならなくなったのは更に一ヶ月半が過ぎた頃だった。

 四十九日の法要に列するため、久々に訪れた爺さんの家。

 記憶の中よりもこぢんまりとしていたことにちょっと吃驚。記憶って当てにならないものだなぁ。

 とんでもない遺言を残して逝った爺さんの法要の後、父の号令一下、家族全員で遺品整理をする。

 まぁ当然ながら、その日で終らなかった。

 夕方になり、明日は仕事があるからと親も親族も帰ると言うので、それなら俺もと思ったら父が“お前は此処に泊まって行け、爺さんの遺品を片付けやすいように整理しろ”などと言いやがる。

 抗議をするも、昔から無駄に弁の立つ父に敵う筈もない。

 流石は音大で長年教鞭を取っているだけはあるよな。理屈は立て板に水の如く、屁理屈は津波の如し。

 あっという間に言い包められてしまった俺は、二つ返事で了承してしまったのだった。

 だけどさぁ、小さいながらも家一軒分だぜ。俺ひとりで出来る訳ないだろう、と一応反撃を試みたが、母親の穏やかな微笑みにあっさりと弾き返される。


「あら、貴方は無職でしょう?」


 前振りなしで繰り出されるクリティカルダメージ発言に、俺の心は完膚なきまでに叩き潰された。この父にして、この母ありだぜ。

 弟二人に助けを求めるも、ニッコリと拒絶された。


「長男の務め、お疲れ様」

「次男と三男にもそれなりの務めがあるだろうが?」

「頑張ったら明日からは“穀潰し”って呼ばないから」

「ってことは、今の俺は“穀潰し”かよ?」


 血を分けた兄弟二人が揃って大きく頷きやがる。そんな血も涙もない所業に、俺のピュアな精神力は完全に打ち砕かれた。何てこったい、この世に神も仏もないものか!

 明日から演奏旅行に出かけるというピアニストの弟とヴァイオリニストの弟が親戚らと共に先に出れば、父と母もそそくさと帰り支度を始めやがる。

 因みに母は専業主婦だが、声楽家の一面もあった。近所のママさんコーラスを全国大会に連れて行った名指導者でもあったり。

 そんな音楽一家の中で俺の立場はといえば……まぁアレだ。

 アレとは即ち、“十歳で神童、十五歳で才子、二十歳過ぎれば只の人”ってヤツで。自慢出来るような才能など、今は昔の物語なり。

 それでも音楽には未練があり、音大を優秀な成績で中退してからは、とあるカラオケチェーン店でバイト三昧の日々をしていた。

 していた、ってのはつまり、過去形である。

 テナントビルが耐震工事をするとかで、長年勤めていた店舗が閉店。バイトリーダーをしていた俺は、敢え無くバイト先とリーダーの肩書を失ってしまったのだよ、世知辛ぇなぁ。

 まぁある程度の蓄えがあるし、半年以内に次のバイト先を探せば良いかと考えていた矢先だったので、仕方なし、仕方なし……。

 だけど幾ら身内のこととはいえ、タダ働きなど御免被る。四十超えての独り身なれど、一寸の虫にも五分の魂だ。

 留守番代だと父から分捕った五万円札を懐に、近所のコンビニへレッツ・ゴー!

