表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

バターソテーは急ぐのニャ

114話レッドリンク、バチル側の話です。


 裕二とバチルがまだ、シェルラックの聖堂騎士団と行動をともにしていた頃の話。

 聖堂騎士団も体を休める為、たまに全員が休日となる日がある。そんな時は彼らと行動をともにする、裕二とバチル、そしてビスターも休みになる。

 そうなれば、それぞれが好きなように休日を過ごすのだろう。裕二は暇つぶしにバチルを街へ誘ってみたが、それはあっさり断られた。

 どうやらバチルはビスターを引き連れて、シェルラックを囲む掘りへ、魚を取りに行くらしい。


「ビスター! さっさと網を持ってこいニャ! バターソテーは急ぐのニャ」

「は、はい」


 バチルにそう言われ焦って網を探すビスター。しかし、ここには魚を捕る為の網などない。

 ビスターは何とか考えて、モンスターの罠に使う廃棄された網。それと壊れた槍などを集めた。それを上手く組み合わせて、四手網のような物を作ってきた。


「ニャ! なかなか良い網ニャ。これでバターソテーを作るのニャ」


 網でバターソテーは作れないが、それはさておき、バチルとビスターはシェルラックの外へ出て、南側の水路へと向かう。


「しかしバチル殿。ここで魚を捕ってる人など見たことありませんが」

「ニャら、このバチル様が世界初ニャ。ビスターは世界二位となるのニャ。三位はその網ニャ」


 何の順位付けかは良くわからないが、バチルの中では成立しているらしい。

 そして、二人が水路へたどり着くと、バチルは休む間もなくビスターに命じる。


「網を放り込むニャ!」

「はい!」

「さっさと引っぱるニャ!」

「えっ?」


 それはビスターが想定していない網の使い方。普通の四手網は、水に沈めて動かさず、しばらく魚が集まるのを待って引き上げるのだが、バチルは水の中を引っ張って魚を集める事を想定していたらしい。地引き網のような使い方だろうか。


「し、しかしそれでは……」

「さっさとやるニャアアア!」


 バチルの恐ろしい剣幕に迫られ、ビスターは仕方なく網を引っ張る。しかし、網の製作者であるビスターは知っていた。そんな使い方をすれば、即席で作った網など水圧でバラバラになる。だが、バチルはそれを説明する暇さえ与えてはくれない。やるしかないのだ。


「早くするニャアアア!」


 見るとバチルは剣を抜き、こちらを威嚇していた。


「ひいい!」


 必死に網を引っ張るビスター。しかし、その引っ張る感触は急に軽くなる。間違いなく壊れた。やはりビスターの予想通り、網は水中でバラバラになったようだ。

 ビスターはもう一度網を作らされるのだろうか。


 しかしその時――


「今ニャアアア!」


 バチルが剣を振る。魔剣ニャンウィップから光が伸びる。その先にいるのは水面を跳ねるお魚さん。伸びた光はそれをガッチリ捕える。それを引っ張ると、バチルの手の中に、魚がぴちぴちと跳ねながら収まった。


「バチル殿は最初からそれを……」

「ニャッハッハッハ!」


 バチルは網を引っ張り、その水圧と壊れた網の衝撃で魚が驚き、水面に飛び跳ねるのを待ち構える。そこを用意していた魔剣ニャンウィップで捕まえたのだ。

 しかし、そんな使い方なら網でなくとも良い気がするが、それは気のせいだ。


 ――やはり、この方は天才……



「ニャ! これは臭いのニャ」


 しかし、せっかく捕まえた魚もバチルはお気に召さなかったようだ。鼻を近づけて、嫌そうに顔をしかめる。

 おそらくこの掘りの魚は全てそうなのだろう。綺麗な水で泥抜きしてからでないと、美味しく食べられそうにない。


「ど、どうするのですか」

「売るのニャ」


 バチルは即座にその魚を売る事を思いつく。

 しかし、この辺りの魚は、ペルメニア方面にある湖から捕れる物が一般的で、わざわざ臭い魚を泥抜きして使わない。つまりバチルの持ってる魚は、普通に考えると売れない。


 だが、天才バチル・マクトレイヤにそんな細かい理屈は通じない。


 ビスターはシェルラックの食材店で、バチルが店主の胸ぐらを掴みながら、無理矢理魚を売り払う場面を想像し、このままではマズいのではないかと考えていた。しかし、ビスターにこの暴れん坊を御す事など不可能。バチルはそう考えているビスターを急かす。


