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トテラリア/After approaches  作者: 黴雨草
第1章「そうして彼は動き出す」
3/4

元母国の今

この物語は章ごとに登場人物をクローズアップしていきます

記念すべき第1章は主人公とヒロインです((

まさかまたこの国の土を踏むことができるなんて人生ってわからないものだな、と物咲は旧ヒューストンに位置する〈ステイツ〉大規模整備軍港に降り立ちながら感慨に耽った。


物咲は一ヶ月前この国〈ステイツ〉から、日本と東南アジアとインドを拠点とする『共存主義派』の国〈パシフィックグループ〉へと亡命をした。

戦場で後天性の半機人になり『人間至上主義派』の国では生きられなくなったからだ。


〈ステイツ〉の軍の追撃を振り切って、相当無理な形で亡命をしたのだから、もう二度と〈ステイツ〉には戻ってこれないはずだった。

今までの人生の中で培った人間関係を全て千切り捨てて、自分の意思に従った罪悪感も少なからずあった。


だからだろうか。〈ステイツ〉に思い入れや思い残すところがあった物咲としては、戻ってこれたことが嬉しくもあり、同時に苦しくもあった。


ほっと、胸の中に溜め込んだ何かを吐き出すように短く息を吐く。息は外気に晒されると白くなった。


北半球に位置する旧ヒューストンは現在冬真っ盛りだった。現時刻が朝ということもあるだろう。

太陽が水平線から顔を出して間もないので、空気はそれなりに冷えていた。

雪が降るほどではないし、日本の冬に比べれば幾ばくか暖かいように思う。それくらいの気温だった。


昼になればよそ行きの軍服だけでも肌寒くないんだけど、と今更ながらに肌寒さを自覚した物咲は肩を摩った。


軍人としては些か情けない格好をして軍港に立ち尽くす物咲に声がかかる。

顔を向ければ、同年代くらいの若い男性軍人が帽子を取り、礼をしていた。

案内役だろうか、と物咲は見当をつける。

物咲は現在絶賛戦争中の〈ステイツ〉の増援として来たのだが、それでも部外者は部外者。紛いなりにも軍港である場所を自由に歩けるとは思っていなかった。


「ようこそ、旧ヒューストン大規模整備軍港へ。増援感謝します。after approachies 部隊所属ソウ・リネエイジさん...でいいんでしょうか?」


ソウ・リネエイジとは物咲の偽名だった。多少なりとも〈ステイツ〉の軍から追われていた身。本名を出して再度追われる目にあうのは勘弁だった。


「はい、合ってますよ。にしても〈ステイツ〉でも会釈ってするんですね。握手かと思っていました」


「何気ないことに気がつきますね。本来は違いますけど、アジア系の方だと聞いていたのでそちらにしました。少しでも不評は買いたくないですから」


案内役の男性軍人はにこやかに笑った。少し気になっただけだったので、物咲もその説明に納得して頷いた。


「作戦内容を説明する宿舎に案内します。同じ部隊の方はもうすでに移動されていますよ」


案内役と共に物咲は近くに止めてあったジープに乗り込み、宿舎に向けて移動を開始する。

エンジンが蒸され、野ざらしにされた身体に外気がぶつかり始める。

案内役の男性軍人はジープの運転に慣れているのか、人がごった返し、車両が入り乱れる軍港をスイスイと進んでいった。


「何かを珍しいものでもありました?そんなに外見てても面白くないと思いますよ」


物咲が軍港を行く人々をぼんやりと眺めていると、案内役の男性軍人が運転しながら聞いてきた。


