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トテラリア/After approaches  作者: 黴雨草
第1章「そうして彼は動き出す」
4/4

3話 彼女の思うこと

時間がないって恐ろしい...

ヒロインの設定と機体のお披露目

整備回がもうちょっと続いて、主人公の亡命に触れたら、戦闘に入ります。

多分6話には戦ってる...はず.....。(もっとしっかり流れを考えておけばよかった

くそったれなミーティングを終えた次の朝。


ユエは予定よりも幾ばくか早く起床した。この部屋に窓がないので外の様子は分からないが、まだ空も深い藍色に身を染めている頃だろう、とユエは急速に立ち上がる思考で体内時計から推測する。


ユエの寝起きは良い方だ。寝呆ける事など一切なく、起きた直後から通常通りの活動ができるほどに。

これは今までユエが過ごしてきた環境がそうでなければ生き残れない環境だったことに起因するのだが、それは今はどうでもいいことだろう。


今まで、ユエはこの呪いのような習慣を忌々しく思ったことはあれど感謝したことはなかった。

何故ならこの習慣は自分が数秒のタイムラグで生死が別れるような生活をしてきたことを否が応でも見せつけてくるものであったし。

何より寝呆けずに起きることが日常すぎて、感謝に念は湧かなかったのだ。


逆に、たまには寝坊でもして誰かに揺すり起こされ苦笑されてみたいなぁ、なんて密かに寝呆けることに憧れを持つほどだった。

だが今は違う。寝起き良く、かつ早起きで良かったと思う。


だってこうして物咲君の寝顔を見られるのだから。


とユエは身体を横にしたまま、視線を物咲の方向へと向けながら思った。


物咲はすやすやと無邪気な子供のような寝顔を浮かべていた。周りに怖いものなどないと言うように、周囲を信用しきっている顔だった。

物咲の油断しきった姿はユエには堪らなく嬉しかった。


ユエは目を細め、ゆっくりと瞬きをする。普段は難しい顔をしていることが多い物咲君だけど、こう見ると大きい子供だなぁ、とユエは自分の役得を噛み締めた。


手は昨夜繋いでからまだ離されてはいない。物咲は寝ているはずなのに、それでもしっかりと離すまいという意思を感じされるほど、手は握られていた。


ユエは繋がったままの手を見て頰を綻ばせた。

きっと私が心細くならないように、悪夢に魘されないように、握りっぱなしにしててくれたんだね、と物咲の意図を読み取り、ユエは心の底から湧き立つ愛おしさに悶えた。


嬉しい。愛おしい。

そう思える人がいることが。そう思ってくれる人ががいることが。

堪らなく喜ばしい。

この手を離したくない。失いたくない。もしそんなことがあったならば、私は、私は!





と妄執にも似た感情をユエが抱き始めた時。


ユエは上のベットからヴァフェに覗き込まれていることに気づいた。


ユエはすぐにヴァフェから目を逸らし、見開いていた目をキュッと閉じて、顔を赤らめた。

ヴァフェの機人特有の淡く色付き透き通った目に見られていると、自分の考えが見透かされているようで恥ずかしかったのだ。


無言の空間が続く。チクタクと針の動く音が聞こえてきそうなほど静かな状態で、時間がゆるりと過ぎていった。


ユエが目を逸らした後も、さてしも興味なさげな目をして、けれど変わらずヴァフェはこちらを見つめ続けていた。

気まずい!恥ずかしい!けど、何か行動しないと埒があかない!とユエは決心した。


離してもまた掴もうとしてくる物咲の手を名残惜しくも強引に外し、上半身を起こしてから、軽く咳をして調子を整える。

いまいち調子は戻らず顔は赤らんだままだったが、この気まずさ気恥ずかしさが続いてはこれ以上どうしようもないだろうと断じて、ユエはそのままヴァフェに声をかけた。


「起こしぃ...ちゃいましたか、ヴァフェさん?」


「ううん。元からスタンバイモードで待機してただけだから、問題ない」


「そ、そうですか。あのぉ見てました、結構長い間..?」


「体感にして30分、実時間にして10分近く見てた」


あちゃー、とユエは顔を抑えて、自分を責める。なんで気づかなかったんだ、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか、とベットの上でバタ足するかのごとく足を上下させた。


