第一章 少年少女のとあるチカラ
自然と人工的技術が融合した星、地球。二千X四年五月末のこと・・・この世界では何不自由なく生活し続ける人間が当たり前のように存在するが、もしそれが神のご加護かもしれないという風には思ったことはないだろうか。また、戦争が未だに収束しないある特定の地域があったとして、もしそれが悪魔の悪戯かもしれないという風に思うことはないだろうか。こういうアンバランスな星、地球は今も回る。最も、そんな星と直結し司る”ある世界”と共にある形となって・・
第一章 ~少年少女のとあるチカラ~
「チッ!なんだよアイツ・・・」
この心無い台詞を吐かれるのはいつものこと。そう、浅見区中央中学の生徒だ。聞く限りでは大分もめているようである。そんな中、標的となったその少年はあたかも自分は関係ないかのように次のように忠告した。
「舌打ちばっかすると、その内癖になって周りからヒンシュク買うと思うんだが?」
割と大きな声だった。しかしこれらのやりとりに関しては今に始まったことではない。以前にも・・・いや、もっと前にもこういったもめ事が幾度も繰り返されていたのは彼自身が一番自覚していたはずだった。そして言い返されたもう一方の彼は次のように言い放った。
「クッ!・・・全部お前が悪いんだ!!お前がこのニ学年全て・・・いや、全学年においての疫病神であり非道者なんだからなァ!お前に味方なんていやしねえんだよ。そう、あのクソニ-Cの連中ですらな!」
捨て台詞を残したつもりだったが、一方でこんな声も聞こえてきた。実質同情の声のようにも思えたが、しかしそれは”疫病神”扱いされた彼にとってしてみれば少しばかりの助けとなったのかもしれない。
「ねえねえ、またあのC組の男子が喧嘩してるよ・・・」
「何もあそこまで言うことないのに・・ていうか暑苦しいときたらありゃしないしー。」
「そうそう、しかも朝っぱらからだから超ウケる(笑)!」
冗談にも、同情どころか可愛そうな目をしながらあざとらしくもコソコソと自分勝手な感想を言い合って笑っているようにしか見えない女子グループ。だが、突然そこに割って入ってくるもう一人の女子がいた。
「コルルァ!そこ馬鹿にして笑ってないでもうちょっと手を差し伸べるなり強引にでも和解を図るなりしたらどうなのよ!見てて相当腹立つんだけど!」
実に喧嘩売りが上手そうな彼女。二年生の中ではテニス部のエースに君臨する樋田愛美である。
「ゲッ・・ニ-Cの樋田じゃん!?やばっ、みんな行こう。」
「ヤバス・・・じゃあねー。」
「超感じワルー・・・。」
早々と引き上げていく他クラスの女子一同。それも走って。
「ちょ、ちょっと!!逃げてちゃ状況理解できないでしょーがァ!!」
ごもっともなセリフで追い出した(向こうが勝手に逃げた?)愛美だったが、それから数秒間の間をとった後、捨て台詞を吐いた彼に向かってこう言った。
「カッコ悪っ、アンタそこまでしてウチのダチを精神苦痛な状態にまで陥らせたいわけ?体育会系でいくら実績残しているクラスにいるってだけで調子乗ってんじゃないわよ!」
彼女は注意を促した。実際、彼は所属するクラスの中ではガキ大将的存在で少しばかり横暴な部分が垣間見えていたこともあってか、キツめに処置をとるのは当然だろうと愛美は考えたのだ。そして次の瞬間、散々な言われようを受けた彼に対して投げかけた言葉はというと
「アンタ・・・・・・」
「・・・しっかりしなさいよね!」
言葉と言葉の間に明らかに沈黙があった。しかも沈黙中に若干彼の顔をチラチラ上目遣いで様々な位置を見たり、ため息をついたりして最終的に出た言葉がこれである。どうやら彼の良き理解者であることがわかる。
