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シェルラック聖堂騎士団副長

三章、本編に登場しない人物視点の話。


 西の僻地、シェルラック。聖堂騎士団のエリートが派遣される、とは言い難い赴任先。彼がそこへやってきたのはおよそ二年前の事。


「ここは油断をすれば簡単に死ぬ。中央とは違う」

「はっ!」

「そのような死に方はここでは許されぬ。死ぬのであれば、必ず巫女様の盾となって死ななければならない」

「心得ております。バン・クルートート騎士団長」


 暗鬱たる気持ちとはうらはらに、声を張り上げる男。

 彼の名は、カーター・マギストン。シェルラック聖堂騎士団の副長として赴任してきた、二十歳前後の長身の男だ。


 恐ろしいモンスターがうようよいるヴィシェルヘイム。その最前線に位置するシェルラック。死の街だの最後の赴任地だの、嫌な噂には事欠かない街としてペルメニアでも知られている。

 彼もそんな場所へは来たくなかっただろう。しかし、来てしまった以上は順応するしかない。いつまでも子供のように駄々をこねても、何も変わりわしない。

 聖堂騎士団はクリシュナード正教会から派遣された、巫女を守るのが任務。

 そう、戦えない巫女様ですら、文句も言わずこの地にいる。そこで自分の役割を果たしている。

 それなのに、いい年した男が嫌だの恐いだの言ってはいられない。騎士として、みっともない姿だけは晒してはならないのだ。いや、そんなのは騎士以前の問題だ。


 カーターがここへ来た頃の巫女は、エイミー・キャンドルと言う若く美しい女性だった。いつも笑みを絶やさず、騎士のひとりひとりにも何かと気を配ってくれた。

 エイミーが騎士を引き連れて街を歩けば、屈強な男も膝をおり、ガラの悪そうな男も、優しそうな笑みで話しかけてくる。多くの人から、仲間を弔ってもらった事への礼を受けている。その中には他国の将軍さえいる。

 カーターはその姿に衝撃を受けた。

 全く戦えないのに、これだけの影響力を持っている巫女と言う存在。中央にいたら、このような事を見る機会はなかっただろう。

 次第にカーターは、エイミーの盾となる任務に、誇りを持って従事するようになってきた。


 ここシェルラックでは、驚く事がたくさんある。

 まず、聖堂騎士団の纏まりと強さ。

 ベヒーモスのような恐ろしいモンスターでも、全員が落着き行動する。慌てたり怒鳴ったりする事は少なく、淡々と行動して、システマチックに倒す。

 聞くと、決められたパターン。攻略法のようなものがあると言う。

 巧みにロープを使い、囮を使い、地形を使い、時には罠を張る。騎士としての戦い方に拘らず、効率よく洗練されているのだ。

 これは聖堂騎士団だけでなく、シェルラックの部隊なら、ほとんどがそうしていると言う。

 中央の騎士団をそのまま持ってきても、すぐに対応は出来ないだろう。

 だがもちろん、とんでもなく強いモンスターもいる。作戦内容が、逃げと足止めのみ、になるような敵もいるのだ。


 そして、街の統治システム。

 ここはサレム王国の一部となっているが、それによる支配ではなく、三国会議と呼ばれる機構に支配されている。

 その会議は、ペルメニア、アンドラーク、サレムの三国。冒険者ギルド、聖堂騎士団、その他の部隊の代表が集まる会議だ。

 そこに各国の思惑もあるのだろうが、カーターの目には、それを超越した組織のようにも見えた。

 これはこれで国なのだ。もちろん国とは認められていないが、認められなくても既に成立している。そんな感じだ。表向きは、なかなかそこへ外野が口を挟むのは難しい。簡単に言うと、現場を知らない奴は口を出すな。と言う事になるのだろう。なのでそのように見える。

 シェルラックは、ほとんど外から干渉される事なく維持、運営が出来ている。もちろんそこには、金にも毒にもなる素人にはとんでもなく扱いにくい、ヴィシェルヘイムと言う特殊事情もある。


 ここでは本国の地位はあまり反映されない。もちろん、大規模な部隊を率いる貴族や将軍などは別だが、極端な場合、冒険者の下に貴族がいる事さえある。

 カーターがシェルラックに来て、かなり経ってからだが、大貴族の子弟に、エルフの女性冒険者が怒鳴る、などと言う事もあった。その頃には街に慣れたカーターも、さすがに驚いたようだ。