「いつもそんな感じだから恥ずかしがらなくても」


「自分で言うのもなんですけど、いつもはもっと奥ゆかしいですよ!年がら年中こんなうっとりしてないです、自重してますぅ!」


「え、あれで...。基地の中で桃色の雰囲気を漂わせておいて?」


「そ、そ、そそそんなんですか、私!?」


「......らしくなったね、小麦ちゃん。わたしが小麦ちゃんに最初会った時は、もっと尖ってたけど」


突然ヴァフェの口調が変わる。

普段から平坦で上下の少ない、感情の薄い声ではあるが、確かにその声には子を思いやる親のような感情が詰まっていた。


「えっ」とユエは意表を突かれて、思わず疑問の声を上げた。

手で覆っていた顔を上げユエがヴァフェの顔を見ると、ヴァフェは相変わらずの仏頂面をほんの少しだけ溶かして、ユエに微笑みかけていた。


「どうしたんですか、いきなり。失礼ですけど、そんな表情の付いたヴァフェさんの顔初めて見ますよ?」


「わたし自身も珍しいと思う。でも、自分が引っ張り出した子が立派に『人』している所を見るのは、誰だって嬉しいと思うよ」


ヴァフェはユエにとって恩人だ。何故ならヴァフェがユエをafter approachies 部隊にスカウトして、裏社会から引っ張り上げてくれたからだ。

きっとヴァフェが部隊に誘ってくれなければ、ユエは今でも権力の陰で何十何百何千という人を裏切り騙し殺していただろう。生きるためだから仕方ないと、心を押し殺したままだっただろう。


だから、そこから引っ張り上げてくれて人として生きられるようにしてくれたことに、感謝してもしきれないくらいの恩義がヴァフェにあった。


ヴァフェがいつの頃のユエの話をしているか、ユエは瞬時に理解した。

そして先ほどまでとは違う、居所が悪いような顔をして、ユエは眉を顰めた。

その話はなるべくして欲しくなかったのだ。できれば金輪際、何時まで気にしないでいられるように、話題に出して欲しくなかった。


「ヴァフェさん、その話はあんまり...」


何故なら、感謝している人に昔の傷を掘り返されるのは心苦しく、刺さるものがあったからーー


「物咲はまだしばらく起きないから安心していい。バイタルは体内ナノマシンを通して監視してるから。小麦ちゃんが恐れてるのはそれでしょ?話を掘り返されるのも辛いけど、一番怖いのは物咲に知られること。違う?」


ユエはヴァフェに指摘され思わず息を飲んだ。ユエはヴァフェに諭され、最も恐れていたことを初めて自覚した。


図星だった。


そうユエが最も恐れていることは、物咲に伝えていない過去の話が伝わることだ。

もしも、物咲が伝えていないユエの過去に興味を持って、もし物咲がそれを知ってしまってユエを軽蔑するようになったのなら。

それは無意識でその可能性を考えないほど恐ろしいことだった。


流石、ユエの身元保証人のヴァフェである。過去の自分を知っているだけのことはあるんだな、やっぱり誤魔化せないな、とユエは胸に溜め込んだ息ははぁっと吐き出した。


「大丈夫、物咲はしばらく起きないことは保証するから。ほら、こうして話せる機会そんなにないから。話せる時に話しちゃうよ」


「そこまで言うならいいですけど...」


「じゃあする。昔の事は置いといて。記憶の変換は上手くいってる?混濁とか意図しない欠落とかは発生してない?」


「んー順調ですよ。今のところ問題は発生してないです。最も嫌な記憶だけ欠落できてますし、他の記憶も映画を見たみたいになって、自分の記憶じゃないみたいです」


ヴァフェは以前上のベットから若干心配そうな仏頂面でユエを見下ろして、首をかしげた。

ユエは手を振って問題がないことを主張した。


ユエは部隊に入る際、記憶を加工している。

忘れたほど辛い記憶は文字通り忘れさせ、そうでない記憶も自分の記憶という実感を無くすように加工されていた。ユエ自身が言った『映画のようで、自分の記憶でないみたい』というのが最も適切だろう。