「ビスター、さっさと戻るニャ! バターソテーは急ぐのニャ」

「は、はい!」


 そして、二人は街の中へと戻っていった。バチルは臭い魚をぶら下げながら、意気揚々と歩く。ビスターがそれに続く。

 シェルラックの中央通りは、入って右手に武器を中心とした様々な物資を売る店が並ぶ。その対面にある左手には、食材と料理を中心とした店が並ぶ。

 武器を買った客が店を出てすぐ目の前の食堂、その表に並んだテーブルに座り、買ったばかりの武器を眺めて嬉しそうに酒を飲む。と言うのがシェルラックでは良く見かける光景だ。


「これをお前に売ってやるニャ」


 バチルはその中の適当な店の前に立つ、店主らしき男に声をかけた。しかし、そこはビスターの想像していた店とは違い、食材店ではなかった。


「お、お客さん。ウチは武器屋だから魚の買い取りは……」


 そう。武器屋で魚の買い取りなどするはずもない。しかもその魚は臭い。


「そっちにある食材店なら、買ってくれるかもしれないけど……そ、その匂いじゃなあ」


 バチルを良く知るビスターは、ここで彼女が暴れるかも知れない。それはマズイ。店主さん逃げてー。と考えていた。しかし、バチルはニヤリと笑い予想外の行動をとる。


「お前はわかってニャいニャ。ここをよく見るニャ」


 バチルは魚の腹に指を差す。店主がそれをよく見ると、そこだけ一部、ボコっと膨らんでいる。


「こ、これは……」


 そして、そこを指で軽くさすってみた。ビスターから見ても、そこに何かがあるのがわかる。見た目の感触からすると硬い物。そこだけコリコリした感じだ。


「捌いてみるのニャ」

「は、はい」


 店主がナイフを持ってきて、それを魚の腹にスッと通す。おそらくそこは胃袋のあたり。その中に何かがある。

 その硬い物を押し出すように指を動かす店主。すると、そこには魚の血に塗れた何かが、コロンと落ちてきた。

 店主はそれを水で洗ってみる。すると――


「こ、これは!」

「ニャッハッハッハ」


 ビスターにもそれがハッキリとわかった。金属製のリング。そこに嵌め込まれた魔石。魚が餌と間違えて食べたのだろうか。

 バチルはそれにビシッと指を差す。


「マグロの指輪ニャ!」

「魔食いの指輪!」


 それを見て驚く店主。そしてバチルが得意げに説明する。


「それがあればお魚さんの王である、マグロを使役出来るのニャ」


 と、謎理論を展開するバチル。マグロを使役してどうするのか。そんな事をしても、遠洋を猛スピードで泳ぐだけだ。

 しかし、店主もビスターもそんな話は全く聞いておらず、突然魚の腹から現れた魔食いの指輪に目が釘付けになっている。


「バチル殿は最初からそれを……」

「ニャッハッハッハ!」


 ここシェルラックではつい最近、誰かさんのお陰で、魔食いの指輪が人気急上昇。その結果、商品は品薄となっていた。店主は即決で買い取りを決める。


 ――やはり、この方は天才……



 しかしこの魔食いの指輪。数はそこそこ出回っているがどれも同じではなく、現在ではランクにより大きく価格も異なっている。品質により差があるのだ。


「い、今、鑑定しますので」


 その鑑定は見た目はもちろん、リングに書かれた文字がハッキリしている物、そして最も重要なのは、それが使われた物かそうでないのか。

 魔食いの指輪は壊れやすく、一度でも使われると壊れてなくても価値が大きく下がる。今まではどれだけ使われたのか、それもわからなかったのだが、シェルラックの商人はそれを見分ける方法を発見していた。


