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テンとエリネア3


「へえ。じゃあアンドラークのマサラート王子は予言が出来るのね」

「かなり断片的だけどね」


 ここは旅の途中で寝泊まりする、亜空島にあるペンション風建物。その中の一室であるエリネアの部屋。

 エリネアが夜寝る時は、セバスチャンとテリーによりテンをそばに置くと勝手に決められてしまった。

 しかし、裕二もそれに反対する事はせず、今ではこれが毎日の決められた日常となっている。

 その二人。テンとエリネアのちょっとした楽しみは、寝る前のお喋り。

 今日も二人はベッドの上にペタリと座りながら、他愛のない話から難しい魔法の話まで、あらゆる話題を楽しんでいる。


「でもユージとマサラート王子が異世界で同じ学校に通ってた、なんて不思議ね。しかも仲が悪かったなんて」

「仲が悪いと言うより、マサラート王子が悪ガキだったんだよ。でも裕二様を窓から突き落とした事には、かなり後悔したんだろうね。今は随分と慎重な性格になってるし」


 エリネアはテンから、裕二がこの世界に来た経緯を聞いていた。そこに大きく関わっていたのは、アンドラークの王子。その前世である永井茂だ。

 裕二と永井の些細なトラブルが、二人をこちらの世界に連れてきてしまった。しかし今思えば、それは必然だったような気もする。

 裕二はこの世界に来なければならなかった。永井は意図的ではないにせよ、その助力をした、と言えなくもない。


「慎重じゃなきゃ困るわ。今それをやったらペルメニアと戦争になるわよ」

「まあまあ。エリネアの気持ちもわかるけど、王子は裕二様に謝罪してるから許してあげなよ。今では仲も良いし」

「……そうね。それがなければ、ユージはこちらに来れなかったのかもしれないわね」


 と、若干いきり立つエリネアも、テンの言葉に何とか納得する。必要な事だったのかもしれないが、やはり、エリネアにとって大切な存在である裕二が窓から突き落とされる、と言う話を聞くのは良い気分ではないようだ。


「とりあえず気分を変えよう」


 テンはそう言うとベッドの近くにテーブルを引き寄せ、その上に手をかざす。

 もうこの動作は二人の間では定番となっており、この場合テンが異世界の珍しいお菓子を出すと決まっている。


「今日はなあに?」

「杏仁豆腐だね」


 テーブルの上に現れた白い皿にのった杏仁豆腐。白一色なので少し地味に見える。二人はそれを手に取り、スプーンで口へ運ぶ。


「うん。甘い」

「それ、昨日と同じ感想じゃない? でもこれ、美味しいわね。サッパリした甘さに舌触りが凄く良いわ」


 どうやらエリネアも杏仁豆腐はお気に召したようだ。


「宮廷料理人にも食べさせたいわ。これって、どうやって作るのかわからないの?」

「さあ。僕は材料さえ知らないし。宮廷料理人が食べたらわかるのかな?」

「どうかしら。料理人の知ってる材料が使われてれば……似たようなものは作れると思うけど」


 宮廷料理人ともなれば、ペルメニアで最上位の料理人と言えるだろう。普通の人が知らないような、あらゆる食材も扱った事があるはず。とは言え、その料理人をここへ連れてくるワケにもいかない。エリネアが口頭伝達しても、おそらく同じものは作れない。


