バチルの一人旅
バチル・マクトレイヤの学院を飛び出してから、テパニーゼに会うまでの軌跡です。
特にオチのない話しになってしまいましたが、興味のある方はご覧ください。
ちなみに文字数9000なので長いです。
「お嬢様。朝食の用意が整いました」
「今日はなんニャ」
「バターソテーでございます」
「うニャ」
数人の従者に囲まれ、長い廊下を足早に歩くネコミミ少女。
従者達はその少女の歩く速度に合わせ、本日必要な書類を持つ者。場に合わせた衣装やアクセサリーの選択をする者。スケジュールを伝える者と様々だ。
「お昼はペルメニアのトラヴィス国王殿下と昼食会がございます」
「何が出るニャ」
「バターソテーでございます」
「うニャ」
歩きながら衣装に合わせた髪飾りが幾度となく交換される。周りは大忙しだ。
「その後、ご注文のベッドが屋敷の方へ届られる予定でございます」
「何のベッドニャ」
「バターソテーでございます」
「うニャ」
ネコミミ少女は真っ白な扉をくぐり抜け、大広間に置かれた大理石のテーブル、その中央に着席する。
その間も従者達は大忙しで動き回る。やがて少女の前には、朝食のバターソテーが運ばれてきた。
「そう言えばお嬢様」
「なんニャ」
「ご友人のバイツ様から贈り物が届けられてございます」
「なんニャ」
「岩塩です」
「捨ててくるニャ」
贅の限りを尽くされた豪奢な部屋。そこでひとり朝食をとるネコミミ少女。相変わらず従者はいそいそと動き回り、この後のネコミミ少女の予定をスムーズに動かす事に神経を集中させている。
そんな状況とは裏腹に、身の丈の倍はありそうなアーチ型の窓から、優しい朝陽が部屋に入り、部屋の美しさを更に際立たせていた。
ネコミミ少女は目の前に用意されたバターソテーの最初の一口目を口に運ぼうとした時、そのアーチ型の窓に黒い影がいきなりあらわれた。そして次の瞬間、その巨大な窓ガラスは大きな音をたて、飛び散るように割れ、そこへひとりの男が侵入してきた。
「賊だ! 警備兵を呼べ!」
そこに現れたのは黒髪の少年。ネコミミ少女が通うのと同じ学院の制服を着ている。少年はネコミミ少女を見るとニヤリと笑う。
「はん! まだそんなバターソテーを食べてるのか? バチル」
「ニャ! それはどういう意味ニャ、ユージ!」
「お前は何もわかってない」
「ニャ、ニャに!」
「真のバターソテーとは何かを」
「それはなんニャ! 真のバターソテーとは何なのニャ!」
「お前にバターソテーを教えたのは誰だ! 言ってみろ」
「ニャ……ユージニャ」
「そう言う事だ」
黒髪の少年はそれだけ言うと再び窓を通りその場から去っていった。そこには割れた窓ガラスだけが残る。
「ま、待つのニャ! どういう意味なのニャ!」
「フハハハハ、答えは自分で探すが良い」
そして、その声は遠のいて行く。
「なんニャ! どういう意味ニャアアア!」
ネコミミ少女はその場に膝をつき、声を振り絞って叫ぶ。
◇
「お前今朝、スゲー叫んでなかったか? 男子寮にも聞こえてきたぞ」
「嫌な夢を見たのニャ」
そこに話しながら歩くのはチェスカーバレン学院騎士科、ドルビー・コールゲンとバチル・マクトレイヤ。二人は授業に向かう途中、偶然会ったのだった。
その二人が歩いていると、更にそこへもう一人加わる者がいる。それは騎士科ナンバーワンの実力を持つ男。バイツ・エストローグ改めバイツ・ハリスター。
「やはりお前だったか。朝からバカでかい声を出すな」
「やかましニャ。お前の岩塩は捨ててやったのニャ!」
「嘘を言うな。今朝も部屋を出る時ちゃんと数をチェックしてきたのだ。クローゼット右の隠し扉に全て揃っていたぞ」
もちろんそれはバチルの夢の中での話しなので、実際にバイツの岩塩が捨てられたと言う事はない。
ユージ・グラスコードが学院を去ってから、その関係者達も落ち着き始めた頃。彼らは新たな段階へと足を踏み入れ始めた。
エリネア、バイツ、リサは密かにテリーの指導を受け、今後訪れるであろう危機への対策を考え始めている。
学院長であるリシュテイン・チェスカーバレンも、宮廷諜報団、ヴェルコート・ジェントラー、ヘルツ・ハリスターらと良く話し合いその対策、調整の真っ最中だ。
学院はユージによるグロッグ襲撃の前から表面的には何も変わりないが、水面下では大きく動いていると言えよう。