「ああ、この軍港には『人間』しかいないんだなって....」


物咲は何気なく思った通りのことを口にしたが、行った後すぐにその発言が失言だと気付いた。

ここは『人間至上主義派』の国という自覚が足りなかった、と遅れながらに後悔した。


少なくとも怪訝な顔を、最悪態度が急変するかもしれない、と物咲は身構えた。

だが案内役の男性軍人は物咲の予想とは大きく違い、何か面白いものを見つけたように笑うのだった。


「なるほど、流石共存主義派から来た方ですね。そんなこと考えもしませんでしたよ。確かにうちには人間しか居ませんね。そういう国ですし」


「失言でした。すいません」


「大丈夫です。少なくとも俺は気にしてませんから。確かに共存主義派の国から来た人にはこの国は寂しく見えるかもしれませんね」


人間至上主義派の人間にしては機人に許容的な発言だと物咲は首を傾げた。


「大っぴらには言えませんけど、俺個人としては機人は人間の敵じゃないんじゃないかなって思うんです。人間至上主義派の人間にしては変だって思いますか?」


「ええ、聞いてたよりは機人に許容的だな、と」


「よく言われますよ。でも実際、機人だ殺せ!って本気で思っている人はそう多くないと思うんですよ。ただそうしておくのが常識みたいになりつつあって、それを一部の過激派が煽って、そうして引くに引けなくなっているだけだと思うんですよ」


似ている、と漠然とした感覚を物先は覚えた。

〈ステイツ〉にいた頃の機人とは分かりあいたいけれど自分の居場所を捨てきれない、そんな自分に似ている、と物咲は得体の知れない安心感を覚えた。


「あっ今の話他の人には内緒でお願いしますよ。最悪上から罰則受ける羽目になるんで」


「分かっていますよ。でも珍しいですね、そんなことを言う人間至上主義派の方には初めて会いました」


「そうですか。きっと罰則とかがなければもっとこういう意見も出てくると思うんですけどね。残念ながら世論は機人廃絶に動いてますし、その日は遠そうですが」


「....そういえばなんで軍に入ったんですか?」


「俺はですね。最初は機人を殺すつもりで入りましたね。でも戦場で案外機人は人間臭くて俺たちと大差ないなって気付いて、機人と戦えなくなって、今ではこうして事務処理をしています」


きっとこういう思想の人がもっと増えれば、この三つ巴の戦争の終結も近づくのだろうな、と物咲は切なく思った。


ジープが脚を止め、案内役の男性軍人が「着きましたよ」と物咲に声を掛けた。


「ならべくこの国では機人を話題に出さないでください。でないと身の保証はできません」


物咲がジープを降りる直前、案内役の男性軍人が耳元でそう忠告した。物咲は小さく頷いた。

物咲は宿舎らしき建物の前に降り立つと、案内役の男性軍人に別れの挨拶をした。

「また今度」と物咲が言うと、「次は俺を共存主義派の国に呼んでくださいよ」と男性軍人はにこやかに笑って冗談を言った。

その日が本当にやってくるといいな、と物咲は切に思うのだった。



宿舎に入ると物咲と同じ部隊の見知った顔が3つ、談笑とはいかないが、それなりに親しげにしていた。


1人は小動物的な姿に長い藍色の髪を束ねた女性「小麦 ユエ」


もう2人、女性と男性がいる。

男性の方は20代半ば、サイボーグ化した純粋な人間だ。アスリートのように、というか元アスリートなのだから当たり前だが、引き締まった身体をしている。身長は物咲より僅かに高い。

