将軍と殿下の会談
「将軍! オーメル将軍ではないか」
「ご無沙汰しております殿下」
ここはサレムの北にあるアンドラーク。その中央に位置するアンドラーク城。その通路での出来事。オーメル将軍はサレムとヴィシェルヘイムの間にあるシェルラックにいたはずだが、何故かここでマサラート王子と鉢合わせた。
「何故将軍がここにいるのだ。シェルラックは、いや、ユージはどうした」
「それについて火急の要件がごさいまして、先程陛下との謁見を終えたばかりです」
「な、なんだと! それは余が知ることは出来ぬのか」
「いえ。殿下はユージ殿と深い関わりがございます。聞きたい事もありますので詳細は別室にて」
「そ、そうだな。では今すぐ行くぞ」
オーメル将軍は自軍から裕二とバチルをホローへイム調査隊に同行させた。その調査隊の指揮官であるラグドナール・ハルフォードは無事調査を終え、シェルラックへと帰還する。しかし、その前にシャクソン隊が先に帰還し、その隊員であるキースが三国会議の招集を働きかけてきた。
そこには三国会議の主要メンバーであるラグドナールとバンがいなかったので、その帰還を待ってから、となりかけたのだが、キースによると魔人に関する重大な事なので、すぐに会議を開くよう告げられた。それでも急な会議に集められたのは、オーメル将軍とサレムのバシュケン参謀長だけだ。
「魔人だと! 誘導瘴気の件か」
「いえ、私もそう思ったのですが、そうではありませんでした」
キースの話した内容によると、ホローへイムの調査は上手くいっていた。先行していたラグドナール隊により、キマイラの調査はかなり進んでおり、更にその弱点さえも見つけていた。
しかし、その調査は不完全なものでキマイラがキマイラの大群を呼ぶ、と言う生態は知られていなかった。
「それにより三百を越すキマイラが調査隊に襲いかかったそうです」
しかし、キースは図らずもそれが、魔人の正体を見破る結果となった。と報告した。
その先頭に立ったユージが見た事のない化け物を召喚し、更には上空を飛び交うワイバーンまで使役して見せた。その技は人のものではなく正しく魔人のもの。キースはそう報告したのだ。
そして、シャクソンはそれを伝える為にペルメニアに戻り、すぐに魔人討伐隊を組織するよう命じたと伝えた。
「驚きました。報告によるとバチル殿も魔人だと言うのですから」
それが本当なら、すぐに討伐隊を向かわせなければならない。しかし、裕二と接していたオーメル将軍には、そんな話は信じられなかった。なので、今はもっと多くの情報が必要だと進言した。
「ですが、キースはこう言ったのです」
◇
「あなたはそれを知っていたのではないですか?」
「無礼な! そんなワケなかろう」
「私は会議に進言します。少なくとも、身の潔白が証明されるまでは、ユージの関係者は全て拘束すべきです! まずそうされるのはアナタではないですか、オーメル将軍」
「貴様、ふざけるな!」
会議は紛糾し、キースは討伐隊派遣と関係者拘束を強行に訴えた。しかし、キースひとりの報告では簡単にそれを実行出来ない。少なくとも、調査隊指揮官であるラグドナールの帰還を待つ必要がある。
しかし、それもキースは反対する。
「奴は魔人に騙されています。ユージを守ると言ってこちらに剣を向けてきました。ですが、シャクソン隊長は仰った。魔人は狡猾な存在。それも全て計算なのだと」
魔人が多少の力を使っても正体がバレないよう、予めシェルラックの有力者のひとり、ラグドナールを手なづけていた。キースはそう言う。
こうして会議は平行線を辿ったまま、数時間後にラグドナールが帰還する。そして、彼は疲れた体のまま、急遽会議に出席する事となった。
ラグドナールは会議場へ入るとすぐに、シャクソンの姿を探すが彼は見当たらず、代わりにキースが出席していた。その事にある、確信を持つ。
「先に聞いておきたい。シャクソンはどうしました?」
「隊長はペルメニアに向かわれた。ユージと言う名の魔人が現れたと報告しにな」
それに答えたのはキースだ。彼は挑発するような視線をラグドナールに向けていた。
「そう言えばあなたも魔人の関係者になりますね。バシュケン参謀長。お早い決断を」
「そ、それはですな……」
急に決断を求められ焦るバシュケン。しかし、ラグドナールは慌てず口を開く。
