チェスカーバレン学院入学
学院入学前からテリーが裕二に出会うまでの内容です。
ペルメニア皇国チェスカーバレン公爵領スペンドラ。そこには国内外から多くの貴族の子弟が集まる。その大きな理由は、多くの高名な騎士、魔術師を輩出してきた名門、チェスカーバレン学院の存在だ。
生徒数千五百名のマンモス校。その敷地内にはあらゆる施設が整っており、ひとつの街のようになっている。
毎年行われる入学試験はそれ程難しくはなく、入学自体は比較的容易だろう。だが、そこから這い上がり高成績者が集まるAクラスに入るのは容易ではない。更にそこから武闘大会の選抜メンバーや自警団からのスカウト等、それらに選ばれるのは羨望の的と言えよう。
そんな学院では、今年も新たな入学者の為の試験が行われている。試験は二日間に渡って行われ、初日に筆記試験。二日目に実技が行われる。筆記試験の結果は二日目の朝、校舎前の掲示版に貼り出されるが、どちらかと言えば重要なのは実技だ。筆記試験の結果が悪くても実技で挽回できればランクの高いクラスに入る事も可能だろう。
「テリーあそこだ。人が集まってるな」
「この程度の試験などどうせ合格だ。見るまでもない」
「だろうけど一応見ようぜ」
「はあ、わかったよ……けどダドリー。先に上級生の威厳であの人の群れを何とかしてくれ」
そう話しながら筆記試験の結果が貼り出されている掲示版に向かう二人の大人びた少年。ひとりは整った顔立ちだがやや軽薄な笑顔を絶やさないダドリー・ジェントラー。もうひとりは王子様的な雰囲気に剣呑さを併せ持つテリオス・ジェントラー。
二人はペルメニアの使徒の家系と言われる超名門貴族、ジェントラー侯爵家の子弟だ。
兄のダドリーは既に学院生なので弟であるテリオスの案内、そして付き添いを買って出た。
弟のテリオスはテリーと呼ばれており、ジェントラー家では実子ではなく養子なのだが、ダドリーとも仲が良く家族からも信頼されている。ただこの二人の場合、テリーの方が態度がデカいので初めて見る人はテリーを兄だと思うだろう。
「見ろテリー! やっぱり一位だな」
「だから言ってるだろ。確認は済んだから行くぞ」
テリーとダドリーは掲示版の前に群がる人垣の後方から何とか結果を見届ける事が出来た。そして、二人の確認した筆記試験の順位はこうなっていた。
一位、テリオス・ジェントラー
二位、エリネア・トラヴィス
三位、バイツ・エストローグ……
「テリー。二位はやっぱり姫だったな」
「だろうな」
テリーはつまらなそうにそう答える。彼にとって大事なのは順位じゃない。もっと他の事だ。
「はあ、もう少し興味持てよ」
「俺は勉強しにきた訳じゃない」
「そりゃそうだけど……しかし、あの御方は本当にここへくるのか?」
「出現場所が特定出来ない以上、網は広く張るべきだろ。占星術による方位ではこの辺りを指し示している。ここなら貴族が集まるから情報も得やすい。ジェントラー家の情報網もある。もしもの場合は強引に行く。いいな」
「任せろ! 父上も今か今かと活気づいているからな。何としても……」
そんな話しをしながら二人は掲示版から遠ざかる。だが、それを遠くから見つめる者が存在する。
「あれがテリオス・ジェントラー……」
「私も彼の噂はかねがね……ですが姫様は二位なのですから、お気を落とされる事のなきよう」
「わかってるわ……でも」
取り巻きの女官に囲まれながら周囲の注目を一身に集める少女。その青い瞳に白に近い金髪が美しく輝く。
彼女はペルメニア皇国第一王女、エリネア・トラヴィス。その美しさからどこへ行っても注目を集めてしまい、彼女と同学年を過ごせる事に喜ぶ者も数しれず、女性でさえ魅了されてしまう。
しかし、筆記試験で二位の成績を納め、実力もある程度知られているエリネアならAクラスは確実なのだが、それで満足とはいかないようだ。
――クリシュナード様。どうか私に力を……
そして、それとは別にもうひとりテリーの後ろ姿にうっとりする少女がいる。その隣には学院の制服を着た付き添いらしき少年がいる。おそらく兄妹なのだろう。
「素敵。あのエリネア様より上位であの美しいお顔。テリオス……ジェントラーと言う事は使徒の……あああぁ!」
「うるさいぞシェリル! さっさと実技の準備をしろ!」
その少女は怒鳴る少年を全く気にする事もなく、嬉しそうにテリーの事を尋ねた。
「ねえお兄様。ジェントラーってあのジェントラー家よね?」
「ダドリーがいるから間違いない。だが、それがどうした。さっきまでエリネア様に負けたと落ち込んでた癖に。何なんだお前は?」
