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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

箱の中身を見た者は

作者: 調彩雨

残酷描写・出血あり

苦手な方はご注意下さいませ

 

 

 

 わたしには、未来が見える。

 

 わたしが死んだあとの未来で、わたしは血塗れ女王(ブラッディ・クイン)の二つ名を与えられた、稀代の大悪女だった。

 遠い遠い先の未来までわたしの悪名は轟き、後生に現れたどんな悪名高い女にも追随を許さず、世界一の悪女の名をほしいままにしていた。

 

 わたしとはまったく関係のない数百年も先のよその国の人間ですら、顔をしかめてわたしを悪しざまに罵るのを見て、馬鹿馬鹿しいと笑ったものだった。

 

 なんで神がこんな力を与えたのかはわからないけれど。

 

 良いでしょう。受けて立つ。

 

 よわい三つにして、わたしは神への反乱を心に誓った。

 

 

 

 なにが起こるかわかると言うことは、なにをなすべきかもわかりやすいと言うことで。

 齢が二桁に届く頃には、わたしは神童と持て囃されるようになっていた。ついには二人の兄と三人の弟を差し置いて、次期国王にとの声まで上がり始める。

 

 それもまあ、当然でしょう。

 

 未来なんて見えてしまったばかりに幼くして成熟したわたしは、兄弟たちが遊び歩いている間、勉強に民への施しにと身を粉にして奮闘していたのだから。

 ああ、いえ、そう。兄弟全員ひとくくりに扱うのは駄目ね。いちばん下の弟だけは、わたしに付き従って勉強に施しに動いてくれていた。

 

 まあ、小鴨のようにわたしを追い掛け回しているせいで、単なる姉馬鹿の小心者と思われているみたいだけれど、未来が見えるわたしと違って、先も見えずに正しい選択をするこの弟こそ、真実実力ある人間でしょう。

 人間って、ほんと馬鹿。うんざりする。

 

 そうこうするうちに、二人目の王女が生まれた。

 わたしの、最後の兄弟。

 

 七人兄弟の中での唯一の同性を、わたしはそれはそれは可愛がった。わたしが妹を優遇してそれ以外の兄弟には少し冷たく対応しても、いちばん下の弟は文句も言わずにわたしに付き従っていた。

 

 そして、妹が生まれて三年後、わたしは十五歳、国王である父が急死。殺したのは、叔父である王弟。病死に見せ掛けた毒殺だ。

 父の死を、防ぐことが出来なかった。毒殺と言うことも気付かれず、王弟が王位を継ぎそうになる。この国の成人は十六。二人の兄たちだってもうとっくに成人しているのに、父はまだ次期国王を指名していなかった。

 

 叔父が王后であるわたしの実母ははに恋情を抱いていることを、わたしは知っていた。このままだと、母が危険であることも。

 

 わたしはほかの誰にも気付かれぬようこっそり母に会いに行き、叔父が父を殺したこと、母に恋情を抱いていることを伝え、逃げるよう勧めた。夫を亡くしたのだ、傷心で出家してもおかしくはないだろうと。

 

 わたしの言葉に驚いた母は秘密裏に叔父を探らせ、毒殺の証拠を掴むと叔父を追い落とした。国王を殺した叔父は、城にある高い塔への幽閉が決まった。

 

 兄二人の間で、王位争いが始まる。第一妃の子である長兄と、第二妃子である次兄の争い。

 母である王后にはなかなか子が生まれなかった上、やっと生まれたのはわたし。二番目に生まれたのもおんなで、王位争いに混じることはしないようだ。兄弟で争うべきではないと、兄たちや妃たちを諌める側に回った。

 

 王位争いの間にも、周囲は動いている。

 水害、干ばつ、盗賊、他国の侵略。馬鹿な争いにかまける中央の隙を突くような災厄に、官吏を蹴り飛ばして対応させる。必要とあらば、わたし自ら出向いて調停することも厭わなかった。救える命は、救いたい。

 

 賢明な官吏はわたしや王后を称え、国民の人気はわたしに集中した。

 

 日毎夜毎に届く民からの陳情や嘆願を、寝る間も惜しんで捌く。

 どう動けば、どうなるかわかるから、問題を解決するのはジグソーパズルを組み立てるより簡単だった。

 

 日に日に高まる、国民からの支持。

 

 王権争いをする亡者どもが我に返ったときにはすでに、わたしを王位に着けざるを得ない状況が出来上がっていた。

 父が死んでから、一年半。わたしは十七になっていた。

 