「エリネア様、そろそろ参りましょうか」
「そうね……いや、リサは先に行ってちょうだい」
魔法科二年Aクラスで授業を終え、テリーの指導を受けるため森へと向かう予定のリサとエリネア。
リサはエリネアに声をかけるが、彼女は何か用があるらしくリサに断りを入れてから席を立つ。その向かう先は、エリネアの可愛がるミーの件から急激に仲良くなったバチルのところだ。
エリネアがテリーの指導を受け始めてから常々考えていたのは、バチル・マクトレイヤと言う同級生の持つ戦いに於ける才能。
いずれ現れる魔人に対抗するには、バチルの才能を放置しておくのは余りにも惜しい。
武闘大会でエリネアは、バチルよりも上位にいる。しかし、それは単にくじ運の問題が大きい。何故ならバチルは、一回戦でユージと当たって負けている。
もし自分が一回戦でユージと当たっていれば、総合的な順位はエリネアよりバチルの方が上位だった可能性は否定できない。
オマケにバチルは、騎士科ナンバーワンのバイツと実力を比べてもあまり遜色がない。
バチルとバイツは何度か練習試合をした事があるのだが、全てバイツの勝利に終わっている。だが、その結果をよく見ると、バチルの場外負け、反則負け、と本気の殺し合いなら負けと判定できないものでもあった。
バチルはバイツに試合で負けても倒された事は一度もない。それどころかトリッキーな動きでバイツを翻弄する事も度々あったと聞く。
バイツ自身も本気の殺し合いで相手がバチルであれば、一瞬の隙で自分が殺られる可能性は高いと評している。
エリネアはそんなバチルを、一緒にテリーの指導を受けないか誘うつもりだったのだ。
「うニャ? テリオスニャ?」
「ええ、あなたもどうかと思って」
学院内の道端で出会った二人。エリネアはバチルにテリーの指導を受けないかと誘ってみる。
「うー、でも私は忙しいのニャ。ユージがいなくなって、しなければならない事もあるニャ」
「そうなの? そのしなければならない事って……」
「まだ良くわからないニャ。真のバターソテーとは何かをユージに問われたニャ」
「ユージに?」
バチルのしなければならない事。それは今のエリネアにはまだわからない。と言うか本人も良くわかってない。しかし、このバチル・マクトレイヤは一般常識の外にいる事も確か。エリネアはそれについては理解している。なので良くわからない発言はスルーしなければならない事もエリネアは覚えた。
「ところでユージはどこ行ったニャ?」
「私も良くはわからないけど、テリオスの話しだと、とりあえず学院は休学、今は冒険者として生活していると聞いたわ」
「休学ニャ……そうニャ! 休学ニャ!」
「え? 何が?」
「そうすれば美味しいのが探せるニャ!」
「美味しい?」
バチルはそう言うと疑問の表情を浮かべるエリネアを放ったらかし、猛ダッシュで走り出す。
「ちょ、ちょっと!」
バチルは大急ぎで自分の部屋に戻り、そこらをひっくり返して紙とペンを取り出す。その紙にでっかく『休学ニャ!』とだけ書き、それを握りしめ再び走り出す。
「ニャハッ、ニャッハッハッハ。これで完璧ニャ!」
そのままバチルはリシュテイン学院長の部屋のある棟に行き、その壁をよじ登る。そして、窓ガラスをぶち破り学院長室へと侵入した。
何故、普通に正面から入らないのかは全くわからない。
「ここに置いておくニャ!」
幸いにもそこにリシュテインはいなかったようだ。バチルは学院長の机に先程書いた休学届けを叩きつける。もちろんそれは休学届けになってはいない。
だが、バチルはそんな事はお構いなしに窓から飛び降り華麗な着地を見せる。
「後は……準備ニャ!」
バチルは再び自分の部屋に戻り、速攻で荷物を纏める。それが終わるとまた走り出す。だが、そこへたまたまバイツが通りかかった。
「バチルか。何をそんなに急いでいる」
「美味しいお魚さんを探すのニャ!」
バチルは、バイツとすれ違いざまにそう言った。
「お、おい! ちょっと待て」
だが、バチルはそんな事関係なく話し続ける。もちろんダッシュしながらだ。
「ついでにユージに勝つ為の修行をするのニャ! そして、ユージに勝ったら美味しいお魚さんでバターソテーを作らせるニャ! それが真のバターソテーへの道なのニャ!」