兄の方がグロッグ・グラスコード。そして、妹の方がシェリル・グラスコード。この二人は使徒の家系には及ばないが、国内有数と言われるグラスコード侯爵家の者だ。兄妹共に美男美女ではあるが、近寄りがたい雰囲気、他人を軽く見下してくれそうなオーラを放っている。だが今のシェリルの表情だけは、かなりだらしない事になっている。
「良いわあ、あの人良いわあ」
「気持ち悪い!」
そう切り捨てるグロッグの目は、王女殿下に釘付けになっていた。
◇
「では次、エリネア・トラヴィス」
「はい」
筆記試験については魔法科、騎士科合同だが、魔法科の実技試験は学院の魔法科専用グランドで行われる。その内容は、魔法で用意された的への攻撃。それと教師や中央等から派遣された魔術師との簡単な攻防を見られる。
エリネアは余裕で的を破壊。その威力はそれまでの者を軽く凌駕しており、対魔術師戦も無難にこなす。
「さすがエリネア様よねえ」
「やっぱりトラヴィス家の血なのかしら。凄いわ」
周りからはそんな声が漏れ聞こえる。だが、それを見て気分が良くないのはシェリルだ。入学試験前はチヤホヤされ魔法の天才とまで言われて育ち、それなりの自信もあった。しかし、エリネアは意図せずシェリルとの実力差を見せつけ、その自信とプライドを軽くぶち壊した。
シェリルにとって格上の相手なので嫌味を言う事さえ許されないが、その鬱憤は少しづつ時間を掛けて溜まっていく事になる。しかし、そんなシェリルにもひとつだけ晴ればれとさせる気持ちになる部分がある。それは先程見つけた彼の存在だ。
「次、テリオス・ジェントラー」
その途端、周りの女子が色めき立つ。テリーに注目しているのはシェリルだけではない。テリーの容姿、家柄、そして魔法の実力。そこに魅力を感じる女性は決して少なくないだろう。
――ふんっ! なによ。私が最初に見つけたのよ。誰にも渡さないわ。ああぁテリオス……いや、テリー、テリーよね。本当に素敵。私のテリー。
と、シェリルがそんな気持ち悪い考えに耽っていると、試験会場に爆音が響き渡る。
「なっ! 何よあれは」
思わず声を上げてしまったエリネア。その視線の先には、テリーの前方にあったはずの的が完全に消え去り、更に大きく抉れた地面が見えている。それは凄まじい勢いの火魔法。その後の爆発によるものだ。それを見せつけたテリーは、特に難しい事をしたと言う雰囲気ではない。周りがその威力に驚くなか、エリネアはテリーのその態度に苛立ちさえ覚える。だが、それはテリーに責任がある事ではなくエリネア自身の問題だ
「さっさと終わらせよう。次は魔術師戦だろ」
テリーのその言葉に担当の魔術師が冷や汗をかきながら後ずさる。彼は魔法を受けて採点しなければならない立場なのだが、あんな魔法を受けれるのか。しかもテリーはそんな事は造作もないと言った態度だ。今以上の魔法を使う可能性も否定出来ず、最早採点どころではない。だが、その担当魔術師の肩を軽く叩く者がいた。
「リシュテイン学院長!」
「ホッホッ、どれ。ワシが相手をしよう。お主は下がっておれ」
そこにいたのは黒いマント姿で現れた長く伸びた白髪の老人。チェスカーバレン学院の最高責任者、リシュテイン・チェスカーバレン学院長だ。テリーはその登場に鋭い目を向け僅かに口角を持ち上げる。
「ほう。大ボスの登場か。多少は本気を出しても良いって事だな」
「そうじゃな。誰かワシの杖を」
予定にはない学院長の登場に周りの者は驚き、それをさせたテリオス・ジェントラーに更なる注目が集まった。
エリネア、シェリルも複雑な思いでそれを見つめる。
「では。かかってきなさい」
試験としてここで見られるのは単純な攻防。魔法を放ち魔術師が受ける。魔術師の軽い攻撃をどう防ぐか。本来はどちらも初歩的な魔法が使われるのだが……
「サークルオブサンダー」
テリーの放つ言葉でリシュテインの上空にバチバチと光る円が作られた。そして、そこからいくつもの雷がリシュテインに向かって走る。広範囲の攻撃魔法だ。間違いなく新入生の使う魔法ではない。
「ほう……」
リシュテインは直後に杖を掲げる。するとテリーの放った雷は凄まじい音を立てながら全てその杖に吸い込まれていった。
「ロックシューター」
リシュテインはそう唱えながら杖を地面に打ち付ける。すると、地面に落ちている大量の石がテリーに向かって飛んで行く。だが、テリーは慌てるどころか呆れたような表情で魔法を行使する。
「ゴーストウォール」
「ほうっ!」
