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宇宙少年と青

作者: jirohati

日常の何気ない日々。それでもそこには宇宙がある。

僕はいつもふわふわとした浮遊感に包まれていた。自分の周りで起こる様々な現象はどこか遠くで起こった出来事のように感じる。他人の言葉は、もやに隠れて消えてしまいそうであることを観測するだけだ。全てが夢の中で、ラップにつつまれたような状態で僕の前に現れる。全てがガラスの向こう側で起こっているようで、情熱などといった感情と僕は無縁だった。

そんな僕に学校で話しかける彼は不思議な存在であった。

「君はどう思う?」

彼は上目遣いで、小さな子供のようなキラキラとした目で尋ねた。

「やっぱり宇宙人はいるのかな。僕はいると思うよ。この宇宙はとっても広いんだ。たとえ太陽系にいなくても、どこかの恒星の惑星には、きっと酸素があって、水があって、生命に満ちあふれているんだ。だって、地球だけに生物がいるだなんて、もったいないことだよ。」

彼は手を広げたり、ばたばたさせたりしながら僕に懸命に語った。彼は宇宙の話をする時はとても楽しそうに語る。中学生とは思えない、少年のように語る彼のことを、だから僕は宇宙少年と心の中で呼んだ。

「確かに、人の形をした宇宙人はいないかもしれない。でも、人間と同じくらい、いやそれ以上の知力を持った生命はいるに違いないよ!そして、彼らも僕ら人類と同じように空を見上げて、どこかに自分達みたいな存在がいないか探してるんだ。そう考えるととってもわくわくするよね!」

彼の笑顔はいつも輝き、まぶしかった。

宇宙少年はその無邪気さと愛くるしい笑顔から、クラスで人気者だった。宇宙少年の前では、みんな子供の頃の気持ちを思い出して、彼につられて笑顔になるようだった。そんな彼が、前の椅子から振り向いて、あまり人の輪に入らずにぼうっとしている僕に何度も話しかけるのは、とても不思議だった。

それに、彼はクラスの他の人にはあまり宇宙の話をしてないように見えた。なぜ、僕にだけ宇宙の話をこんなに楽しそうに語るのだろう。


「星の光は、何千年もかかって地球に届くんだ。だから僕らが見てる星は、何千年も昔の姿なんだ。時間と空間を超えて僕たちに星の光が降り注いでいるんだ。」

そうなんだ、とうなずく。

「とってもロマンチックだよね。僕ら人間の命なんてたかだか数十年さ、それを考えると、信じられないくらいの時間スケールで宇宙は動いているんだ。

だいたい宇宙が誕生したのも100億年以上昔なんだ。想像しただけでもドキドキするよ!」

うん、とうなずく。もしかしたら僕みたいにもくもくと話を聞いてくれるのを望んでいるのかなと思った。他の人に宇宙の話を突然しても困惑されるのかもしれない。僕自身も、宇宙少年が話すことを聞くのは、嫌ではなかった。もしかしたら楽しい、のかもしれない。自分の感情もよくわかってない僕は、熱い情熱を持っている宇宙少年に、憧れをもっているのかもしれなかった。

「そもそも、人類は宇宙についてほとんどなにも知らないんだ。こんなに近くにある太陽のことだってちゃんとわかってない。なんだか活発に動く時期と、あまり、活発でない時期があるんだ。だから、地球は何度も氷河期になったり、その反対に暑くなる時があったんだ。そのことを考えたら、地球温暖化だって寒冷化だって、たまたま一時期の出来事に過ぎやしないさ。みんなが大騒ぎする理由がわからないよ。」

彼は、まさに夜空にきらめく星のように輝いていた。彼は地上を行き交う人々の目印になるように光り続ける。地上に降りたもやのように曖昧な僕にはその光はとてもまぶしくはっきりしていて直視出来ない。

そんな宇宙少年が、ふと見せた暗い表情に僕は戸惑った。

「僕にはお兄ちゃんがいるんだ。少し年は離れてる。でも、あんまり仲良くはないんだ。別にけんかとかする訳じゃないよ。ただ、あまり話さないんだ。いつもお兄ちゃんは前を見て、僕のことは気にかけないんだ。」