しかし、その頃にはバイツはかなり遠く離れており、バチルの言葉は全く届いていなかった。バイツも仕方なくバチルに背を向け、その場から離れ始めている。
「ニャ! お前が聞いておきながら何遠ざかってるニャ! ちゃんと人の話しを聞くニャ」
バチルのするべき真の目的。それがハッキリした今、バイツなどには構っていられない。だが、ちょっとムカつく。バチルはそう感じていた。
その時バチルは進行方向にある騎士科の男子寮が目に入った。
「そうニャ!」
バチルは何かを思いついたようで、今度は男子寮の壁をよじ登る。そして、バイツの部屋の窓ガラスを蹴り破ると中へ侵入した。
「クローゼットの右ニャ」
バチルはそこに隠し扉を発見する。
「あいつアホなのニャ。隠し扉の場所教えてどうするニャ」
そこから数個の岩塩を取り出す。
「あんなバカにユージの岩塩はもったいないニャ。私が使ってやるニャ」
岩塩を自分の荷物の中にしまうとバチルは再び窓から飛び降り、そのまま学院の外へと突っ走って行った。
「ユージはどこニャアアア!」
鼻をヒクヒクさせなから猛ダッシュで走るバチル。その進行方向の遥か先。そこにはパーリッドと言う街がある。
今はその事をユージはもちろん、バイツもエリネアもテリーもリシュテインも知らない。当然バチルもだ。
「まずはユージをぶっ飛ばすのニャ!」
それも何故なのかはわからない。
◇◇◇◇
「お呼びでしょうか、院長先生」
「わざわざ来てもらってすまんのうバイツ」
バチルが学院を飛び出してから数日後。その行方がわからない状態では困るリシュテインは、バチルと仲の良かったバイツを自室に呼び出す。
「バチルの事なんじゃが……」
「バチルですか。私は奴から美味しいお魚さんを探す、と聞いてますが……数日で戻るのでは?」
「そうだと良いのじゃが……もしユージを探しに行ったとなると……」
「なるほど。表面上ユージの事でゴチャゴチャしたくはない、と」
「うむ」
学院としてはその居場所を把握しておかなければならない。しかし、バチルは一方的に休学届けを出していなくなった。本来ならバチルの本国に連絡するのだが、もしバチルが裕二を探しに行ったのなら、それを他国に知られたくはない。裕二に関する事は表面上何も問題ない、と言う風にしておきたい。
「他に何か言っておったか?」
「いえ……そう言えばエリネア様が、バチルはユージに何か言われ、その件で忙しいと言ってました。その後、走ってどこかに行ってしまった、と聞いてます」
「ユージに……何を言われたのじゃ!?」
「そこまでは……」
宮廷諜報団が探して見つからないのに、バチルが見つけられるとは思えないが、なるべくなら大人しくしていてほしい。リシュテインはそう考えている。
「もう少し様子を見て戻らなければ、マスカネラに連絡するしかないのじゃが……」
◇◇◇◇
「姉さん、あそこがパーリッドだよ」
「ニャは。ユージの匂いがするのニャ。早く会ってぶっ飛ばすのニャ!」
ここまでの道程で何度か農家の荷馬車に乗せてもらい、パーリッドへたどり着いたバチル。そこからユージの気配を強く感じていた。
身なりは完全に冒険者なので入り口で止められる事もなく、あっさり街へ入る事が出来た。新人の冒険者だと思われたのだろう。
「ユージはどこニャ!」
バチルは入り口の兵士から聞いた冒険者ギルドへ向かい、開口一番そう叫んだ。
「誰だあんた? ユージなら依頼に行ってるから街にはいねえぜ」
「ニャに!」
たまたまそこにいたパーチからそう聞かされたバチルは、すぐにそこから出ていった。
「なんだありゃ?」
裕二は確かにここにいた。しかし、今はいない。となるといつまでもこの街にいる意味はない。バチルの目的は真のバターソテーとは何かを知ること。その為には、何故だかわからないが裕二をぶっ飛ばさなければならない。
「何でいないニャ。ユージのせいで腹も減ってきたニャ。絶対ぶっ飛ばすニャ!」
バチルはそのまま近くにあったジャスパーと言う店に入る。
「お腹ペコペコニャ。バターソテーはあるニャ?」
「魚のバターソテーかい? もちろんあるぜ」
「ニャ! ここは良い店ニャ。早く持ってくるニャ」
バチルは注文を頼み適当な席につく。すると周りの客達はヒソヒソしながらバチルに注目しだした。