テリーがそう唱えるとリシュテインの放った大量の石は、テリーに到達する前に全て地面に落ちる。
「ホッホッ、こりゃ参ったわい。言うだけの事はあるのう」
「終わりかい、爺さん。こんなのは小手調べにもならないだろう。やり足りないんじゃないのか」
「これ以上必要なかろう。こんな場所でお主に本気を出されたらかなわん。合格じゃ」
そう言ってリシュテインはテリーに背を向け満足気に立ち去る。
――あれがジェントラー家の……面白そうじゃのう。
テリーもその場から離れダドリーの元へ向かう。その様子に周りはかなり注目している。憧れの感情を抱く者、学院長へのあのふてぶてしい態度に憤る者、絶対近づきたくないと思う者と様々だ。
その中で絶望的な表情の者がいる。それはエリネアだ。
「凄い……あれでは私は……」
「ひ、姫様、大丈夫です。姫様も努力すればあの者を超えられます。その為にチェスカーバレンへ来られたのでしょう?」
「……そうね。最初からくじけていてはあの御方の隣には立つ事なんて……」
それでもエリネアはテリーに次ぐ、と言っても差し支えない高成績だ。その実力も周りに知らしめた。しかし、エリネアはテリーの実力を見て少し自信を失っていた。これが今後、良い影響になるのか、それとも悪い影響になるのかはエリネア次第なのだろう。
そのエリネアの表情を見て僅かにほくそ笑むシェリル。そして、その笑みの根底には少しばかりの妄想も含まれていた。
「ふふ、やっぱりテリーならやると思ったわ。私の仇をとってくれたのね。ああテリー、嬉しいわあ。私の為にあそこまで頑張るなんて……」
実技でもエリネアに及ばなかったシェリル。そのシェリルは既にエリネアを仮想敵とも捉えていた。もちろんその感情を表に出す事はない。しかし、そのエリネアを思い切り凌駕したテリー。そして、その時のエリネアの様子を見てシェリルのテリーへの想いは妄想を交えながらどんどん膨れ上がる。
「良いわあ、奪われたい! 強引にぃ」
「……わかったから帰るぞ」
「ちょ、ちょっとお兄様! 引っ張らないでよ」
そして、シェリルはグロッグに引っ張られ無理矢理連れて行かれた。
◇
試験が終わって合格者が決まると入学時にクラスが発表される。総合順位で首位のテリー、二位のエリネア、五位のシェリルは揃って魔法科一年Aクラスとなった。しかし、テリーは最初こそ真面目に授業に出てたものの、次第に出席日数も減っていく。だがそれは、元々勉強する為に学院に来た訳ではないので、テリーにとっては当然の事とも言えた。
テリーはある目的の為に各地の事件の情報を集め、そこにどんな人物が関わっているのか調べていた。そのヒントになるのは名前。それだけだ。
そうしながら時は過ぎて行く。
そんなある日。一年の男子寮にえらい勢いで飛び込むダドリーの姿があった。その行く先はもちろんテリーの部屋だ。
部屋の前に到着すると、ダドリーはノックもせずにドアを開ける。そこにはベッドに寝転がるテリーが顔をしかめている。
「おい! テリー!」
「騒々しいぞ。なんだ」
「編入生だ」
「なにっ!」
テリーは跳ね上がるように飛び起き、ダドリーの肩を掴んで揺らす。その勢いはさっきまでのダドリーよりも数段上の鬼気迫る、と言った感じでもある。
「名前! 名前だ」
「ちょ、ちょっと落ち着けテリー」
「さっさと言え!」
「編入生の名は……」
ほんの僅かな静寂。テリーは息を飲んでダドリーの言葉を待つ。
「ユージ・グラスコード」
「!!」
途端にテリーは走り出す。そして、ドアを蹴破り外に行ってしまった。
「おい! だから落ち着けっての。今は寮の部屋だから会えないぞ。明日にしろ」
◇
テリーは翌朝教室へと向かう。既に授業は始まっているので休憩時間を狙った方が良いだろう。
待ちわびた人物がこの先にいる。だが、それについては絶対他の人間に気づかれてはならない。いつも余裕な表情のテリーだが、この時ばかりは落ち着かずにソワソワしていた。テリーはこの時の為に長い準備を積み重ねてきたのだ。もうすぐそれが終わる。いや、終わりではなくそれが始まりになる。
――何やってんだ俺は……
廊下を歩きながら少しづつ平静を取り戻す。やがて教室が近づくと何だか騒がしい。どうやらシェリルとか言う女の声のようだ。やたら話しかけてくるので嫌でも覚えてしまう。
――また何かやらかして……まさか! あのバカ女。
テリーの予想が正しければ、そのバカ女はとんでもない事をしているはず。だが、それも含めて悟られてはならない。テリーは教室の前に到着し、気を落ち着けてからドアを開ける。
――いた!