「ああ、あれはラグドナールだな。奴はハルフォードではあるが、あのエルフから見ればひよっこだ。あれは高位冒険者の中でもトップクラスの強者」

「しかし団長。ハルフォードはペルメニアの……」

「ここでは関係ない。指示を間違えれば、簡単に大勢の人が死ぬ。自分の領地でそれをやるのは構わんが、ここではそうはいかん。だが、奴は権力に溺れずそれを認め、受け入れている。見込みはあるな」


 そんな状況なので、碌にヴィシェルヘイムを知らない下級貴族が、その権威を傘に偉そうな態度をとっていたら、森で誰も助けてはくれなくなるだろう。置き去りにされる事もなくはない。そんな輩は短期間で自然淘汰されてしまう。


 もちろん例外もいるが。


 カーターはそんなシェルラックにも徐々に慣れ、やがて聖堂騎士団副長としても成長してゆく。

 この地で巫女であるエイミーを公私ともに守るのが、聖堂騎士団の任務であり誇りだ。


 しかし、そんな矢先にエイミーは攫われた。ホワイトデビルと言う、白く、手の長い、猿のようなモンスターに。

 悲鳴をあげるエイミーを追うカーター。しかし、その声はどんどん遠ざかる。やがて完全に聞こえなくなった。

 聖堂騎士団は何日もエイミーを探し回ったが、その痕跡さえ見つからなかった。


「巫女の盾となって死ななければならない」


 誰もそれを出来なかった。カーターも、バンも、他の騎士たちも。

 自分の甘さがあったのだろうか。それとも戦力が弱かったのか。単にヴィシェルヘイムに慣れてきて見くびっていたのか。最初から抗うのは不可能な事態だったのか。その答えは未だにわからない。


 だが、いつまでも落ち込んではいられない。エイミーがいないなら、シェルラックには新たな巫女が派遣されるからだ。

 今度こそは守らなければならない。何がなんでも、例え自分の手足が千切れようとも。

 カーターはそんな決意のもとに新たな巫女を迎える。


「せ、セーラ・ロウェルです。よろしくお願いします」


 まだあどけなさの残る少女が、たどたどしく挨拶をする。


 カーターは森では絶対に気を抜かないよう努めた。セーラの前に立つ敵は、全て排除しなければならない。そんな殺気だつ雰囲気に、最初のうちはセーラにも怖がられていただろう。


「もう少し気を抜け。騎士はお前だけじゃない。いざと言う時に集中力が途切れては困るぞ」


 苦笑するバン。確かにそうなのだろう。しかし、自分の守るべき人の遠ざかる悲鳴など、二度とゴメンだ。あんなに絶望的なものはない。今でもそれを思い出し、夢にうなされる。もしかしてまだ生きてるのではないかと、考えたりもする。森の中で自然とエイミーの痕跡を探したりもする。