 

 

 王位に着き、まずは獅子身中の虫を排除する。

 この国にはもっと、耕地や街が必要だ。

 馬鹿なことをやった兄たちや妃たち、その派閥の貴族たちに、僻地の開墾と街造りを命じる。鉱山の採掘事業にも手を着け、そこの指揮も行わせる。彼らの監視者を含め、どこに誰を配置するかには、細心の注意を払った。

 

 破落戸ごろつきや盗賊も厳しく取り締まり、捕まえた犯罪者には開墾や採掘の人手として労働を命じた。

 

 次第に僻地が栄え始め、国全体も盛り上がって行く。

 

 そんな中で、それは起きた。

 

 

 

 長兄と幽閉されていたはずの叔父が手を組み、わたしへの反乱を企てる。

 

 卑怯な男が狙ったのは、厳重に護られた国王ではなかった。

 

 駆け付けたわたしの目に映ったのは、血の海の中で倒れる母と妹の姿。そばには幼い頃世話になった、乳母や侍女、家庭教師の姿もあった。誰も彼も、血で真っ赤に染まっていた。

 

 長兄と叔父の煽動か、この事件に合わせて任せていた僻地でも暴動が起こる。

 

 やっとのことでこの反乱を収めたときには、わたしを支え導いてくれた多くのひとが命を落としていた。

 

 また、救えなかった。

 

 兄と叔父の首を、自らの手で跳ねる。

 処刑の場には、多くの民衆と王侯貴族たちを呼んだ。もちろん、兄弟たちもだ。

 

「このような悲劇は、二度と起こさせない」

 

 血で濡れた剣を手に、返り血に染まった姿で宣言したわたしを見て、彼らはどんなことを思っただろうか。

 

 

 

 わたしは、大粛清を始めた。

 危険とみなした人物はどんどん処罰して僻地に追い遣る。

 

 危険人物が王都に入り込まぬよう、廻りを塀で囲った。関所も増やし、往来を厳しく管理する。

 わたしに不要な意見をする者たちも、なにかと理由を付けて僻地へ送った。

 

 未来が見えるのだ。助言など必要ない。

 

 やるべきことは、わかっている。

 

 優秀な人材を得た僻地は栄え、酷い悪人を押し付けられた僻地は荒んだが、そのぶん国が豊かになり、中央は住みやすくなった。

 

 鉱山資源の採掘を強化する。わたしの山だ。掘り尽くしてしまえば良い。

 

「…姉上、やり過ぎでは」

「足りないくらいよ」

 

 国民を支えるには食べるものが要る。金が要る。人手が要る。

 多少強引でも、政策を押し進めた。少し、税を重くする。

 

 わたしに夫をとらせようとしたとある貴族を、謀反の疑いありとして僻地に送る。あんな口煩い男の息子を夫にするなど、まっぴら御免だ。

 

 とある貴族から、大きな宝石を贈られる。

 どんな稼ぎ方をしたら、こんなものをぽいっとひとにやれるほど儲かるのか。その貴族を、そばに置くことにした。

 

 ああ、お金も時間も足りない。

 

 隣国の王子に、求婚される。見目麗しい王子だ。金銀宝石を土産に、わたしに言い寄って来る。装飾品より穀物が欲しいのに、気の利かない男だ。けれど見た目はとても良い。

 

 少し、疲れた。

 休める場所が欲しくて、人里離れた湖のほとりに離宮の建造を命じた。森を切り開けば、土地も材料も手に入るだろう。迅速に造るよう、指揮官に言い含めた。

 

 煩い官吏が減って、王城が少しすっきりした。周囲に残っている官吏たちはわたしの手腕を褒める。素晴らしい王だと、なにかと贈りものをして来る者も多い。

 

「姉上、もっとよく見て、考えて下さい」

「わたくしほどこの国のことを見ている人間など、いません」

 

 弟が煩い。癒しが欲しい。

 この国の未来まで見て尽力しているわたしに楯突くなんて、末弟は賢いと思っていたのだが、思い違いだっただろうか。

 いや、この子には未来が見えないのだ。姉の深遠なる思惑に気付けない哀れな子と、大目に見てやろう。

 

 隣国の王子の求婚を、受け入れることにした。

 

「私は反対です、姉上」

「あなたの意見は聞いていない」

 