首やらから配線をだらりと垂らし、機械の脚を軋ませている。

杖をついて、たどたどしく喋る姿から、彼がトテラリアに乗るために相当無茶な人体改造を施していたことが見て取れた。それでも爽やかな美男子ぶりは健在であるのだが。

「ユーリ・マルタイト」それが彼、after approachies 部隊第五リンカーの名前だった。


アスリート時代ではその爽やかな顔を存分に利用し、相当な人気を得ていたはずなのだが、何故身体を弄ってまでトテラリアのリンカーになったか、物咲ははだはだ疑問だった。


女性の方はとても若く見えた。少女と呼ぶ方は相応しいほどだ。

外見年齢は15歳ほど。身長は150cmほどでユエより10cmばかり小さい。

人間とは思えないほど白い肌を持ち、雪のように白く長い髪をポニーテールの要領で後ろに垂らしている。

清楚なワンピースに身を包む儚げな姿はまさに妖精だった。

そう彼女は人間ではない。だが機人とも言いにくい。もっとも合う表現は、極小人型トテラリアだろうか。

彼女「人型兵器第3試作機 ヴァフェ」は、戦争初期、今から約90年前にトテラリアの3倍以上の経費をかけられ設計された最強の機人の生き残りだった。


彼女はリンカーではない。

彼女は鈴音が派遣した物咲たちの護衛だった。

専用武装さえあれば最新式のトテラリアですら下しうる部隊の切り札は、護衛には十分な戦力だった。


「あっ物咲君、無事に着いたみたいで何よりだよ。一週間ぶりかな?」


「そうだなぁ。ちょうど一週間ぶりぐらいかな。ユーリさんもヴァフェさんもお久しぶりです。一ヶ月ぶりくらいですね」


「ひさし、ぶり。仲間に、会えて、僕も嬉し、いよ」


「ん」


物咲が挨拶すると、ユーリはぎこちなくも爽やかな笑顔を浮かべて物咲と握手をした。

ヴァフェは無口なようで、背を壁に預けたまま、気だるそうに周りを眺めているだけだった。


前にヴァフェに会った時はもっとおしゃべりだったような気がする、と物咲は疑問に思ったが、思考が回るよりも早くユエが会話を再開させた。


「それで今回に作戦概要についてなんだけどね。南アメリカ方面から押し寄せてくる〈ラッシマヘ〉のトテラリアと歩兵混成部隊をパナマ運河付近で迎撃するって感じみたいだよ。運河付近は幅が25kmから50kmぐらいだから、大混戦になるねこれは」


「待ってくれ〈ステイツ〉と〈ラッシマヘ〉の国境って南アメリカの旧コロンビアあたりだったよな?なんでそんなに防衛線が下がってるんだ?」


〈ラッシマヘ〉とは『機人至上主義派』を代表する、南アメリカを拠点に活動する国家だ。

好戦的で人間撲滅を掲げる国家だったが、トテラリアの保持数が少なく、国境を隣接し、アメリカを母体とした『人間至上主義派』の国〈ステイツ〉に抑えられている形だったはずだ。


「それが事情が、変わったらしく、てね。〈ラッシマヘ〉がトテラリア、の保持数を急激、に増やしたみたいだ」


準戦略兵器とまで言われるトテラリアは数がそのまま戦力の指標になるほど強力な兵器だった。

同格のトテラリアでなければ、戦闘すらままならず、そのまま蹂躙されていくからだ。


そんな兵器の保有数が急激に増えたということは、つまり軍事力が強大になったと言うのと同義だった。


「〈ステイツ〉はもともといろんな地域にトテラリアを派遣してましたから、本国に残っていた機体は多くなかったみたい。だから大群で来た〈ラッシマヘ〉を抑えきれずに、国境を下げ後退。焦った上層部は散らばってた機体を呼び戻して防衛したけど、戦力の逐次の形になってどんどん撃破されちゃったみたいだね」


「それでこんなに防衛線が下がってるのか。嫌なもんだな」


物咲は思わず苦い顔をした。〈ステイツ〉は紛いなりにも少年期を過ごした元母国だった。その元母国が押されに押され、『機人至上主義派』の国に呑まれそうだと言うのは聞いていていい気がしなかった。