 しかし、おそらくそれは、自分だけではないのだろう。聖堂騎士団全員が同じ気持ちのはずだ。

 なるべく早く、その気持ちも切り替えて行かねばならない。


 セーラがシェルラックに来てしばらくすると、何やら深刻な顔でバンと話している。

 カーターはそれがとても気になったが、ある程度二人で話がまとまったのか、絶対に秘密だと念を押されてから、それを打ち明けられた。


「誘導瘴気? それは……」


 セーラにはその誘導瘴気なる物が見えるらしい。

 モンスターを誘導する瘴気の塊。それが意思を持ち、ヴィシェルヘイムに展開する強者へと向っている。カーターはそう聞いた。


「そ、そんな話は初めて聞きました」

「うむ、私もだ。だが、セーラ様の言う先には、必ず精鋭部隊がいて大きな被害が出ている。報告書でも確認した」


 誰かがそれを意図している。だとしたら。それを見えてる人物がいると知られたら、セーラはどうなる。いや、もしかしてエイミーの時も、それが関係していたのではないか。


「ど、どうすれば……」

「まだ……わからん。この事は誰にも話すな」


 カーターは色々と考えてみた。誘導瘴気なる物があり、それからセーラを守る。しかし、自分にはそれが見えない。自分だけでなく、聖堂騎士団全員だ。

 どう対処すれば良いのか、見当もつかない。

 そんな状況でも、巫女は森に入る。当然、カーターも聖堂騎士団もだ。

 セーラによると、遠くに見える木々の切れ目、そこに誘導瘴気が走るのが見えると言う。その後には、必ずモンスターが追いかけている。

 聖堂騎士団の人数なら、何とかなりそうではあるが、それが二方向から来たら。いや、三方向なら。そうならない保証はどこにもない。

 そう言った事例はそうそう起こらない。だからこそ、そうなってしまえば対応もしにくい。

 聖堂騎士団はただモンスターに勝てば良いのではない。その隙を突かれ、巫女を攫われたら意味がない。それではエイミーと同じになってしまう。


 考えの纏らない悶々とした日々を過ごすカーター。

 そんなある日、騎士団長のバンが二人の冒険者と同じ分隊のアンドラーク兵を連れてきた。カーターは事前に多少話は聞いており、男性の方は凄腕の魔術師。女性の方はバンにも引けをとらない剣士だと聞いている。


「よろしくお願いします」


 ――とてもそうは見えないが……


 とは言え、カーターも男性の方は多少知っている。ヴィシェルヘイムの休憩所で、今まで治療不可と言われていたミズルガルバイパーの毒の治療をした男だ。

 その場で、魔術師連中が大騒ぎしていたのを覚えている。凄腕の魔術師なのは間違いないのだろうが、剣士のカーターにはあまりピンとこない。

 そして、女性の方は見た瞬間からぶっ飛んでいた。


「ニャッハッハッハ。バターを塗ってから焼くのニャッ! そして、皆殺しニャ!」


 ――だ、大丈夫なのか……


 しかし、その二人は初日からとんでもなかった。

 まず、ユージと呼ばれる男。浄化の儀式をしている最中に、いきなり何かをしてセーラを驚かせた。

 カーターがそれを後から聞くと、ユージはなんの準備もなしに、一瞬で浄化の儀式と同じ事をしてしまったと言う。しかもセーラが言うには、通常よりも広範囲らしい。

 カーターは呆気にとられた。シェルラックには、名のある高位の冒険者が多数集まる。しかし、その彼らの技術はそう簡単には見られない。せっかくのチャンスを見逃したのか。カーターには、何もしていなかったようにさえ思える。セーラとバンがそう言うのなら間違いないのだろうが。


 ――本当にやったのだろうか? それがわかるのはセーラ様しかいないが……


 俄な期待と不信の入り混じる状態のカーター。

 だが、本当に凄いのはその後だった。

 カーターが少し前から懸念していた事。三方向から別々のモンスターによる襲撃が起きてしまった。

 最初に現れたメタルスコーピオンだけでも、危険ではあったのだが、それに対しバチルは何故か泥団子を投げている。


 ――あの女は何を……狂ってるのか? そんなもの効くはずが……なっ! なにぃ。


 しかし、その直後にバチルはメタルスコーピオンをあっさり倒してしまった。通常なら一体でも、長期戦を覚悟しなければならない相手だ。

 そして、ユージの方を見ると、何故かベヒーモスが木に絡め取られて動けなくなっていた。そこにユージが淡々と首に剣を叩き込み、トドメを刺している。


 ――あ、あり得ない……


 それが終わると、ユージはセーラを守る聖堂騎士団の前に立つ。カーターはその時点でメタルスコーピオンとベヒーモス以外の襲撃は、わかっていなかった。ユージが何故そこに立つのかもわからない。

 だが、その直後にホワイトデビルが現れる。


 ――これをわかっていたのか!


 ユージはそれを剣で軽々と倒していく。もはや魔術師なのか剣士なのか良くわからない。わからないが凄いという事だけはわかる。


 ――マズイ! 一体抜けてくる。


 ユージの剣が届かない範囲外から、ホワイトデビルがこちらへ向っているのが見えた。と、思った直後。


「なっ! な、な、んだと」


 そこにメタルスコーピオンの巨体が飛んでいき、ホワイトデビルに勢い良くぶつかり倒される。その後ろからは、バカユージとか何とか聞こえているが、あんなの普通は対処出来ない。カーターにはどうやってメタルスコーピオンを投げたのかすらわからない。