 一番高い弁当で腹を満たし、発泡酒ではない正真正銘の缶ビールで喉を潤せば、もう今日はする事もないしする気もないのでゴロリと横になる。

 冷房が欲しいと感じるほどには暑くもないが、除湿がちょっと欲しいかもと思わなくもない走り梅雨の夜。

 外からは偶に車のエンジン音が聞こえる程度の、実に静かな夜だ。

 ふと片隅へ目を遣れば、壁際に鎮座ましますのは小さなお仏壇。

 数年前に旅立った婆ちゃんの位牌の横に、真新しい爺さんの位牌が並んでいる。

 長年、地元の公立高校で社会科の教師をしていた爺さんだったが、定年後は郷土史家とやらを名乗っていた。

 爺さんの家があるのは、大阪府大東市北部。お隣の四条畷市に限りなく密着した辺りだ。

 四条畷市といえば、南北朝時代に楠木正成の息子が敗死した四条畷の戦いがあり、敗死した楠木正行を主祭神とする神社が全国的に有名である。

 一方の大東市で有名なのは……野崎観音くらいかな。

 いや、そんなことはない。

 戦国時代に天下の中心地として、短期間ながら畿内に君臨した巨大な山城の城址がある。

 その名は、飯盛山城。

 城主は有名ではないが無名でもない戦国大名、三好長慶だ。

 郷土史家として活動をしていた爺さんのライフワークは、その三好長慶の研究であった。

 どうせなら地元だけじゃなく全国的に有名な楠正成の研究でもすれば良いのに、と大学生だった頃に言ったら、爺さんは目を吊り上げて怒鳴ったっけ。


「長慶公の事を、お前は何にも判っとらん!」


 判んねぇよ、学校で習わねぇもん。

 戦国時代を扱ったゲームだとそこそこ強いのは知ってるけれど、信長・秀吉・家康・謙信・信玄・元就ほどじゃないし、島津四兄弟に比べてもマイナーだしなぁ。

 今思えば若輩者だったよな、当時の俺は。“じゃあ教えてよ”と不用意発言をしてしまったのが、運の尽き。

 其処からの爺さんは島津よりも鬼のようになって、俺に研究成果を説明し始めたのだった。

 いや、鬼十河よりも鬼のように、と例えた方が正解かな?

 マグマよりも熱い爺さんの熱意に晒された俺は、程なくして見事に洗脳……感化されてしまったのである。

 大学生活からバイト三昧の日々となってからは休みの度に呼び出され、自称・郷土史家のフィールドワークの足要員としてあっちの古戦場跡こっちの城址と東奔西走させられたのも、今では良い思い出だ。

 御蔭様で戦国時代マニアになってしまった俺である。三好長慶関係限定というマイナーメジャー路線だけどな。

 だが此処数年は仕事が忙しくなり付き合う事も出来ず、爺さんとの音信は半年に一回くらいになってしまったが。

 お仏壇の右側の壁を背に聳えるタンスみたいな本棚には、爺さんが収集した書物やら手垢のついた研究ノートやらがみっちりと詰まっている。

 死んだ爺さんはお仏壇の中にいるのかもしれないけれど、魂とやらは本棚の方に宿っているのだろうか?

 何気なくそう思った時、どこからか御経らしきものが聞こえて来た。

 こんな時間に読経だと?

 何と酔狂なお家もあったものだと何とはなしに耳を澄ませれば、どうやら聞こえて来るのは本棚の方からのようだ。

 ふと興味を掻き立てられた俺は身を起こし、四つんばいで本棚の方へと移動する。

 それがいけなかった。

 ちょっと小粋な怪奇現象だとスルーしておけば良かったのに。

 古人曰く、“好奇心は猫も殺す”とか何とか。

 俺の眼に焼き付いた最後の光景は、スローで倒れてくる本棚の巨大なシルエットであった………………。




 気がついた時、俺は子供だった。

 はてさて一体どういうことだ?

 何で手が小さいのだろう?

どうして立ち上がっても視線が低いのだろうか?

 腕を組み、首を目一杯に捻っても判らないので、取り敢えず寝ることにした。

 多分、夢だろうと思ったし。

 そして朝日の眩しさに耐え切れず体を起こしても、夢は未だに続いていたのである。ほわっつ・はぷん?

 頭に違和感がするので小さくなった手を伸ばせば、髷が結ってあった。

……どうして丁髷が?

 俺の髪形は五分刈りだったよな?

 いつの間に伸びたのだろう……いてッ、引っ張ってみたが鬘や付け毛でもないようだ。

 見たこともない古風な板敷きの和室で、使った記憶のないペラペラの敷布を尻に敷いてぼんやりとしていたら、障子の向こうからドカドカと足音が。

 スパン、と小気味いい音を立てて障子を開けたのは、何故だか好きになれそうもないヒョロっとした男であった。

 俺よりも年下だろうと思うが、肌艶が病的なほどに青白い所為で目の下のクマが歌舞伎役者みたいにクッキリとしている。

 不健康を素材に3Dプリンターで抽出したような男は、存在感の薄い平目顔にある唯一のアクセントである薄い口髭を震わせながら俺の前で胡坐を掻くなり、右手に持っていた扇子で畳をバシバシと叩き出したじゃないか。

 何だこの情緒不安定野郎は?