説明が遅れたが、その彼の名前は坂場剣という。下の名の読みでよく”けん”と間違われることがあるが、実際は”つるぎ”である。浅見大学附属中央中学の二年C組に所属するごく普通の中学生であるが、実は重い過去を持つらしく、その全貌は未だ不明。謎に包まれているが故にクラス内では浮いており、これといった親しい友達を持たない。テストの成績では約六十~七十点前後と平均的。体力も普通よりはある方だというが果たして・・・?といったところだろうか。そしてその気になる謎に関しては以後明らかになっていくことと思うが、現段階では主に学園生活を含めた一般社会での展開、観点から話に入ってゆくとしよう。
さて、前の話に戻ろう。先ほど強めの一言を押された剣であるが、愛美のリアクションがどうもパッとしない。入学時からずっとこんな感じだった為なのか呆れているようにも見えるが。何が言いたかったのか、剣本人は気づいてなどいなかったが、予鈴がなると渋々自分の教室に戻っていった。
- 二年C組教室 午前十一時五十分 -
「えーと、治安が現在収束せずに領土問題で争っているのはロシアとウクライナですが・・・」
地理の授業だ。後三十分も過ぎれば昼飯という時間帯だが、この時間のC組を見てみると信じられない光景が広がっていた。一方では小さな紙飛行機を飛ばしあって便通のやり取り(ケータイ等は朝に回収されてしまっているため)、もう一方では簡易すごろくをやりまくり(もちろんポータブルゲーム等も持ち込み不可のため)、さらにもう一方ではお喋り三昧で、ある人は授業中熟睡しっぱなしという堂々たる醜態晒しになる始末。それもそのはず、前の授業が体育だったためにクラスメイト全員のテンションがおかしい方向に飛んでしまっていたのだ。
しかし、これらの醜態晒しは今に始まった話ではないらしく、以前から決まってC組はとんでもない輩ばかりが集まるクレイジーな問題児クラスとしてその名が知れ渡っていたという。そこで他のクラスから名付けられたクラスイメージは”野蛮人の監獄”だそうだ。
「んじゃあー・・・紛争で旧ユーゴスラビアから独立したという国を一つでいいから挙げて欲しいんだが、坂場?・・・坂場!!お前答えてみろ。」
このタイミングでなぜ先生が剣の名前を二回も呼んだのかというと、寝ていたからである。ニヤニヤが止まらない周囲の生徒。ハッと起き上がると一気に注目の視線が彼の方向へと注がれる。
『俺何かやったかなあ?・・・』
不思議そうに軽く考え込みながら剣は答える
「はい、えーと・・・ボスニア・ヘルツェゴビナ?」
(!!!!)
辺りの目が点になる。正解しただけでなく、マニアックな答えが出たため辺りの時間が一瞬止まったかのように思えた。これにはさすがの先生も期待はずれが顔に出たのか真顔で
「うん・・・正解だ。・・・他に分かる者!」
クラスメイトもそれに連動するかのように悔しさのあまり剣を睨みつけた。 一気に圧力がかかっていく。
しばらく経ってこの授業の残りは自習となった。残り数分・・・すると一人の女子が近寄ってくる。
「ねえねえ、後で分からないとこ教えてくれないかな?あと・・・一体どうやって内容覚えてるの?」
狩野修子だ。図書委員の会計員で、学校では大のイケメン好き。特にアイドル関係のグッズは多数所持していて、周りからはドン引きを誘っていると言えるほど。髪は後ろに四つ結いにしていて、目が悪いのかメガネをかけているようだ。
「見たところ、ただ単に寝ていて人の話なんて聞いてないようにも思えたのだけれど。」
いかにも率直な感想であったが、迷わず剣はこう答えた。
「うん、寝てた。修子ちゃんの言う通り、人の話なんざ微塵も聞いちゃいなかったよ。暗記法を使ったんだ。」