「魔石の内部に傷があるかどうか。傷があれば、その大きさや範囲で、だいたいどの程度使われたかわかります。使われる度にその傷が広がり、最後は壊れるのです」

「てことは、傷がなければ……」


 ビスターが店主にそう訊ねる。


「未使用となりますね。未使用の数はかなり少ない。その場合は、それだけでランクAの商品となります。まあ、滅多にありませんが」


 店主はさっそく拡大鏡を持ってきて、魔食いの指輪を調べる。そして、何度も様々な角度から魔石内部を見てみた。

 しばらくすると、店主は真剣な表情のままこちらを向く。


「これは驚きました……ランクAですね。最上級品です」

「ほ、本当ですか!」

「ニャッハッハッハ。当然ニャ! ランクニャーのマグロなのニャ」


 驚くビスターといつもと変わらないバチル。店主はさっそく値段交渉に入る。今となっては貴重な魔食いの指輪。その最上級品。店は是が非でもほしいだろう。


「これくらいでいかがでしょうか」


 値段を提示する店主。その隣にるビスターには、驚く程の金額が提示されている。しかし、何故かバチルは首を横に振る。


「お金はいらんのニャ。バターソテーを持ってこいニャ」

「はて、バターソテー? とは何でしょうか」


 なんと、店主はバターソテーを知らなかった。ここは食材や料理ではなく、武器を扱う店。畑違いの店ではそれも仕方ないのかも知れない。

 しかし、この態度にバチルは少し目を釣り上げた。そして、店主の手から魔食いの指輪をもぎ取る。


「話にならないニャ! お前にこれは売らんのニャ!」

「え、えええぇ……」


 そのままバチルは歩いて行ってしまった。ビスターも勿体ないと思いつつ、バチルの後を追う。その背中を呆然と見つめる店主。


「お、お待ち下さい!」


 しかし、バターソテーを知らない店主の言葉では、バチルを振り向かせる事は出来なかった。


 そのまま不機嫌な状態で歩くバチル。そこへ一人の女性がぶつかってきた。


「ご、ごめんなさい」

「邪魔ニャ! 気をつけるニャ」


 しかし、バチルはキツい言葉とは裏腹に、その女性の出で立ちに注目する。この街にいるのはほとんどが冒険者か兵士。だが、この女性はそうは見えない。武器や防具の類を持っておらず、何か困り果ててるようにも見える。

 バチルはそんなシェルラックでは珍しい女性に、単純に興味を持ったのだろう。


「お前ここで何してるニャ」

「はい……実は――」


 話を聞くとその女性は近隣の村からシェルラックへ来たと言う。しかし、近隣と言っても、ここから一番近い村でもかなり遠く離れており、おそらく隊商に紛れたのだろうが、それでも、女性が一人でやってくるのは非常に困難。


「私の父が巨大な蛇に噛まれてしまい、それ以来意識が戻らないのです」


 女性は父親を治したいと思ったが、その蛇の名前も治療方もわからず、縋る思いで全財産を持ち、様々な情報が集まるここ、シェルラックへとやって来た。

 バチルにはその辺の事情は良くわからないが、隣にいるビスターはだいたいの事情を察する。


「その症状だとメディッサバイパーですね。同じモンスターの肝臓のスープを作るしか……」

「はい。もしかしてそうなのかと思ったのですが、私ではお金が足りなくて……今から裏通りの娼館に雇ってもらおうと……でも早くしないと父が……」


 メディッサバイパーの肝臓はとても高価な素材だ。シェルラックなら一応売ってはいるが、とてもその辺の村人に買える値段ではない。切羽詰まった女性はどうして良いのかわからず、涙を零す。


 しかし、バチルはその姿を見て、ある少女の事を思い出す。

 初めて見た時は話にならないくらい弱くお粗末な少女だった。バチルに会う直前まで、殺されそうになるほど追い詰められていた。だが、それでも彼女は立ち上がり、バチルに食らいつき、何とか父親を治したいと行動をともにし、そして、最後にはそれを成し遂げた。