女性ひとりで行動している冒険者と言うのはそれほど多くはない。そして、マントの下から見え隠れする尻尾に、バチルが獣人だと気づいた者もチラホラいるようだ。
この辺りでは獣人は珍しい。何よりバチルは黙っていればとても可愛らしい容姿をしている。注目されるのも当然だろう。
しかし、本人はそんな事全く気にしておらず、ひたすらバターソテーが出来あがるのを楽しみに待っている。
「いよー。ひとりかい? 良かったら俺と飲まねえか」
そこへ声をかけてきたのはガークックと言う冒険者だ。
少し酒に酔っており、その勢いでバチルをナンパしてきたガークック。しかし、バチルはそちらに目もくれずに口を開く。
「お前臭いのニャ。せっかくのバターソテーが台無しになるから失せろニャ」
「な、なにい!」
周りの客から笑いが漏れる。あっさり断られたガークックを馬鹿にしているのだろう。
「やめとけよガークック。せめて水浴びしてから出直してきな」
「て、てめえら」
恥をかかされたと感じたガークック。しかし、臭いものは臭いのだから仕方ない。そこへジャスパーがバターソテーを運んできた。
「へい。お待たせ!」
「うニャ」
ジャスパーがテーブルにバターソテーを置く。その直後にガークックが思い切りテーブルに手を叩きつけた。
「おい女!」
その勢いでテーブルの上のバターソテーは跳ね上がり、そのまま床に落ちてしまった。
「ニャ!」
「ふざけるなよお前」
床に落ちたバターソテーを見つめるバチル。
「ニャアアア!」
そして、肩をワナワナと震わせながらゆっくりと振り返り、ガークックを睨みつけた。
「お前……許さないニャ!」
「なっ!」
バチルはいきなりガークックの胸ぐらを片手で掴んで投げ飛ばす。
ガークックは壁を突き破り木片がアチコチに刺さって血だらけになっている。
だが、すぐに起き上がり顔から血を振り払う。
「て、てめえ!」
逆上したガークックは、バチルに拳を振り上げながら襲いかかる。しかし、その拳は軽々と避けられバチルの膝蹴りがガークックの鳩尾に入った。
「ゴッ!」
「お前は許さんニャ!」
ガークックは再びバチルに胸ぐらを掴まれ投げ飛ばされる。そして、壁を突き破ると動かなくなった。
「スゲーな、あの女。ガークックを簡単に倒したぞ。アイツ結構強かったよな?」
だが、それだけでバチルの怒りは収まらない。壁に突き刺さったガークックの足を引っ張り出す。そして、そこらにある酒やら水やら料理を既にグロッキー状態のガークックにぶっかけていった。
「あと百回投げ飛ばしてやるから起きるニャ!」
それを呑気に見守っていた客達もさすがにまずいと思ったのか、その中の数人が立ち上がりバチルに近づく。
「姉さん、もうやめとき――」
「やかましニャアアア!」
その客が言い終る前にバチルの裏拳で吹き飛ばされた。それを見た他の客が慌ててバチルに駆け寄る。
「お、おい。さすがに止めねえとヤバいぞ」
客のほとんどは冒険者。その中で腕に覚えのある者達がバチルを抑えようと背後から襲いかかる。
しかし――
「消えた?」
いつの間にかその冒険者の背後に周り、彼らの襟首を掴む。
「邪魔する奴は全員バターソテーニャアアア!」
バチルは向かってくる者を全員投げ飛ばす。店内のテーブル、壁、食器は壊れ、酒や料理もアチコチに散乱している。
バチルの暴走はとどまるどころか更に激化してゆく。
「お、おい。やめてくれ。店が壊れちまう!」
「お前もバターソテーニャアアア!」
「ひぃ! だ、誰か、ユージを呼んでこい! 俺達じゃ無理だ!」
「ユージもバターソテーニャアアア!」
迂闊に近づいたジャスパーもバチルの一睨みで退散する。そして、他の者に裕二を呼ぶよう促す。
「ユージは今仕事で街にいねえんだ!」
「な、なんだとお」
既に何人もの冒険者がバチルに殴られ投げ飛ばされ、店のテーブルや壁もアチコチ壊れている。
この化け物を止められるのは裕二くらいしか思いつかないが、その裕二は仕事でいない。
冒険者同士のケンカなど良くある事。兵士だってその程度で動いてはくれない。
絶体絶命のジャスパーと冒険者達。バチルはそんな事はお構いなしに近寄る者を全て投げ飛ばす。
「バターソテーを弁償するニャアアア!」
「わ、わかった! 好きなだけ食え。だからこれ以上暴れるのはやめてくれ」