そのまま返される。朝に起きた悪い機嫌をまだ引きずっていたのか、彼の顔全体が果てしなく曇っていた。普通に接しているつもりでも、何故か表情はクリアではない。ジト目のまま授業が終わる予鈴を聞くと、彼は荷物をさっさと片付けて教室を去ろうとする。その様子を遠く斜め後ろの席に座っていた愛美がムッとした表情で、姿を追う形で見つめる。
「ちょっと待って!」
修子は呼び止める。普段はあまり口を強くして言わない、あの修子が。次の瞬間、彼女はツカツカと近づいてきて剣の体の向きを自分の方向へ強引に合わせるようにして目を合わせると、いつになく強い眼差しで少々涙を浮かべながら・・・
「ねえ剣くん・・・あなたは何で・・・どうしていつも・・・いつも・・・」
両腕をつかみながら徐々にうつむいてゆく修子。剣は戸惑いを隠しきれずに辺りを軽く二回ほど見渡した。流石に恥ずかしいのか、剣はこう言い残す。
「・・・手を放してくれ・・・昼飯食えなくなるだろ・・・」
すると剣は固定された腕をバッと払い、早足で教室を抜け、さっさと廊下を歩いていく。修子もそれにつられるように追いかけようとするが、途中で足が止まる。(また、逃げるの?・・・)そう思っていた。
「あーそうだ、ノート写したいならわざと俺の机の上に置いたやつを使えばいい。俺は別に要らねえから。」
誤魔化したつもりだった。しかしこの行動が彼にとって精一杯の慰めだったのか、精神的緩和台詞だったのかは正直、自身も考えが及んでいなかったようだった。そして思い切った行動に出た修子もまた複雑な心境のまま、困り果てた顔を戻せないまま、ただただ彼を見送ることしか出来ずにいた。
「おいおい、今の見たか?」
「見た見た。かわいそー、あんな風に振り払った上に偉そうにへらず口ぶっ叩いておいてからに!」
「選ぶ人を間違えるってこういうことを指すのかねえ・・・」
言われたい放題の言葉が教室中を舞うような雰囲気に変わる。周りの意見や評価から読み取れるに、剣に対する苦言や皮肉は当たり前、褒め言葉どころか、時には暴言と・・・修子からしてみれば、これはもはや同情などではなく、弱みの握り潰しなのではないかと。いつしかそう思うようになっていた。
しかし全体の様子だけ見てみると一部の溜まり場だけ、険しそうな表情を浮かべながら何やら談合している者も何人か存在した。
「なあ、何かアイツ段々精神的に参ってきてはいないか?」
「そうだなあ・・・少し訳を聞き出す必要が出てくるようだな。」
「心配ね・・・このままだと正直、青春を直でドブに捨ててしまうようで先が思いやられるわね。」
「何事も気合と辛抱と努力が大事だっちゅうこの御時世で、今からそれだと俺たちも黙ってらんねえよ・・・。」
「話を聞くのはもちろんだけど、何か心落ち着くものもほしいよね。」
言い出した順番から、剣の悪友である佐野隆正、昔からの遊び仲間として面識のある宍戸龍司、二年C組の学級委員である三島優希、野球部副将の木田翔之丞、二年C組の学級副委員長を務める長岡竜已の五人だ。少なくとも彼らだけは、何かと四面楚歌状態に陥っている剣を気にかけている唯一のグループといえよう。
― 学校屋上 ―
「…あいつ、泣いてたなぁ…。」
一人寝転がり空を見上げながらつぶやく剣。後悔があるようなセリフを口にするも、すぐに我に返るとそれまで歪んでいた顔がひゅっと元に戻る。おそらく(まあ、俺には関係ねえか)とでも思っていたのであろう仕草をチラつかせるようにしながら起き上がり、フッと扉がある方向へと振り返ると、そこには先ほどまで少しばかり会話を交わした修子を愛美が連れて現れたのだ。
「…お前ら…一体何のつもりしてんだよ…。」
口を開く剣、それに応えるかのように愛美は言い際に彼がいるところまで歩き、肩がギリギリすれ違うくらいの距離まで近づくと小さな声で
「ちゃんと話すなら話す…謝るなら謝る…もしくは…(振向)口説いちゃえば?」