 ――う、嘘だろ……


 聖堂騎士団は未だかつてないモンスターの襲撃を、見てるだけで終えてしまった。


「あれがほんの一握りしかいない、一流の……いや、超一流の冒険者なのか」


 カーターからすると、余りも凄まじすぎた。どうやってメタルスコーピオンを倒したのか。何故あの巨体が飛んだのか。何故ベヒーモスは木に絡まっていたのか。そのほとんどをユージとバチルのみでやってしまったのだ。


「セーラ様、終わったようです」


 カーターが後ろを振り向きセーラに声をかける。しかし、セーラと何人かの騎士はユージとバチルの方向を見て、そこから目が離せないようだった。自分も何気なくそこへ視線を動かそうとした瞬間、いきなり爆発音が響く。


「な、なんだ。まだ何かいるのか!」


 どうやらそこには誘導瘴気を操っていた者がいたらしい。後から詳細を聞かなければ、カーターには全く理解出来なかっただろう。


「あ、あんな凄い人たちがいるのか……」


 呆然とするカーターの耳には「ニャッハッハッハ。かかってこいニャ!」と、聞こえてくる。


 この日はカーターにとって、人生で一番衝撃的な日となっただろう。


 街に戻った後、カーターはバンの部屋を訪ね、ユージとバチルについて詳しく聞いてみた。


「うーむ……正直あそこまで凄いとは私も思ってなかった」

「シェルラックでトップクラスの冒険者とは、皆ああなのですか?」

「いや……あの二人は特別だ。おそらく今日の戦いも、本気ではない」

「本気でないのに、初見でメタルスコーピオンの攻略法を……」

「そうだ。これは……私の勘だが、あの二人が本気なら、メタルスコーピオンに攻略法などいらんのだろうな」

「ど、どう言う事ですか」

「我々ではあの二人は計れない、と言う事だ」

「それは……完全に同意します」


 シェルラックでも上位に位置づけられる戦力の聖堂騎士団。しかし、突然現れたユージとバチル。その二人は次元が違った。


「到底、追いつけるレベルではありませんが、彼らの戦いを見れるのはかなり貴重な機会でもあります」

「そうだな。何とか手本にしたい。誘導瘴気の件は私とセーラ様、ユージ殿で考えるつもりだ。そちらはカーターに頼めるか」

「承知しました。まずはメタルスコーピオン攻略法をまとめ、改良を加え、我々でも使えるようにします」


 それからカーターは忙しかった。なにせあの二人の戦い方を文書にまとめ、それを応用出来るように研究しなければならないのだから。なるべく二人とも話す機会を持ち、わからない事は聞いてみたりもした。

 しかし、さすがにバチルは難解すぎて諦めたようだ。話をしていても、小川でも見つけようものなら、全てを放り出して魚を取りに行く。


「お魚さんの気配ニャ!」

「あ、あの……」

「すいません。アイツは天才なので……」

「は、はあ」


 と、ユージは申し訳なさそうに言う。突出した力を持つ者は、常人には理解し難い部分もあるらしい。


「カーター、バター持ってるニャ?」


 魚をぶら下げて戻るバチル。それをすぐに食べるつもりなのか、カーターにバターの有無を訊ねる。しかし、カーターもいちいちバターを持ち歩くはずもない。


「い、いえ」

「次から持ってこいニャ。そしたらバターカーターニャ」


 ニコニコしながらそう言うバチル。その、戻ってきた方向へ足を進めると、今倒されたばかりのモンスターが、たくさん転がっていたりする。バチルにとっては単純に邪魔だったのだろうが、モンスター討伐ではなく、魚を取るのにゴミをどかしました、みたいな雰囲気だ。そして、バターカーターとは何の事なのかサッパリわからない。


 カーターにとって、そんな二人を知るのは忙しくもあったが、楽しく有意義な日々でもあった。しかし、そんな日々も突然終わる。

 ホローヘイムにキマイラ多数出現との報告により、ユージとバチルはその調査隊に選ばれてしまった。だが、その時はまだ、しばらくすれば二人は戻ってくると信じていた。


「団長……」

「うむ……しばらくは森の浅い場所を回る」

「そうではなく、今二人に抜けられたら……」

「わかっている。しかし、聖堂騎士団の実力も上がっている。二人のお陰でな。我々はユージ殿、バチル殿が安心して戻れるようにしておかねばならん」

「そうですね。彼らがいなくなった途端、セーラ様に何かあったら……あれだけご協力いただいた二人に、顔向け出来ません」


 しかし、カーターのその言葉は現実になってしまった。

 シャクソン隊に所属するダルケンたちの仕業により、聖堂騎士団は眠り薬を使われセーラを攫われてしまった。それだけではなく、おそらくセーラを追ったであろう、バンも消えてしまう。