 夫となった王子は見目麗しいが、麗し過ぎて仕事が手に付かない者がいるのが問題だな。

 夫に色目を使う女たちを罰して労働を命じる。王の男に手を出そうとしたのだ。僻地送りも自業自得。

 

 離宮の建築が遅れている。王都や付近の人間を適当に見繕って、労働に向かわせることにした。王の離宮建築に携われるのだ、大変な栄誉だろう。

 

「姉上、」

「煩い。もう時間がな、」

 

 かっとなって口走りかけた言葉を、胸に押し留める。

 

「時間?」

「…なんでもない。お前、最近苛立っているのではない?離宮建築の指揮を任せるから、緑地に癒されて来なさい」

「姉上!」

「王命よ。反論は許さない。…連れて行け」

「姉上っ!!」

 

 引き摺られて行く弟を褪めた目で見送る。

 姉に逆らうとは、生意気な弟だ。

 

 離宮はまだ完成しない。仕方がないので、お忍びで夫と王都を散策することにする。途中、夫に言い寄る女どもがいたのでつい首を跳ねてしまった。

 驚いた夫が煩いので、黙らせる。やはり観賞用にしかならない男だった。防腐処理を施させ、飾っておくことにする。

 

 どうも、わたしを批判する国民がいると言う。

 王は狂った。狂女だ、と。

 馬鹿なことを言う者は、捕らえさせて労働力に回す。僻地開墾と、離宮建築だ。

 

 金が足りない。なんで、暗愚な人間なんか養ってやらなくてはならないのか。税をまた重くした。

 

 反乱をくわだてる者がいた。捕らえて、僻地に送る。

 

 王城も王都も、ずいぶんと静かになった。わたしに口煩くする者は、もういない。

 

 離宮が完成したらしい。末弟には、引き続き残って離宮の管理をするよう命じる。ついでに、周囲の開墾もさせることにした。湖のお陰で水は豊富なのだ。農地にしない手はない。

 

 わたしに陳情しようと、城を目指す者がいるらしい。捕らえて僻地で幽閉せよと、厳命した。口煩いじじいどもには、もううんざりだ。

 

 自分がなにをしているか、わかっているのか、だなどと。

 わたしは未来が見えているのだぞ?なにをしているかなど、誰より理解している。

 

 治世の間に畑は増え、国は栄えたではないか。

 なにも、間違ったことなどしていない。そう、なにも。

 

「姉上」

「なぜ来たの」

 

 姉の言い付けを守れない愚弟を、睨み付ける。

 

「姉上、このままでは、」

「このままでは、なんだと言う?その隠し持った短剣で、お前に殺されるか?」

「!」

 

 ああ、なんて愚かな子。

 

「捕らえて、幽閉しなさい。ああ、丁度良い。離宮の座敷牢に、ぶち込んで置け」

「姉上、なぜっ」

「早く連れて行きなさい」

 

 謀反人だからと、護送は厳重にした。特別待遇で、騎士団を丸々ひとつ付けてやる。

 

 

 

 王城は、とても静かだった。

 

 もう、一握りの者しか、残っていない。

 

 バルコニーに出て、空を見上げた。

 

「ふっ、ははっ、くははははははっ」

 

 曇天を見上げて、哄笑する。

 

「どうだ、神よ!わたしはやり遂げたぞ!!」

 

 空を割って、巨大な光の塊が墜ちて来る。この城を、目掛けて。

 

 あの天災は王都ととあるふたつの鉱山に飛来し、その周辺を壊滅させる。一瞬にして、一面の焼け野原の完成だ。

 

 なにをしても、防ぐ方法はなかった。

 王都周辺は穀倉地帯。多くの民の食糧が、住処が、命が、焼き尽くされる。

 

「わたしは悪女だ!神の鉄槌を受けるほどのな!!さあ、殺せば良い!!」

 

 神に殺される栄誉の道連れなど、少なくて良い。凡夫には、勿体のない栄誉なのだから。

 

 わたしは笑いながら両手を広げ、迫り来る天災を受け止めた。

 

 

 

 もうすぐ離宮に着く、と言うところで突然、背後に強い光を感じた。

 振り向くと、光るなにかが落下するところだった。落下先は、

 

「姉上っ」

 

 ぎょっとして、叫ぶ。

 あの方角は、王都だ。

 

 ごうっと、ここまで届く衝撃。この距離まで衝撃が届くなら、直撃した地点の被害はいかほどか。

 

 呆然としている騎士たちを、怒鳴り付けた。

 

