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コリーの見たもの

裕二がチェスカーバレン学院を出て行った後のコリー中心の話です。


「罪を償えば良いではないですか。何もしないで許してもらう事などできる訳ありません。ですが許しを得た人間に、そのグロッグという者は何が出来ますか?」


 コリー・スパネラは名も知らぬ老紳士からそう言われた。


 裕二を罠に嵌める為、グロッグに頼まれ、僅かな金欲しさにそれを手伝った。だが、それは失敗し、グロッグから疎まれるようになった。

 そしてしばらくすると、グロッグは裕二の剣を盗めと言ってきた。コリーはやりたくなかった。だが、それを断われば、前回の件をバラすと脅してきたのだ。


「ふむ……」

「院長先生。僕は罪を償いたいのです」


 コリーは静かに涙をながし、リシュテイン学院長にそう訴えた。


「馬鹿な事をしたが……反省はしておるようじゃの」


 その話はコリーの報告だけで終わり、処分についての話はなく、後日再び呼び出すとの事だ。そして、この件は絶対誰にも話してはならないとも言われた。それは被害者の裕二にもだ。謝罪どころか接触も禁止だ。


 実は、コリーは学院長の所へ行く前に裕二を探していた。しかし、どう言うワケか見つからない。なので仕方なく先に学院長室へ訪れた。

 このような結果になってしまい、コリーは項垂れながら学院長室のある建物を出てすぐ、適当な場所に座り込んでいた。

 すると、そこに見かけない馬車が到着し、そこから兵士が数人建物へ入っていくのが見えた。


「何で兵士がこんな場所へ……」


 コリーは嫌な予感がして一旦はその場から離れる。しかし、中の様子も気になるので、離れた場所からそちらを窺っていた。

 もしかしたら自分を捕まえに来たのではないか。だとしたらとても恐ろしい気分ではある。しかし、コリーは罪を償うとも決めた。逃げてはならないのだ。


「もし捕まるなら……逃げずにここに居よう」


 そのままかなりの時間が過ぎた。そして、突然建物の入り口が慌ただしくなる。


「なんだ……アレは」


 兵士が密集しながら出てきた。いや、それだけではない。誰かがその中心にいる。それを見えないようにしているようだ。

 コリーは心臓の鼓動が高なるのを感じた。

 僅かな隙間からは、その中心にいる人物に布がかけられて、誰だかわからないようにしてあるのがわかった。


「誰だろう……」


 その時。そこから誰かの唸る声が聞こえた。それは男女の声。二人いるようだ。そして、そのくぐもった声は明らかに布か何かで口を塞がれたもの。


「今のは……」


 時間にすればほんの一瞬だったのだろう。彼らはあっという間に馬車へ乗り込み、この場から去って行った。


 その日以降、グロッグ、シェリル、そしてユージまでもが学院に来なくなってしまった。

 コリーは何が起きたのかわからず、ひたすら次の呼び出しを待つばかりとなった。


 そして、しばらくすると彼ら二年Aクラスの担任から、グロッグ、シェリル、ユージの三人は家の都合で休学すると 発表があり、それはコリーの耳にも入ってきた。しかし、その家の都合とやらはハッキリわからない。

 そして、そのクラスを中心にグラスコード家に何かあったのではないかと言う噂が流れる。横領、謀反、破産、病気と様々に囁かれるがそれもしばらくすると沈静化する。


「あなたたち。クラスメイトの悪い噂を流すのはおやめなさい」

「も、申し訳ありません、エリネア様」


 そんなやり取りも目撃したのは一度だけ。結局真相はわからないが、多くの者はそれについて興味を失っていった。


 しかし、コリーはそうではない。あの時連れて行かれた男女。その男の声には聞き覚えがあった。あれはグロッグではないのか。

 その時は半信半疑だったが、時が立つにつれコリーはその確信を深めていく。

 兵士に連れて行かれたのなら、今ここにいないのはおかしな事ではない。


 ――次は僕の番なのか……


 コリーはそんな考えに支配されながら不安な日々を過ごす。それからひと月程が経ち、コリーは学院長に呼び出された。


「色々と考えたが、今はその処分を決められぬ状態にある。とは言え、それ程心配しなくても良さそうじゃ」

「どう言う事でしょうか」

「とりあえずコリーは、グロッグとは何の関係もない。もしくは脅されて仕方なく、ほんの一部だけ手を貸した。したがって事件の全容は知らぬ。なので無罪。最悪でも停学と少額の罰金程度で調整しておる」

