・ 指輪の願い
ゆっくりと目を閉じる。
何日か前まで部屋に居た気配が、染みついたように消えなかった。
「あんの・・・馬鹿・・・。」
絞り出すように言いながら、その瞳には涙がいっぱい浮かんでいた。
「クリスマス一緒に居ようって言ったの・・・あんただろうに。」
彼女にとって、最高のフィアンセとのクリスマスになるはずだった。
しかし、数日前に、彼は事故で亡くなってしまったのだ。
最悪のクリスマスと言えた。
膝を抱えて気が付くと、やけ酒の煽りか、眠ってしまっていた。
「・・・ザ・・・リーザ・・・・。」
「え?」
何度も愛を囁いてくれた声だ、聞き間違うはずもない。
「オルソ・・・生きて・・・たの?」
驚き、目にいっぱいの涙を浮かべる。
だが、彼は首を横に振った。
「これは・・・夢だよ。利口な君なら・・・分かっているはずだ。」
優しい、しかし厳しい言葉を呟く。
「ハハハ・・・死んでも辛辣なのは相変わらず・・・か。
でも・・・夢でも良い、会いたかった・・・。」
半泣きの様な笑顔を浮かべる。
少し口の端を歪めたような、笑顔とも言い難い表情である。
「僕もだよ・・・。
君が僕に捕らわれて、不幸になってしまわないで欲しいから。
真っ直ぐな君のままで居て欲しくて・・・ずっと心配だった。」
寂しそうに言葉を紡ぐ。
しかし、リーザは目を見開いて唇を噛んだ。
「そ・・・それはオルソを忘れろって事か?
そんなのは無理だ!!こんなに愛してる。
愛を教えたのは・・・あんただろ・・・。」
「これを・・・・。」
ゆっくりと、ケースに入った指輪を差し出す。
「これ・・・は?」
「君に、今日上げようと思っていた物だ。でも僕はもう居ない・・・。」
「オルソ・・・・。」
「こうやって夢でも逢えた・・・だから、君はきっと、幸運を持って居るんだよ。」
「幸運・・・?あんたが死んだのに?」
「うん、だって、僕の幸運をこの指輪に託したから。
僕を無理に忘れなくて良い。
でも僕に捕らわれないで。
僕の分まで生きて・・・・。
これはお守り、君をしあわせに導くための・・・。
誓いの指輪としては、もう効力がないから・・・せめてお守りにして欲しい。
輝くように微笑む、大好きなリーザのためのお守りだ・・・。」
「待って!お別れの・・・キスをして、・・・最後に抱き締めて・・・。」
消えそうな恋人の気配に、慌てて最後に子供のようにおねだりをする。
「え?」
と、少し驚いた後。
「分かったよ・・・愛しの・・・リーザ。」
優しくリーザの唇に指を当てなぞる。
「あっ・・・。」
小さな声を上げ、リーザは喜びに震えた。
夢なのに感触が有ったからだ。
始めは指を挟むようにキスをして。
次は指を退かして、優しく唇を合わせる。
既に懐かしい感触は、何時までも色褪せない様に、リーザの心を締め付ける。
「んっ・・・ふぁ・・・っんんっ・・・。
オルソ・・・・オルソォ・・・・。」
甘い吐息とともに、ゆっくりと夢はぼやけた。
掻き消えるオルソを抱き締めるような形で、リーザは目覚めた。
恐る恐る目を開けると、どこから現れたのか。
何と手の平に、夢の中と同じケースつきのエンゲージリングがすっぽりと治まっていた。
「オルソ・・・泣かないよ、・・・だけど今夜だけ・・・許して・・・。」
リーザは声にならない声を上げて、狂ったように泣き崩れた。
「夢と物を同時って、結構大変だねロィ。」
「集中途切れるかって、冷や冷やしたぜ。」
「うっさいなぁ、オルソって人の純粋な願いなんだから、叶えないとまずいでしょう。」
「へいへい、さぁ次行くぜ。」
「むっ!分かりました!!」
雪車はふわりと空に浮かび、再び走り出していった。