『共存主義派』は例外的だが、『機人至上主義派』と『人間至上主義派』の国が反対勢力に呑まれた場合、その先に待っているのは決して明るい未来じゃない。

むしろ絶望しか残らないとも聞く。

敗戦国などという生易しい世界ではない。互いが互いを滅ぼそうとしているのだから、敗戦の先に待つのは壮絶な未来に違いなかった。


だからどの国も呑まれることだけは是が非でも避けようする。領土をある程度失っても、他国の軍隊を国内に招いてでも。


「だからこの宿舎にはやけに多種多様な国と企業の軍がいるのか」


「そうだ、ね。パナマ運河を超えられると、トテラリアの絨毯爆撃圏内、に主要都市がはいっちゃう、から、〈ステイツ〉も形振り構ってられないん、だね」


物咲が辺りを見渡しながら思ったことを口に出すと、ユーリがその意見を肯定した。


宿舎の中には統一感のない様々な制服でごった返していた。数も相当数いる。

〈ステイツ〉の軍服でもなく、物咲たちが属する〈パシフィックグループ〉の軍服にも当てはまらない。

だとすれば彼らはーー


「〈シベリア連邦〉と〈中華人民生存国家〉所属の軍隊だね。〈ステイツ〉とその二国ってそんなに仲よかったっけ?」


〈シベリア連邦〉はロシアを母体とするユーラシア大陸北部を締める『人間至上主義派』の国家だ。人間のみの統一国家を目指しているらしく、探せば黒い噂も絶えない。


〈中華人民生存国家〉は中国を母体としたこれまた『人間至上主義派』の国家だ。多民族を受け入れており国内でも何勢力かに分かれていると聞くが、どの勢力も一貫して世界を牛耳る国家を目指しているらしい。


