0話「半機半人の独立部隊」
場所は砂漠、荒野といってもいい。僅かに踏み固められ礫岩に似通った風体を醸す大地がそこに広がっていた。草木は全くと言っていいほどない。水分も乏しく、この世に元々水などと言うものがあったのか疑いたくなるような暑さが日照りと共に横たわっていた。
ギラリと真上から地上を睨む太陽。日光の熱気を下から返し上げる板のような大地。枯れた空気は骨の髄まで染み込んで水分を奪いにきていた。人や動物がおいそれと生きられる環境ではなく、確かにその地は生き物を排除するようだった。
だが、そんな環境で幾つかの言い得ぬ形をした巨大兵器が大地を抉りヒビを生やさせ砂埃を引き連れていた。大きさは差はあれど、どれも20、30メートルはありそうなほどの巨躯を保持していた。
数は5機ほどか。2機はずっしりと大地に腰を据え戦闘を行っているが、残りの3機は相当な速度でまるでダンスでも踊るかのように荒れた舞台を動き回っていた。
不動を貫くトレーラーに巨大レーダーと履帯をつけたような機体が、もう一方の動かぬ半球を6本の六角柱で囲んだような機体に対し攻撃を開始した。トレーラーの背後に背負ったコンテナ状の物からシュゥウウウと気が抜ける音がして、白煙が辺りを埋め尽くしたかと思うと、おびただしい数のミサイルが放たれた。
空を埋め尽くすほどのミサイルが青いパレットに白線を描いて一点に飛翔する。ミサイルの標的にされた方も何も対策を打たない訳ではないようで、水銀のようなナノマシンの群体を巧みに操って、何百発というミサイルを細切れにしていった。飛翔中に撃墜されたミサイルは爆音が響かせ、爆炎の閃光の華で上空を彩った。
地上に目を下せば、こちらも熾烈な戦いだった。砂埃が嵐かと思うほど巻き上がり視界を塞ぐ。30メートル程度の機体が時速250キロオーバーで戦う風景はこの世のものとが思えないものだった。
こちらは1:2で戦っているようだった。
超電導物質を砲弾にしてコイルの磁界で反発させ射出することを考えた大口径コイルガンを2門背負ったアメンボに似た機体が、中小口径の実弾砲プラズマ砲を何百と正面に持ち傾斜装甲を多用したスロープに似た機体と、円筒型をした城のように分厚い装甲を持ち針山のように大口径プラズマ砲を飛び出させる機体を自在に飜弄して生き残っていた。
スロープに似た機体が放った、平面と見間違うほどの弾幕がアメンボに似た機体の行く手を塞ぐ。アメンボに似た機体は足についた使い捨てのパイルバンカーを大地に打ち込み強引に急カーブして、弾幕の魔の手から逃れた。
バリバリバリィッッッツツ!!
と聞き覚えるはずがない金属の引きちぎれる音がコックピットを突いて、アメンボに似た機体は急カーブに使われた足が引きちぎれたことを悟った。
アメンボに似た機体に悔やんでいる暇はない。今はそれを気にするよりもやることがあったのだ。急カーブをしたのは単に弾幕を避けることだけが目的ではなかった。180度方向転換する形になったアメンボに似た機体は後方に付けるように追従していた円筒型の機体を主砲の射角に収めた。距離も十分に近い。必殺距離と言って差し支えない距離だった。
円筒型の機体はその動きは予想外だったのか、焦った様に射角から逃れるように機体を蛇行させた。アメンボに似た機体は容赦なく豪砲を打ち鳴らした。大質量の2つの砲弾が円筒型の機体を装甲上から叩き潰そう迫る。
だが2つ砲弾は円筒型の機体に突き刺さることはなかった。横から割り込んできた凝縮された弾幕が砲弾の軌道を逸らしたのだ。さっきのスロープに似た機体の仕業だった。
流れ弾は砂塵を融解させ、どろりとた質感のクレーターを大地に残していった。
アメンボに似た機体は思わず毒気づくが、足を止めてもいられない。再び機体速度を上げ直し、ならべく複雑な軌道で動き回避行動を再開した。
大空を埋め尽くす白煙と爆炎の華も未だに消えようとしない。巨大兵器の決闘は終わる気配を見せない。決着が着く頃には地形が変わっているだろう。もしかしたら大地がなくなっているかもしれない。そう思えてしまうほどの戦闘だった。
それがこの時代の戦争。機人と人間が巻き起こした種の存続と共存の願いを賭けた戦争。
そしてその戦争の花形兵器こそが、物理法則を無視する幾何学金属をふんだんに使った「準戦略巨大兵器トテラリア」だった。
