この世とあの世の生活〜第4.5話〜
「ありがとうございました〜」
ちょうど深夜0時を回った頃だった。現世に来た閻魔大王はいつもと同じ、黒い革ジャンに黒いズボンに黒いブーツのバンドマン風の格好で、コンビニから出て来た。人間に化けたこん助は短パンにTシャツ姿の少年の姿だ。閻魔大王はコンビニ袋を下げて、こん助の元にやって来た。
「こん助よ、何故ついてきてくれなかった?」
「こんな時間に子供がいるのは変でしょ?ましてや親子に見えないんですから…この現代、すぐ通報されますからね。何を買って来たんですか?」
とこん助に言われ、閻魔大王はコンビニ袋の中身を見せた。中にはお菓子ばかりで、あとは懐中電灯であった。
「飴がうまい」
「…閻魔様、遠足じゃないんですから…」
とこん助は言ったが、2人で飴を舐めながら歩く。こん助はタブレットで“心霊スポット”と検索し、まず最寄りの噂されるスポットに向かった。
向かったスポットは地元で有名な古い墓地である。肝試しに人気があり、“霊を見た”と言う目撃情報もたくさんある。閻魔大王とこん助が到着すると、どんよりした空気にいかにも“出そう”と予感する古い墓地であった。棒突き飴を舐めながら、閻魔大王は地獄送り名簿を取り出した。
「不明、と書かれた者だ。居場所が明白な者については各地に獄卒共を送ったが…不明については私が直々に探そう。いくら道草を本当に食っていた牛頭や馬頭が見つけられないとはありえぬ。もし、どこかの獄卒が不明者を見つければ名は消える」
と名簿を見ると次々と居場所がわかる亡者の名は消えてゆく。
「みんな頑張ってますね…」
「当たり前であろう!我々もやるぞ!」
と名簿を閉じた時、気配を感じた。1台の車がやってきた。男2人女2人の若者が降りて来た。肝試しに来たようだ。
「罰当たりめが!魂はあの世と言えど、器が安置されている場所でふざけるとは!」
「いや…飴を舐めながら来てる僕らも随分罰当たりだと思います」
と閻魔大王は若者らを見た。
「…奴らこそ地獄に堕ちるべき者ではないか。盗みに邪淫、薬物…」
「いや、まだ彼らは生きています。追い払いますか」
と閻魔大王はスタスタと墓地の方へ歩いてゆく。こん助は別な方向へ歩いて行った。キャッキャと騒ぐ若者ら。
「おい、貴様ら」
低く通る声に4人は肩を跳ね上げて驚いて振り向いた。そこには棒突き飴を舐めながら、左手にコンビニ袋を下げたバンドマンのような格好の閻魔大王が立っていた。
「な、何だよ…兄さん!驚かさないでくれよ!」
「な、何だ…人間じゃん…」
と若者たちは安堵したのか、また賑やかになる。
「何?兄さんも肝試しぃ?」
「どっかのバンドマン?」
と言われ、
「私は地獄の主人、閻魔大王ぞ」
と閻魔大王は答えた。若者たちはキャッキャと笑い、1人の男の若者が、
「売り出し中のバンドかよ?!何?ネタ作りでココに来たのかよ?!バンド名もそんな感じだしな!」
と閻魔大王を指をさして笑った。そしてもう1人の若者はタバコを吸い始めた。
「ほぅ…貴様らまだ未成年ではないか。煙草は成人してからと、こんびにに書いてあったぞ?」
「何?お兄さん、何でわかったの??もしかして注意しに来たの?」
とゲラゲラ笑う。閻魔大王は余裕の笑みを見せた。
「貴様ら、肝試しに来たのであろう?ならば、その肝を試すがいい。振り向け」
と若者たちは油断しきって振り向いた。その瞬間に表情が凍りついた。
そこには野干姿のこん助が立ち、鉄の牙をちらつかせ、口から火をチラチラと滾らせていた。幽霊ではないが見た事もない動物に男女限らず悲鳴を上げて、転がるように墓地を出て、争うように車に乗り込み逃げて行った。
「肝が小さいな。しかし若いながらやる事はやっているな…やれやれ…これからどんな罪を重ねていくのやら」