「全然、むしろ仲は最悪だよ。世論感情的にも外交的にも。敵を中に招き入れてるようなもんだよ」


もちろんアメリカを母体として誕生した〈ステイツ〉とその二国はあまり良好な関係ではなく、こうして 軍を国内に招くなどあり得るはずがなかった。


明らかに異常だ。敵を招いてまで防衛戦線を張るなど、正気の沙汰とはどう考えても言えないだろう。


あまりに軽率。あまりに杜撰。

だがそれはそれだけ〈ステイツ〉が余裕のないという証明でもあった。


その事実をまじまじと目の前に突きつけられ、部隊の面々は押し黙るしかなかった。


「まぁ、この戦いだけ切り抜ければ、後は修理中の、機体が上がってくる、みたいだから。すぐに国力は、戻るらしい、けどね」


「〈ステイツ〉にとってはここが正念場ってことなんだね....」


ユーリが気まずくなった空気をどうにかしようと、気休めの声をかける。

だが、自分たちの活躍次第で国が滅ぶかもしれないと思うと、湿っぽい空気をぬぐい去ることはできなかった。




今まで背景に溶け込んでじっとしていたヴァフェがむすりと身体を起こして、物咲たちを庇うように立ちはだかった。

険しい顔をして立つ妖精のような少女の横顔に引かれて、物咲たちが会話を切り上げ、視線の方向を見やる。


揉めるような声がその方向から聞こえてくるのと、物咲たちが振り向き終わるのはほぼ同時だった。


〈ステイツ〉所属のリンカーが〈中華人民生存国家〉所属のリンカーが襟を掴み睨み合っていた。

原因がなんだったかはわからない。ただ一帯に一触即発の空気が流れ始める。

本来は敵同士の間柄だ。緊急時といえども、その感覚はそうそうなくなるものでもない。

宿舎という空間、しかもロビーというか広くない空間にそんな間柄の面々はが押し込まれれば、わだかまりが生まれて然るべきというもの。


物咲は身構えるユエを壁際に寄せ、ヴァフェを外側にしてユーリ、物咲、ユエの順に彼らから距離をとった。


度が過ぎれば止めに入りもするが基本的に揉め事は傍観する。下手に止めに入って、怨みを買うのでは意味がないし、この国で物咲が注目を浴びるのは不味い。

冷たく思うかもしれないが、残念ながらそうするしかなかった。


〈中華人民生存国家〉所属のリンカーが何処からかナイフを取り出した。


これ以上は流血沙汰になる、そう判断したのかユーリがヴァフェに対して指示を出した。

ヴァフェは護衛の範疇から出るし

まだ傍観していていいと不満げな顔をした。

だがユーリはお人好しな性格らしく、もう一度ヴァフェに対して指示を出し、ヴァフェは仕方なさげに飛び出した。


ざわめき立ち剣呑な雰囲気を醸す各国の軍人たちの間を銀糸がすり抜ける。

透き通るような白い髪をベールの如く引きながら、〈中華人民生存国家〉のリンカーの腕を拳で弾き、ナイフを取り落とさせた。

そのまま流れるように顎に掌底をかまし、脚を掛け地面に引き倒す。

耳を突く衝突音が消える頃には〈中華人民生存国家〉のリンカーは見事にヴァフェに組み伏せられ拘束されていた。


舞うように行われる早業。鎧袖一触とはまさにこのことのようだった。


「.....この人が持ってたナイフ多分毒が塗ってある。それも遅延性の毒性の弱い奴。死にはしないけど防衛戦線には参加できなくなるような奴ね」


ヴァフェは気絶した〈中華人民生存国家〉のリンカーを地面に放ったまま、近くに落下したナイフを掴み上げると、つまらなさそうにそう言い捨てた。

取り上げたナイフを投げるように地面に突き立てると、自分の仕事は終わったとでも言うように、ヴァフェは人混みに中に姿を消した。


喧騒が紛れ、場に落ち着きが戻り始める。

組み伏せられた〈中華人民生存国家〉のリンカーは〈ステイツ〉軍の関係者に引かれていった。


「ちょ....っと!物咲君苦しいって..!」


物咲は背中を小突くような感覚で我に帰り、壁際に押し付けるように背後に匿っていたユエを解放した。


「ごめん。怪我とかはない?」


「それは大丈夫だけど、さっきに騒ぎはどうなったの?ヴァフェさんは何処行っちゃったの?毒ってどういうこと、このタイミングで〈ステイツ〉の戦力が減ったら防衛戦線がキツくなるから、それってつまり...?」


ユエは口早に疑問に思ったことをまくし立てた。ユーリが「どうどうどう」と馬でも落ち着かせるようにユエの肩を叩いた。


「さっきの騒ぎは、ヴァフェが見事に、収めたよ。でも目立ちすぎたから、これからは影から、僕たちを護衛、するって」


「うん、そうだと思うよ。毒はきっと〈ステイツ〉側の戦力を少しでも削ぐのが目的だったんだ。ここに集まった人が全員〈ステイツ〉に為を思って動いてるってわけじゃないみたいだってことだね」