「ニャに! 本当ニャ?」
ジャスパーのその言葉にバチルの動きがピタリと止まった。
しめた、と思ったジャスパーは畳み掛ける。
「も、もちろんだ。そもそも悪いのはガークックだからな。そのお詫びに好きなだけ食ってくれ。その代わり暴れるのはやめてほしい」
「ニャ、わかったニャ! バターソテーをあるだけ持ってこいニャ!」
バチルはそう言うと、まだ壊れていないテーブルにつき、ナイフとフォークを持ってテーブルをトントン叩きながらニコニコしている。
「お腹すいたニャ」
周りには屈強な冒険者、十数人が傷だらけになり倒されている。難を逃れた他の客はそれを遠巻きに見つめる。
「ありゃヤベーな。もしかしてユージより強いんじゃねーか?」
「ま、まさか」
倒された者達も徐々に起き上がってくる。一応バチルも手加減をしていたのか大怪我をしている者はひとりもいない。
冒険者達もその事に気づいた者がいたようだ。
バチルは大暴れしていたが、それでも加減はしていた。この人数相手にそれが出来る、と言う事は――
「おめえら。あの姉ちゃんは俺らより遥か格上だ。これ以上手出しすんなよ」
「だな。食ってりゃ機嫌は良いみたいだし」
「でもユージがいたらどうなってたか……見たかったぜ」
そんなこんなで店は何とか落ち着きを取り戻し、バチルも大満足して帰って行った。
ユージが街に帰りその事を知らされたのは数日後の事だった。
◇
その後、バチルは適当に方角を決めながら旅を続ける。その行く先は意図したものなのか、そうでないのかはわからないが、アンドラークからシェルラックへと向かう街道へと差し掛かっていた。
「ニャ? …………あの木が……ここで昼寝をしていけと言ってるニャ」
街道の脇にある何の変哲もない一本の木。バチルはそこから何かを感じとったようだ。
他の木よりも太く枝ぶりも良い。その枝をロープで引っ張って集めれば、その上で気持ち良く寝られそうだ。
バチルは木の上に軽々と登り、そこに枝を集め寝床を作る。
「何だか眠いニャ……」
バチルは速攻で寝てしまった。
「Zzzz、Zzzz……ニャ!」
しばらくはゆっくりと寝ていたが、何かの気配を感じとり、バチルは突然起き上がる。
既に辺りは薄暗くなっていたが、樹上のバチルはその気配の元、少し離れた街道の脇に目を向ける。そこにはピカピカの鎧で武装した少女が、馬に乗ったまま何かを待っているようだ。
その反対側からも気配を感じ、そちらへも目を向ける。するとそっちからは馬に乗った集団がやってくる。
「アイツアホなのニャ。襲われるニャ」
樹上のバチルはそう呟いた。
「おい、あれ女ひとりじゃねーのか」
「冒険者か? いや、あの様子だと貴族か? だが、護衛がいねえな」
少女と集団はまだ離れていたが、バチルの耳にはヒソヒソと話す男たちの声がハッキリと聞こえていた。
集団は明らかに盗賊。少女の方はそれに気づいている様子はない。
盗賊たちは縦に並んでいた列を崩し、徐々に街道いっぱいに広がってゆく。完全に少女を生け捕る気だ。
「やれやれニャ」
そこで盗賊たちから冷やかしのような声があがる。
「おい見ろよ。貴族のお嬢様が騎士の真似事か?」
「ウェッヘッヘ、女だ! 女だぞ!」
盗賊は少女を取り囲み、あっという間に馬から引きずり下ろした。
その様子を樹上から見守るバチル。しかし、よく見ると盗賊達の装備は薄汚れてはいるが、かなり良さそうな物でもある。
「そうニャ! アイツらぶっ殺してバターソテーニャ!」
相手は盗賊なので手加減の必要はない。そして、彼らの装備も手に入り襲われている少女も助かる。
そうなるとバチルには盗賊の集団がバターソテーの集団に見えてきた。
「美味いのニャ!」
まだ何も食べてはいないが、バチルはそう感じたようだ。そして、即座に投擲ナイフを抜き、少女の上にいる盗賊の額目掛けて腕を横に振る。
「な、なんだ! 敵襲、うっ!」
「だ、誰だ! 出てきやがれ」
「ニャッハッハッハ。女ひとりによってたかって何してるニャ! お前らまとめてバターソテーなのニャ!」
これが、バチル・マクトレイヤと襲われていた少女、テパニーゼ・ツェトランドの出会いとなった。
そしてこの後の話しが、魔人からツェトランド伯爵領を救った英雄のひとりとして、この土地で代々語り継がれてゆく話しとなったのだ。