メフィとウォルター
「これで良かろう」
「近くで良く見ないとわかりませんね」
エルファスで裕二、エリネアと別れたメフィとウォルター。その二人は裕二から借り受けた馬車を使い、一路ペルメニアへと向かう。
馬車の外観は、黒を基調に金色く縁取られた貴族が乗るような立派なもので、その内側も豪奢な内装となっており、こちらも立派なソファやテーブルが据え置かれ、応接室と見紛う作りになっている。
その馬車を曳くのは二頭の精霊馬。普通の馬ではないので、手綱を取らなくともそれを使役する者の命令通りに動く。なので、本来であれば御者は必要ない。しかし、それでは見た目がかなり怪しくなってしまう。
そうならない為にメフィは今、ゴーレムに服を着せて帽子をかぶらせ、更にマスクを装着させて御者としている。そのゴーレムはあくまで怪しく見られないよう、御者の振りをするだけだ。
この状態なら、例えばどこかの兵士や騎士とすれ違った場合、相手はこちらを貴族か何かだと思ってくれるだろう。下手に怪しまれたり、いきなり横暴な態度をとられる事はない。
「ですが、山賊とかだと却って狙われやすいですね。見える護衛がひとりもいませんし」
「それが何か問題なのか?」
その馬車に乗るのは二人の強力な魔術師。しかもその二人は歴史上最強の魔術師である大英雄クリシュナードから、様々な道具も受け取っている。
力で片付くトラブルなど、ゴーレムを数体出せば解決する。馬車を降りる必要すらない。それ以外のやりようなどいくらでもある。
「まあ、確かに騎士や兵士の方が面倒ですが……」
「そうじゃ。賊など蹴散らせばよい」
そう言いながら二人は馬車に乗り込む。そして、メフィがゴーレムに命令すると、馬車はゆっくりと動き出す。
まだこの辺りはエルファスから近く、整備された道は少ない。狭いデコボコ道を行くのは普通の馬車では困難だったろうが、クリシュナードの馬車ならそんな事はない。轍だけを土魔法で舗装しながら進むので、ほとんど揺れは感じない。
メフィが窓の外を眺めていると、ウォルターが口を開いた。
「ペルメニアはそれ程遠くはありませんが、いくつかの領地を越えてチェスカーバレン公爵領、スペンドラへ行くので、そこからが長そうです」
「そこにユージの通っていた学院があるのじゃな。その学院にテリオスもおる」
「はい。多くの貴族が集まる街なので、隠れ蓑として都合が良いようです」
直線距離で言うとエルファスからペルメニア国境まではそれ程遠くはない。しかし、その間にはいくつかの山がそびえており、双方の行き来を難しくしている。ペルメニア方面に住む人間がそこを越えてくる事はほとんどない。
メフィとウォルターは裕二の馬車と精霊馬があるので、あまりその辺の心配はしなくても良い。モンスターが現れたとしても、この二人なら問題はない。
「メフィ様はシェルラックにいたのなら、ベヒーモスクラスが日常なのではないですか?」
「そうなるな。確か、この辺りはゴブリンとオークが多かったか? 長いこと見ておらん」
ゴブリンやオークは好戦的ではあるが、相手が自分たちよりも強いとわかるとすぐに逃げ出す臆病な面もある。彼らをヴィシェルヘイムに放り込んだら、一日中逃げなければならないだろう。ゴブリンが勝てる程度のモンスターも人間も、そこには全くいない。
「魔人がここにモンスターを召喚でもしない限り、妾とウォルターを脅かせる存在はおらんな」
「そうですね。エルファスはレイスがいたので大変でしたが、道中そんな危険はないでしょう」
「そうじゃな。魔人は亜空間を使いモンスターを管理するのが厄介じゃ。しかし、エルファスで思ったのじゃが、魔人はひとつの亜空間に、結構な数のモンスターを詰め込めるのじゃな」
「ええ、ですがあれは魔人にとっても良い方法ではないでしょうね」
「そうなのか?」
亜空間魔法は術者により、かなり不安定な空間を作り出してしまう場合もある。その状態では、エルファスで魔人が行ったように、ひとつの亜空間に複数のモンスターを入れておくと、領域の外へモンスターが落ちる可能性も高くなる。いざ亜空間を開いたら、何もいないと言う場合さえあり得る。
「未熟な術者が大量のモンスターを扱うのは難しいと言う事ですね。なので魔人にとってはヴィシェルヘイムのような環境が理想なのかも知れません」
ヴィシェルヘイムのように、多くのモンスターがそこら中にいるのなら、そんな管理は必要ない。誘導瘴気で連れてくれば良いだけだ。ケツァルコアトルのような特別なモンスターだけを、厳重に管理すれば良くなる。
エルファス近辺は定期的にエルフがモンスターを排除しており、その様な環境とは違う。魔人からすると、仕方なくそうした、と言う側面もあるだろう。おそらく、単体できっちり管理されていたのは、レイスとスカルドラゴンだけだ。他は使えるなら使う。その程度の扱いだろう。
「なるほど。工作したい地域にモンスターが少なければ、相応の人材が必要となるのじゃな」
「他の方法もないわけではありませんが、大規模な襲撃を仕掛けるのなら、やはりヴィシェルヘイムのような場所があった方が都合は良いでしょうね」
エルファスのモンスター襲撃は大規模と言える程のものではない。レイスと、それに従うスカルドラゴンが厄介だっただけだ。