 かなりの値段がするだろう上等な仕立ての着物姿なのだが、全然似合っていないのに思わず噴出しそうになる。


「何が可笑しい!? 笑い事ではないぞ!!」


 甲高い声に耳がキンキンするが、男はこっちが顔をしかめるのを一顧だにせず、捲くし立て始めやがった。


「左京亮の増上慢めが! 何故に余の命に従わぬのか!

 国人衆共如きが如何に申そうとも、余の裁可が絶対であるのは日ノ本の道理であろうが!

 余が許しもせぬのに勝手働きを致すとは言語道断、誠に許し難き振る舞い!

 さっさと首を差し出せば赦してやるものを!」


 何だこのトンチキ野郎は?

 もしかしてこれは、サプライズ的なパフォーマンスか?

 だとすればちょっとアングラ過ぎだろうに。


「六郎も六郎じゃ、全く以って不甲斐ない!

 いつまで不埒者をのさばらせておくのであるか!

 早う左京亮を討ち取らねば、道永(どうえい)に同心した者共を一掃するのはいつになるやら判ったものではないではないか!」


 声高に意味不明のセリフを捲し立てるトンチキ野郎から目を逸らし、開け放たれたままの障子の向こうを見遣れば、廊下には俺と同じ様に丁髷結った数人の男達が肩を竦めて座っていやがる。

 一人芝居だと思ったら、劇団だったのか?

 って言うか、此処は何処で、お前らは誰だよッ!?


「菊幢丸も、そう思うであろうが!?」


 ……え、何ですと?


「よって余が不興であるのを六郎に知らしめる為に、これより近江へと参る所存である」


 菊幢丸、って確か……。

 夢にしては奇妙なくらいにリアルだし、もし夢じゃないとしたら訳が判らない。

 よし、寝よう!

 下手の考え休むに似たり。考えても判らないことを考えるなど、時間の無駄でしかない。よし、寝よう。こんな時は寝るに限る。

 ペラい敷布に身を委ね目を閉じようとしたら、トンチキ野郎は俺の肩を力一杯握って揺すりだす。


「寝ている場合ではないぞ、菊幢丸!」


 五月蝿ぇな、俺は菊幢丸なんて名前じゃねぇ!

 肩の痛みを振り払いたくて身動ぎしていると、再びドカドカと足音がした。

 どいつもこいつも安眠妨害しやがって、廊下は静かに歩きましょうって小学校で習わなかったのか!


「大樹様、北岩倉の左京太夫様より、使いの者が罷り越しましてございます」

「六郎めが、今更何を言うてきおったか!

 もう春だというに、三月(みつき)も無為にしおって!!

 彼奴の言を信じた余が愚かであったわ!

 六郎の怠慢至極、余は不快であるゆえに明朝にも此処を出立し朽木へ戻ると、然様伝えい!!」

「はは!」

「菊幢丸も仕度を怠るでないぞ!」


 ズカズカと他人の寝室に侵入しやがったトンチキ野郎が怒鳴り散らしながら去って行くのを薄目で確認し、やっと人心地がつく。

 ああ、肩が痛い。

 ………………痛い?

 これは夢じゃないのか? 夢に痛みはないって昔に聞いた事があるぞ。

 不意に背筋を寒気が走り、思わずブルリと身震いする。

 爺さんの家にいたのは五月の終わりだった筈、こんなに寒さを感じるような気候じゃなかったぞ。

 どういう事だ?

 寝床から飛び起き、廊下へ飛び出して辺りを見渡せば、視界に映るのは蕾を膨らませた数本の山桜。

 何処をどう見ても、春先の風景であった。

 ビョウと寒風が吹くや、花開く前の木々が喧しく枝を鳴らす。

 額にかかる解れ毛が視界の端で動くのをぼんやりと見つつ、俺は頬に両手を当てた。


「如何なされましたか、若子(わこ)様」


 穏やかな少年の声に息を止めていた事に気づいた俺は、はふぅと胸に溜まった嫌なものを吐き出す。


「……左京亮?」

「飯盛山城が城主、木沢様にございます」


 キザワ……キザワ……聞いたことがあるぞ……。

あ、キザワって、木沢長政のことか!