「ほ、本当ですか!」

「じゃがそれが絶対ではない事は肝に銘じよ。お主はそれを他言してはならん。もちろん家族にもじゃ。もし、それをすると庇いきれなくなる。名は言えんが、お主の為に骨を折ってくれた人物もおる。それは知っておきなさい」


 リシュテインの言葉は、大きな罪に問われる事はなく、穏便に済ませる事が出来ると示している。


「わかりました! ありがとうございます」

「おそらく大丈夫であろう。今回は深く反省し、勉学に勤しみなさい」


 コリーは少しだけ安心した表情で学院長室を後にする。リシュテインはそこで深く、ため息を吐いた。


「テリオスとエリネア姫に感謝するが良い……とは言えぬか」


 コリーは今まで停滞していた気持ちが軽くなるのを感じた。そして、これからは軽はずみな行動は慎まなけれはならない、と心に決める。まだ罪の精算はされていないが、決してやり直しのきかないものではない。


 そうなると今まで気にしていなかった周りの様子も見えてくる。以前とは変化があるように感じた。学院が少しづつ変わっているような気がする。

 以前よりも授業内容が高度になっているのではないか。戦闘訓練が厳しくなっているのではないか。他にもそう感じている者はいるようだが、大きな変化ではない。

 しかし、コリーには、あの日から全てが変わったようにも思える。学院長に告白したあの日から。


 未だグラスコード家三人の休学理由はわからない。特に裕二に関しては全くだ。


 ――いつか謝れる日が来たら謝ろう。


 コリーはそう誓い、勉学に戦闘訓練に勤しむ。


 授業には王宮から騎士団や魔術師が招かれ、より高度な授業や知らない人物の視察が度々行われる。

 その中でも、一番コリーが驚いたのは、ひとつ学年が下で魔法科のテリオス・ジェントラーが講師や視察を行っていた事だ。彼が騎士科のコリーのクラスに来る事自体考えにくい。

 もちろんそれはしょっちゅうではなく、たまになのだが。


「話しにならん。お前ら程度なら俺ひとりで十秒もあれば全員倒せる」


 そう豪語する彼を睨みつける者は多いが、武闘大会で驚異的な実力を見せ、大貴族の子弟である彼に反論する者はいない。


「このクラスには自警団の者がいるだろ。立て」


 それはコリーの事だ。

 同じ自警団でもあるテリー。しかし、彼は武闘大会優勝者であり、自警団からスカウトが来るほどの人物。

 コリーも自警団である以上、それなりに自信はあるが、入団テストギリギリのコリーとスカウトされたテリーには、それだけでかなり大きな差があると言える。


「前に出ろ」


 そして、コリーが前に出た途端。いくつもの土の塊が地面から浮き上がり、いきなり攻撃を始めた。その全弾がコリーに命中し、吹き飛ばされる。


「な、なにを……」

「何故防御をしない。モンスターはこれから模擬戦を始めます、などとは言ってくれないぞ。少しでも戦闘の雰囲気を感じたら身体強化、敵の攻撃に備えろ」


 そして、コリーを含めたクラスの者は、テリーにこっぴどく叩きのめされた。

 反抗心のある者は、それを少しでも表情に出しただけで模擬戦に引っ張り出され、立ち上がれなくなるほど打ちのめされる。

 箔付けの為に学院にいる者も同様だ。全く容赦がない。


「ベヒーモスは直線的な動きしかしない分、突進力は強い。しかし、キマイラやオルトロス、ケルベロスは急激に方向を変える。その時に一瞬の予備動作がある。それを見逃すと死ぬぞ」


 厳しくはあるが、今までの授業より高度で実戦的な内容だ。ほとんど見た事のないモンスターではあるが、彼はそれらを具体的に教えてくれた。


「いずれ騎士になるのなら、常日頃から戦いに備えておけ。今の状態では魔人一体が使役するモンスターだけで、お前ら全員殺される」


 魔人は一体で何十体ものモンスターを使役する場合もある。それを倒さない限り、魔人に刃は届かない。テリーはそう説明する。


「死んでも良い奴は授業を放棄しても構わんぞ。残りたい奴だけ残れ」


 重みのあるテリーの言葉。反抗心を抱いていた者もそれが無くなったワケではない。だが、授業を放棄する者はひとりも現れなかった。そこには悔しいが納得するしかない部分があるからなのだろう。