教室内を見渡すとすぐに目に飛び込んできた黒目、黒髪の少年。テリーは歩きながらが目を凝らす。
――やはりハッキリとは見えんか。だが、いる。七体だ。間違いない。彼が……
そしていよいよ、テリーはその少年の前まで来た。
「お前が編入生か?」
「ああ、そうだ」
――雰囲気がおかしいな。チッ、やはりこのバカ女のせいか。
そう思っているテリーの内心など露程も知らないシェリルは、甘えた雰囲気でテリーの腕を掴んだ。
「テリー、こんな奴と話さない方が良いわ。さっきもマーロが何もしてないのに転ばせたのよ」
「マーロ……誰だそいつ?」
本当は他の人間など構いたくないのだが、ここはいちクラスメイトとして接しなければならない。テリーは歯がゆさを抑え込み状況把握に努めた。
よくよく聞いて見るとマーロと言う少年が彼に転ばされたとか何とか、どうでも良い事だが、シェリルが中心となってユージを責め立てているので彼は周りに強く警戒している。こんな下らない問題はさっさと片付けなければならない。
「あと一度だけ聞いてやる。言ってる意味はわかるよな。お前は本当に編入生に転ばされたのか」
「……ご、ごめんなさい。本当は自分で転びました」
「だよな。じゃコイツに謝れよ」
「す、すいませんでした」
「ああ、気にしてないからいいよ」
テリーが仲裁し何とか事態は治まった。ユージもそれ程後を引く事なく納得してくれているようだ。
――これで何とかなったか。
「じゃあ、もう行っていいぞ」
マーロが足早に去ったその直後。シェリルがテリーに話しかけてきた。元々印象の悪い女だったが口を開く度にその印象の悪さは更に深まって行く。先程までの態度を考えればシェリルも謝罪すべきなのだが――
「ちょっとテリー。もうそんな話し良いじゃない。今日お昼一緒にたべましょうよ」
そんなシェリルを無視してテリーは編入生のユージ・グラスコードに話しかけようとする。だが、テリーはそこでひとつ気づいた事があった。
――待てよ……ユージ・グラスコード。確かこの女はシェリル…………グラスコード! まさかグラスコード家なのか? 厄介な……
だが今、それを考えても仕方のない事。それはとりあえず置いといて、やっと彼とまともに話しが出来そうだ。しかし、それも慎重に周りにおかしく思われないように細心の注意を払わなければならない。テリーは普段の態度を押し通す。
「お前なかなかいい根性してるな」
「ああ、それがどうした」
事態は治まっていたがユージの態度には思い切りテリーに対しての警戒が現れている。おそらくこれはシェリルのせいなのだろう。しかし、厄介な問題ではあるが、テリーはそれとは違う事を思い起こしていた。
――ふふっ、まるで初めてお前に会った時の俺だな。ユージ……ユージか。
そしてテリーは警戒を解くためではなく笑顔を浮かべ言葉を続けた。それはかつての友人に再開したようなごく自然なもの。ユージはそれに気づいていないのだろう。だが、彼の心を変化させるのに充分と言える効果はあった。
「怒るなよ。俺はテリオス・ジェントラー。お前は」
「ユージだ」
「ユージか。凄い火魔法を使うそうだな。お前みたいのがいたら授業も少しは楽しそうだ。今度見せてもらうぞ」
そう言ってテリーはユージに手を差し出す。ユージもテリーが敵対するつもりのない事を理解したようで、戸惑いながら手を差し出し握手に応じる。何とかテリーへの警戒は解いてくれたようだ。
「よろしくな、ユージ」
「こちらこそ、えーテリオス君、で良いのか?」
「俺がユージって呼んでるんだから、お前もテリーって呼べよ」
「わかった。テリー、よろしくな」
こうして、テリーとユージはチェスカーバレン学院で出会う事となった。そして、学院生活の中で様々な問題に直面する事になる。テリーもユージもまだそれについては何も知らない。
だが、テリーは決意している。この場所にくる遥か前から自分の役割を果たす為に。
――ユージ。お前は必ず俺が守る。あの時のように……