心を歪めくすめる記憶を保持し続けていては普通の生活は送れないだろう、というヴァフェの判断からだった。

現にユエは表現は豊かになり一般的な少女らしく振舞えているので、それをしたことは正解だった。


「ならいい。じゃあ次悪夢に魘されることは減った?」


「ええ、まぁ、多少は。でも昔を思い出すことがあると魘されることがあるかもです。前よりは相当マシになりましたよ」


「そう、やっぱり記憶を加工してもどうにもならないところはあるか、やっかいだね...。まぁいいや今度までに対応策を練るとする。っとここまでみたい、ユーリが起きたらしい」


ヴァフェがユエから視線を外し右へ向けた。それと同時にユエ見て斜め上のベットが軋み、布団の擦れる音が周囲に木霊する。

んー、とまだ寝足りないような声が続くと、ユーリがむくりと起き上がり、深呼吸にも似た長い欠伸をした。

数秒経たずして本調子に入ったユーリは、起きているヴァフェとユエを見つけると、申し訳なさげな顔をした。


「ああ、かーるずとーく中、だったりした、かな?タイミング悪く、起きちゃった、みたいだね。喋り足りない、なら、部屋の外に、出とくけど?」


「そこまでしなくていいですよ。もうすぐ終わりそうな所でしたし問題ないです!ね、ヴァフェさん?」


まだ話したいことはあった、と不満げな顔をするヴァフェに、話を合わせてとユエはアイコンタクトを取る。

気ままなヴァフェにも気遣いという概念があったらしく、また起床という不可抗力に責任を求めるほど大人気なくなかったようで、ヴァフェは冷たい無表情で「うん、問題ない」と一瞥した。



朝日が地面を跳ねる。次第に陽は昇りきり、周囲が光にまみれていく。

枝葉のざわめきが心地よく、小鳥の声も頻繁に耳に触れるようになった。


普段は扇情的なまでに身体に張り付くぴっちりとした、合成繊維と化学ゴム製のパイロットスーツの中に、少しばかり肌寒いけれど新鮮味溢れる風が吹き込む。

リラックスのために緩められたパイロットスーツと女性らしく適度な丸みを帯びた麗しい肉体のわずかな隙間を風は舐めていき、ユエの火照った身体を心地よく冷却していった。


ユエは上気した頰に手を当てるとそのまま頬杖をつくように前者して、うっとりとした熱っぽいため息をついた。それは何処か呆れの心を秘めていた。


ああ、日常的な音、平和に近い音だぁ。これが....これが...こんな場所じゃなきゃもっと心も安らぐのに.....あーもうっ。


とユエは小さく憂さ晴らしの唸り声を後ろに倒れこんだ。


バタンとユエの身体がそのまま床につくことはない。その前に斜めの位置でジェルクッションに支えられたからだ。


椅子だ、と見たものなら誰でもわかる形状。

シート部分の材質は木材や金属ではなくゴムやジェルなどの軟素材で形成されている。シートの背後からは金属製の弧型の操縦棍が前まで伸びており、足回りはもちろん首や頭付近もやけにゴテゴテとした装備で固められていた。蛸足配線顔負けの量の配線が整然かつ複雑に、椅子から放射状に伸びている。

SFチックなレーシングカーのパイロットシートと表現できる異質な椅子。それはユエの機体『万刀』のコックピット座席だった。


本来コックピット部分は安全面から機体の中央に配置される物だ。それが風が当たるような位置に露出しているのは非常に珍しいことだった。

そうなる場面は限られる。リンカーが自力でコックピットから出られなくなった時か、もう一つはーー


「万刀の嬢ちゃん。リラックスすんのは構わんが、機体の調整が済んでからにして貰わんと、俺たちが休めねぇんだ。早いとこ頼むぞ」


「あ、すみません、親方さん。えっと次はーーっ」


ーートテラリアの大規模整備の時ぐらいだ。





ユエたちafter approachies 部隊一行は、トテラリアの最終調整兼慣らし運転をするため〈ステイツ〉大規模整備軍港内にあるトテラリア用の演習場に来ていた。


流石は"大規模整備"軍港と呼ばれるだけのことはあり、そこには15km四方の真っさらなグラウンドと野外整備施設が広がっていた。約時速250kmで駆け回る鉄の化け物にもそれは十分な広さだった。


草原にも見えなくはない。背が高い植物はないが、目につくだけの草木はあった。もちろん鉄の化け物が駆ける草原にも住むような酔狂な鳥もいるようで、見方を変えれば放牧的な風景と言えたかもしれない。