彼は笑顔を作った。夕方の帰り道、たまたま一緒になった時に、彼はぽつぽつと話し始めた。

「昔は仲良かったんだよ。いつも2人で日が暮れるまで遊んだんだ。そこの公園のブランコから靴を飛ばしたり、いつも2人で笑っていた。」彼の顔は夕闇にまぎれて消え入りそうだった。宵の明星が控えめに光っていた。秋の風が公園の木々をこまやかに揺らす。花壇のコスモスは舞台の端で出番を待つ女優のように静かになびいていた。空間が断絶して、同じ時間を繰り返すかのように世界は静かだった。

「中学生になっても僕が子供っぽいからだめなのかな。中学生が兄と仲良くしたいなんてやっぱりへんかな。」

そんなことないと思う、と言う。

「お兄ちゃんはいつも机に向かって勉強し続けているんだ。話しかけても、『うるさいからあっちへ行け』って言うんだ。」

忙しいだけなのでは、と僕がフォローする。

「まあたしかに、ずっと勉強に時間を費やしているんだ。医学部に入ったから勉強が大変なのはわかるけど、でも、心ここにあらずというか、必死すぎて周りのことが見えてないというか、姿が常軌を逸してるように思うんだ。」

心配なんだね、と予想する。

「そう、心配なんだ。まるで人間じゃないみたいに一心不乱に勉強しているんだ。たまには休まないと体が壊れちゃう

。」宇宙少年の声色には不安が現れていた。そのまま黙ったまま、じゃあ、と身振りだけでさよならを言い、僕とは別の道へと歩いて行った。

次の日以降も、宇宙少年は学校では特に何事もなかったように明るく振舞っていた。僕にも太陽系の惑星についていつも通り楽しそうに語った。だけど、帰る時間になると、さっさと出て行ってしまうことが多かった。僕は彼のことが心配なのだろうか。心配だからといって、家庭の事情に突っ込むのははばかれる気がした。唐突に、人間は複雑な生き物だという思いがわいてきた。

一方では明るく振舞い、宇宙のことを楽しく話しているのに、他方では不安な思いに苛まれている。感情とはなんと難解なのだろう。

「宇宙はこんなにも広いのだ。僕の悩みなんて小さなものさ。」自分に言い聞かせているのを聞いた。「大丈夫。大丈夫。」聞こえていないふりをしたほうがいいのだろうか。

「何を悩んでるんだ。大丈夫。大丈夫だから。」周りが彼をじっと見つめているのを見て、やっと声が大きくなっていたのに気づいたようで、恥ずかしげにうつむいた。

「どうしたの。何か困ったことがあったら相談に乗るよ。」「ありがとう。大丈夫だよ。ちょっと寝不足で調子悪いんだ。」学級委員の女の子の言葉に、宇宙少年はぺろっと舌を出してほほえんだ。彼の悩みを僕は知っている。なぜ僕には教えたのだろう。何か出来ないだろうかと思ったが、僕に出来ることなどほとんどないだろうと諦めた。

その後も、彼は少しずつ調子が悪くなっていった。僕のようにぼうっとすることが多く、何事か独り言をつぶやいたり、周りの人間も彼の変化に心配をしていた。だが、同級生に心配の言葉をかけられても、彼は大丈夫、大丈夫と笑顔で言い続けるのだった。

「太陽はあと50億年で寿命が尽きるんだ。その頃になれば、地球は膨張する太陽に飲み込まれてしまうんだ。この世界は、僕が死んでも、ずっと続いていくような気がするけど、終わりはあるんだ。悲しいよね。僕が生きた証みたいなものを、残せたらいいなと思うけどさ、やっぱりそれだっていつかは消えてしまうんだ。人1人に出来ることってのは、本当に少ししかないんだ。それを思うと、切なく感じてしまうんだ。」

彼の輝きが、消えてしまいそうに感じた。はかなく、弱々しく輝いている。雲に隠れたまま出てこない。だけど、彼の笑顔が、だからこそ綺麗に見えた。

お兄ちゃんと会話ができないの、僕は核心をついて言った。

「ずっと僕のことなんて気にかけないんだ。」

それは違う。言葉に出さなくても君のことを気にしていると僕は断言した。

「なんでそんなこと言えるの?」宇宙少年は怒りと悲しみの混じった声で反論する。

それは、人の心はすぐに変化しないからだ。仲の良かった弟を、何もないのに嫌いになれる訳はない。

「君に何がわかるんだ。」

僕はわからない。人の気持ちも自分の気持ちもわからないさ。

「開き直ったな。」

わからなくてもわかるんだ。君のような素敵な人を嫌わない。それだけはわかるんだ。

「今更ほめて僕の機嫌が直るとでも思った?」

彼の取り乱した様子は初めて見た。

ずばり兄に聞けばいい。聞く勇気もなく、なんで遠くの宇宙と一緒で眺めてるだけなんだ。僕も語気を強めて言う。僕にはなぜかわからないが兄は彼を今も大切に思っているという確信があった。