と話を戻して。
巨大兵器の決闘は終わる気配を見せていなかったが、ただ決闘の終了はその場にいる誰もが知っていた。何故ならこれは実際の戦争なんかではなくてーー
5機全てのコックピット中に重低音のブザーが響いて、照明が落ちて薄暗くなる。砂漠を映し出していたメインディスプレイに「演習終了」の文字が浮かび上がった。
ーー部隊内の演習なのだから。
「擬似トテラリア神経接続をダウン。ケーブルアウト。演習ポッド開放」
アメンボに似た機体「リネエイジ」のリンカーになった「ソウ・物咲」はリラックスするように息を吐いた。
歳は20。彼は日系4世のアメリカの血が4分の1混ざったらクウォーターだった。体は太くない。日本人にしては肉付きは良い方だが、西洋人にしては小柄な方だった。髪も黒髪に多少金入る程度だ。西洋人風の日本人と言った表現が合うだろう。
物咲の言葉に、首の付け根に当たる隆椎に着けられた神経接続用コネクターからSFチックな薄青くて光る太いケーブルが、機械独特の気の抜ける音と共に外れて、神経接続が解除された。続いて、Gなどの負荷を再現する固定器具が開放されていき、最終的にコックピットを再現した演習ポッドのカバーが開き、光が差し込んできた。
物咲は身体を左右に捻ってポキポキと鳴らしてから「おいっしょ」と掛け声を掛けてポッドの外に出た。
ポッドの外に出ると演習相手つまり部隊の仲間と顔をあわせることができた。演習に参加してないメンバーもいれば、参加していても演習終了後すぐさまシャワーに行ったという女性陣もいるので、すぐに顔を合わせれたのは1人だけだったが。
顔を合わせるもとができた人物は部隊でも古参で、円筒型の機体「城壁砲」のリンカーである「倉堂 源助」だった。源助は演習ポッドの端に腰掛け上がった息を整えていた。
歳は55らしく、トテラリア操縦歴は30年を超える大ベテラン。微笑みを湛えることを忘れない、皺が深く刻まれ、年季の入った顔は自然を心を許せるものだった。
源助は汗で湿った髪をかきあげ顎髭を撫でてると、何処から取り出したか軽めの煙草をふかし始めた。天然物の煙草は大戦の余波で高級品になった筈だが、源助はなに食わぬ顔で煙をふっとあたりに散らした。
物咲は顔の前を手で扇ぎ顔を引きつらせた。物咲は煙草を嗜まない。だから煙草独特の匂いには多少の抵抗があった。物咲は源助から少し距離を開けると近くにあった壁に背中を預けた。
「源助さん、吸うのはいいですけどここで吸うとまた罰則喰らいますよ?」
「ははは、ゆうて物咲くんが嫌なんだろ。おじさんは気ぃきかんから悪いな。だがなぁ喫煙所はちと遠いし多めに見てくれや」
「別にほどほどなら俺はいいですけど」
源助は軽く笑うと少し身を屈め申し訳なさそうにした。いつもとは違うやけに素直な源助に物咲は調子を崩し、そっぽを向いてバツが悪そうにした。
「どうしたんですか?やけに素直というか湿っぽいというか、らしくないですね」
「いやなぁ、今さっきのホログラム演習で若いもんには追いつけんと思ってな。そろそろ引退かってな思っただけや」
先ほどの演習終了時点で源助の機体「城壁砲」は物咲の「リネエイジ」から相当な損害を負わされていた。「リネエイジ」は2:1という不利な状況にも関わらずだ。
そのことを言っているのだろう、物先もすぐに理解した。だから何も言わなかった。珍しく湿っぽい源助に謙遜や慰めを伝えたらきっと彼は尚落ち込むことが分かっていたからだ。彼は他人の気遣いに敏感な、そういう人間なのだ。
「時代のせぇや!機体の違いや!おじさんはまだやれるぞぉ!」
目を細めて物悲しく思っていた物咲に気づいたのか、源助は大袈裟に手を振り上げガッツポーズをして、二カっと笑った。
源助は機械化された方の腕で煙草を握り消すと、立ち上がって物咲に近づき、物咲の頭をガシガシと普通の腕で撫でた。無駄に強い力で撫でられたせいで物咲は思わず前のめりになった。だがそれも悪い気はせず、何処から暖かい気がして心地よかった。
物咲たちが所属している部隊は特殊だ。指揮系統が独立していても自由に行動しやすいとか、1部隊には大きすぎるほどの戦力を保持しているということもあるが、だがそれが一番の特殊性ではない。