爆風と轟音。砲撃によって立ち昇る土煙がなければの話であるが。


「次はエアポンプ周りをお願いします。位置的に言えば左後方、第2エアポンプですかね。出力が出てなくて機体が若干そちらの方向に沈み込んでる気がします」


ユエは親方と呼ばれる整備主任に声を掛けられ、慣らし運転時に感じた違和感とコックピット画面に表示されるエラーを見比べて、次整備する場所を指示した。


余談ではあるが、トテラリアはほぼ全ての機体が履帯やエンジンにエアクッションや電磁浮遊を組み合わせて移動する。ユエが言っているエアポンプも機体を支えるエアクッションに関連するものだ。

なぜそんな面倒な移動方式を取るのかというと、単にそうしなければまともに移動できないからだ。


トテラリアは質量が10万トンを優に越すほどの巨大兵器だ。

エアクッションや電磁浮遊などを利用して広範囲で自重を支えなければ、機体自体が地面に沈み込むことも容易にあり得るし、駆動系への負荷も凄まじく自重だけでひしゃげる可能性すらある。接地部分の摩擦も高くなり高速機動も難しくなる。

そう言った理由でトテラリアは特殊な移動法をせざる終えなかった。


話を戻して。ユエは整備を始める親方とその弟子を横目で見やると、座席に身体を戻して画面を操作しだした。


画面は目眩く入れ替わり、最終的にはユエの機体『万刀』の全体像を映し出す形で停止した。そこにはユエの手による簡単な調整でも治る微細なソフトウェア的エラーが記載されていた。

ユエはスーツを締め直しやる気を入れると、少しでも早くこの長ったらしい整備とお別れを告げるべく、座席後ろから伸びていた操縦棍をキーボードに組み替えて、エラーの修正に当たっていった。


「相変わらず歪な機体だなぁ」


猛烈なスピードで複数のエラーを修正しながら、ユエはぼんやりと独り言を言うように漏らした。


ユエの機体である『万刀』は、三角形型のスロープに似ている。三角形型の滑り台とも言え、角を前方に向けて手前から奥に掛けて上がっていく形だ。横幅30メートル、奥行き30メートル、高さ18メートルの楔型の駆逐戦車といったほうが分かりやすいかもしれない。


確かに特殊な形である。それまでの旧時代兵器には見られない形状をしているが、けれどその形がトテラリアと言う兵器の中で異質かと聞かれればそうでもなかった。

前方集中型に分類されるその形は、旋回させるのに適さない大口径砲を搭載するトテラリアにとって基本形の1つされるほど認知されたものだ。


ユエがいびつだと言った原因は『万刀』が搭載しているその武装にあった。常識から外れた数多の砲が機体前面からハリネズミが如く伸びていたからだ。


実弾式プラズマ式合わせて、準大口径砲が中央に2基6門、中口径砲が16基32門、小口径砲112門。計150門と言う圧倒的な数の砲。

『万刀』の由来にもなったそれらは他のトテラリアから一線を画す弾幕性能を発揮する武装だった。


通常のトテラリアはここまで砲を積んでいない。精々30門と言ったところだろう。砲門が多すぎると、システムアシストがあったとしてもリンカー側が処理できず、射撃精度が著しく落ちるからだ。


だが、ユエには150門を全て扱えるだけの才能があった。全砲門の再装填時間を管理し、発射時の爆風が他の砲弾に影響しないように計算しながら射撃するだけの類稀な能力がユエは持っていた。


つまりこの幾つもの砲門を身体に刺す機体はユエだけが扱える、ユエだけの特化機体だった。


「他の人に操縦されることを考慮されていなければいびつな形になるのは当たり前かぁ。ユーリさんのも物咲君のもユニークな形してるしね。でもどうせならもうちょっと可愛い機体がよかったなぁー」


ユエはエラーの修正を一旦止め、コックピットから首を伸ばす。コックピットは整備のために機体上部から露出しており、ちょうどユエからは機体前面につく幾つもの砲が視界に入った。

センサーの微調整のためか砲は各自で微妙に動いており、側から見ると触手がうねっているようにも見える。ユエは「げぇ...」とその様子を白い目で見て、引いた。



次回に投稿は6月17日金曜日21時を予定しています

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