後にこの若者らの死後、地獄にて閻魔大王に会い「あの時のバンドマン」と口を揃えて言われたそうな。
「たいした事、ないですねー」
「所詮は遊び半分だ。無礼者共め」
と閻魔大王とこん助はピクリとある特有の気配を感じる。
「閻魔様」
「…きちんと迎えられなかった魂は現世を彷徨い、やがて絶望し悪霊と化す…それが生きる人間に影響を与える…だが、それならば不明とならぬ…しかしこの気配は…」
と閻魔大王は棒突き飴を噛み砕き、棒を…吐き捨てずにきちんとコンビニ袋に入れた。と古い墓地の奥から足音が聞こえる。
「…現世を彷徨いし、哀れな魂…化け狐と化したか…」
男の声だ。黒い影が見える。こん助には暗闇でも鈍く光る刀が見えた。男は刀を持っている。
「あのあの!僕は狐ではなく野干です!!野干!」
「何?!野干だと?」
と男は立ち止まった。閻魔大王はハッと気づきコンビニ袋から懐中電灯を取り出し、男に向かって光を当てた。
「き、貴様は…白刃?!」
「何?!閻魔大王様?!」
懐中電灯に照らされた男は銀髪で左目を前髪で隠し、鋭い黄金色の瞳に白い着物を羽織る、白刃と言う男だった。鋭く光る刀を鞘に収め、跪いた。
「お久しゅうございます!何故このような所に?!」
「貴様こそ阿鼻地獄にいたのではなかったか?」
「あれ?白刃さんって、亡者を食らう妖狐でしたよね?あと斬り刻んだりする獄卒…」
と閻魔大王は白刃の前に来た。
「何故に貴様がここにいる?私の許可なしでは現世に行けぬはずであるが…」
「それが…他の地獄の手伝いに阿鼻地獄獄卒用非常階段を使っていたのですが、工事中で気がついたら現世に…」
地獄の最下層、阿鼻地獄はそこに到達するまでに2000年かかるため、獄卒用の非常階段で各地獄や閻魔庁へ行けるのである。しかし修繕のため空間がよじれて、白刃は現世に放り出されてしまったそうだ。
「最近顔を見ぬと思えば、そうだったか。阿鼻地獄もやっと2000年前の者が到達する頃だしな…はっきり言って阿鼻地獄の獄卒共は暇であるな」
「それで帰る術もなく、現世に取り残された私は…腹が減り…現世の食べ物もわからず、彷徨い悪霊と化した亡者を食っておりました…」
「うぬ、そうか。私も早く気づけばよか…何?貴様、何を食っていたと?」
「悪霊です。どうせ地獄行きの者。それに生ける者に被害を与えるのならば、食ってしまえと…」
と白刃の言葉に閻魔大王が地獄送りの名簿ポロリと落とした。
「白刃…ここは現世ぞ?地獄では亡者を食ってもまた蘇り、その繰り返しで呵責をするが…裁かれていない魂を現世で食ってしまったら…消滅して理から外れて、罪の償いも生まれ変わる事もできなくなってしまうのだぞ?!」
「あっ」
「あっ」
と白刃とこん助はふと思い出した。この世界では極楽(天国)か地獄からの迎えがなく、現世で彷徨う魂は人の手で祓われたり(お祓い)した場合、消滅してしまい、罰も生まれ変わる事もできなくなってしまう。
「白刃…貴様…まさか、この名簿の不明と言うのは…!!」
白刃は名簿を拾い中を確認する。そしてゆっくりと名簿を閉じて、その場に正座した。
「私です…」
その日、雷の予報はなかったが、突然稲妻が落ちた。
地獄に帰った閻魔大王。閻魔庁の事務所のどこからか牛と馬と狐がケンカするような鳴き声が聞こえる。閻魔大王は後処理に追われ、こん助は閻魔大王に茶を出す。
「あの…牛頭さんと馬頭さんと白刃さんがケンカを…」
「…っ!!ええい!やかましい!!白刃、前に出よ!!」
と閻魔大王が叫ぶと、奥から髪の毛が乱れた白刃が着物を直しながらやって来た。
「お呼びでしょうか、閻魔様」
「貴様も私とこん助と共に現世に暮らす事を命ずる!!」
「?!」
新たに現世生活に白刃が加わった。
2話に渡ってちょっとお仕事風でしたが、次からは新たに妖狐の獄卒、白刃を迎えて現世に困惑がパワーアップします。