物咲たちの部隊はとてつもなくピーキーなのだ。強力ではあるが量産できないようなトテラリアが配備され、そのスペックを十分に発揮するための唯一無二のリンカーが所属している、特化した部隊なのだ。
だから、この部隊に来る機体やリンカーは癖が大きい。一般教養はあれど、どれもこれも誰も彼もネジは擦り切れているのだ。何かを失い尖ったか、尖るために何かを失ったか。ようはそんなものたちの掃き溜めなのだ。
源助は物咲にもたれかかるように肩を組みながら「そろそろ反省会が始まるからいこか」と言って、側から見ても無理をしてるとわかるくらい機嫌よく歩き出した。
物咲はちらりと源助を見やる。彼もここにいるということは彼も尖った人物なのだろう。何かを失い、その事実を背負って覚悟とした人物なのだろう。
物咲には辛い過去はない。身を火に投げ入れてでも達成したいという目的もない。それなのにこの部隊にいる。物咲は自分が場違いな存在なのだと改めて自覚した。口の中に苦い苦い疎外感が広がって孤独さが胸に残った。
◇
反省会会場はそれほど広くない30人程が入れる会議部屋で、前には大型のディスプレイ、綺麗に整頓された長机が何列も連なる一般的なものだった。
会場にはシャワーに行っていた女性陣3人と部隊の上官1人が一足先に席に着いていた。源助は「すまんすまん、世間話に物咲を付き合わせていたんだわ」と物咲を庇うように悪びれると、中央最後尾の席にどかりと腰を下ろした。物咲も「遅れてすいません」と会釈をした。物咲はどこに座ろうかと一瞬悩むが、すぐに自分を手招く人物が居ることに気づき、その人の隣に腰を下ろした。
物咲を手招いた人物は物咲と共にこの部隊に入った「小麦 ユエ」という人物だった。何百という方を携えスロープ状の機体「万刀」のリンカーだ。歳は18歳。小柄だが凛としていて可愛くも魅力的な女性だ。黒い藍色の長髪を三つ編みして後ろから肩を跨ぐように前に垂らしている。部隊の中でも最も気が知れた人物だった。
「物咲君遅かったね。それでさ、髪型変えて耳出るようにしたんだけどどうかな?似合う?」
「色っぽくてドキッとするぐらいには似合ってるよ」
「せくはら?よくないよ、せくはらは」
「素直な感想だ。ユエが聞いてきたくせによく言うよ」
「なはは、そうだね。失礼申し上げましたっ」
小麦はそう言うと何処から不安げに微笑んだ。物咲はそんな彼女を見ているのが辛くて、椅子を彼女の方に近づけて、椅子の端を掴むようにしていた彼女の手に指を絡めた。彼女も忌避することなく、物咲の指を受け入れた。
彼女も、小麦も紛いなりにもこの部隊の一員なのだ。彼女は「生きる為に縋ったしがらみを振り払うため」ここにきた。過去になのがあったかは、物咲も少なからず知っていた。だからこの指は繋げたままでいたかった。
「大丈夫。ここまで来れた。いろいろあったけどね」
「うん、分かってる。分かってるよ」
「ならそんな悲しい顔しないで。笑って見せてよ」
「うん......一緒に来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
彼女の指はシャワーを浴びたばかりであるが冷たい。冷え切った身体がしっかりと温まるのはいつになるのだろうか。物咲は眉を顰めた。
◇
前方、黒板のように設置された大型のディスプレイの前で、上官の女性が教卓を叩いて、大袈裟に咳き込んだ。
「えー、いいですか。反省会を始めます。注目してください」
司会進行役の上官はその身に参加者の視線を集めた。名前は「物咲・鈴音g1j003」。歳は若く見える。高校生程度とも取れる程だ。透き通るような水色の髪を床につくかと思うほど伸ばし、黒を基調としたパーカーに身を包んでいた。威厳や威圧感とは程遠い。彼女は人間ならば到底上官に相応しい経験は積んでいないだろう。人間ならばの話であるが。
上官の女性は指差し棒をぴっと伸ばしてディスプレイを軽く叩いた。パーカーがずれて彼女の腕が露わになる。金属パーツで出来た腕が蛍光灯に照らされてちらりと光った。目を散らせば彼女の身体はほぼ全てが金属パーツで構成されている。そう彼女は人間じゃない。彼女はほぼ全てがが無機物で構成された機人だった。実年齢は100歳オーバーの人間と機人との大戦が始まる前から生きている人物で、現在の物咲の身元保証人だった。