 しかし、そう言った言動のひとつひとつに、コリーは何となくだが、危機感めいたものを募らせる。

 そんなモンスターと戦わなければならない事態が差し迫っているのではないか。もちろんテリーも他の講師もそんな事は教えてくれない。


 コリーは授業を終え、クタクタになりながら寮に戻り、そのままベッドに転がり込む。


「くそっ、何だよアイツ」


 そうは思いながらも、コリーは他の人間よりも強い違和感を感じていた。彼には思い当たる事があるからだ。

 あの日から何かが変わった。グロッグ、シェリル、ユージがいなくなったあの日から。その当事者であるコリーは、グラスコードと授業の強化を結びつける何かがあるのではないか、と感じている。


「もしかしたら……グラスコード領内に魔人が現れたのか」


 だとすると、今までの事も納得出来る部分は多い。そこにグラスコード家の魔術師でもある裕二たちも駆り出されている。そうも考えられる。


「となると……クリシュナード様は顕現なされている事になるな。いや待てよ」


 しかし、グロッグの罪はどうなったのか。コリーはそれについても学院長に報告している。自分の事が一段落するまで、そこに考えは至らなかったが、それを考えるとやはり、あの時兵士に連れて行かれたのはグロッグなのではないかと思える。

 そう考えると先程の内容では辻褄が合わない。戦力としてグラスコード家に呼び戻されたのなら、犯罪者のように兵士に囲まれていたのはおかしい。

 グロッグは裕二にした事により罪人となったとする。だが、同じグラスコードの人間なのにそれは通常考えにくい。しかし、裕二は養子でもあり、それはグロッグからも聞いている。そう考えると、グロッグが知らないだけで裕二はグロッグよりも元々身分が高い場合もないワケではない。何か事情があって身分が隠されているかも知れない。


「ユージの身分がグロッグより高ければあり得る。でも、グロッグより高い身分なんて……」


 授業内容が厳しくなったのは魔人の出現を連想させる。それは同時にクリシュナードの顕現を意味する。

 同じ時期にグロッグは犯罪者のような形でいなくなった。ユージもだ。

 クリシュナードはどこにいて裕二は何者なのか。これを結びつけるものは。


「まさか! ユージが……」


 裕二がクリシュナードなら、グロッグが隠されながら兵士に連れて行かれたのも納得出来てしまう。もう一人の女は妹のシェリルだ。あの場面を見ていなければそんな考えにはならなかっただろう。

 そして、学院長はかなり強く、他言してはならないと言っていた。コリーの為に骨を折ってくれた人物もいると言う。

 良く考えれば、同家の人間の争いに学院が関与するのもおかしい。何故あの場に兵士がいたのか。もちろん学院が呼んだからだ。

 コリーの知る限りグロッグは加害者であり、裕二は被害者。その被害者がクリシュナードであれば、学院、と言うよりチェスカーバレン家、そして、兵士が関与していてもおかしくはない。


「それって……僕もかなりヤバかったが、助けてもらった。いや違うな。事件を隠蔽、もしくは最小規模に抑えたかった」


 そして、コリーはゴクリと唾を飲む。


「その理由は……既にクリシュナード様は顕現されている。しかし、今はまだそれを隠さなければならないから」


 考えれば考える程、そうではないかと思えてしまう。しかし、コリーはある事を思い出す。


「そんなワケないか。ユージはテリオスに武闘大会で負けている。クリシュナード様ならそんな事あり得ないな」


 多くの者がそれを見ていた。しかし、周りにそう思わせるのも、テリーが裕二を勝たせなかった理由のひとつでもある。


 そして、コリーは頭を切り替えて、かつて老紳士から聞いた言葉を思い出す。


「罪を償う……か。まだ何もしてないな」


 まずは裕二に謝罪を。そして、あの様な事が二度と起こらぬよう、心も体も鍛えなければならない。


「僕がテリオスのように強かったら……グロッグには従わなかったはずだ。その悪意を跳ね返す事だって出来た」


 そうなれるように頑張ろう。それが罪滅ぼしになるかはわからないが、今のコリーにはそう思う事が精一杯だ。しかし、そうなるとテリーの授業はそう悪くなかったようにも思える。あの程度は乗り越えなければならない。

 コテンパンにやられたが、それ程気分は悪くない。グロッグなんかと相対するより百万倍ましだ。体の痛みや疲れなど、グロッグに与えられた悪意とは比較にならない。


 コリーはそんな事を考えながら深い眠りに落ちてゆく。


 ――でも、あの老紳士は何者だったんだろう。まるでユージに仕えていたようにも見えたな……あんな立派な人が……


 そんな事は朝起きたら忘れているのだろう。しかし、コリーは変われるような気がしていた。

 テリオスのように、ユージのように強く。少しでも彼らの助けになれるように。


 普通の少年でしかないコリー。彼はそうやって成長してゆくのだろう。

 いつか、裕二に会う事を待ち望みながら。


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