ユーリは耳に手を当て受け取ったヴァフェからの簡易連絡を物咲とユエに伝える。

物咲は気まずそうな顔をしながら毒の意味をユエの教えた。


ああ、嫌な予想が当たった、とユエは顔で言って、頭を抱えるようにしてため息をついた。

物咲とユーリも顔を見合わせた後、肩を竦めて首を振った。


誰も好き好んで味方の戦力を削りにかかるような団体と共同戦線なぞ組みたくない。

鈴音司令から命令を受け引き受けてしまったのだからもうどうしようもないが、きな臭い戦場がトテラリアでの初陣になったなぁ、と物咲は胃がもたれる思いがした。



多国、多勢力入り乱れる気の休まらない、反吐を吐き捨てた部屋の方がマシとも思える、そんなクソみたいなブリーフィングを終えて、物咲たちは宿泊部屋に移動した。


宿泊はロビーの件を踏まえ問題をなるべく避けるため、急遽、個室ではなく集団体部屋で宿泊することになった。

個々で夜を過ごして、周囲からの襲撃に恐れ、神経をすり減らすのに比べれば、よっぽど建設的な判断だと誰もが思ったのか、反対意見は一切なかった。


紛いなりにも軍人である物咲たちにとって寝るスペースさえ十分にあれば、別段特別な部屋である必要なかった。もちろん休日なら別であるが。


よって物咲たちが案内されたのは、ちょうど4人分のベットがある手狭な平均的な軍の寮であったが、部隊の面々からは好評だった。


部屋の内装は質素で無骨。不必要なものは一切なく、若干の汚れとシミがいい感じに味を出す古惚けた室内だ。

壁を叩くと上から吊られたLEDのライトがブラブラと揺れて不安になる。

二段ベットが2脚、左右の壁に沿う形で固定されていた。


寝床の振り分けは女性陣は左、男性陣は右のベット、ユエと物咲が下で、ユーリとヴァフェが上になる形だった。


ヴァフェは上の方が敵を迎撃しやすいから、と言う理由で上。

ユーリはトテラリアに適応するための人体改造で杖を突かないと歩けないような状態だったが、物咲が無理を言って上に行ってもらった。


若干の不自由くらいどうという事はないのか、ユーリは嫌な顔一つせず、下を譲ってくれた。

アスリート時代と変わらない気前の良さだ、とネットで齧ったユーリの情報を思い出して物咲は頰が緩んだ。


明日の予定を軽く確認し合うと、持ってきていたブロック状の簡易食料を食べ、まだ早い時間帯であったが、就寝することになった。


寝巻きなど贅沢なものは持ってきていないので、上着を枕元に置き、ズボンとインナー姿で、物咲は横になる。

固めの毛布を肩まで上げ身に巻きつけてみるが、どうも寝にくく寝返りを打つと、隣で横になっているユエと目があった。


ユエはいつもと変わらないような表情でこちらに微笑みかけてきたが、物咲はその表情の裏に拭い去れない不安が隠れていることを知っていた。


ユエはこの国にいい思い出がない。苦しい記憶の方が多いだろう。

この国に居るのももしかしたら苦痛であるのかもしれない、とユエと共に亡命した物咲は感じていた。


「また私この国に来ちゃったよ。次も、ちゃんと帰ることができるかな?あたたかい所にちゃんと...」


「大丈夫。今は立場も状況も違うよ。ちゃんと帰れる。だから安心して寝るといいよ。身体を休めて、万全の状態で戦闘して勝って、みんなで帰ろう」


物咲は毛布の中からもぞもぞと腕を出し、横になった状態で向かい合ったユエの方へと伸ばす。

ベットの間に設けられた通路は1メートルとない。ユエも物咲の方へ手を差し出せば、十分に届く距離だった。

ゆっくりと周りでも警戒するかのようにユエの手が伸びてきて、物咲の手と遠慮がちにぶつかる。

物咲はぶつかってきた手をやや強引に掴みとると指を絡めて、手を繋いだ。


それはユエにとってとても安心できる行為だったようで、ユエは徐々に徐々に目を閉ざし、満足げな寝顔を見せて眠りについた。


それを見て、これでユエが悪夢で魘されるようなことはないだろう、ユーリさんに無理行った甲斐があったな、と物咲は思った。




1年と3ヶ月。それが彼らの触れ合った時間だ。

〈ステイツ〉軍の新兵として1年1ヶ月。亡命を目指し軍からの逃亡生活すること1ヶ月。部隊での生活で1ヶ月。

旧知と呼ぶにも、昔馴染みと呼ぶにも、その時間は短いものだろう。


現に物咲はユエのことをよく知っているとは言えない。

逃亡生活中に彼女自身の口からつらい過去があったことは聞いた。悪夢に魘される姿を見て、彼女がひどく脆い存在だということにも気づいた。


だが、ただそれだけだ。

短期間の間に口で伝えられるような上っ面の事情と、見て取れるだけの印象。それだけしか物咲はユエのことを知らない。


本質的なことは、なにも。

彼女は全てを物咲に伝えていない。だが、彼女が語らないことは、きっと誰にも知られたくないことなのだろう。

ならばそれはそれでいいか、と物咲はユエのすやすやと眠る姿を見て苦笑する。




『戦場でもいいから機人と会って、そしていつかは人間と機人が和解する世の中を』

それが1年と3ヶ月前、物咲は〈ステイツ〉軍に入った頃に願いだ。


それが、軍に入って出会ったユエに一目惚れして、あれやあれやと過ごすうちに軍に追われて亡命することになって、鈴音司令に拾われ部隊に入った。


今では『人間と機人が和解する世の中を』という願いに付け加えて。

『鈴音司令に恩を返す』だとか。

『部隊の面々と仲良くやりたい』だとか。

『ユエを守ってやりたい』だとか。


最初の志にやけに色んなものが付いてきてしまった。欲張りだろうか、いやそうではない、それが人生だろう、と物咲は今なら思える。


それだけのことを叶える力がこの手には、トテラリアという兵器にはあるはずなのだ。


まずは目の前の問題を片付ける。〈ラッシマヘ〉軍を追い返して、〈ステイツ〉を救う。

物咲はそう決意して、目を閉じた。


次の投稿は6月10日金曜日21時頃を予定しています

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