「ユージが魔人のワケありません。彼はキマイラの大群から調査隊を救ったのですよ? ユージの力は確かに凄まじいものでしたが、それは彼が魔人だと言う証明にはなりません」
それを聞きキースは、ふざけるなと言わんばかりに勢い良く立ち上がる。
「では聞くが、そのユージはどこへ行った。魔人だからこそ逃げ出したのだろう。その隙を与えたのはラグドナール隊ではないか!」
「ユージは味方同士を争わせない為にいなくなった。そちらの分別のない行動が原因だ! そんな事より貴様はここから出ていけ! 俺はある人物から重要な証拠を預かっている。お前のような平隊員が見てよいものではない!」
「な、なんだと」
「オーメル将軍。バシュケン参謀長。彼の退席を要求します」
「ま、待て! 俺は今回の調査隊に限りシャクソン隊の副官だぞ。会議の出席についても隊長から一任されている。証拠があると言うなら見せてみろ!」
ラグドナールとキースから視線を向けられるオーメル将軍とバシュケン参謀長。二人は顔を見合わせ、少し戸惑った後に頷いた。キースの副官と言う立場を尊重する、と言う事だ。
「わかりました。一応言っておくが、これを見たあとに知らなかったでは済まされないぞ。お前がシャクソン隊の副官と言うなら覚悟してもらう」
ラグドナールは一度退席し、証拠を持って再び会議場へ戻る。そこには麻袋に入った何かと剣がある。
「これはジェントラー家のとある人物から預かった物です。彼らは既にこの件を把握しております」
「なっ! ペルメニアのジェントラー家なのか」
「そうです。この証拠に関してはジェントラー家が認めている、と言う事。それをこの私がハルフォードの代表として承認します」
この宣言はペルメニアの大貴族、ジェントラー家とハルフォード家が間違いないと断言しているに等しい。本来ならキースなどお呼びでない場面なのだ。
だが、証拠を見せる前に、彼らがそれを理解するのは難しい。キースの同席を認めたのも無理からぬ事だ。
ラグドナールは仕方なく麻袋の中身を取り出す。
「こ、これは……魔人の首なのか」
「何故そんなものが……」
テーブルに置かれた魔人の首。その異様さを目にしながら、オーメル将軍とバシュケン参謀長はラグドナールに問う。
「これはシャクソンです。この剣はシャクソンの物。ジェントラー家の人間が街を離れるシャクソンを見つけて倒したそうです」
「そ、それは本当なのか!?」
驚くオーメル将軍。先程までのキースの話しとは全く違う。むしろ真逆だ。しかし、先程までと違うのはそれだけではなく、その証拠をジェントラー家が認めていると言う事。キース単独の発言とは重みが違う。
しかし、それを聞いてキースも黙るはずがない。
「ふ、ふざけるな! その首が隊長のものだと言う証拠がどこにある」
するとラグドナールはもう一つの証拠に指を指す。
「お前はこれに見覚えがあるんじゃないのか? シャクソンの剣だ。何故これがここにある。信じられないならシャクソンをこの場に連れてこい!」
「う、嘘だ……」
ワナワナと震えるキース。それを無視してラグドナールはオーメル将軍とバシュケン参謀長に向き直る。
「つまり、魔人はユージではなくシャクソン。そこの平隊員の言っている事こそ魔人の策略です。シャクソンの調査隊は全員、拘束する事を進言致します」
そこで会議は一時中断した。さすがに事が大きくなりすぎて現場だけではどうにもならない。各人本国と相談する必要がある。しかし、ラグドナールはハルフォードの権限で早々にシャクソン隊を拘束してしまった。それから数日経ってもシャクソンは現れず、本家のマクアルパインに問い合わせてもシャクソンがそちらへ向かった事は確認出来なかった。
そして、ジェントラー家に問い合わせると、既に説明する者を向かわせたと返事があった。
◇
「そ、それでどうなった」
オーメル将軍はそこまでマサラート王子に説明して話しを区切った。しかし、それだけではわからない事も多い。肝心の裕二がどうなったのか、まだ出てきていない。
「はい。ジェントラー家からダドリーと言う者が派遣されました。そこで聞いた内容は更に驚愕すべきものでした」
数日後、シェルラックにテリーの兄であるダドリー・ジェントラーが到着した。彼はテリーの協力者のひとりで、裕二がこの世界に出現する前から多くの事を把握している。今回の件も全て、テリーから報告されている。