こう言うと定位置から徐々に離れてフェンスまで歩いていった愛美。目を合わせないようにするためか、その後はずっと校庭を眺めたままだ。すると剣も後ろを向いたままの愛美に対して反撃的なセリフを投げつける
「…何が言いたい?…もしや、また俺をからかってんじゃねえだろうな?」
「さーあ?どうでしょうねえー…この言葉をどうとらえるかは…坂場くんに任せるわ。」
「ふざけんなよお前…つーか、はじめからこれが狙いだったんじゃねえのか?」
「あ~ら、つまんない言いがかりはやめてほしいわー。」
「チッ…来るんじゃなかったぜ……お前っつう奴はホント鬼畜だよな!」
「私からしてみれば褒め言葉よ。」
「ものは言いようだな…追い打ちをかけるようだが、小悪魔を通り越してリアル大悪魔っていう見方だって出来るんだぜ、お前に関してだけ言えばな!!」
「フッ…アッハハハ…そりゃあいいわ、そうねぇ、んじゃあ私に関しては非人間的扱いで結構よ。言われたところで別にへっちゃらだし。ん~だ!」
「いいのかよ…ったく、つくづくムカツク奴め…」
「でもね…」
「!?」
すぐに愛美は急接近してきた。キス寸前かと言えるくらいの距離までに。一瞬驚く剣。顔が徐々に赤らめ始めた。
「私の超絶かわゆいクラスメートを傷つける奴だけはマジで許せないし、そんな人間、生きてること自体意味も価値がないって私は思ってるから。例えその人間が、同じクラスの身内だったとしても!保護者教師及び学校内特定の大人や関係者だったとしても!外部の学校の生徒だったとしても!…偉大なOGや有名人だったとしても!…許せないのよ…他のクラスからC組のことを野蛮人の監獄なんて演技でもないレッテルを勝手に貼られて普通だったら悔しいと思わない!?私は思うわよ!!…こんなの…もしこの状況をこのまま放ったらかしにしてたらさ…みんな共倒れになって…きっと孤立しちゃうと思う…将来だって、きっとろくな大人にならない…変な非合法な職に手をつけかねない…恋人だってできない…家庭だって築けないかもしれない!そんなの…そんなの、絶対に嫌に決まってるじゃない!!誰も…望んじゃいない……望んじゃいけないのよ!」
剣は初めて見た。一瞬目を疑うような光景に絶句した。愛美の、こんなにも弱々しく泣きじゃくる、美しくも惨めなその姿を。最初は強く、激しく持論を述べ続けた愛美だったが、次第に感極まってきたのか涙を思いっきりこぼし始め、最後まで堪えきれなくなるまで喋り、叫び、しまいには膝から崩れ落ち、剣の立ち膝にしがみついて軽く拳を太ももに向けて叩いていたのだった。剣は(仕方ないな)と言わんばかりに泣き収まるまでの間、愛美の頭をそっと撫でた。
しかし、いい雰囲気なのも束の間…気分が落ち着いたのか
「ごめん、坂場君…最後にもう一つだけ言わせて…。」
やっと泣き顔が止まったと思うと、赤面した状態のまま何かを言いたそうな素振りを見せる愛美。
「ん?何だよ?」
完全に落ち着いたのか、それに応えるように剣は涼しい顔をして軽く首をかしげた。
「唐突で悪いんだけどさ…あんた…これに出なさい!」
「ん~?……ウゲ!!」
引っかかった・・・そう思わざるを得ないのも当然のこと。彼女が見せた掲示板広告、それは浅見区中校大競技大会のエントリー概要が記されたものだった。
「ふっふーん♪~」
愛美は楽しそうだった。それもそのはず、二人が所属するC組はまだエントリー人数でノルマに達していなかったためだ。イメージチェンジという意味も兼ねて、剣にはぜひ出場して欲しいと勝手に話を切り出してきたのだ。
「浅見区全校大競技大会・・はあぁ!?俺が!?何で?」
「修子を泣かせた責任取りとか、その他諸々の事後処理!そしてあんたの好感度上げるための対策に決まってる