「まあ、ここで食べられるんだから良いじゃない」

「でも城で再現してお母様にも食べさせてみたいわ。きっと気に入ると思うの」

「エリネアのお母さんだったら、裕二様の正体知ってるんでしょ? 魔人戦争が終われば、ここへ連れてきても良いかもね」

「そうね。ユージにも紹介しなきゃいけないし」


 エリネアの母、となるとそれは王妃殿下の事となる。ペルメニアで最も権威のある女性だ。


「そうなったら裕二様も緊張しそうだね」

「何で? ユージの方が遥かに上位なのよ。緊張するのはお母様の方じゃない?」

「いや、そう言う意味じゃなくて」

「どう言う意味?」

「大事な恋人の親に会うのは裕二様でも緊張するでしょって事」

「あっ! ……こ、恋人」


 テンの言葉の意味を理解したエリネアは、赤くなりながら頬に手をあてる。そして、嬉しそうに口を開いた。


「そ、そうかしら。ユージ、緊張してくれるかしら」

「裕二様の性格なら間違いなく緊張するよ。それに魔人戦争が終われば、エリネアが裕二様の部屋で一緒に寝てても誰も何も言わないよ」

「そ、そうよね……寝る時はどうしたら良いのかしら。ユージはどんな格好が好きなの? やっぱり清楚な……でも、ユージも若い男の子だから……」


 と、アレコレ考え始めるエリネア。それをテンがニヤニヤしながら見ている。


「ノリノリだね、エリネア」

「はっ! い、いや、そうじゃないけど。お、お母様がそうしなさいって。その……色々と教わって……」

「じゃあ、僕が裕二様に聞いといてあげる。エリネアがどんな下着が好みか聞いてたって」

「絶対やめて!」


 まんまとテンにのせられたエリネアは、ふくれっ面で抗議する。が、それもすぐに収まり、先程の件で気になっていた事をテンに訊ねる。


「でも、マサラート王子の予言てどんなものなの? 占星術とは違うのよね」


 王宮には専属の占星術師がおり、エリネアにとってはそちらが身近なものになる。エリネアがチェスカーバレン学院に行く事になったのも、占星術によってだ。


『星はエリネア・トラヴィスの元に降りる』


 その予言は、エリネアこそがクリシュナードに仕える存在だと解釈された。そして、魔法の技術をはじめ、あらゆる事に対応出来るよう教育を施されている。

 しかし、その解釈によっては違う道筋も示された可能性もある。

 マサラートの予言は断片的ではあっても、それよりもっと具体的だ。


「夢で見るって言ってたから、占星術とは根本的に違うね。アカシックレコードコネクトの可能性もある」

「えっ! それって神々の領域ってウォルターが言ってたわよ。難しいんじゃないの?」

「そうだよ。それを魔法と言う枠に当てはめると理論が必要になる。それを解明するのはまさに神々の領域。でもアカシックレコードコネクトの概念、その裾野には一見関係なさそうな魔法でないものも含まれるんだ」


 夢で見た未来。それはアカシックレコードを読みとっている可能性もある。しかし、その方法論はそこにはない。実際にアカシックレコードを読みとっているのか、その検証は出来ない。


「夢なんて誰でも見るからね。王子もそんな夢ばかりじゃないだろうし。それに、それがアカシックレコードコネクトだとしても、断片的な予言程度では全ての記憶を網羅する、アカシックレコードを自在に読みとったとは言えない。その入り口かも知れない場所に立っただけ。ただ、概念としては、それを含めても良いって事だよ」

「それが裾野と言う意味になるのね」

「まあ、裾野に落ちる石ころ程度かな」


 マサラート王子の場合、魂のみがこちらの世界に来た、と言う特殊な経験を持っている。そう言う影響もあるのかも知れない。


「魔術師の扱う分野じゃないけど、スピリットダイブと言う方法があってね。肉体から魂を離して、霊脈に潜るらしいね。その先にアカシックレコードがある、と考えられてる。まあ、それでも部分的なものだけど」

「夢でそれを行うって事ね」

「そう。王子の場合は無意識にそれをやるんだろうね」


 マサラート王子のように断片的な未来ならともかく、その全てを人の身で受け止めるのはかなり無理がある。アカシックレコードコネクトを使いこなす、それが神々の領域と言われるのはそう言う意味だ。


「でも王子みたく断片的なものなら、何とかなるのかも。実際似たような事をする人は、他にもいるでしょ」

「そうね。勘が鋭い人とかも含めたら……あっ、もしかしたらバチルとかも」

「バチルは超人的に勘が鋭いね。その可能性はあるよ」


 めちゃくちゃやってるのに、全て上手くいってしまうバチル。そこには思考など一切なく、ほとんど勘だけで生きてるようにも思える。その深層には、無自覚なアカシックレコードコネクトがあるのかも知れない。


「そう考えると、割りと簡単そうにも思えるわね。誰でもそれが出来る可能性はありそう。けど、その真髄に迫るのはとてつもなく難しいって事なのかしら」

「そうだね。概念を幅広く捉えればそうなるよ。走るのは誰でも出来る。でも白虎の百倍の速さで走るのは誰にも出来ない。同じ走ると言う行動にも天と地ほどの差がある。それと同じ」


 エリネアにもアカシックレコードコネクトの概念がわかってきたようだ。それは体系化された魔法とは異なるもの。それをどう利用するかで、方法論も変わってくるだろう。バチルがそれをしているのならば、無自覚と無意識の塊のようなものだ。


「そう考えるとバチルって凄いのね」

「裕二様もバチルは天才って認めてる。僕もあれは唯一無二だと思う」

「そのバチルに凄いちびっ子と言わせるテンも、凄いんじゃない?」

「ちびっ子じゃないけどね」


 そんな話をしながら、ひとつの疑問を抱くエリネア。


「ユージは全ての力を取り戻したら、そう言うのも出来るのかしら? 研究はしてたのよね」

「どうかな。そればかりやってたワケじゃないから。それに向き不向きもある。かつてそう言う人が裕二様とは別にいたんじゃないかな。そう考える方が合理的だよ」

「そうなの? 使徒の誰かかしら」

「かもね。エリネアのご先祖様かもよ」


 今となってはそれを知るのは難しいだろう。もしかしたら、裕二が全ての記憶を取り戻せば、それもわかるのかも知れない。しかし、それが必要ない記憶ならば、そうはならないとも考えられる。


「私のご先祖様のエスカー・トラヴィス。どんな人だったのかしら」

「テリーがエリネアと似てるって言ってたよね。僕も僅かながらそんな記憶はある。当時、エスカーは真面目だけど堅物。ウォルターは理論派だけど、それ以外は認めたくない。テリーは喧嘩っ早く勝手気まま。カフィスは何を差し置いても裕二様を優先。パットンはそんなカフィスを叱る。皆それぞれ性格は全然違う。セバスチャンがそれを纏める事が多かったと思うよ」

「それ大変そうよね。セバスチャンは相当苦労したのね」


 エスカー・トラヴィス以外とは会ったこともあるエリネア。なんとなくそこでのドタバタも想像出来てしまう。しかし、そのひとりひとりが今では大魔術師クリシュナードを支えた、歴戦の勇者とも考えられている。間違ってはいないが、イメージとは少し違う部分もあるだろう。


 そこで話は終わり、テンがテーブルを片付ける。


「じゃあ、そろそろ寝ようか。明日は裕二様にどんな下着が好きか、聞かなきゃならないんだよね?」

「絶対やめて!」


 そう言って二人は、仲良くベッドにもぐり込んだ。


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