俺の活躍
地下街の通路で、男は大きくこけて、突っ伏した。
それはまるで、高校野球の9回2アウトで内野にボールを打ち返してしまったバッターが、一塁ベースに滑り込む姿のようだった。
だが、おそらく自らの意思で滑り込んだバッターとは違い、ふいに態勢を崩され、激しく前のめりにこけてしまった男の体のそこら中には、擦り傷や打撲ができているはずだ。
ダメージはそれなりにあるはずで、そこで蹲っても不思議ではない。
それなのに、男は痛みなどどこにも無いかのように、素早く起き上がろうとしている。
その視線はひたすら前だけに向けられていて、自分をこかせた俺に一睨みする事も無い。
男の第一の目的は警官から逃げる事であって、俺と戦う事ではない。
背後の俺の事など、お構いなしに逃げて行く体勢だ。
四つん這い状態から、起き上がり両手を通路から離した。
そして、前傾姿勢のまま逃走を続けようとしている。
俺は駆け寄ると、重心のかかっている男の足を思いっきり、右足で蹴り飛ばした。
軸足を蹴り飛ばされた男は再び前のめりになって、通路に突っ伏した。
どんな犯罪者なのかは知らないが、警察に追われるような奴を逃がす訳にはいかない。
俺は男の背中に飛び乗り、馬乗りになった。
大柄な部類に入る俺に乗られ、振り払える者なんか、そういる訳もない。
「のけ!
お前にはなんの関係も無いだろう」
男がわめいた。
空しい響きだ。
そんな言葉でのくくらいなら、こんな事をしてはいない。
「いや、街の治安が良くなくなると、俺も安心できないからねぇ」
冷たく、そして落ち着いた雰囲気で答えた。
優劣を男に悟らせ、無駄な抵抗を諦めさせるためだ。
「俺は何もお前たち一般人に、危害を加える気なんかない」
「一般人?」
一般人とそうでない者たち。その境界は何なんだ?
俺がそう思った時、警官たちが追いついてきた。
「君、協力、感謝する」
そう言って、男の両腕を左右から警官たちが掴んだ。
「離せ、離せ。俺が何をしたと言うんだ!」
男が叫んでいる。
訓練を積んでいるであろう警官二人に、左右の腕をねじ上げられては、どうあがいても逃げられるわけがない。
俺は立ち上がり、男の背中から離れた。
二人の警官に抱えられ、男は立ち上がらされた。
服は少し土っぽい色で汚れ、顔や腕にすり傷があった。
「1536。緊急逮捕する」
そう言って、警官の一人が男に手錠をかけると、男は警官たちに引っ立てられていった。
俺の前には、警官たちのリーダー格と思しき40代後半の男が一人残った。
おもむろに手帳とペンを手に持って、俺にたずねてきた。
「君、氏名は?」
「あ。平沢翔琉です」
「連絡先を教えてくれるかな」
「あ。はい」
そう言って、俺は自宅の連絡先を教えた。
俺と警官の話はそこから始まって、簡単な事情聴取になった。
とは言え、警官たちの目の前で起きた捕り物劇だ。
俺だけしか知らない事実なんてものはなく、5分もしない内にそれは終了した。
その話の中では表彰の話も出てきた。
なんでも、俺は今回の事で表彰の可能性もあるらしい。
一市民として当然の協力をしただけで、表彰されると言うのはなんだか恥ずかしい気もする。
「では。本日はこれで」
そう言って、警官は俺に背を向けた。
警官は当然な事なんだろうが、聞きたい事だけ聞いて、立ち去ろうとしている。