 室町時代の大大名にして三管領の一角である畠山家に仕えていたのに、主家を差し置いて堺公方の足利義維と結びついて成り上がり、近畿でブイブイ言わせた戦上手だった……よな、確か。

 その後、細川晴元の手下になったが勝手働きをし過ぎて見捨てられ、太平寺の戦いで三好長慶らの軍勢に討ち取られた、知る人ぞ知る暴れん坊だ。

 おいおいおいおい、ちょっと待てちょっと待てよ。

 太平寺の戦いっていつだったっけ?

 …………そうだ! 鉄砲伝来の前年だ!


「若子様?」


 って事は西暦1542年だから、元号だと……えーっと……永禄輔じゃなくて永禄でもなくて、パロマ天文台でもなくて……天文年間だ。

 すると、北岩倉の左京太夫とかいうロクローとか何とかってのは、もしや……細川晴元のことか!?

 ……ならばあのヒョロくて危ないトンチキ野郎はもしかして、足利義晴なのか!

 ザ・キング・オブ・ボンクラだと思われていたが、最新の研究では実は結構まともな苦労人であったと評価が180度逆転した、室町十二代目将軍の!!

 だとすれば…………。


「……俺は誰だ?」


 恐る恐る右へと首を傾け、心配そうな面持ちで此方を見ている少年に問いかけたら、即答されてしまった。


「菊幢丸様、でございますが」


 うん、やっぱり。

 この世の命運閉店終了、蛍の光窓の雪。

 膝の力がガクッと抜けた俺は立っていられなくなり、廊下に両手をついて項垂れる。

 どうしよう? どうするよ? どうしたら良いのだよ?

 爺さんの推し武将である三好長慶の敵役だよ、菊幢丸ってさ。。

 もしかしてこれは平成の終わりに一世風靡した転生ってヤツか、そうなのか!?

 それならそれでいいけれど、いや良くない、全然良くないぞチキショーめ、どうしてどうしてこうなった!?

 せめて転生したのが三好の一族の誰か、例えば鬼十河や息子の義興ならば、健康に気をつけりゃどうにかなるかもしれない。

 実休なら久米田の戦いで死なないようにすりゃ良いし、冬康であったとしても何とかなるだろう。

 松永弾正やその弟だったら、もっとどうにか出来るのにさ。

 だが、現実は菊幢丸。

 元服したら足利義藤、そして義輝へと改名する室町幕府の十三代目将軍様。

 剣豪だったらしいがゲームキャラみたいな無双など出来ずに、三好と松永に殺されちまった戦国時代の徒花野郎だ。

 がっかりだよ、我が人生!!


「若子様、どうかお力落としなさいまするな、微力ながら与一郎がお支え致しますゆえに」

「与一郎?」


 与一郎って誰だ? …………あ、細川幽斎か。

 いや通り名を名乗っているし、未だ前髪姿って事は……細川姓になる前か?

 元の苗字は長岡だっけ?

 いや、長岡は義昭に仕えるのを止めた後の苗字だったよな。だとしたら……。


「三淵……」

「今は細川与一郎にございます、お忘れですか若子様?」

「いやそうではなく……三淵の者はおらぬかと……」

「父ならば間もなく此方へ参るかと存じまする」

「然様か」


 セーフ、どうにか誤魔化せた。

 いつまでも落ち込みブルーは見せていられない、立ち上がれ立ち上がれ立ち上がれ、俺。

 廊下に胡坐を掻いて腕を組む俺の傍で、相変わらず憂い顔をしている細川与一郎。

 取り敢えず、こいつは俺の味方のようだ。

 しかしあれだな、どうしようもなく心細い状況でも自分が一人ぼっちじゃなく味方が一人でもいるってなると、それだけで安心出来るものなのだな。

 それが十歳にも満たぬ子供であっても。

 向こうの方から、また誰かがドタドタと廊下を踏み鳴らしてやって来る。

 与一郎がホッと息をつくところを見ると、足音の主は父親の三淵晴員なのだろう。

 俺の記憶が確かなら、三淵家の者達は足利家に忠誠を尽くし続けた一党だ。

 まぁその所為で室町幕府に殉じてしまったのだけれど。

 ならば、信を置いて良いだろう。

 少なくとも、今の人生におけるトンチキ野郎な親父よりは。

 死にたくないし、討ち取られたくないし、切腹など毛頭御免被る!