「……。」宇宙少年の言葉が止まった。彼は泣きそうになりながらも、強硬な態度を崩さずそのまま教室を出て行った。

「事情はよくわからないけど、強く言い過ぎなんじゃない。あなたがそんな風に話すなんて知らなかった。」委員長は心配した様子で僕に話しかけた。たしかに、僕もこんなに強く言うなんて思わなかった。柄じゃないことをしてしまった。教室に秋風が入り込む。彼の椅子を僕は整えた。

彼の兄について、僕は何も知らない。だが、彼を見て、彼のような人間の兄が冷血な人とは思えないのだ。だから、言い切った。口に出すのは正解じゃなかったかもしれなかったが、言わずにはいれなかったのだ。


次の日の朝、彼は登校しなかった。

その次の日、彼はやつれてしまったような状態で現れた。

「君の言うように、兄に聞いてみるのは間違ってないと思う。心の整理がついたら、聞いてみようと思う。」

彼は僕にそう言いながら鞄の中身を取り出して授業の準備をし始めた。

事態が動いたのは1週間後だった「君が言い出したんだ、君に責任があるよ。今日家までついてきて、僕と一緒に兄に聞いて欲しいんだ。」今までの憂鬱が一気に晴れたような笑顔を見せながら、彼は身を乗り出して僕に話しかけた。

「僕だけじゃ少しこわいからね。君がいてくれれば、お兄ちゃんも変なことは言えないだろうし、何か話さざるをえなくなると思うんだ。なんでこんな簡単な方法に気付かなかったんだろう!」

全身を使ってワクワクして待ちきれないというのを彼は表現していた。

その日の帰り、早速作戦は実行に移された。彼の家は小綺麗なマンションの上階にあった。

「両親は昼間働いているからいないよ、お兄ちゃんは今日は大学の講義が午前中までだからいるはず」

宇宙少年は、小声で話す。忍び足で彼の兄の部屋のドアの前まで行くと、彼は深呼吸をした。

「いい?ノックするよ。」

彼はドアをコンコンと叩いて、お兄ちゃんいる?と声をかけたが、返事は返ってこない。

「開けるよ。」と言って彼は静かにドアを開けた。勉強机に向かって兄は座っていた。ペンを動かす手を止め、こちらを振り向きながら、

「何か用?」

と淡白な声で問いかけた。目線はこちらを向いているが、その目は僕達よりも遠くを見ているかのようだった。

宇宙少年が拳を握りしめて自分を奮い立たせていた。

「聞きたいことがあるんだ。」

宇宙少年は深く呼吸をして、兄の目をじっと見た。

「僕と、最近話してくれない気がするんだけど、どうしてなの?何か僕が悪いことをしたの?」

「お前に原因はない、最近忙しいだけだ。」

兄は短く答える。

「本当に?何かずっと勉強ばかりに集中して、他のことが手についてないようにみえるよ。どうしてそんなに勉強に一心不乱になっているの。」

「大学の授業の勉強は大変なんだ。ただそれだけだ。今はほかのことなんて気にしてられないんだ。」

「そう、‥‥。」

宇宙少年は何も言えなくなり、ドアの前でじっと佇んでいた。宇宙少年の兄はその様子を見ると再び机に視線を戻し、その日はそれ以降こちらを見ることはなかった。



「まあ、これで良かったのかな。」いたたまれなくなって公園に来た僕達の沈黙を破ったのは宇宙少年だった。

「君のおかげで聞くことが出来て良かったよ。なぜあんなに勉強ばかり集中してるのかはっきりとはわからなかったけど、何も聞かないよりは良かったかもしれない。」

僕もそうだねとうなずくことしか出来なかった。別に君のせいではないということはわかっただろう。


「うん、そうだね。でも自分勝手なのかな。やっぱり昔のお兄ちゃんに戻ってほしいとも、思っちゃうんだ。」

2人で、結局日が沈むまでベンチの上に座ったままでいた。

宇宙少年と「僕」の邂逅を描きたいと思い書きました。中途半端な所で終わっているかのようですが、「僕」と宇宙少年の心の触れ合いはこれで十分描けたと思います。心にすこしでも触れるみずみずしさを感じてもらえたとしたらとても嬉しいです。

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