「おい! 起きろ」

「う、ここは」


 カーターが気がついた時には、大変な事になっていた。その場でセーラとバンがいない事には気づいたが、助けられたラグドナール隊の話す内容を聞いていると、ユージとバチルもいないらしい。

 そこへ三人の見たことない人物が現れ、ラグドナールと何かを話している。その三人はすぐにいなくなったが、ラグドナールは副長のカーターにこう告げた。


「詳しくは話せんが、敵が内部にいる可能性が高い。あらゆる場所で異変が起きている。この件の一切を話してはならない。シェルラックの教会にもだ」


 それは身内さえ疑わなければならない程の事態。カーターは必死に理解しようと努力するが、その全容はわからない。

 しかし、少なくとも聖堂騎士団、ホローヘイム、シェルラックで何かが同時に起こり、全体を見て対応しなければならないのは明らかだ。


「たった今から、聖堂騎士団は三国会議の庇護下に入り、外部との接触は一切禁止する。教会へは戻らず、こちらの用意する宿舎を利用してもらう」


 ――それは……どこかに魔人が……と言う事なのか。団長とセーラ様は……


 そう考えるカーターの元へ、エルフの女性が近づいてきた。


「案ずるな。おそらく巫女と騎士団長は無事じゃ。油断は出来ぬ状況ではあるが、ユージとバチルならそれに気づくであろう」

「は、はい」

「誘いなら……あの男に任せるしかないのか」


 エルフの女性は独り言のように、そう呟く。


 聖堂騎士団の面々は混乱し動きようがなく、ラグドナールに言われるまま、連れて行かれた。


 用意された宿舎には個室が与えられたが、ほぼ軟禁状態だ。その中でも副長のカーターは、何度も面談があった。その相手は、アンドラークの重鎮、オーメル将軍も含まれる。

 しばらくそんな状態が続くと、オーメル将軍と知らない人物から、行方不明者の安否を教えられた。


「巫女のセーラ・ロウェル。聖堂騎士団団長のバン・クルートート。アンドラーク所属の冒険者、ユージとバチル。彼らは全員無事だ。現在は安全が確保されている」

「ほ、本当ですか! 良かった」

「だが、申し訳ないが、彼らとすぐに会うことは出来ない。色々と事情もあってな。その四人は行方不明者として扱わねばならん」

「そ、そうなのですか……」

「三国会議は情報操作をしなくてはならない。そこは聖堂騎士団も協力してほしい」

「はい……」

「こちらも詳しくは言えんが、教会中央から情報が漏れてるらしい」

「そ、そうなのですか!」

「だから君たちの協力は不可欠。従ってもらわないと、クルートート卿やセーラ殿が危険に晒される。彼らは行方不明。シェルラックでの行方不明は、死体が見つからないだけの死亡報告と同じだ。そう心得てもらいたい」


 死体が見つからないだけの死亡報告と同じ。カーターはその言葉に、かつて救えなかった女性を思い出す。

 だが、今回は違う。彼らの安全は現時点では確保されている。

 しかし、こちらの情報の流し方により、その安全が脅かされる可能性もある。今の聖堂騎士団は相手がたとえ自分たちの所属する教会であっても、迂闊に情報を流せない。カーターは、その安全を成し遂げた者たちに協力しなければならない。


 カーターは聖堂騎士団にその話をし、何とか理解を得た。未だ情報は錯綜しているが、セーラとバンの無事を聞かされたのは、彼らにとって最も重要で安心な事だ。


「ユージ殿と最後に話したのはタマラ草の話だったか。私が唯一、ユージ殿に教えてあげられる事だった」


 カーターは宿舎の窓から外を見る。建物の影から、再編される部隊が僅かに見えた。シェルラックはこれから大きく変わるようだ。


「私はこれからどうなるのか……」


 そんな不安を抱えたまま、カーターは行方不明者とされた四人の顔を思い浮かべる。


「また、いつか……」


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