「なにをしている!急ぎ王都に戻り、姉上の、国王陛下の安否を、」

「お待ち下さいませ」

「…お前は」

 

 立っていたのは、ひとりの奴隷だった。浅黒い肌の、痩せた男。

 姉上がこっそり拾い、ひっそり育て、いつの間にかいなくなっていた――。

 

「すぐ戻っては危険です。一先ず一度離宮に向かい、一息吐いて冷静になって下さい」

「そんな、悠長な」

「…気を揉まずともアレが墜ちたのは王都ですし、ぃさまはすでにお亡くなりです。短慮で無駄死にしている場合ではないと存じますが?」

 

 王族に対しているとは思えないぞんざいな言葉。この奴隷は、姉上にしか敬意を見せない。

 

「姉上が、死んだ…?そんな馬鹿な」

「曰く、神の鉄槌だそうで」

「貴様っ」

 

 飄々とした物言いに、激昂して掴み掛かろうとする。しかし拘束されたままの手では、すばしこい奴隷を捕まえられなかった。

 

「姫ぃさま自身のお言葉ですよ。これだけ悪事を働けば、神より罰を与えられるかもしれないなと」

「いつだ」

「あの忌ま忌ましい王子を姫ぃさまが殺して下さったときくらいでしたかね。ああ、あの王子ですけど、母国で妹含む女性数人を孕ませて追い出されたみたいですね。元々殺して欲しいと送り込まれたとか」

 

 …そんな話は聞いていない。

 だが、言われてみれば他国の王族を殺して問題になっていないのは、おかしかった。

 

「まあとにかく、自分は神の裁きで死ぬだろうし、巻き込まれると嫌だから離れておけ、と、追い出されて今に至ります」

「つまり姉上は、こうなることがわかっていた、と?」

「さあ」

 

 肩をすくめた奴隷が、くるりと踵を返して歩き出す。

 

「離宮に行けば、答えもわかるかもしれませんねぇ」

「離宮?だが、離宮建築を指揮したのは、」

「途中までは、あっしですよ」

 

 いないと思ったら、そんなことをやっていたのか。

 

「お前が指揮していながら、あんなにもたもた造っていたのか?」

「さぁてねぇ。姫ぃさまはよくやったと褒めてくれましたよ」

「褒めた?姉上が?」

 

 姉上は滅多にひとを褒めない。無辜むこの民に対しては慈悲深いが、官吏や部下には厳しいひとだ。王后が死んでからは、余計に。

 

 その姉上が、工期を遅らせたこいつを褒めたと言うことは。

 

「…離宮に、なにがある」

「はてさて。なんの話です?」

 

 舌打ちして、奴隷のあとを追う。

 騎士たちにも命じて、追従させた。着けられていた枷も、外させる。

 

 道中奴隷を問い詰めようとしたが、のらりくらりと躱されて話にならなかった。

 

 

 

 …離宮の地下には、巨大な倉庫があった。これをよくもあの短期間でと思うような、立派な地下倉庫だった。

 中に納められていたのは、大量の穀物と宝物に、帳簿の写しだった。本来王城に保管されているべき国宝や書物まで、運び込まれている。

 

 課税した分の穀物と、受け取った賄賂は、こんなところに溜め込まれていたのか。

 

「…各地にも分散して、備蓄されてますよ」

「姉上は、こうなることが…」

「保存場所を複数にすることで一ヶ所落ちたときの被害を抑えられる、とか」

 

 なにか書き置きでもないのかと離宮の隅々まで探し回ったが、事務的な書類や帳簿の写し以外には紙切れ一枚見付けられなかった。

 

 大きく息を吸い、吐き出す。

 

「そろそろ、戻っても良いな?」

「さぁ。良いんじゃないですか」

 

 奴隷の言葉で、王都に向かう。

 王都跡地にあったのは、巨大な岩と、抉れ、真っ黒に焼け焦げた大地だけだった。

 

「なぜ…姉上…っ」

「嘆く暇があるなら動きなさい。あなたのすべきことは、嘆いて時間を浪費することではないでしょう」

 

 掛けられた言葉に、振り向く。

 

「姫ぃさまなら、そうおっしゃられるんじゃないですかね。うかうかしていれば国は混乱し、各地で反乱が起こり、他国から侵略を受けますよ。姫ぃさまが守った国を、あなたが潰しますか?」

「まさか。私を馬鹿にするな」

 