じゃない!」
あんまりだった。剣は思う。勝手な勝負事に向かわせて何の意味があるのか。そもそも自分なんかが出てメリットはあるのか・・・まったくもって意味不明だと判断できる話。ここは訳を聞くしかない!剣は慌ててツッコミを入れていく。
「いやいや、代償の重さが明らかに違いすぎるだろ!!何だその羞恥プレイは!あと事後処理って何だよ!?」
「あんたこういうの得意なはずでしょ?特に足元の技術は卓越したものがあるって先輩言ってたし。」
「あ~、またあの放送委員の田人先輩か・・・全く懲りない人だなあ、あのお喋り!」
口の軽いことで有名な三年の田人先輩。剣が持つ主に脚力系の運動神経に関しては自身も驚く程誰かに喋りたくなるくらい惚れている人物だが、まさか本当に喋るとは別の意味で絶句したものである。
「てな訳で、本番までにちゃんと練習しときなさいよね。あーそうそう、出場希望三種目の紙、とっとと書いて生徒会室前にあるボックスに出したほうがいいわよ。提出、明後日までだそうから。」
「はあーーーーーーッ!?お前、まさかわざと俺を焦らせるためにあのような細工を・・・」
衝撃的な一言。なんと愛美はあと二日を残してエントリーペーパーを無理やりでも書けというのだ。剣はいい加減呆れて何も言葉が出ない。いくら何でも順序というものがあるだろうと誰もがそう思えるようなモノの頼み方だと剣は思ったが、突っ込む気すら失せてしまったのか目がほぼレイプ状態に。
「あんたのいいところは、普段はつんつんしててクールに突き放しながら振舞うくせに、身内の弱者に対してさりげない優しさを見せるその性格なのよ。」
全然褒められてるのかどうかもわからないセリフ。いや、本人は褒めているつもりなのだろうが、剣本人には悪意しか伝わらなかったような印象だ。困惑した顔で話を次へと進めていく。
「チッ、考えが甘かった・・・。まあ、あの愛美のすることだから何もないとは正直言い難かったが、まさか要らねえオチまでつけてまんまとハメやがって・・・全く、やられたぜこん畜生が!」
悔しい表情を見せる剣。だが予想もできていた、嫌な予感もした。なのにやられたい放題やらかされた自分がいて、とても無様にしか思えてならない。しかし、それまでの空気を一掃するような言葉が直後に飛び出す。
「勘違いしないでよね!」
いきなり強気発言。その顔は真っ直ぐで、据えていた。最も、嘘を全く言うつもりのない顔だった。
「何をだよ」
いやいやながらも剣は聞く。今度こそちゃんと話してくれるだろうと少しだけ信じながら。
「クラスのみんなを思う気持ちをさっき吐露したのは・・・あれは・・・ガチで本音だから。泣いたのも、演技じゃないから・・・」
真剣な眼差しで面を向いて話す愛美。これはマジな話っぽいな、と剣は思った。
「お前、ホントに・・・・・・信じていいんだな?」
「どうするもこうするもあんたの自由よ。実を言えば、大会参加の理由にさっき好感度上げる対策とか言ったけど、あれはただのおふざけ、悪ノリよ。」
「ご丁寧に解説どうも乙。」
白状したのか、素直に作戦の全貌を明かし始めた愛美は剣の顔色を伺いながらも微かな笑みを浮かべていた。その表情が何を意味するのかは剣が知る由もないが、明らかに空気が違っているのには彼も感じ、気づいた。
「でもね、修子を泣かせた責任取りっていうのも込みで、事後処理ってのはリアルに達成してほしい項目だから。私の素直な気持ち、すなわち本命はズバリそこにあるわ。」
本当の目的を話された時、剣はホッとした。疑いが全くないわけではないが、愛美が気遣って競技大会という公の場を用いて『活躍』という名の大きなチャンスを与えている・・いや、決断を求めていると言った方がもしかすると正しいのかもしれない。