「魔人の側も亜空間魔法を使えばいつでも大規模な襲撃を行えるわけではない。そんな単純な話ではない、と言う事か」
「そうなります。ですが、既にユージ様がいる以上、近々どこかで大規模襲撃は起こるでしょう。その最初の一手は防ぎたいですね」
「それが新たな魔人戦争の始まりか……」
強者の集まるシェルラックに対しても、大規模襲撃は行われなかった。それは、そこが最初の一手とはならない場所だからだろう。もし、それが行われるとすればどこなのか。まだまだ調べなければならない事は多い。
「五百年前はどうじゃった? 妾は父上からエルファスの事は聞いておるが、ペルメニア方面は良く知らんのじゃ」
「当時は今と状況が全く異なります。魔人の数も多く、我々も最初劣勢でしたから魔人は隠れる必要もなかったのです」
様々な場所に広がりを見せた魔人。各所でモンスターの召喚が行われ、人類は劣勢に立たされていた。それをひっくり返したのがクリシュナードだ。
クリシュナードは大魔法で一気に敵を殲滅し、人々を魔法で強化し、魔人に戦いを挑んだ。
「あの時、クリシュナード様が現れなければ、私はとうに死んでいました。それは私だけではありません。人々がそこに希望を見い出すのも当然だったと思います。神が降臨されたと信じて疑わなかった者も大勢いました」
多くの者がクリシュナードに付き従い、魔法を学び各所に散る。そのひとりがウォルター。当時のアドレイ・シェルブリットだ。
「かなりキツい訓練もありましたが、仲間と競い合い切磋琢磨したのは良い想い出です」
「それでもテリオスとは仲が悪かったのじゃな」
メフィがそう言うと、ウォルターは痛いところを突かれた、と言うような顔をして苦笑する。
「お恥ずかしいですが、彼はその中でもトップクラスの魔術師でしたから、私は嫉妬していたのです。あの魔法の才能はとても羨ましかったですね。テリオスは魔人の拠点など見つけようものなら、あっという間に更地にしてしまいます。私は魔人の事を調べる為に、その拠点を残しておけ、などと言っては良くテリオスに突っかかっていました。今考えるとバカバカしい話です」
「ハッハッハ。子供のケンカじゃな」
その頃の魔人は大した策略もなく、圧倒的な数のモンスターによって人類を滅ぼしかけた。しかし、それ以上の力を持つクリシュナードとその弟子たちの出現により、徐々に劣勢へと追い込まれていく。
各所で部隊が整えられ、それを指揮する者は、クリシュナードから伝授された強力な全体強化魔法を使う。そうなると正面衝突では人類が優位になってくる。
「私たちは最後に残された魔人の拠点を叩き潰し、魔人戦争を終えました。ですが、その後も残って逃走した魔人を探し出すのに何年もかけました」
その頃になると、クリシュナードもかなり体を傷めており、自分の死期も悟っていたようだ。そこを境に魔人戦争は一旦、完全な終結となった。
「私にとって、それはとても衝撃的な出来事でした。クリシュナード様は相当な無理をなさっていた。何度も魔力枯渇に陥り、それでも戦わなければならなかった。その後遺症を引きずりながら、無理をして戦っていたのです。あの大英雄がそんな状態になっていたとは、全く思いませんでした。いつまでも私たちの上にいてくださると、思い込んでいたのです」
ウォルターはそう言って目を臥せる。その当時の後悔や無念を思い出しているのだろう。今になって思えば、もっと出来る事があったのではないか。すべき事があったのではないか。しかし、それも五百年と言う長い時間を生きたからこそ、思う事なのかも知れない。
「なるほど。妾も父上がどれ程クリシュナードを信頼し、忠義を尽くしていたのか聞かされておる。じゃが、死に際の話は聞いてもほとんど話してはくれん。よほど辛かったのじゃろうな」
「はい。ですが私は当時、カフィス様も羨ましく思っていました。クリシュナード様は後の世に必ず現れる。エルフの寿命なら再び会うことが出来ますから」
「ふむ、そう言う意味ではウォルターよりも恵まれておったか。そのクリシュナードに叩き起こされたのじゃからな」
ウォルターはその後、禁忌に手を染めアンデッドとなった。そこには少なからずカフィスの影響もあったのかも知れない。
「私は禁忌を侵してでも生き延びた以上、全てをクリシュナード様に、ユージ様に捧げるつもりです。かつての仲間の元へ行くのは、いつになるのか……」
「おいおい。今から死ぬことを考えてどうするのじゃ」
「そうですね。まずはテリオスに謝り、殴られなければなりません。それがユージ様の命令であり、私の希望でもありますから」
ウォルターはそう言って顔を上げる。これからしなければならない事はたくさんある。まだ、その入り口にも立っていない。
「おそらく、魔人は同じ手を使わない。それで負けたのですから当然です。単純にモンスターを大量召喚して勝てるとは思っていないでしょう」
「その、手の内の読み合いが重要となるのじゃな」
「はい。ですが、強力な戦力による戦闘は必ずあります。それをどこで出すのか……」
そんな話をしながら、二人を乗せた馬車は山道を走る。その目的地はチェスカーバレン学院。そこでウォルターとテリーが会うことになる。その時何が起こるのか。それはまだメフィにもウォルターにもわからない。