 騎士団に命じ、被害地で生き残りを探させる。各地に散った有能官吏も呼び寄せ、全力で復興に当たらせた。

 

 見掛けの惨事らしさに比較して、復興は驚くほどすんなりと進んだ。

 

 

 

 一大穀倉地帯が消し飛んだにも関わらず、全国民を養えるだけの農地がまだ残っていた。姉上が開墾を急がせた、僻地の農地だ。

 各地の街道網も整えられており、地域同士の協力や物資輸送もしやすい。姉上がやらせたことだ。

 必要な書類はすべて離宮にあり、欲しい人材はほとんど僻地で生き延びていた。むしろ、足を引っ張る輩が王都や被害鉱山で死んでいて、やりやすいくらいだ。

 復興に必要な食糧も金も、離宮や各地にしっかり溜め込まれていた。

 周辺国も軒並み協力的で、恐れていた侵略もない。姉上が、巧く外交で立ち回り、国境警備も強化していたのだ。

 

 姉上の死を忘れようとがむしゃらに働き、気付けば、名声を得ていた。

 私と姉上を比較し姉を貶める人々に、言葉を亡くす。

 

 私の手柄など、ひとつもない。すべて、姉上のお膳立てだ。

 

「いやぁ、馬鹿は操りやすくて良いですねぇ」

「お前」

 

 災害後知らぬ間に消えていた奴隷が、ひょっこりと現れた。

 

「辛いのも苦しいのも狂った女王のせい。それを偉大なる王さまが救って下さった!…誰かも知らない奴のこんな言葉を、あっさり信じるんですもんねぇ」

「お前が…!」

「国をまとめるには、悪者も必要なんですよ」

 

 激昂した私に、奴隷は言い放った。

 そのお陰で、目立った反乱も起きずに済んでいるんでしょうにと、呆れた顔で言われる。

 

「これが、姉上の筋書きなのか?」

「さぁてねぇ」

 

 奴隷は空惚けて苦笑すると、ひどく自然な動きで自分の首を掻き切った。

 

「死人に口はありません。なぁんも、わかりませんよ」

 

 勢い良く溢れ出る自分の血を浴びて、にやりと笑う。

 

「姫ぃさまの守ったこの国を、せいぜい大事にして下さい。あっしは、先に行きます」

「待っ…」

 

 満足げに笑ったまま、ふうらりと奴隷は崩折れた。

 

「勝手だっ」

 

 身勝手なその姿に、声を落とす。

 

「あんたも…姉上も……っ」

 

 私に、姉上を貶めろと言うのか。

 

「これが、気付かなかった罰だとでも、言いますか」

 

 両手で顔を覆って、歯を食い縛る。

 涙が零れてやっと、姉上はもういないのだと理解した。

 

「姉上…姉上ぇ…っ」

 

 なぜ止められなかった。なぜあのひとの思惑を考えず、表面だけで批判した。

 あの、優しいひとがどうして、悪辣な女王として罵られねばならない。

 

「どうして…ほかに道は、なかったのですか…っ?」

 

 泣いて泣いて、泣き続けた。

 こんなところを見られれば、姉上に呆れられる。

 わかっていても、涙は止められなかった。

 

 今だけ、今、このときだけは、姉上の弟でいさせて欲しい。

 

 涸れるまで泣いて、顔を上げた。

 

「…私は決して、あなたを許しません」

 

 涙を拭って、死体に背を向ける。

 

 国王として、私は歩き出した。

 

 

 

 のちにこの姉弟は、片や最悪の暴君、片や類い稀なる賢君として歴史書で対照的に描かれることになる。

 だが、彼らふたりが真実なにを思って動いていたかを知る者は、ひとりとしていなかった。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございました

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― 新着の感想 ―
[良い点] 胸にしみる素晴らしいお話でした。 泣ける… 最後の弟の慟哭がつらいですね。 [一言] 弟は心情を書き残さなかったのかな…どこかにあるのかもしれないけれど、見つかるのはずっと後なのかもしれま…
[良い点]  正しく運命への挑戦。  人としての一生をかけて神(運命)への反逆を成功させた英傑。  きっとこの奴隷と末弟以外にも真実に気付いている者は居るでしょうね。  何せ結果が全てを物語っている。…
[一言] 楽しかったです。何処も無理が無いし。しかし王様って孤独ですよね。奴隷さんひでぇ。生きてたら王様はもうちょっと孤独じゃなかっただろうに。王様死ぬ間際に子孫に何か言わなかったんだろうか。
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