「私はダドリー・ジェントラーと私室で二人だけで話しました」
それは話す人間を彼が厳選していると言う事。ダドリーは必要な人間に個別に説明をしていた。そして、オーメル将軍の私室には、ダドリーの持ち込んだ魔法道具により、厳重な防音対策が施された。
そして、オーメル将軍はダドリーから話を聞く。
◇
「なっ! それではユージ殿は……」
「ええ、間違いなくあの御方」
「なんという事だ……」
ダドリーからは裕二がクリシュナードだと告げられた。シャクソンも間違いなく魔人であり、シェルラックで様々な工作していたのだろうと言う。その過程で裕二に目をつけ葬り去ろうとした。
「ユージは我がジェントラー家の者が確保しております。バチル・マクトレイヤ、セーラ・ロウェル、バン・クルートートも同様です。彼らは行方不明者として扱って下さい」
「むう、なるほど。それは致し方ない」
オーメル将軍はラグドナールから受けた調査隊の報告で、裕二が何をしたのか聞いている。常人ならあり得ない話だが、それがクリシュナードなら納得出来る。
「しかしダドリー殿。そうなると、魔人の出現は近い。或いはもう始まっている事になるのか」
「そうなります。各国足並みを揃える必要がありますね。ですが同時に情報管理も徹底していただきたい」
ペルメニア以外の国も魔人の出現に備えなければならない。しかし、その情報も漏れてはならない。もし、情報が漏れてそれが魔人の耳に入れば、向こうの戦略も変わってしまう。
まだクリシュナードが完全な状態ではないので、それは絶対に避けなければならない。
「そう言えば数日前、ヴィシェルヘイムの奥地から、かなり強い衝撃波があったと報告されたのですが……もしや」
「ご安心下さい。こちらの攻撃です。それにより千を越えるモンスターと四体の魔人を倒した、と報告されてます」
だが、この地に潜んでいた魔人がいなくなった事に、敵側もいずれ気づくはず。
「シャクソンに関しては偽情報を流します」
シャクソンはヴィシェルヘイムで作戦行動中、不意にモンスターに襲われた。
その時に魔人の姿を晒してしまい、自分の隊に捕らえられた。そこで詳しい情報を拷問により聞き出し、ヴィシェルヘイムの魔人の数を把握。シェルラックはその調査を行ったが、魔人は見つからず何故かモンスターも大幅に減っていた。
そんな曖昧な情報を流せば、現地の魔人がシャクソン捕縛を知り、何か手を打って姿を隠したように思えなくもない。
いずれバレるにしても時間稼ぎにはなるだろう。
◇
様々な事実を聞いたオーメル将軍はそれを本国に報告し、今後の対策を練らなければならない。その為に城へ帰還していたのだ。
「やはり……ユージはあの御方であったか」
「殿下は以前からそう思っていたのですか?」
「無論だ。余が生まれる前からそうだと思っていたからな」
「生まれる前? それは興味深いですな」
マサラートはその話をオーメル将軍に聞かせる。
前世の事から夢で見た内容。実際にヘスを使わせ裕二を探させた。それにより魔人の陰謀を知る事が出来た。
オーメル将軍も手紙である程度は知っていたが、前世や細かな予言の事、一連の詳細は聞いていない。
「なるほど……では新たな予言があるなら是非教えていただきたい」
「うむ。つい先日見た夢だが……」
マサラートは語りだす。自分の見た夢の内容を。断片的ではあるが、その的中率は高い。オーメル将軍もそれを真面目に聞き入れる。
「どこかの森にいる。バチル殿とは違う女性と一緒にいた。とても美しい女性だ。あれはペルメニアの姫ではないかと思う」
オーメル将軍は裕二とバチルのその後は知らない。そこにエリネアがいた事もだ。
「ペルメニアの姫君ですか!」
「そうだ。ペルメニアの初代王はクリシュナード様の最側近のひとりとされている。その血筋がいても何ら不思議ではあるまい」
「まあ……確かにそうですな」
「その二人がかなり強く警戒している。余には見えぬが、彼らの目の前に何かいるようだな」
「その何かとは?」
「うむ……ハッキリせぬが、一瞬だけ見えたのは立派なローブを着ていた何かだ」
「ローブ……となると人? なのですか」
「違うかも知れん。だが、警戒の雰囲気から敵の可能性は高い」
「なるほど……」
オーメル将軍はその話を聞きアレコレ推測してみる。しかし、それだけの情報ではなかなか正解には辿りつけないのだろう。彼らの話は深夜まで続いた。