「できればその結論にたどり着くまでの経緯を詳しく聞きたいんだが、可能か?」
「もちろん却下よ!てへぺろ」
「やっぱりか・・・」
愛美はシリアスな空気を作りたくないため、わざとふざける。これからたくさんの人とかかわらないといけない!現代の社会に出るのに必要な最低限の使命を、あまり重く深く考えすぎないようにするための彼女なりの小さな配慮が、そこにはあった。だが剣には今のところこれらの趣旨は微塵にも伝わっていなかったようで、ただのイジリビッ
チという印象しか残っていなかったと思われる。
「んじゃあヒントをあげるわ。・・・あんたさあ・・・昔から虐められっぱなしでしょ。どんなに陰湿なイジメにあっていても、受けたときに感じるその刺々しく痛苦しいその気持ち自体は小学校低学年からずっと一緒だった私には分かるし、共感だってしているわ。坂場君以外の人間が全て敵に見えた時だってあった。二人ぼっちで毎日のように歩いて帰っていた時のこと、覚えてる?」
小学校在学当時の愛美は意外にも孤立していた状態が長く続いていた時があった。成績も悪くなく、体力にも自信を持っていた彼女は『優等生ぶった調子こき女』として周りから非難され続けていたのだ。
「ああ・・・覚えているよ。お前・・・ずっと怯えていたもんな。帰り道、お前は一日たりとも俺の袖口もしくは腕を掴んだまま最後の道まで放さなかった毎日のことは記憶に鮮明に残っているし、何より俺と一緒にいる時のお前の方が可愛く見えると同時に、何だか可哀想にも見えてしまうくらいにな。」
「フン・・・散々な言われようね。我ながら情けないよ。本来なら、これからは私が君を守ってやりたいという一心で人一倍強く生きるようって誓ったつもりだというのに・・・。」
愛美自身も、やられっぱなしでずっといたわけではない。剣が助けてくれていたことは感謝していた。しかしそれ以前に、臆病な自分から抜け出せずに震えていたことが何より無力だったか。改めてそう思うと、誰かに頼って泣かずにはいられなくなり、最終的に出た結論は『第二者との共感のしあい』だった。
「十分強くなってんじゃねえか。心の切り替えそのものは、やろうと思ってもなかなか出来ないもんだ。自分に自信持っていいんだぜ。」
剣の口からは珍しく、勇気づけの言葉が出た。落ち込んでいる人を見て放っておけるほど自分は冷たい人ではないという、彼自身最低限のアピールである。
すると愛美は突然、顔を赤らめ始めた。紛れもなく惚れてきたのだろう。急に火照ってきた体と顔が正直なのは分かるが、少しばかりの感情的な反応か意識が彼女の心を揺さぶった。
「大丈夫。どうしてもお前が俺を守れないのなら、俺がお前を支えればいい。たったそれだけじゃねーか。」
剣はアドバイスを送る。助け合いは絆を強めるということを伝えるために。『やられたら、やり返す』じゃないが、単独で身勝手に動くよりは第二、三者がタッグを組んで共に情を分かち合うことが何より大事だと彼自身は思った。しかし、そんな言葉がさらに愛美の別な意味での情を奮起させることになろうとは、この時の剣は何も察することが出来ずにいたことにより・・・
「・・・あっ・・・あんた・・・」
「ん?・・・どうした?」
「あ、あんた!何私のこと平気で口説いてるのよ!!」
「!!・・・ヴエッ!?」
なんと、愛美には剣の発したセリフが口説き文句に聞こえていたのだ。ちょっとしたアドバイスのつもりだったが、予想外の反応に剣もどう答えたらいいのかわからなかった。もちろん口説いていたなんて自覚はこれっぽっちもない。
「好きなの!?・・・あんた、私のこと好きで口説いてんの!?・・・異性として見てくれているの!?」