「ーーそれでですね。ここでおさらいしましょう。今回の演習の題はなんだったか覚えていますか?そうですね...じゃあ、そこぉ反省会中に飴を舐めてるラーニアちゃん」
「.....えっ...?そー、確か...それぞれの立ち位置に合った動きをしよう...だったかな?わたしはちゃんと合った動きしたよ?どっかのおじさんとは...ちがうんだけど」
水銀のようなナノマシンを操っていた半球型の機体「マーキュリーヌメン」のリンカーである濃い褐色の肌をした少女はたどたどしく鈴音の問いに答えた。
中東生まれの少女だ。名前は「ラーニア・レルカド・カミシ」。歳は13、4程。肌と対比する白い髪を簪で纏めて、動きやすく作られた振袖を身につけていた。中東の洋服ではなく和服を身に纏う姿はアンバランスさがあったが、十分に似合うものがあった。高雅で堂々たる雰囲気が妖艶さを醸し出す。
彼女は元々中東系の王族の子供だったらしい。だが戦争の影響で国は潰れ、王族の子である彼女を逃がすために数多くの人の命が散った。だから彼女は「自分自身で自分自身を守る為」この部隊に来た。
物咲は横目で彼女を見る。所在無げに俯き髪を弄っていた。昔でも思い出しているのか、その表情には影があった。
「ええまぁ、立ち位置は良かったですけどね?ホログラム演習だからって現実ではできないような無茶な運転をするのがやめてくださいね?現実ではあんなミサイル迎撃をやったらナノマシンの補給費がひどいことになるんですから」
「むぅ....でも、綺麗だったでしょ?わたしの機体名が水銀の妖精。....せめてホログラム演習くらい.....優雅にやりたい」
「ですけどねぇ....。演習ですし、現実ではできない事をやられても」
「はんっやっぱりラーニアはダメね!」
「費用を考えない無茶な運転で言えば貴女の方が上です!ユーミア!一回フル装填するだけで予算をほぼ喰い尽くすようなミサイルを乱射して撃ち切るなんて言語道断です!」
「ひっ」
ちゃちゃを入れ、藪を突いた形になったのは、演習中ミサイルで空を染め上げていた機体「ミサイルポッド」のリンカー「ユーミア・ラルトg2j053c」だった。
歳は15だったか。金髪を肩ほどで切りそろえて、紅い華の髪飾りをつけている。紅を基調とした鎧のようなパイロットスーツを着ているのだから紅色がお気に入りなのだろう。高飛車さが目立ち子供っぽいがそれが彼女のチャームポイントだろう。彼女は確か「弟の医療費を稼ぐため」ここに来た。そう思うと彼女の目には子供っぽいとは違う強い光があるように見えた。
「むむむ、な、なによっ!だぁーいったい!あんた100歳超えのおばーちゃんでしょうに!なんでそんな身体してんのさ!」
「もちろんこの身体はマスターにもらったものだから丁寧に整備して使ってるんですよ!だいたい貴女も機人でしょう!そんなことも分からないくらい頭劣化しましたか!?」
「マスターマスターってあんたこそ幼児退行してるんじゃないの!しかもあたし第二世代のオートメンテだから第一世代とは違って劣化しないし!」
「あーっ!言いましたね!上官に向かってそんな生意気言ってるとどうなるか教えてあげますよ!減給です!減給!金食い虫の機体の維持費に当てちゃいますから!」
「....えぇっ!?ダメ!ダメダメダメそれは絶対にダメ!ごめんなさいぃい鈴音さまぁっ!!」
ガヤガヤと鈴音とユーミアが言い争う。ラーニアはその様子を愉しげに傍観し、源助は大欠伸をして孫でも見守るような顔をし、ユエ困ったように周りを見渡していた。物咲もその様子を見守るようににやけた。
尖りすぎた準戦略兵器を扱うための部隊。身体に神経接続コネクターを埋め込み、加Gに耐えるため身体に手を加えて、特異稀な才能を振るって、そうしてやっと物咲たちはトテラリアを操れる。
人は彼らを「機械と交わった化け物」という。「守護神を従える英雄」という。「破壊の悪魔」とも言うし「強いお姉ちゃんとお兄ちゃん」とも言われた。
だが実際は彼らも人なのだ。一般人よりもよっぽど歪な人なのだ。決して勇者とか悪魔とか、英雄とか化け物とかそういう存在ではないのだ。
悩むし泣くし怒るし笑う。何処までも人間臭い存在なのだ。
そんな彼らは自分たちを家族と呼んで「After approachies 部隊」と呼んだ。