 その為にはこれからどうすれば良いのだろう?

 爺さんから受け継いだ知識を頼みの綱にするならば、数年後には近畿の覇者となる三好家とは敵対しないのが大大吉なのは確実だ。

 細川だとか畠山だとか、信用出来ない上に頼りない大名家など御荷物でしかないし。

 没落確定の家と心中するよりは、勃興するのが確定している何処かと早く繋ぎをつけなければ。

 織田信長が早く上洛してくれないかな?

 ……いや駄目だ。

 信長は義輝の二つ上で幽斎こと与一郎と同い年だから、今はまだ虚けの悪たれ小僧でしかない。

 何してるのだ信長の野郎!

 肝心な時に役に立たねぇ奴だな!

 だから本能寺の変で殺されるのだ、少しは考えて成長しておけよ!

 ところで、今の俺は幾つだろうか。

 多分、小学一年生以上って感じ?

 義輝は天文五年の生まれだから、数えで八歳だったら今年は天文十二年になってしまい、太平寺の戦いの翌年になってしまう。

 つまり現時点での俺は数えで六歳ないし七歳ってことになり、従って今年は天文十年か十一年の二択になる。

 ってことは、太平寺の戦いは今年か来年の今頃に勃発だ。

 長慶が一躍、歴史の表舞台に名を馳せる直前ってタイミングなのだな、現在の時間設定は。


「若子様、大樹様より既にお聞き及びと存じますが」


 かけられた声に意識を戻せば、壮年の頼りがいありそうな男が膝を就き、首を垂れていた。


「三淵か」

「は! 若子様には御機嫌麗しく」

「うむ、その顔を見て安心したところだ」

「有難き御言葉!」


 感激したような面持ちの三淵親子の姿に、何となく腹が据わった……気がする。

 史実通りなら、俺が殺されるまで残された時間は十分あるじゃないか。

 宇宙の彼方の惑星まで地球を救う装置を受納する旅に出かけても、二十回は往復出来るくらいにさ。

 だとすれば、史実に抗うにはまだまだ猶予があるってことだ!


「目指せ、ハッピーエンド!」

「……半被が如何致しましたか?」

「ははははは、ノーコメントじゃ」

「は? 能の古面が御入り用で?」


 更に笑って誤魔化しながら、不用意な発言をしないようにしなければと心に堅く誓う、俺。

 でないと信長の前に俺自身が虚け者だと言われそうだからな!



 爺さん。

 俺が頑張って生き残る最善の策は、三好と敵対しないことだと思うのだけど、間違った判断じゃないよね?

 遺言の通り、国民的ドラマの主役に選ばれるくらいの人物に大成するならば、その判断は正しかったってことになるのだろうな、きっと。

 だが、今は保留だ。

 時の流れは人の思い通りにならない、ってのが常だもの。

 歴史とは当時の人々の判断の総集編、後世の者からすれば“タラレバ”の集積といえよう。

 もしも、本能寺の変で信長が生き延びていタラ?

 もしも、西郷隆盛が遠島刑の最中に風土病で死んでいレバ?

 後の世は大きく変わっていただろう。

 俺が生き残りを図るべくこの時代で下す判断もまた、後世には“タラレバ”となるに違いない。

 だとすれば。

 長慶を歴史上の人物として活かすも殺すも、俺の判断次第ってことだよね?

 ならば、活かそう。

 爺さんの末期の言葉に縋るのが生存権維持への近道だと、俺は判断したからだ。

 学んだ知識を総動員して、史実よりも超絶凄い人物になってもらおうじゃないか!


 でも、本音は違う。

 三好でも織田でも他の誰でも良いから俺の代わりに天下人になってくれ、である。

 戦争を知らない子供として育った俺には、斬った斬られたなどノーサンキューだぜ、マジで!

 いっそのこと、出家でもしようかな?

 何処からか漂って来る線香の香りを嗅ぎながら、非現実的な進路に思いを馳せる俺だった。

 それにしても、此処は何処なのだ?

 誰か教えて、ヘルプ・ミー!!

因みに主人公が居るのは慈照寺、所謂、銀閣寺です。


続きは今暫し、お待ち下され(平身低頭)。

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