 天才バチル・マクトレイヤが妹と認めた少女。


 その少女がバチルの脳裏に浮かぶ。


「うニャ」


 バチルはいきなり、その辺を歩く冒険者の胸ぐらを掴む。


「な、なにをする!」

「お前、コイツの話を聞くニャ」


 そして、その女性に指をさす。しかし、普通はそんないきなり応じてくれるはずもないのだが、今回は運よく、そうではなかった。


「あ、あんたは……バターの姉さん。ユージの仲間か」


 その冒険者は裕二と、その仲間であるバチルの事を知っていた。

 彼はかつて、ヴィシェルヘイムの休憩所で、バスカートと言う人物の治療をしていた魔術師のひとり。

 その時の治療に大きな役割を果たしたのは裕二。彼はそのすぐ後、裕二に詳しい話を聞きに行っていたうちのひとりでもある。


「アンタの仲間には世話になっている。聞くだけなら聞こう」


 彼は女性とビスターから詳しい話を聞いた。

 女性の願いは意識不明の父親を治してもらう事。それはバチルとビスターに対応するのは難しい。しかし、魔術師である彼ならば……


「悪いが難しいな。そこに行くまでの旅費や治療費を考えると、俺が大赤字になっちまう。それに俺は、ユージから教わったやり方を実践すべく、魔食いの指輪を買わなければならん。今はとんでもない値段になってるから無駄な金は使えん。かわいそうだが――」

「これをお前にやるニャ」


 そう言ってバチルは先程の魔食いの指輪を男に渡す。


「こ、これは……」


 それを見て驚く男。そこへビスターが言葉を付け加える。


「先程鑑定してもらいましたが、それはランクAの魔食いの指輪だそうですよ」

「ランクAだと! い、いいのか?」

「コイツの言う事を聞くニャら、お前にやるニャ」


 ランクAの魔食いの指輪なら、対価として充分だ。男が今まで指輪の為に貯めた金を、全て治療に注ぎ込んでもお釣りがくる。


「わかった。ユージの仲間にそこまでされちゃ、やらないワケにはいかないな。その仕事請け負おう。俺のプライドに懸けて必ず治してやる」

「ほ、本当ですか!」

「任せろ。メディッサバイパーならまだ時間はある。すぐに行くから用意しろ」


 女性は涙を流しながらバチルに礼を言った。そして、何度も何度も頭を下げながら、男に連れられて街を出て行った。



「ちょっと勿体なかったですね。ランクAなんて二度と手に入りませんよ」

「そんな物はいらんのニャ。使いたい奴が使えば良いのニャ」


 ビスターは微笑みながらバチルを見る。それがさも当然のように、バチルは高額な指輪を知らない人にあげてしまった。今考えると彼らの名前さえ聞いていない。だが、この天才バチル・マクトレイヤにとって、そんな事はどうでも良い事なのだろう。


 ――本当に凄い人だ。あんな高価な物を簡単にあげるなんて、俺には到底無理だな。


「しかし、バチル殿。ユージ殿に頼めば、もっと簡単に何とかなったのではないですか?」

「いたらやらせるニャ。でもいないのニャ」


 バチルにとっては、ただそれだけの事なのだろう。出来そうな人物が近くにいた。その対価も払えた。それだけだ。


 ビスターは少しだけ心が暖かくなるのを感じた。

 優しい言葉などない。それどころか終始命令口調ですらあった。強気で自分勝手で一方的な態度は一切崩さない。だが、それでも暖かい。


 何かこの、メチャクチャで凶暴で怒らせるととんでもなく恐ろしい、そして素敵な人物にしてあげられる事はないか。

 ビスターはそう考えた。


 ――そう言えば、バターソテーを作って食べる予定だったな。


「バチル殿。宿舎の食堂で良ければ、私がバターソテーをご馳走しますよ。以前申請して、もうメニューにもありますし」

「ニャ! それは本当ニャ。やっぱりビスターは良い奴ニャ!」


 そして、ビスターは何故かバチルに胸ぐらを掴まれた。そして、アンドラークの宿舎の方へグイグイ引っ張られていく。


「ニャッハッハッハ。全て計算通りニャ」


 ――なに!


「バチル殿は最初からそれを……」

「ニャッハッハッハ!」


 最終的にバチルはバターソテーを食べられる事になった。まさか、その全てを計算していたのだろうか。だとしたら――


 ――やはり、この方は天才……


 天才バチル・マクトレイヤ。

 彼女は今日もどこかで、バターソテーを食べる為に、意味不明な事をしているのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