愛美はスタスタと力強く歩いて迫ってくる。密着するくらいにまで近く迫り、本心を聞き出そうと必死な様子にも見えた。愛美からしてみれば一刻でも早く『剣から見た自らの位置付け』というものを知りたかったのだろう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!何かの間違いだ!思いっきし誤解だ!んぐ・・・と、とにかく落ち着けって!話を聞けや
コラ!」
剣は下がってその場を回避しようとしたが、愛美は諦める気がなくまたグイッと迫る。すると剣は反射でリアクションが少々狂ったのか、自身の体を愛美ごと反転させて壁ドン状態に持ち込ませていた。
「・・・」
「・・・悪イ愛美、変な受身させちまったか?」
「・・・・・・!!こんのお、ド変態ケダモノ野郎があっ!!」
「どわー!だから違えからーっ!!」
体制を崩し、今度は床ドン状態になってしまう二人。下手をすれば、他人から見て剣が愛美のことを襲っているように見えるだろう。でもこの時二人は非常に息が上がっており、無難な相槌をうつくらいしか手段は残っていなかっった。
「・・・ズルいよ・・・鈍感で適当なくせに、やるときはそんな簡単に異性を堕とせて・・・。いい意味でも悪い意味でも、私尊敬しちゃうよ・・・。」
「できれば冒頭のプチ罵倒と悪い意味ってところだけでも省いてもらいたいんだが・・・」
「問答無用よ。こんなことして何が楽しいっていうのよ!」
「別に楽しく思ってやってるわけじゃない!単なる反射防衛に過ぎねーだろ!もしくは附加抗力っていうんJ・・」
「それ、今このシチュエーションで言えるようなセリフじゃないから!」
「あ、ああ・・・すまん。」
「まったくもう!アンタってばうっかりちゃっかりしてんだから、気をつけなさいよね(プンプン)!」
「お前・・・何もキレることねーじゃんかよ。」
「キレてないもん!少し不貞腐れてんだもん!」
「殆ど同じじゃねーか!」
よくここまで話が続いたと思う。二人は密かにそう思いながら痴話喧嘩をするが、愛美の方は何だかまんざらでもない感じで軽い毒舌をかましていた。もしかすると彼女はドMなんじゃないかと剣は勘違いしそうだったが、そんなことを口に出せば余計怒らせてしまうだろうと、敢えてツッコミを入れるだけに留めた。
「あらあら、本来の目的はどこへやら。思いきり脱線しまくりでしょ流石に。私いらなかったかもね。んじゃ私は二人の邪魔をしないようにそっと裏から見守ろうかな?」
修子は一人忘れらていたような空気で立ち止まったままでいた。本来は剣にさっきのやりとりの件について謝らせるつもりで愛美が連れてきたのだが、結局こうなるのかと言わんばかりに心のモヤモヤが一気に消し飛んだように感じた。ここで自分が話しかけるのは不本意に思い、修子はイチャイチャ?している二人を温かく見つめていた。
ホントは剣に対し興味を持っていた。嫌々ながらもテスト範囲になている部分のノートを写させてくれたり、日直の際に積もっていた書類の山を運ぶのを手伝ってくれていたのも、全部彼の優しさからくるものだった。そんな剣のことを修子は日に日に好きになってきて、今度は自身が恥ずかしく照れるようになった。しかしそんな中、クラス内外から剣が批判されていることを知り、いてもたってもいられなくなったというか心配になってきたという。その心配が今度は剣の心を焦らせてしまっていたのかもしれない。申し訳なく思っていた最中での今回の出来事、その様子を見ていた愛美は無理やり修子を連れ出し、剣を呼び出した上で和解を図ったようだったが、どうやら出番は見送られるみたい。上には上がいるというのはまさにこういうことで、愛美の方が一枚上手だったようにも思える。
本章は未だ完成しておりません。小分け連載にしていく予定でおりますので次回連載をお待ちくださるようお願い致します。